3.
それはやたらとデッカイ大ガラスであった。
我を食う訳でもなく、巣に持ち帰ってコレクションするわけでもなさそうだ。取り乱す家族と家臣団が脳裏に新しい。しかしこの大ガラス、明らかに旅路は一直線である。何か目的があるようだ。そして仲間までいる。立体的に球形陣を組んで、まるで護衛してくれているかの様だ。しかもどこでかっさらってきたのか、我好みの飯まで持ってくる優秀ぶり。我が少し疲れた様子になると、寝袋の様な物を持ってきて、ゆらゆらと吊り下げて空飛ぶ妙な好待遇。これは一体どういうことなのか?
三日三晩、交代制のぶっ続けで我を運ぶ異様な群れは、雪が冠る高い山脈を超えて、赤茶げた荒野に至る。そして遂に、緑色のオッサンの様な者共が群れ成す妙に臭うコロニーへとたどり着いた。カラスは我を、祭壇の様な場所の上に置くと、なにやら役目を終えたのか、去って行ってしまった。
ふぅむ……はてはて。しかしこいつらは、所謂オークだろうか?
群れは息を吞むように静粛である。そして筋骨隆々の妙に強そうな、見るからにボスみたいなのが一人、我に近づいては勇みだす。
「──勝った! これで勝てる! イエアイエアァァァ! 神の申し子イエア様ぁぁぁ! お待ちしておりましたぁぁぁ! ──ヨシ皆の者! 歓喜せよぉぉぉ!」
「ヲォォオオォォォオォアオァァアオアァアア!!!」
そしてこの大歓迎ぶりである。なんだこいつら?
「我等が戦神ウガウガオ様の申し子イエア様ぁぁぁ!」
「ウガヲイエヤァァァァッァアァアアアァア!!!」
緑の群衆はやたら騒がしい。そしてある時点から自然に息を合わせだす。
「イエアッ! イエアッ! イエアッ! イエアッ! イエアッ!」
それはもうドンチャン騒ぎで収集が付かない。が、そこで我はとあることが脳裏をよぎり、一計を案じる。我は試しにローマ法王の様に右手を上げ、息を吸いこみ、これから何かを喋るぞとしてみたのだ。すると群衆は
「──っ!!」
となって、打って変わって厳かとなり、そしてなんとも不思議な事に全員が一斉に跪き出した。
「…………」
全員が我に耳を傾けるのが分かる。故に言う。
「──大儀である!」
「ウガヲィエヤアァァァアァエアエァァエエエアエアアアアアア!!!」
我は調子に乗った。正直に言うと、我は調子に乗ってしまった。神の子扱いは慣れているが、やはり気分が良い。自己顕示欲と自己承認欲求がめちゃくちゃ満たされてゆく。がしかし、妙な冷や汗はかいている。当然か……。拉致られて神の子扱いで、そして調子に乗ったのだから。
ジャングルの部族に拉致られて神扱いの冒険者は、使い古された映画的手法ではあるが、我は思わずいきなり当事者となってしまったのだ。この後どうなるかなど知れた事ではない。いやしかし、だいたいは多分、いやおそらくは多分……
──ピンチになる。
「──っ!?」
異変に気付く群衆。我は祭壇の様な高台に居るのでよくわかる。遠くからドンッドンッと打ち鳴らされる大太鼓の音。奇妙で気持ち悪い呪文の様な唸り声。地平線の浅い丘の上に現れる緑色。あれは森などと言う気分の良い緑色などではない。こいつらと同じ、緑色だ。
こいつらのボスらしきは我を見て跪き嘆願する。
「どうかお導きをっ!」
事態を察した我は、思わずニヤついた。
「──いいだろう! 皆の者! 我が指揮下に入れ!」
「ヲガウィエヲアァァァエアァァァッェッィッァアアアアア!!!」
「盾を持ったものは前で壁を作れ! 槍を持ったものはそのすぐ後ろだ!」
「イエアッ! イエアッ!」
こいつらはならばと慌ただしく武器を、装備を手に取る。我はすぐさま盾持ちと槍持ちとを分け、そして……
「あのイノシシは何だ?」
「イエア様。あれは我等が突足! 選抜された奴はあれに乗って戦う! ボアファイターはエリート!」
ほぉ~う。なるほどつまり、騎兵科というか。よしいいだろう。
「ボアファイターは後方で待機し我が指示を待て!」
「──っ!?」
意味が分からないと目を丸くする多くのオーク。おや?
「イエア様! ボアファイターは最も猛々しいエリートの集団! 先陣を切るのが習わし!」
ほうそうか。だからなんだ。
「我が命に従えぬと申すか?」
「い、いえっ!」
「──我が命に従わぬと申すならば! 我は家に帰るっ!」
「!!」
驚いた汗臭い野郎共は、よしわかった、わかったぞウオ! と、無骨な武器を掲げ、勇んで我が命に従った。
「イエアイエアァァァァア!」