20.
これが敵の本隊ではない事はわかっている。
とはいえ、ブラックレフトアッパー軍に対する初戦勝利に沸く我がオーク共。毎回劇的な勝利を提供する我に対してその忠義心、というか信仰心はもはや揺るぎないどんちゃん騒ぎとなっている。
「グガァヮァオァワワアアアアヲォォォォオオオオオ!!」
いつぞやのボンガーも、気付けば底辺スタートからオークレギオン大隊の百人隊長となってその力を誇示していた。
しかし、それを尻目に我と我の父と叔父と、ウィザードに騎士は、何故ここに敵が居たのかその疑問を呈して沈黙の議論をする。
敵は何かを採掘していた。しかしその坑道は何処も岩、岩、岩。何もかもが空振りの赤茶げた岩しかない浅い坑道でしかなかった……。
敵は一体何を探していたのだろうか?
戦略資源収集には目処の無さすぎる計画ばかりで手掛かりはゼロである……。
「アーティファクトによる錯乱だろ……」
ローニおじさんは何の根拠も無く短絡的にそういう。
我は自身の記憶を辿る。たしか円盤状の地図……。地図……か。
「──宝の地図か?」
「なるほど」
我が、円盤状の地図はもしかしたら宝の地図なのではないかと可能性を一言で示唆すると、父カラドクーはその可能性は十分あるなと、“なるほど”の一言で返してきた。これにウィザードフレグルも自身の顎鬚を撫でる。
「え?」
ローニおじさんはまだ気付けていない。しかし我は提案する。
「もう十分だろう。ここで詰まっていても仕方がない。現物を手に入れる為に飯を食って寝たら、明日早朝に先を急ぐ」
「……そうだな」
「ふむ。そうするでの」
「え? え、ちょ!」
日は傾き始めた。我は野営開始をゴッズフィストに命令した。
まだまだ先は長そうである。追われたオーク部族は一体何里西へ追いやられたのであろうか? どこまでも続く赤茶げた荒野はそろそろ食糧不足を招き始めそうだが、しかしオーク共は平然と現地の芋虫を生で食ってつないでいる。
乾燥した草を餌に肥える蛾の幼虫が、今のオーク共の主食となっていた。
虫は、良質なタンパク源ではある。しかしそれを食す文化の無い者には、食虫は理解しがたい蛮行の様に思えて仕方がない。そもそも戦勝の儀式的な意味があるとはいえ、共食いをするオークにはプリオン病などと言う病気さえ無い。
羨ましいのやら何なのやら。
プリオン病とは、感染性の異常タンパク質による病気で、主に脳みそをやられて死んでゆく病気である。例えば狂牛病、BSE、クールー病とかである。
オーク共にはそれらが無い。全くもって最強の雑食性人種である……。
水は意外にもある。地表を流れる水は濁っていて不快であるが、時折見つける事が出来る縦穴の地下水は、ひんやりしていて比較的飲みやすい。
我は今の所食中毒にはなっていない。これは奇跡としか思えないが、焼芋虫を食って平然としている父カラドクーを見て、これは遺伝なのではと思った。
それを察してかウィザードフレグルは我に言う。
「オークは太古の昔、エルフから分派した種族での……」
そうなのか? 我は実家の図書館にはなかった知識を聞いて、少し納得してしまった。だがすぐに我は思う。エルフがあのオークに……? 一体何がどうしてああなったのか不思議である。そして父は言う。
「これは緊急的処置だ。普段から食う食料ではない」
「ふぅむ……」
とはいえ、焼芋虫を前にして佇む我と騎士マテウスとローニおじさん。それでも腹は鳴る。
「ほれ」
そんな我にウィザードフレグルは水筒をよこす。我はそれを信頼しきって飲んでしまう。何ともヒンヤリしていて新鮮で、これは少し汚染されていたであろう幼体の五臓六腑に速やかに染み入った……。
「うまい」
ウィザードフレグルはそんな我の発言に、にこやかになると、汲んで置いた比較的新鮮な水を、手のひらサイズの非常にコンパクトな装置で加熱とろ過をし始めた。そしてささやかな魔法でその水を冷やしてゴクゴク飲む。これが我が幼体に染み入った訳であるか。
水であるが故に味気は無い。しかし異様にうまく感じる文明的な飲料水。なんとも、久々にポンコツ兄貴アルネスの淹れる紅茶が飲みたいのである……。何だか急に、ホームシックなのである……。
全くもって照り付ける太陽は容赦がない。そんな無限に広がるかの様な赤茶げた荒野はなるほど、“呪われし荒野”と言われる由縁であると今更ながら我は痛感した。
そんな時、気付けば両脇は谷、大隊4隊分の戦域幅しかない場所に差し掛かると、偵察に出していたボアファイター共が楽しそうに笑いながら帰還して、我へと報告してくる。
「──イエア様! 待望の敵です!」
我は言う。
「ここで迎え撃つ」




