第9話:救出作戦
違和感がなかったわけじゃない。怪しいと思わなかったわけじゃない。だけど、言われたことに気が動転してしまった。ついていってはダメだと感じたけど、もし本当だったらと不安になり、確かめずにはいられなかった。
噴水広場でミランダおばさんを待っていた。噴水前のベンチに座って、行き交う人を眺めていた。一緒に買い物に来たであろう親子は、楽しそうにお話をしていた。おそらく待ち合わせの時間に遅れたであろう男性は、彼女に怒られたのか、手を合わせながら謝っていた。「ごめん、ごめん。」という声が聞こえそうだった。
人間観察は嫌いじゃない。何となくリラックスできるからだ。だけど好きでもない。「私はこの後どうやって生活していくのか」と、将来への漠然とした不安を感じるからだ。
「ちょっといいですか?」
いきなり後ろから声をかけられた。振り返ると、一人の男性がこちらを見つめていた。その舐め回すような視線は、私を不快な気分にさせるのには十分だった。
「そんなに警戒しないで下さい。いきなりすみません。」
表情に出ていたのだろう。その男性は丁寧な口調で言葉を続けたが、私が抱いた不快感は拭えなかった。だけど、彼が放った次の言葉で、その不快感は掻き消されてしまう。
「あなたのお連れ様が、突然倒れられました。すぐに来て下さい。」
ミランダおばさんが倒れた?それが本当なら、すぐに行かなければ。それから孤児院にも連絡しないと。
「それで、ミランダおばさんは大丈夫なんですか?」
「とりあえず別の場所に運びました。そこに案内するので、付いてきてもらえますか?」
「わかりました。お願いします。」
一瞬、奴隷商団のことが頭をよぎったが、そんなわけないと頭を横に振り、その不安を無理矢理消した。
しかし、男性に案内されるにつれて、その不安が消えることはなく、逆にだんだんと大きくなり、そして確信めいたものに変わった。
まわりの景色が、明らかに不自然だった。急病人を運ぶような場所じゃない。そもそも倉庫地区に診察所らしきものはないと思う。「いや、もしかしたらあるのかも」と思い直しても、そもそもお店から大分離れてしまっている時点で、絶対に違うと思った。
途中で立ち止まり、息を少し整えてから、男性にこう質問した。自分の心臓の音が、大きくなっているのがわかった。
「本当にミランダおばさんが、こんなところにいるのですか?」
「ええ、本当ですよ…。」
私の方を振り返り、向けられた視線に、自身の心臓が止まりそうだった。何故かはわからないけど、はっきり確信が持てた。この人は奴隷商団だと。すぐに「逃げなきゃ」という考えがよぎったが、後ろに衝撃を感じて、目の前が暗くなった。
―――――
気が付いた時は、暗い牢屋の中にいた。蝋燭の灯りで、辛うじてまわりが確認できるぐらいの明るさしかない。牢屋の前には、見張りっぽい男性が二人いた。
頭に少し痛みがあるけど、それ以外には特に異常はないみたいだった。荷物は無くなっていたけど。
思ったよりも落ち着いている。やはり、奴隷商団に捕まったみたいだった。衝撃が強すぎて実感が湧かなかったけど…、
「それにしても、ヨスの兄貴はもう始めちまったのか?まだニール様から指示は来てないんだろ?」
「ああ、まだ指示は来ていないらしいぞ。まあ、あの人、目を付けた得物は逃がさねえ人だからな。」
「たしかにな。まだ子供みたいだが、それはそれでマニアには高く売れるからな。はっはっは。」
彼らのそんな会話を聞いた私は、今まで消えていた大きな「不安」に潰されそうになった。どうしよう…。こわい…。
―――――
衛兵たちと一緒にクロエの匂いを追跡していた私たちは、倉庫地区にいた。クルト曰く、奥に見える廃棄倉庫から、クロエの匂いがするとのことだった。
やはり彼女は奴隷商団に捕まったようだ。
衛兵のひとりが、増援を呼びに行っている。まずは増援が到着するまで待機となった。
サイモンと増援が到着し、倉庫への突入準備を進める。内部の人数によっては、それなりの作戦が必要かと思ったが、倉庫前の見張りも含めて10人にも満たないようだ。私やクルトの気配察知もそう告げていた。こちらは私を含めて16人。相手が強者ばかりでなければ、問題はないだろう。
サイモンからは、「ライナス様はここでお待ち下さい。」と言われたが、「私も冒険者です。自分の面倒ぐらい見られます。」と固辞した。サイモンもそれを聞いて、「それではくれぐれも無理はしないで下さい。」と一緒に行くことを了承してくれた。
ちなみに、クルトは召喚魔法を解除してこの場にはいない。大きな戦力ではあるが、魔法で小さくしていただけで、実際に大きくなるとそれなりに目立つので、今回のような奇襲作成には向かないと判断した。まあクルトがいなくても大丈夫だろう。
サイモンが見張りの男に素早く近付き、意識を刈り取った。団長ということだけあって、その戦闘能力は高い。
「誰だてめえらはっ!ヨスのアニキーっ!侵入者だっ!」
そう叫んだ男に素早く近付き、急所を打って気を失わせた。その他に4人いたが、すでにサイモンと衛兵に取り押さえられていた。
倉庫の奥には小屋は1軒建っていたが、騒ぎを聞きつけたのか、2人の男が姿を現した。
「…っ!サ、サイモン団長、あいつはヨスです。連続殺人犯及び窃盗犯として、王都で指名手配を受けている奴です。」
「ああ、そのようだな。そしてもう一人はカイルか。あいつも誘拐及び殺人の罪で指名手配を受けていたな。」
衛兵の驚いた声に、団長は言葉を紡いだ。
「何だ?見つかったみたいだぜ。カイル。」
「はあ…。お前が勝手に行動したせいだな。結局ヘマしてるじゃないか。」
「ああっ!別にいいだろっ。ここでこいつらを殺っちまえば、それだ終わりだ。」
「しょうがないな…。」
ヨスとカイルは、それぞれ王都を追われる指名手配犯であり、しかもそれぞれに100万テーレの懸賞金が懸けられている。これは、トーマスからの定期報告に挙がっていた内容だ。しかも、二人ともかなりの遣い手らしいということも。
「おい、おまえたち。クロエをどうした?」
私は静かな声で、彼らに尋ねた。
「あっ?何だ、衛兵にガキが紛れてやがる。クロエってのは、オレが攫ったお嬢ちゃんのことか。へっ、安心しな。そいつは大事な『商品』だからな。地下牢にいれてあるぜ。」
「『商品』…。やはり、おまえら『イル・ウルス』か?」
「おい、カイル。やっぱりオレらは有名みたいだぜ。こんなガキにも名が知られているみたいだ。やっぱり、この組織に入って正解だったぜ。」
「やめろ、ヨス。余計なことをベラベラ話すな。」
「だから、この場で全員殺せば大丈夫だって言ってんだろ。おい、おまえら。オレらに出会っちまうなんて、不運だったな。後悔しながら死ね!」
奴らが仕掛けたのと、私とサイモンが飛び出したのは同時だった。私たちと奴らが倉庫の中央で対峙する。
「何だよ、カイル。オレはガキ相手かよ。」
「いちいち文句を言うな。さっさと片付けろ。」
「ずいぶんと余裕ですね。戦闘中だというのに。」
「はっ。てめえみたいなガキ相手に本気になるかよ。さっさとかかってこい。」
「そうですか。なら遠慮なく。」
その言葉が戦闘開始の合図となった。
「ほらほら、どうした?ガキ。威勢がいいだけか?」
ヨスと呼ばれた男は、2本のショートソードを持って戦っている。動きはそれなりに早く、その速さで相手を翻弄して攻撃するというスタイルか。
その一方で、カイルと呼ばれた男は、片手剣を得物とし、サイモンと交戦している。双方まだ余裕があるようだ。どちらにしても、懸賞金が懸かっているだけあって、それなりの戦闘能力を持っているようだ。
「このガキ…。オレを相手に余所見をするとは、いい度胸だ。もう決めちまうか…。」
ヨスがそう吐き捨て、距離を取った。その後、今までよりも速いスピードで向かってきた。
「これで終わりだー!!!」
速いな。本気の一撃という感じだが、直線的過ぎる…。
ヨスの斬撃が入る瞬間、下から1本の光の糸が走った。
「うぎゃあああっ!腕がァァァ!」
二人の斬撃が合わさる瞬間、ヨスに右腕が宙に舞い、奴はその勢いのまま、私の背後でうずくまっていた。
「マジックチェイン」「ヒール」
奴をそのまま死なすわけにもいかないので、魔法で拘束し、最低限の治療を施した。
一方カイルは、ヨスの叫び声に驚き隙ができたのか、サイモンの手により絶命していた。サイモンは即座に衛兵に地下室に行くよう命令し、こちらに近付いてきた。
「お見事です、ライナス様。冒険者として活動されているのは知っておりましたが、まさかここまでの実力とは。」
「まあ、たまたまだよ。相手の攻撃が直線過ぎて、カウンターを狙いやすかっただけだから。」
「ははは。それは実力がないと狙えませんよ。しかし、まさかこんなところで懸賞金持ちに会うとは…。」
「うん…。『イル・ウルス』は思ったより大きい組織みだいだね。」
―――――
地下牢の見張りは、その他の衛兵が制圧していた。というより、一人だけ取り残されており、衛兵の姿を見て、すぐに降伏したということだったらしい。
「クロエ、大丈夫?遅くなってごめんね。」
「ライナス…。」
彼女は私の胸に抱きついてきた。その手は少し震え、「こわかった…。」というとても小さな声だけが聞こえた。
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