28.
突入を開始する我が軍。
ボンガーは現在出世街道真っ只中だけあって、張り切って先陣を駆ける。対岸の部隊を任せたゴッズフィストも敵城へ突入を開始した。遠目でもわかる。ゴッズフィストは途轍もない覇気で突き進んでいる。
行く道に抵抗できる敵兵は殆どいない。塔や圧壊しなかった城壁上にいた生き残った敵兵も、組織的な抵抗が殆ど出来ずにバッタバッタと切り伏せられてゆく。挙句には、階段や梯子が流されて、地上へ降りる事が出来ない敵兵さえもいて草である。そして、やたら強かった黒い重武装の敵オーク部隊は、もういない。
セックル元帥のドワーフ王国軍は津波攻めの余波を喰らい、この突入に参加する事が出来ないようだ。彼らの梯子、攻城塔、破城槌は流され、投石機は勿論、重い射石砲でさえもひっくり返っている。最後の最後で退避が間に合ったのか、人的被害は思いのほか出てなくて不幸中の幸いであったな。
とまれ、敵城は一刻と持たず我が軍によって制圧された。
我は、敵将ブラックレフトアッパーの居そうな本丸を目指す。
……思えば、占領した間所のおかげで、川を塞き止めるのは容易であった。
間所は人口構造物だ。故に、アーチ状の石橋の真ん中にあるその要石を取り外すように、一気にダムを決壊させる事が出来た。通常の決壊の様に、徐々に水が流れ出すとかではない。それはそれで脅威であるには変わりないが、今回は“一気に水が流れ出した”のだ。
それであの威力である。
何万立方メートル溜まって流れ出したのだろうか……? 何十万、いや何百万立方メートル単位だったかもしれない……。
未だ渓谷の中央を貫く川の流量は激しい。その川を横切る橋は殆ど落ちてしまっている。その為、敵将ブラックレフトアッパーの居そうな本丸へ行くのが大変だ。即席の心もとない橋を架けては渡る我が軍と抱っこ係の女オーク戦士は慎重だ。
ブラックレフトアッパーはどうなっただろうか?
するとカキーンカキーンと干戈を交える音が聞こえてきた。
「一騎打ちか」
父カラドクーは呟く。
薄暗い敵本丸の城内。かつて、敵将ブラックレフトアッパーを守っていたのだろう衛兵が殺されて横たわっている。そして聞こえてくる。まるで闘技場の様に盛り上がる歓声を。
その先にはゴッズフィストと、対する滅茶苦茶強そうなオークが居た。それは全身真っ黒な鎧で身を包み、巨大で禍々しい、光を反射しない超絶ブラックな左籠手を装備していた。雪冠る山脈で鍛えたゴッズフィストの両手斧と、そいつの斧にも見える禍々しい巨大な両手剣が激しくぶつかりあって火花を散らしている。
──なるほど。あれがブラックレフトアッパーか。
「手を出すなぁぁぁっ!!」
ゴッズフィストは背にいるオーク共をそう言って制する。
既に何合か干戈を交えている様だ。両者は激しくぶつかり合うと、その覇気が目で見える程の鍔迫り合いとなった。そしてブラックレフトアッパーは言う。
「──強くなったな! 我が息子よ!」
ああ、そう言う事か。我は意外とサッパリしていた。
「俺はただ敵を倒し続けて来ただけだ! あの戦術は、俺をここまで導いてくれたのは、戦神ウガウガオの申し子、イエア様のおかげだ! 俺にはイエア様がいる! 戦神ウガウガオの加護があるッ!」
「はん!? 加護だと? ウガウガオの息子だと? そんなのは幻想だ! ……──ああ! 城壁を川の水で吹っ飛ばしたのはつまりそいつか! なるほどな、あれは見事な策だった。褒めてやろう! グァッハッハ!」
どうもいたしまして。
「──だがそれもこれまでだッ! 貴様を食い殺してそいつを木端微塵にした後、貴様の軍をそのまま我が神兵として世界を征服してやる!」
「無駄だ! 俺の首を取ったとて、我が軍はお前には付き従わないだろう!」
「ならば力でねじ伏せるまで! お前の嫁、ウシシボゴバンガの巫女、ハイハイボーの血の味は最高だった! お前の血も同じように啜ってやる。ジュルリ……ギャハハハハッハァ~!!」
「──ヌルゥゥゥアアアアア!!」
ガシーンガシーン! グッズフィストは鍔迫り合いを解くと、怒りの大回転斬りをお見舞いする。が、ブラックレフトアッパーはその全て受け流した! しかし、血の味は最高だったとは? まさか食べちゃったのだろうか……?
「ハイハイボーはただ予言しただけだった! ただその身に精霊を宿して神託しただけだった! 力こそ正義ではあるが、戦神の巫女に手を出すとは、このウツラポンチキがぁ!」
ウツラポンチキ? 何語だろうか? ウィザードフレグルは小声で教えてくれる。
(──つまり、アホという意味だでの)
(ほ~う……)
しかしブラックレフトアッパーは激しく獲物をぶつけると、激しく言葉もぶつける。
「ファッハッハッハ! あぁぁぁん!? 神だ!? 神託だ!? 俺には力がある! そして神族の地図を手にした俺は、お前を食い殺した後に契約を終え、最強となってウガウガオを超える! そして絶対の戦神となるのだッ! グァッハッハッハ!」
──神族の地図!? 円盤の地図の事か!? 宝の地図じゃなかったか!
「なら、まだ力は手に入れていない様だな! 俺は本物の戦神の申し子に倣った! そして数多の戦いで勝ち、敵将の焼首をたらふく食って強くなった! ブァブァ様の孫娘、ハイハイボーの分も強くなった!」
──おっと! そうだったのか!
「そして今こそイエア様が今の俺の力の原動力だぁぁ! ──ヌゥゥゥゥゥォォォオオオオオオオ!!」
ガキーンガキーン! まるで家のすぐそばで、道路工事でもしているかのような振動がこちらにも伝わってくる。物凄い迫力だ。人力でここまで出来るとは、やはりこの世界は異世界だ。
しかしブラックレフトアッパーは光を反射しない籠手を装備した左手で、ゴッズフィストのふとした死角つき、物凄いアッパーでゴッズフィストの顎を殴り飛ばした。壁に叩きつけられるゴッズフィスト。ブラックレフトアッパーは叫ぶ!
「なぁぁぁにが巫女だ! 神託だ! イエア様だ! 俺の王座は何があろうと揺るぎはせぬッ! 何があっても譲らぬッ! 何が何でも守り切ってやるッ! 何が“古きは新しきによって統べられる”だ! 何が“隠居せねば終焉が訪れるだろう”だッ! 俺は神を信じ、神に従ってこの地を統べて来た! だがその見返りがこれか!? ──ふざけろウツラポンチキが!」
また出た! ウツラポンチキ!
「お前は逃げた! ゴッズフィスト! お前の顔は死んだお前のカーチャンのクソみたいな顔そっくりだな! 逃げた奴は臆病だ! 臆病者は一生底辺の負け組で、二度と俺の玉座は奪えないだろう! グワッハッハッハッハ!」
しかしゴッズフィストは起き上がる。ブラックレフトアッパーは顔をしかめる。
「ぐぬぅ、耐えたか……! 昔のお前はこの一撃に耐えられなかったな……!」
「……今になって俺は分かった。俺はなぜ逃れられたのか。落ちのびれたのか。そしてなぜ部族が負けた俺に従ってついてくれたのか……。ハイハイボーは死の直前、俺に言った……。お前は、かつて王だったお前の兄を決闘で倒したのではなく、毒殺して倒したのだと……この卑怯者めッ! そんな奴はオークの王たりえない! 俺はハイハイボーの為に、そしてこれからのオーク共の為に、俺がお前を倒して新しき王となるッッ!!」
「ぐぬぅ! 来るか! だが何発も左を食らわせれば流石に耐えられまい! さぁ来い! もう一度アッパーをお前の二重顎にかましてやるッ! ──来い!」
「その前に一つ言っておきたい事がある……」
「この期に及んで何だッ!」
「──俺の親父はお前じゃない。俺の親父はお前の兄貴だッ!!」
「──な、なにぃぃぃぃ!!?」
──グサッッッ!
突然武器を捨てたゴッズフィストがそう叫ぶと、完全に不意を突かれたブラックレフトアッパーは、ゴッズフィストの暗器によって喉を刺された。そして蹴り飛ばされる。
グシャッ!
「ハ、ハァ……!? ハァ……!? グゴゴゲ……!」
ブラックレフトアッパーの喉から青い血が流れる。まともに声も出せない。そしてゴッズフィストは語る。
「──戦神ウガウガオの申し子イエア様は、数多の戦いを通じて俺に兵法を教えてくれた。“その鼻柱を掴んで股間を蹴り上げろ”……ミスディレクションは言葉でもできるッ!」
「グゥゥググググググゥゥゥゥゥゥゥ───…………」
ゴッズフィストはブラックレフトアッパーを倒した。仇を取った。そして父カラドクーは我に言う。
「老いたる獅子は、新たなる獅子によって打ち倒される……」
「自然の摂理、か?」
我はそう返す。それを聞いていたウィザードフレグルは顎鬚を撫で言う。
「新たなる王の誕生というわけだでの。そうだファルマ殿。オーク達はお主を神の子と信じて疑っておらん。ならば、彼が新たな王となった事を申し子として承認してやったらどうかな?」
いいのか? そんな事して……。まぁいいか。よし!
「──ゴッズフィストよ!」
「ハハッ!」
「よくやった! かつて正当な王だった兄を不当に謀殺し、王位を簒奪した悪鬼羅刹を打ちとったのは戦神ウガウガオの望む所である! その功、王位を継ぐに相当するだろう! 老いたる獅子に取って代わり、新たなる獅子が王となるのだ! ──ゴッズフィストよ、受けるか!?」
「──受ける! 導く! 俺が最強になるッ! ──ウゥオオオオォォォオオオオオオオオッオォォォォオオオオオオオオオ!!!」
ゴッズフィストのこの叫びが、オーク共の勝鬨を誘い、大地を震わせた。我は、新たなる獅子の誕生を見届ける当事者となった……。