22.レッドサンドパスの戦い
こちらの戦う準備は整った。
敵はまだ完全に整列を完了していない。が、トレビュシェットによる試し打ちで刺激を受けたのか、敵はこちらへ猛進を開始した。
飛び道具での一方的な攻撃を避け、距離を開けて布陣していたつもりが、思わぬ長距離での攻撃を受けた。となると、そりゃ長時間砲撃に晒されるくらいなら攻めた方が良い、と考えて当然だろう。
それは我等にとって有利な状況を作り出す。敵は狭い領域に、無秩序に殺到してきたのである。
我は命令する。
「──攻めるな! 動くな! 定位置を守れ!」
こちらも士気が高い。打って出たがる気持ちを先取りして制する。戦列歩兵はムズムズしている様だが、すぐその意味を知る。なんと崖際ギリギリの所を走る敵の内、殺到しすぎるあまりに密度が上昇、味方に押されて谷へ滑落、落伍する者が多数現れたのだ。
「ウギャァァァアアアァアア!」
やり過ぎだ。
我はこの殺到を計算して戦況は優位だと言ったのだが、正直ここまで、これでもかと殺到してくるとは計算していなかった。もう少し秩序だって攻めてくると予想していたのだ。しかも敵は無茶な突撃で飛び道具初撃を加える事も出来ない。これはラッキーである。
高すぎる士気が原因でその闘争心が暴走し、むしろ戦地を死地へ仕立て上げてしまう……。意外にもそういった話は歴史上でも珍しくはない。
攻城兵器の素早い組み立てに、ローニおじさんの正確な投石が我が方をさらに有利にしてくれた。これは評価せざる負えないな……。
だが、まだ弓隊も投石隊も撃つ時ではない。
「──撃つな!」
父カラドクーは我の意図を尊重して指示に従う。が、ローニおじさんは意見してくる。
「え!? だって──」
「矢弾は限りがある。敵がミッチミチになるまで待ってほしい」
「あ、な~る! ガッハッハ!」
我の意図を察したローニおじさんは納得してくれた。
我等のトレビュシェットは組立分解移動できるように中量級である。故に100キロクラスの石弾は投射出来ない。しかしそれでも重さ50キロある石弾を物凄い運動量で、目の前でミッチミチにひしめく敵へ叩き付けたい。そう、上へ投弾すると言うより下へ叩き付けたいのだ。それまで待ってほしい。最大の効果が出るまで待ってほしいのである。
そして敵は第一戦列へ殺到する。
第一戦列のオークレギオン大隊共は、その殺到に攻撃する余裕なんかない。もう盾を肩で抑えて全力で体重を乗せる他ない程に、強烈な圧である。すかさず後列も手伝ってなんとか戦線を維持しようとする。
「ウガァァァァァァァアアァアアアヲヲヲヲヲッヲ!!」
そして見る見るうちに敵はミッチミチになってゆく。
こちらが全く攻撃しないので、敵は瞬く間に1平方メートル当たりの人口密度が馬鹿な事になる。投石の射撃補正は誤って味方も巻き込まぬよう、少し奥を狙う。今は少し奥でさえミッチミチだ。弓隊に至っては、狙わずとも当てられる程である。
平地であれば、本来戦列の味方が射界を塞いで直射は出来ない。しかし我は意図して凹面地形であるこの地形を予め選択しておいた。その為、弓隊と投石隊はミッチミチになっている敵を余裕で目視でき、直射できる位置にいるのだ。
しかも斜面に布陣している為、弓隊は前列だけでなく後列さえも敵を目視できる。そしてその地点から敵を見てみれば、どいつもこいつも雁首曝してウジャウジャしているのだ。例えるならば、荷物置き場から見る満員電車見たいな状態である。これなら適当に狙ってもヘッドショット出来てしまう。
絶妙な凹凸地形は、使い方次第では城壁に匹敵する程の効果を発揮する場合がある。それにプラスして細い地形は、さながら城壁前の橋の様な効果を発揮して、敵のその兵力差を有利に展開させる事を防いでいる。戦域幅の理念は何時の時代も重要である。これがその典型例である。
今回の此れは“凹面地形戦術”と命名する。
──我は命ずる。
「撃ち方はじめ!」
ぐるんと遠心力で放たれる50キロある石弾は、ミッチミチ満員電車へ叩き付けられる。一人三人五人と、いっぺんに敵オーク共を潰してゆく。そして斜面により射界を確保できているほとんどの弓兵が、高台よりミッチミチ満員電車へ一斉直射する。全部が全部という訳ではないが、高い確率でそれら放たれた矢は、敵の頭部上半身へと降り注いだ。
たった一斉射で、敵は甚大な被害を被る。敵は盾で守ろうにも、ミッチミチ過ぎて頭上に盾を掲げる事さえできない。空いた隙間は元あった圧力ですぐに埋まる。足元に転がる負傷者や遺体で体勢を崩す。そして立ったまま死ぬ者さえいる。
二斉射目。三斉射目。
いい加減事態の深刻さに気付いた敵最前列のオーク共は、遂に恐慌状態へと突入する。しかし後方は攻める気満々でミッチミチの満員。最前列の敵歩兵は引き返そうにも、もはや退路等はないのだ。
四斉射目。五斉射目。
オークレギオン大隊戦列への圧が軽くなる。そうなれば今度は反撃開始である。意図して短く、重く鍛えられたグラディウスがミッチミチの乱戦に於いてその威力を絶大に発揮する。最前列の敵が全滅する頃には、第二戦列も恐慌状態へ突入している。それはまるで伝染病だ。恐慌のパンデミックは、兵力差的に超優位にあるはずの敵を瞬く間に包み込み、四方に離散する原因を作る。
一縷の希望にかけて、崖から飛び降りる自殺者もいる。飛び降りる気さえ無くても、仲間に押されて落とされる奴もいる。
だが敵将は叫ぶ。
「撤退するなぁぁぁ! 押せぇぇぇえええええ!!」
後方から見ればまだまだ兵力差は歴然である。なのに撤退を開始する最前列は馬鹿なのかと敵将は怒鳴り散らす。そして後方に待機していた敵ボアファイターが恐慌状態の味方最前線へ突撃を開始する。それはさながら督戦隊のそれである。督戦隊とは、勝手に撤退する味方を後方からお仕置きする部隊である。
味方が味方をなぎ倒す……。同士討ちが始まる……。そしてこちらから放たれた矢と平衡錘投石機の石弾がさらなる死を後押しする……。
ウィザードフレグルは呟いた。
「なんと……哀れな……」
見慣れている我はゴッズフィストに命ずる。
「第二戦列ファランクス前進」
「イエアッイエアッ!」
もうぐちゃぐちゃの敵は前進するファランクスによって串刺しにされてゆく。ファランクスは敵を刺し殺す事よりも、足元に転がる死体の山を越える事の方がしんどそうである。督戦隊気取りのボアファイターも今度は槍によって潰されてゆく。それにビビった敵将の護衛ボアファイターは逃げ出してしまう。そして一人取り残された敵将は嘆き叫んだ。
「うああああぁぁぁあああ、うあああぁあぁあああぁあ!!」
遂に気の狂った敵将は、ファランクスの槍の中へと突撃し、そして消えていった……。今晩の焼首である……。
敵軍は完全崩壊、壊滅。その半数近くが潰走して、地の果てまで味方ボアファイターの猟場と化した……。