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この街の夕日を  作者: 月銀
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キラキラとドロドロ

  目を覚ましたら知らない天井。きらきらとした日差しが優しく降り注ぐ窓に目を移すとそこには真っ白な砂浜と、落ち着いたブルーのどこまでも続く海が見えた。窓を開けると心地の良い海風がカーテンを揺らし、日差しのぬくもりが優しく肌を撫でる。その感覚は現実と幻想との境界をぼかしていく。

  昨夜は風呂にも入らずに寝てしまった。着替えを済ませて一階の食堂の方へと向かう。一歩一歩近く度に美味しそうな香りが僕の鼻を刺激する。煮物だろうか、醤油とみりんの甘辛い匂いにほんのり生姜のかおりがする。食堂というよりはリビングに近かった。僕に気づいた女将さんは料理をしながらわざわざ僕の方にふりかえって「おはよう」と挨拶をしてくれた。


「おはようございます。あの、この近くにコインランドリーとかってあったりしますか?」

「お洋服?もーそんなの気にしないで、洗っておくわ」

「そんなとこまでお世話になる訳には…」

「あっ!それよりお風呂入れてないわよね!先にお風呂入ってらっしゃい、その間に昼ご飯の支度済ませちゃうから。服は洗面所の青色のカゴに入れておいてね」


  面倒見がいい女将さんにおどおどしてしまったが、とりあえず言われるがままお風呂場へ向かった。

  ここに来て初めてお風呂に浸かった。今まで朝風呂なんてしたことがなかったからどこかのお金持ちになったようなへんな気分になった。僕の中で朝風呂のイメージがそんな感じだった。

  先程の事を考えると、女将さんの明るさと優しさに自分の意見をゴリ押しするのは失礼だが、無償でここまでしてもらうのも…という良心の揺れ動きが止まらない。そこで妙案を思いつく。お金や金品を受け取って貰えないなら体で払えばいいのだと。労働は立派なお金になる。という事は労働=お金というごとである。


「…というわけで!お手伝いでもなんでもします。僕に出来ることがあったら言ってください」

「そんなんいいのにぃ…でもそうね男では欲しいわ、何かあったら頼もうかしら。ふふっ。あっ!おかわりいる?」

「お願いします!!」


  自分の経験上回りくどい言い方ができない素直な人間の他、玉砕覚悟で諸凸猛進下があっさりと承諾してくれた。

  お風呂から上がった後、女将さんと昼ご飯を食べている。先程の匂いの正体は赤魚の煮付けだったようだ。臭みもなくしっかり味がか中まで染みていてとても美味しかった。これは女将さんの得意の料理だそうで、旦那さんの胃袋を掴んだのもこの料理だったと楽しそうに話してくれた。

  午後からの予定も考えつつ女将さんの料理で胃袋を幸福に満たしていく。


  結局、手伝いは洗濯物を干したりお風呂掃除だけで、暇になってしまった。部屋で寝転んで窓の外を見ては今までの人生について思い耽るしかやることがなかった。途中女将さんが手作りのお菓子を持ってきてくれて、退屈そうにしている僕を見て「旦那の所にでも見学に行ってみたら?仕事があるかもしれないわ」と旦那さんが働いている漁港の地図を渡してくれた。

  昨日の浜辺に沿って真っ直ぐ歩いた場所にある漁港へと向かう。海から心地よい潮風が吹いてくる。砂浜の方を見ると昨日よ女の子だろうか、白いワンピースに、腰まである長い髪の上には大きめの麦わら帽子。初夏の柔らかな日差し、青い空にきらきらと波打つ海、その中にある女の子の後ろ姿は幻想的だった。一瞬まるで絵画の額縁の中から出てきたような感覚に陥った。

昨日の事もあり、見つかってしまうのは恥ずかしさとプライドがどうしてもまとわりつくので急ぎ足で女の子に気づかれないよう目的地まで向かった。

  漁港に着くと、旦那さんが待っていてくれていた。


「調子はどうだい?ここは都会に比べたら何も無くてやる事がないだろう」

「お陰様でのんびりさせてもらってます」

「そういえば仕事手伝ってくれるんだってね。家内からさっき連絡を貰ったよ」

「はいっ!僕にできることがあればぜひ」

「まあ、まずはそう畏まらず色々見てってよ」


  魚の取り方、加工の仕方。漁業について色々と教えてもらった。おまけに今朝釣ってきた魚の刺身まで食べさせてくれた。

  時間はあっという間に過ぎていった。漁港を出た後、もう一度あの砂浜に行ってみた。そこにはもう女の子の姿はなく、水平線に近くなる太陽が静かに海を赤橙色に変えてゆく。戻ってもする事がない僕は、太陽が沈むのを見守ることにした。

  砂浜を散歩していると、綺麗な貝殻、シーガラス、大きなワカメ、なんだか宝物探しをしているようで楽しかった。その中でも特に綺麗な楕円形のシーガラスを見つけた。宝探しに満足した僕は砂浜に降りる階段に座ってじっと海を見つめた。太陽が沈んでいくのは意外と早いもので、半分ぐらいが沈んでしまった。


「また会いましたね」


  聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。


「港町でのスローライはどうですか?満喫してますか?楽しめてそうでよかったです」


  連続して独り言のように喋り続ける女の子を見てやっぱり変な子だと思った。


「昨日はありがとうございました」

「いえいえ!そーお気になさらずー」

「………」

「えぇー!!それだけぇー。言葉のキャッチボールがなってないぞ少年!」

「えっと…どこから突っ込めばいいのか分からないけど、僕もしかして馬鹿にされてるかな」

「そ、そんなつもりでは…」

「………」

「馬鹿になんてしてないですよ…でも名前も知らないのに馴れ馴れしいですよね、ごめんなさい」


  僕が威圧したせいで女の子は去ってしまった。もう話しかけてはくれないだろう。

  自分のしなければならないことから逃げてきたストレスは、自分の把握しているよりも大きなものだったらしい。些細な事でイライラしてしまう。それを親しくもない他人にぶつけるなんて最悪な行為だ。


「…沈んじゃったなぁ」


  いつの間にか太陽が沈んでしまった。吸い込む空気が心を締め付けた。

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