27.トパーズ渓谷城攻囲戦
ここは険しい渓谷だ。
我は周囲を観察しておいた。雄大な自然は美しい。渓谷をえぐってきたのであろう川の水は荒々しく、急流すべりしたら楽しそうである。しかしその川は、時と場合によっては無慈悲な牙を人に向ける事もあるのだと、来た道を我は引き返す。その中、あのドワーフ軍に破壊されたのであろう関所を過ぎた。
もしかしたらアレ、使えるかもしれない。
ブラックレフトアッパーの居城は、聞けば元はドワーフの城だったらしい。非常に堅牢で立派な城壁が、投石機の石弾を跳ね返していたのを思い出す。故に攻囲は長期戦になるだろう。長期戦になれば呪われし荒野による兵糧攻めが、我等の胃袋を蝕むことは確実だ。出来るだけ早期決着しなければならない。
“故に兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、いまだこれあらざるなり。故にことごとく用兵の害を知らざる者は、則ちことごとく用兵の利をも知ることあたわざるなり”
孫子が言うには、戦争は人的資源はもとより、武器防具や兵糧等をめちゃめちゃ必要とし、めちゃめちゃ消費する。これはもうほんとに国を傾かせる為、かなりやばい。だから短期決戦で上手くいく事は聞いても、攻めて長期戦で上手くいった話は殆どない。こういった用兵の害を知らない奴はアホだ、と言っている。
例えばナポレオンのロシア遠征、ナチスドイツの世界大戦、日中戦争とかアメリカのベトナム戦争。どれもこれも泥沼化してて良かったためしがない。因みにこういった例は世の中ごまんとある。
つまり今回に限って言えば、能動的な包囲による兵糧攻めは、言い換えれば、受動的な兵糧攻めを自身に課す事になるのを忘れんなよ、と言う事だ。←これ重要!
とまれ、城は狭い渓谷を塞き止めるように出来ている。
それを知った我は、偵察を行い風の協力も得て半日迂回する。すると新たな関所が見えてきた。ラッキーな事に、そこを我は犠牲者なく占領する事に成功した。ここはドワーフ軍が攻撃する敵城の反対側である。
我は攻囲する。これでブラックレフトアッパーは挟み撃ちとなり、渓谷にもう逃げ道は無くなった。まぁどうせ裏道や洞窟みたいなのがあって完全包囲とはならないのが相場だが、今はこれで十分である。そして敵は必死に抵抗してくるはずだ。我は布陣を済ませてトレビュシェットを組み立て、敵の弓の射程外から一方的に敵の城壁を攻撃する。
石弾は跳ね返される。一発一発の損傷は一々軽微だ。城壁の上には奇襲に備えて守る敵兵がちらちら見える。城壁の内側はどうなっているのか、どれくらいの戦力がそこに居るのか非常に気がかりだ……。
「さすがにかてーな……」
ローニは愚痴る。
移動しやすいよう組み立て分解できる設計の為、大型となれなかった我等トレビュシェット。その石弾は精々50キロ程度である。それが城壁に及ぼす影響は所詮たかが知れている。相当数撃ち込まなきゃいけない。昔の攻城戦はまず長期戦となるのはこのためだ。
しかし今はこれでいい。
ここは岩だらけだ。石弾ならいくらでもある。我は命令する。
「城壁を完全破壊する必要はない。ある程度ダメージを負わせたら別の場所にも打ち込め」
「イエアッイエアッ!」
本来であれば城壁の一番弱そうな所や力攻め時に目障りになりそうな所を重点的に攻撃して、確実に進行路を確保するべきなのだが、これからする事を考えるとその必要は無い。
そしてその為か、今の所敵は城門から打って出て来る気配はない。しかし、突然の奇襲に備えていつでもファランクスできるよう布陣もしておく。そして敵は城壁の上からこちらを睨みつけている。それを見た父カラドクーは言う。
「狙撃するか?」
だが我は言う。
「いや。その必要はない」
「それもそうだな……」
と、父カラドクーは番える矢をしまう。そのやり取りにウィザードフレグルは顎鬚を撫でた。ゴッズフィストは攻めたい気持ちを抑えて歯ぎしりをしている。
「ギギギ・・・…」
我等はろくに力攻めする準備もせずに、唯々睨み合いを続ける。やはり、城壁内がどうなっているかは非常に気になる所である。これは風の噂という間接的な方法だけではなく、直接見ておきたい。
敵の城は崖の上から侵入できないよう、絶妙な地形位置にある。故に我は少しはなれた高台へ上るしかないが、遠目で何とか敵城内の一部を見る事が出来た。すると力攻めを試みるドワーフ王国軍と、それを跳ね除けるブラックレフトアッパー軍が一進一退の干戈を交えていた。
城壁を昇る為の、コストの安い攻城梯子。城壁からの飛び道具攻撃を防ぎながら、城壁をのぼれる梯子を内蔵した攻城塔。比較的装甲の薄い城門を突破する為の屋根付き破城槌と、攻囲攻城兵器のオンパレードで攻め込むドワーフ王国軍。
力攻めするのであれば、我等もああいう戦いをしなければならない。
因みに攻城戦の定石手順はまず、長射程の投石機で一方的に城壁や塔を十分に攻撃し、その間に地上から城壁へ、弓などで交戦しやすいよう身を隠せるバリケードを設けながら射撃戦を行う。そして上記の攻城兵器を駆使して城壁や城門の突破を図り侵入、敵総戦力を無力化にかかる。と、言う具合だ。
ローニおじさんは言う。
「お? 先越されたか! 俺たちもこうしちゃいられん!」
「──いやまて。よく見ろ」
「ん?」
父カラドクーは弓の名手だ。故に滅茶苦茶目が良いのだろう。父カラドクーはローニおじさんを引き留めて言う。
「どうやらセックルは突破できず、城壁から味方を引き上げさせているようだ。これは酷い有様だ……」
「やはり堅牢だでの……」
ブラックレフトアッパー軍は我に散々やられてはいるものの、どうやらその主戦力は温存していたらしい。かつて数多のオーク部族を追い払い、ニーイ国王の軍を敗退させると言う実績を過去に持っているのもなるほどだ。我はラッキーだった。セックル軍を追い払った根拠が今、城壁の上で戦っている……。
それは黒く重武装した見るからに滅茶苦茶強そうなオーク戦士の一団であった。
……あれが本隊だな。しかも城壁内はそれだけでなく、様々な敵でひしめき合っている。今までの敵とは一線を画すそれは、籠城しておきながらも、戦力はこちらと互角かそれ以上はいるのではないだろうかという数である。
なるほど。敵は力攻めを想定して防戦で優位に戦いつつ、良い頃合いで反転攻勢に出る算段だったのか……。セックル軍が敗退する訳である。
この様に、戦力差のない力攻めは攻め手がかなり不利となる。孫子の兵法では、三倍から五倍くらい戦力的優位差がないと、城はむやみに攻撃するなと教えている。その為かセックル軍は失敗し、撤退となった。彼らはその後、何とか再編して包囲を継続してはいるが、どうやら力攻めを諦めて、“兵糧攻め”にシフトした様である。
一応“兵糧攻め”とは、敵を包囲して食料元を絶ち、飢えさせる戦い方の事を言う。
とまれ、我からすれば、彼等が一退してくれたのはだいぶ助かった。これで、我が策の為に少しばかり時を稼げるし、更にこちらがブラックレフトアッパーを先に討ち、アーティファクトを手に入れられる好機も持てると言う訳だ。
そして数日が経つ。
我等は攻めたい焦る気持ちを抑えながら、だいぶ石弾を敵城壁へ撃ち込む事に成功した。それでもまだまだ城壁は堅牢だが、我からしたらもう十分ダメージを与えたと言える。
するといつぞやのボンガーが、オークレギオン“第一大隊”百人隊長にいつの間にか昇進して我の所へやってきた。そして報告する。
「イエア様! 準備がととのった! 意外と早く溜まったぞ! いつでも行ける!」
ほう。意外と溜まるのが早かったな。
「──よし! 全軍に高台へ上がるよう伝達せよ!」
「イエアッ!」
もう何をしたいのか、わかる人にはわかるだろう。
ローニおじさんは笑う。
「よっしゃ! 遂にやるんだな?」
その前に、我はローニおじさんにお願いする。
「ローニおじさん」
「んあ?」
「ドワーフ王国軍セックル元帥の所に行って、大至急高台に上がるよう伝えてきてほしい」
「──あ!? いいよあんな奴!」
「いや、行ってもらわねば今後が非常に面倒になる」
「なんでさ? どうせ言う事なんか聞かねーぞ!?」
「仮に動かなくても良い。あとでごちゃごちゃ言われないように忠告して伏線を張っておくのだ」
「あ~まぁ、チッ、しょうがね~な……。あの岩山を抜ければすぐ行けそうだな。──じゃあちょくら行ってくるわ!」
「頼む」
そして我は全軍が高台に上がるのを待ってから、叫ぶ!
「──堰を切れ!」
僅かだが、我等の大分後方で大地が揺れ大気が振動するのを感じる。
「行ってきたぞ。突っぱねられたがな! 馬鹿が!」
ローニおじさんが帰ってくる。セックル元帥は我の忠告を無視したか……。我は忠告したからな。後で文句を言われようと我は知らんぞ。
嵐の前の静けさとはこの事か……。遠くから聞こえてくる“ゴゴゴゴゴ”と言う音……。敵はそれを察知したのか、妙に静まり返って様子を見ている……。
そして──
──やってくる津波! 濁流! 鉄砲水!
城壁は我等の攻撃でヒビだらけである。そしてそもそも城壁は濁流を想定して作られていない。もはや大質量の濁流に耐えられる城壁ではなかった。
どご~ん! 敵の堅牢な城壁は虚しく、
──圧壊した。
メキョメキョメキョッ。
「ぎゃぁぁぁああああ!!」
叫ぶ声も、敵軍も、軋む城壁も、瞬く間に濁流に飲み込まれて消えてゆく……。大質量の水の前に成すすべなく洗い流されてゆく……。これで兵糧も節約できたし、臭い敵も
──洗濯完了である。
もはやこれは“水攻め”ではない。“津波攻め”だ。
水攻めとは敵城を水没させる策だが、これは濁流を直接城にぶつけるトンデモ戦術である。
──ああ。またバーで自慢しても信じてもらえない事をしてしまった……。
我は我の抱っこ係の女オーク戦士の胸に寄りかかり水が引くのを待った。数日分の水ならすぐに引くだろう。我は少し待って、そして全軍に命令した。
「──突入開始!」
「ウグォォォォオオオオオィェアアアアアアア!!」