11.
敵は良い場所に布陣していた。
我等から向かって左は川、そして我等を左右から挟むように鬱蒼とした森が迂回を阻む。地の利も無い我等。実際、偵察も機能していなかった程である。そして我等のやや高台にいる敵は、そんな戦域幅一杯に兵士の防壁を作らせている。この位置に限った構図はノルマンディー公ウィリアム(後の征服王)がイングランド侵攻のさいに、ハロルド王と対陣したヘイスティングスの戦いの構図に似ている。
これでは迂回して鉄床戦術は難しい。
今までは見晴らしの良い荒野での戦闘であったから、縦横無尽に迂回やらが可能であった。が、ここでは複雑な地形でそれは難しい。狭い戦場、狭い戦域幅で限定的な戦闘を行わなければならない。しかも肉弾戦を好むオーク文化に有効な飛び道具は殆どない。飛び道具は完全に無い訳ではないが、組織的な戦闘が行えるほどの統一された装備ではないのだ。各々が個人的に装備している程度である。
しかも敵は高台、此方は低地である。位置エネルギーと運動エネルギーの相関関係から、低地から放つ飛び道具は、高台の敵には不利である。唯一の救いは、一応放っていた偵察部隊のおかげで、奇襲の可能性を排除できていたことぐらいだろう。
我はボンガーを問い詰める。
「貴様、わかっていたな?」
この発言にゴッズフィストは直ちに気付いて、怒り狂い獲物をボンガーへ向ける。しかしボンガーはにやけて敵陣へと叫んだ。
「──よぉ! 久々だな糞共が! その喉仏嚙みちぎってやる! ダッハッハ!」
すると敵陣からも罵声が轟く。
「──ここは勝者、我等の地! 負け犬のクソ雑魚の地ではないわ!」
「グワッハッハッハ!」
敵陣は賑わっている。
「ふんっ! 笑わせるっ!」
我はそういうボンガーに問う。
「なるほど。貴様、我等を復讐か何かに巻き込んだな?」
我がそういうと、ゴッズフィストが凄い剣幕でボンガーの胸倉を掴んで得物を喉に押し付ける。しかしそれでも余裕なボンガーは一呼吸おいて
「だが、嘘はついていない」
「ほう?」
「ここにはニンゲン共が欲しがる金脈がある。黒鉄の鉱床も製錬炉もある。水もあるし獲物狩り放題の豊かな森もある。ニンゲン共みたいに耕せば、畑とやらも作れるだろう。そして奴隷もいる」
「奴隷?」
「ゴブリンだよ」
「なるほど?」
我は今にもボンガーの喉を搔っ切りそうなゴッズフィストに、取り敢えず引くよう目配せをする。フンッ! と、とつまらなそうなゴッズフィスト。ボンガーはゴッズフィストを軽くはねのけると、話を続ける。
「ここを先に制服したのは俺だ! チビデブのドワーフどもはだいぶ昔にここを引き払っていた。そしてゴブリンの巣になっていたところを俺は征服したのだ。ゴブリン共は雑魚だ。だから守ってほしいと言った。そして征服して奴隷にしてやった」
粗暴な外交だな……。何となく何があったか我には想像できる。無理半ばに言わせて理不尽に支配する。チンピラ外交だな……。
「──だが裏切者が出た! だから俺は復讐の為、ここへ帰ってきた!」
ゴッズフィストはボンガーへ、ウガォッ! と、メンチを切る。ボンガーも負けず劣らず、ンガッ! と、メンチを返す。とまれ……ほうほう。まぁまぁ策士だなこいつ。オークにもいるのだな。正直舐めていた。反省しよう。
とはいえ、地政学的に超重要拠点を手に入れられるチャンスであるし、高台にいるのは遅かれ早かれ排除しなくてはならない輩だったに違いない。我は、女オーク戦士に抱っこされながら敵陣容を眺める。そして、この戦いに勝たねばならない。
そして勝算はある。
「ゴッズフィスト、戦うぞ」
「っ!!」