19.横穴荒野の戦い(ファルマ流車懸りの陣)
まぁ、ガラケー携帯電話だろうな……。
我はウィザードフレグルの話から、破壊に成功したアーティファクトはガラケー携帯電話であると推測した。燃えたのはリチウムイオンバッテリーだと思われる。しかし、円盤の地図とは一体何であろうか? ローニおじさんの王は徹底した秘密主義だったようで、それ以上の情報が無いと父カラドクーは言う……。
と言うか、これを仕掛けてきた相手は何者なのだ? ウィザードフレグルやローニおじさんはそいつを魔王と悪く言っているが そいつの本当の目的は何なのだろうか? そこが重要である。話によれば“楽しませてもらう”と言っている以上、愉快犯的な存在なのではと思うが、現状わからない事だらけでもっと調査を進める必要がある……。
しかし、どうにも何故か我は、そいつとの関係がありそうで仕方がない。根拠は薄い。しかし我がこの世界に来た理由と何らかの関係がありそうな気配がしてならないのだ。何故ならよりによってこの世界にはない元世界のガラケー携帯電話がアーティファクトであった可能性があるからだ。
我は、それを突き止めねばならない。と言うより、突き止めたくて仕方がない。もしこの世界がオープンワールドのゲームか何かであったなら、ストーリーを進めず脇道それて、好きなように遊び倒すという選択肢もあっただろう。だが、今の所それをする気は我にはない。
まとめれば、直近の目的はオーク共の仇討ち支援と、混沌を生み出すアーティファクトの回収と封印もしくは破壊で、ブラックレフトアッパーとやらの打倒である。そして個人的な目標は、我がこの世界に転生した理由とその関係性を探ると言うことになるだろう……。
余談だが、我は野郎に抱っこされるのは嫌だ。騎士マテウスには身辺を、抱っこ係は今まで通り女オーク戦士にしてもらう事にした。マテウスは謙虚にそれに従ったが、不思議そうな顔をし、女オーク戦士は歓喜した。
これでよい。
まぁそれはともかく、次に軍備の件である。装備は、少々雑ではあっても、武器の配備は素早く済んだ。だが、防具はそうは行かない。拠点に元々あった防具は元居たドワーフ用で、オークには小さく、ゴブリンにはブカブカであった。作り直す必要がある。話を聞く限り敵は数も多くて強大であると予想されるので、大事を取ってしっかり準備をしておきたい所だが……。
しかし、あれもこれもと言っていたら、年単位で月日が流れてしまうだろう。やむを得ないので父の指導のもと行われた強力な弓の配備が済み次第、我等は出陣する事にした。
目的がある。大義名分がある。故に士気は高い。オーク共の燻る怒りが、肩の湯気となって経路の大気を蒸らす。雪冠る山脈の寒さから再び温暖、熱帯、乾燥地帯と短距離で目まぐるしく変化し、それ以降はずっと赤茶げた呪われし荒野。それに動じる事無くオーク共は訓練にも精が出て、我の思い描く軍隊に少しずつ近づいて行く。
我等は元来た道を辿っていた。部族が追われた経路を逆走すればよいだけである。そうすればいずれ敵は、
──目の前に現れる。
敵は、何かを調査するかの様に呪われし荒野の乾燥した岩山に散開していたとボアファイターの偵察隊は報告してきた。ふぅむ……。だが敵は、我等の接近に素早く気付けたのか、今では我等に対陣してきている。どうにも、今までの奴らとは対応の速さが段違いである。これは油断ならない。
言われなくても自分らの立ち位置をわきまえるオーク共。いつもの“涙滴陣”を敷く我等。今までの敵であれば機動力と突進力のあるボアファイターを伝統的に前面に置いていた訳であるが、この敵は両側面にそれを配置していて一味違う。
これは望む所である。
先に仕掛けてきたのは敵の方だった。いつもの稚拙な外交儀礼は無い。完全に敵対姿勢丸出しであるのでこれを我は撃滅する。
我はまず第一戦列のオークレギオン大隊に、前面防壁を作るよう指示を出す。そしてシールドウォールである。次いで第二戦列のオークファランクスは左右に展開させ、後方杖剣部隊は敵の迂回を警戒して後方を守らせる。弓隊、及び未展開の攻城兵器隊は今回は出番はなさそうなので中央で待機させる。
そして包囲に強い八陣“方円の陣”を歩兵だけでまず目指す。
少し様子を見る。すると敵の準鶴翼陣はまっすぐ突進してくるようだ。よし。ならばボアファイターは全て左翼に集中して迂回させ、敵右翼のボアファイターを突破させる。
前回と違って今回は歩兵だけでなく、ボアファイターにもある訓練を施してある。それは“騎兵二隊連携戦術”である。これはまず、主力のボアファイターはまっすぐ敵右翼のボアファイターへ突進する。そして二隊目のボアファイターは素早くその戦場をさらに迂回して、敵右翼ボアファイターの側背を突く。
つまり、今までは歩兵と騎兵が連携して行っていた鉄床戦術を、偏らせて全ての騎兵を注いだ局地的戦闘に於いてやらせると言う戦術である。
これは、局所的に兵力を偏らせる“偏重心一点突破戦術”に“鉄床戦術”を加味させ応用した“騎兵二隊連携戦術”による“敵片翼突破半包囲戦術”と我は命名する。
では再現して見せよう。いつぞやに約束した
──伝説の“車懸りの陣”を。
(因みに“卍”は飾りであって意味は無い)
とはいっても、伝説の車懸りの陣と言うには少々イビツで、言われている程“渦巻渦巻”してはいない少々不格好な陣形となってしまった……。言い訳だがこれには理由がある。我の解釈する車懸りの陣を実行するにあたって“綺麗な渦巻状の陣形”は重要ではないのだ。あくまで経過の一場面を切り取った結果、渦巻状に見えると言う程度なのである。
一応これを、“ファルマ流車懸りの陣”とでも言っておく。
余談だが、我が父カラドクーは、イチイを使った疑似ロングボウを装備する改革弓隊を指導の派生から指揮するに至っている。
オーク持ち前の筋骨隆々で引きの重い弓を扱うのは容易であったが、経験はまだ浅いはずである。本来であれば前面に展開する味方大隊の背が視界及び射界を邪魔して射撃できないはずである。が、我が父カラドクーは自身の経験を元に味方の頭上を山なりに射る曲射で一斉射(弾幕射撃)させた。
それは投槍や弓、もしくはスリングで石を飛ばすスリンガーで構成された混成の敵散兵部隊に命中し、まぁまぁの被害を与えた様だ。──ぬぬ。我は“明星の戦士ギリスマエソールの弓師”とは何であるかを知らないが、その腕前はなかなかであると評価せざるを得ない……。
とまれ、それはさておき、車懸りの陣について話を戻す。車懸りの陣には諸説ある訳だが、我が、この戦い方が車懸りの陣なのではと気付いたのはたまたまであった。
ナポレオン大好き一点突破戦術に、ハンニバル御用達の鉄床戦術(包囲殲滅戦術)。騎兵は機動力があるが故に迂回が好きで、その騎兵は槍持ち兵科に脆弱である点とを考慮した、側背を槍兵に警戒させる方円陣形。そしてそれによる深みのある陣形戦術(古典的な縦深防御戦術)。それらを組み合わせて合理的かつ能率的に敵野戦軍の撃滅をする方法を幾度となく我は探っていると、結果落ち着いたのがこの戦術だった。
これをよくよくテンプレとしてまとめて見れば、これはもしや……“車懸りの陣”なのでは? という発想に至った、という訳である。
“車懸り”とは、雑に言えば“車輪が回る様に”と言う意味合いである。その為か、車懸りの陣とは、渦巻状の陣形を組み、端っこから疲れていない新鮮な部隊を次々と戦場へ投入し、先に戦っていた疲れた部隊から順々に戦場を離脱させると言うふうに解釈されてきた。
間違ってはいない、とは思う。
しかし我が言いたいのは、結果的にそうなるのであって、それが主ではないと言う事を言っておきたい。つまり我がやっているのは、一点突破的に偏らせた新鮮な部隊を次々と敵の片翼から側背へ投入、回り込ませ、絶えずに鉄床戦術を行って殲滅していく、と言う代物であるのだ。
両軍は正面切って全力でぶつかり合う。
と同時に、我の意図で左翼に展開した我々ボアファイター二部隊は、敵右翼のボアファイターの包囲に成功。これを素早く殲滅した。
持たせていた使い捨ての馬上槍が、そのリーチを存分に発揮し、突撃及び馬上での戦闘を有利にした模様だ。これは必ずしも絶対ではないのだが、槍というのは地上でも馬上でも、馬上の敵を相手にした場合、有利になる事が多いのだ。
とまれ、休んでいる暇はない。
敵右翼を突破した我等のボアファイターは素早く敵本体を包囲すべく敵後方へ展開する。
そして一方、敵左翼の猪は、あらかじめそうなるであろう事を意図して回しておいた側面後方を警戒する槍部隊の、方円の陣防衛線によってその突撃を躊躇わせた。
──これが、“ファルマ流車懸りの陣の本領”である。
猪が敵右翼の猪共を屠ると、我が陣左翼に展開した一部のオークファランクス部隊がそれに続いた。
見る見るうちに敵は半包囲されてゆく。
焦った敵将と初撃の役目を終え後方で待機していた敵散兵は、それに焦って防壁を作る。が、しかし槍も無く、飛び道具を扱う事を専門にした近接において脆弱な部隊が、猛烈な勢いで猪突猛進する猪を押し返す事など出来るわけがない……。
我が猪は、容易にそれを蹂躙する。
そして、第一戦列の我が大隊との戦闘に夢中で、後方の出来事に全く意識が行っていない敵主力の混成歩兵部隊は何の抵抗も出来ないまま、猛り狂った我がボアファイター共によって背後から、
──クチャられた。
半包囲で良い。故に敵は逃げ出す。
今までのオーク共であったなら、勝ち馬に鞍替えする為に降伏していたであろう。しかし今回の敵は降伏せずに全力で退路から撤退を開始した。
恐慌状態には変わりなかったが、降伏した敵は僅かだった。故に半包囲で良かった。
もし今までとは一味違う志向の敵オークを完全包囲してしまっていたら、窮鼠猫を噛む決死の戦闘でこちらの被害もそれなりになっただろう。しかし退路が残っていた為に、そこに活路を見出し撤退と言う選択肢を敵はしてしまった……。
やれやれ。我はため息をつく。
敵は一人でも少ない方が良い。軍門に下らぬと言うのならば……。
我は一応の警戒をする。陽動撤退にしては雑過ぎる。故に罠は無い。そして我は“まだ足りぬ!”と血に飢えたボアファイター共に、追撃を許可する……。敵の猪ならともかく、もはやまともに戦闘もできず、ひたすら逃げ惑う機動力の無い敵オーク歩兵共は、残念ながらそのまま皆殺しとあいなった……。