第7話:チンピラと孤児院とお菓子の人
週末に何とか投稿できて良かったです。
PVも増えており、ありがとうございます。
Eランク冒険者に昇格した後も、変わらない日々を過ごした。
地道に冒険者として活動し、休みの日は屋敷で過ごしたりしていた。
時折、アンジェラたちと一緒に鍛練したり、依頼を受けることもあったが、基本的にはソロで活動していることが多かった。
そういえば、先日トーマスが様子伺いに来てくれた時に、冒険者になったことを伝えたら、とても驚かれた。特に何も言われなかったが、父の手前、心配しているようだった。
冒険者になった当初は、セバスやシエスタも心配していたが、Eランクに昇格したことを伝えると、とても喜んでくれた。彼女からは「お祝いをしましょう」と言われ、せっかくだからとトーマスを招待して、使用人と一緒に食事会を催した。セバスをはじめ、使用人たちは、私やトーマスと同席することを遠慮していたが、「みんなで楽しみたいから」と言ったら、素直に従ってくれた。食事中も微笑んでいたから、たぶん喜んでくれていただろう。
トーマスからは、近況報告を含めて、父に手紙を書いたらどうかと言われたので、今度書いてみようと思った。
―――――
食事会から少し経ち、春の陽気を感じるようになった日。今日は「冒険者稼業」は休みである。
休みの日は、屋敷で勉強や鍛練をして過ごすことが多いが、何となく出かけようと思い、ひとりで街に向かった。
レイカールは政策の一環として、一定の区画割が実施され、街づくりが進められてきた経緯がある。
貴族の屋敷や一般庶民の住居が多く集まる「住宅区」、3本のメインストリートを中心に商店が集う「商業区」、初等教育機関と中等教育機関、そしていくつかの研究機関が集まる「教育区」である。
住宅区に商業施設があるように、厳格な区分というわけではないが、街運営がスムーズに行うことができるように考えられた政策となっている。
いま私は、商業区内にあるメインストリートのひとつである「レイカール中央通り」を気ままに散歩している。冒険者として活動していることもあり、武器や防具、役立ちそうな魔道具には興味があるので、見てみるのもいいだろう。ついでに屋台で腹ごなしもできればと考えていた。
「おいっ!どうしてくれんだよっ!このクソガキがっ!」
そんなことを何となく思っていると、どこからか大声というか罵声が聞こえてきた。声の方向に視線をやると、串料理の屋台の前で、ひとりの男が下を向いて叫んでいるのが見えた。相手はまだ子供で、叫び声に驚いたのか尻餅をついたようだった。
男の叫び声に「なんだ、なんだ。」と野次馬も集まり出した。
「せっかくこの前の依頼で買ったもんなのによ。よごれちまったじゃねーかっ!」
男は、尻餅をつき泣きそうになっている女の子に対して、さらに言葉を続ける。
「ちゃんと弁償してくれんだろうなっ!あっ!」
「すいません!この子が何かしましたか?」
女の子の後ろから、ひとりの女性が走ってきて、男に尋ねていた。女の子の家族だろうか。おそらく違う場所で買い物をしていたのだろう。
「ああっ!どうしたかじゃねえよ。このガキがいきなり俺の服にこぼしやがったんだよっ!」
女の子が持っていたジュースが、その男がいう新品の服にかかり汚れてしまったようだ。
「すみませんでした。どうか許して下さい。」
その女性は、女の子を起こし、謝罪しながら、何度も頭を下げていた。私と同じぐらいの年齢だろうか。
「そうか。じゃあ…10万テーレで許してやるよ。この場で払え。」
「そんな、10万テーレなんて大金持っていません。どうか許して下さい。」
「ああっ!払えねえじゃねえよ。借金してでも払ってもらうぜ。」
男はそう言いつつ、彼女を値踏みするような視線を送り、「じゃあ、金が払えないなら…。ねえちゃん、ちょっと付き合ってくれたらいいぜ。」
…真昼間の大通りで、こんなことを平然という輩が本当にいるんだな。下心丸出しで…。あいつ、冒険者というより完全なチンピラだな。
女の子も「おねえちゃん…。」と言って、彼女の足にしがみついて、見つめている。
「……、わかりました。それでいい『いやっ、そこまでする必要ないよ。』。」
「えっ…?」「あっ?」
もういいだろう。あの男はやりすぎたな。もともとは女の子が悪いのだろうが、子供がやったことだからな。このまま見過ごしても後味が悪い。
「その服がそんな高価そうに見えないけど?」
「ああっ!誰だてめえは?」
「私が誰かは関係ないでしょう。それよりも、子供がしたことに対して、大人げないのでは。服は洗えばいいでしょう。弁償を求めるにしても、せめて洗濯代程度の金額にするべきですよ。」
「ああんっ!このガキがっ!あまり調子にのるなよ!代わりにてめえが払ってくれるのか?」
「いいえ。その必要はありません。『クリーン』。」
私が唱えた魔法「クリーン」は、身体や衣服に付いた汚れを取り除く効果がある。前世で創造した魔法で、きれい好きな人はぜひとも覚えたい魔法だろう。
その魔法により、男の衣服に付いたジュースのシミはきれいに消えた。
「これでもういいでしょ?まだ何かありますか?まさか今度は慰謝料がどうとか言わないで下さいね。」
「てめえ…。くそっ!覚えてやがれっ!」
男はそう捨て台詞は吐きながら、バツが悪そうにその場を去っていった。
…彼を「覚える」ことに意味があるだろうか。すぐに忘れることにした。
―――――
「大丈夫でしたか?」
「…えっ?あっ、はい!ありがとうございました!」
「お嬢ちゃんも大丈夫。泣かなくてえらかったね。」
女の子はまだ落ち着かないのか、女性の足元にくっついて、こちらを見つめてきた。その瞳には動揺が見られる。そして、小さな手にはこぼれて中身がなくなったカップが握られていた。
「ジュースは、あのガラの悪い人のズボンが飲んじゃったみたいだから、私が新しいのを買ってあげるよ。」
「いえ、そんなことまでして頂いては…。」
女性は遠慮したが、「まあ、いいから。」と同じものを買って、女の子に与えてあげた。その子は「ありがとう。」とお礼を言ってくれたので、頭を撫でた。やっぱり女の子の前ではカッコつけたい(笑)。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はライナス。この街で冒険者として活動している。さっきは大変だったね。」
「私の方こそありがとうございました。私はレイラと言います。この子はメイです。」
メイは「こんにちは。」と笑顔で挨拶してくれた。もう警戒心や動揺はないようだ。やっぱり小さい子は癒される。二人とも街にある孤児院で生活をしているようで、レイラは年長者ということで、小さな子供の世話をしているそうだ。とはいっても、レイラは私と同じ年齢だというから感心だ。
孤児院は院長のジルドさんと、副院長でジルドさんの奥さんであるミランダさんが経営しており、レイラみたいな年長者があと2人いるとのこと。全部で20人の大所帯らしい。
二人とも孤児院に戻るとのことだったので、念のため送ることにした。お土産にお菓子を持っていったら、子供たちからは「ありがとう!」と元気にお礼を言われ、院長からも感謝された。どうやら経営はそこまで余裕があるようではなさそうだった。
子供たちから「また来てね!お菓子の人。」と言われ、お菓子の人はまた来ることを約束したのだった(笑)。いい休日になった。
―――――
「ライナス様。トーマス様より定期報告が参りました。」
セバスから定期報告の話があったのは、そんな孤児院との出会いがあった翌晩のことだった。今日は日帰りで依頼をこなしていたが、昼間にトーマスからの使いがあったようだ。
トーマスからは「定期報告」というかたちで連絡をもらっている。内容としては王都の様子や諸外国の情報等、王都から発信される情報がほとんどだ。特段気にするものではないが、知っておいて損はない。
「そうか。ありがとう。後で目を通しておくけど、何かあった?」
「はい。『奴隷商団イル・ウルス』に関する情報で、最近活動が活発になってきたので注意するようにとのことでした。リーダーのべドジフには懸賞金が懸けられているとのことです。」
奴隷自体はスナイデル王国でも認められている。しかし、それらはあくまでも法的に「犯罪奴隷」と「借金奴隷」と認められた場合だ。「犯罪奴隷」は犯罪に対する懲罰として、「借金奴隷」は借金返済の最終手段として認められており、どちらも一定の条件を満たせば「奴隷」から解放される。そして、「奴隷」にも一定の権利を有することが認められており、所有者は責任を持って管理することが義務付けられている。
しかし、報告によれば、「イル・ウルス」は違法な手段で奴隷を増やし、裏ルートで販売しているとのことだ。
違法な手段というのは様々ある。法外な利息で借金を背負わせ、首が回らなくなった債務者を強制的に「奴隷」にする、もっとひどいものでは無関係な人を拉致して、そのまま「奴隷」にするといったものだ。
報告にあった通り、最近活発に動いているようで、王都や周辺都市での行方不明者も出ているとのことだった。懸賞金が懸けられていることを考えれば、奴らの活動が広範囲に渡っており、深刻なものになっているのであろう。
報告には各都市で取り締まるようにとの命令が記載されていたのだった。
読んで下さり、ありがとうございます。