12.雪冠る山脈の戦い
敵は守勢である。向こうから動く気配はない。
ならば我はまず、左翼にボアファイターを集中する。敵はそれに合わせて右翼にボアファイターを対する。なるほど? では次に、重装歩兵と女戦士を残りの戦域幅目一杯に間延びして隙間なく整列させる。
……敵に動きは無い。
では、軽装歩兵をボアファイターと重装歩兵の影に隠れさせながら静かに全員ボアファイターの後ろへ集中してみる。
……敵に動きは無い。
──気付かれていない。ついてる。完成した。
“エパメイノンダスの斜線陣”である。
何処が斜線なのか? これから斜線になるのである。地形から鉄床戦術は今すぐできない。しかし“各個撃破”は出来る。なぜ“各個撃破”になるのか? 敵は分散していない様に見えるが、横に一様に整列しているのだ。そこへ偏らせた兵力で“局地的な戦力差”を作り出す。つまり無理やり“各個撃破”するのである。
これを戦力偏重心による一点突破戦術、とでも言っておく。
この意図はばれてはならない。
この意図がばれると、局地的な戦力差を補うため、敵も戦力を合わせて偏らせてしまう。故に、ボアファイターと重装歩兵と女戦士をスクリーンとして、アタッカーである軽装歩兵を隠れやすいボアファイターの後ろへ偏らせたのだ。
また、間延びした重装歩兵は、これから行う戦術を完成させるため、手品で言うところの“意識誘導”の要因になってもらう。これにより、これから始まる局地的な戦闘を補うために、敵が兵力を移動させてしまうのをためらわせる。
しかしもし、敵が兵力を局地的な戦闘に回したなら、今度は“意識誘導”側を薄くなった敵戦線へと投入すればよい。
我は自信満々に号令する。
「──中央前進! 右翼は微速前進! そして左翼は突撃だ!」
「イエアッイエアッ! ウヲヲヲォォオオォォオオオオアオ!」
我があまりにも自信満々に号令するので、オーク共もそれに疑いなく我に従う。我を神の子と疑わないオーク共は素直でよろしい。実に扱いやすいのである。
そして斜線前進開始である。
なぜ右翼を遅らせるのか。意識誘導もあるが、戦力を左翼に偏らせている分、右翼の戦力が脆弱になってしまっている為だ。それは言い換えれば、敵から見れば各個撃破の絶好の的なのである。故に、敵は出来れば守勢である必要があるし、この意図がばれればリスク大なのである。
で、あるから、わざと右翼を遅らせて左翼が突破する時間を稼ぐのである。
──そして一点突破に成功したら、あとは例の如く“鉄床戦術”である。
「突破ぁぁぁぁぁあああ!!」
ボアファイター達は叫ぶ。
よくやった。
彼らは今までの戦いから我が意図を本能的に理解している。戦闘民族オークは脳筋かもしれない。だが指揮官の戦術的意図を度重なる戦いによって体で覚えた。体で覚えた脳筋共は、頭で考える奴らよりも、鍛え上げられた体感で見事にそれをこなしてしまう。故に、一方的に脳筋を馬鹿にするのは良くないのである。“馬鹿とハサミは使いよう”なのである。
しかし、もし意外にも敵右翼が頑強であったなら、この戦いどうなっていたかわからなかった。だが、騎乗者に比較的有用な長物をもった軽装歩兵が、ボアファイターの突撃で乱戦となった所へ乱入。一気に敵ボアファイターを滅殺してその後方の敵歩兵をも勢いよく飲み込んだ。
騎兵は機動力があり、そして獣の背に乗る分、高い所から攻撃できるので非常に強力な兵科である。特に短い獲物を持った歩兵では、その突撃を抑える手段も少なく頭上の敵を相手にするのであるから、非常に不利である。しかし、騎兵はその機動力を乱戦で奪われ、勢い落ちた所に長物を持った歩兵に群がられると、一転して生還は絶望的になる。騎兵はほかにも様々な弱点を有している。
故に、騎兵は使い方次第では強力であるが、その意外な脆弱性から運用をミスると、かなり致命的なのである。
──これによって騎兵が壊滅した歴史的事象は数多である。
ナポレオンのワーテルローはそれで騎兵の大部分を失い敗北した。ネイ元帥にはしっかりしてほしかったのである。全くもってウェリントン卿は、してやったりのニタリ顔である。とはいえ、ウェリントン卿の騎兵も、無為な突撃でナポレオンのランサーズにコテンパンにされているのだが……。それぐらい、騎兵の運用には慎重かつ、ここぞという時の豪胆さが重要になってくるのである。
初戦でもこれと似た事が起きた。が、初戦と違うのは、今は受け手ではなく攻め手と言う点である。ボアファイターの突撃で乱戦して意識誘導し、隠蔽した後方の長物を持った軽装歩兵に敵ボアファイターを打ち取らせる。これは、我の意図する所であり、主導性を利用した我の勝利なのである。
この戦いは前回の個々の戦いの様に、一瞬ではなかった。高低差の不利もあり、被害もそれなりに出てやや苦戦した。故に、少しだけ時間がかかってしまった……。
だが決着はついたようである。