第3話:生活の糧を得る方法
前世を思い出してから1ヵ月が経った。
この時代は、アルバート・ヘーゼルダインが死んでから300年程経過しているようだ。あまり実感はないな…。まああくまで「ライナス・ロックハート」であって、「アルバート・ヘーゼルダイン」ではないからな…。
―――――
季節は冬本番となり、ここレイカールも本格的に寒くなってきている。この街は、王都アルトゥナよりも南に位置しており、徒歩で移動する場合、1ヵ月程度を要する。
移動に時間を要するため、別荘地には向かない気もするが、実はロックハート家が王国から拝領した領地である。当主のハリスは基本的に王都にいるため、代官を任命して領地経営を行っている。「別荘地」=「本拠地」であり、別荘自体も「別荘」程度の大きさではなく、大きな屋敷が聳えている。
「ライナス様、トーマス様がお見えになられました。」
「わかった。応接間で会うよ。」
この屋敷の執事であるセバスと一緒に応接間に向かう。
ライナスとして、まず始めにしたこと。それはまわりの人に感謝することからだった。執事であるセバスと専属メイドのシエスタに、看病のお礼をするとともに、改めて「よろしく」と伝えた。
彼らは少し驚いた様子だったが、「もったいないお言葉です」と返してくれた。事情がどうであれ、この屋敷に来てから余裕など全くなかったから、彼らに対して冷たく当たってしまった。このことを反省することから始めたいと思ったのだ。だから、彼ら以外にも屋敷で働く使用人やメイドに対しても、挨拶をすることから始めた。その効果がどうかはわからないが、最近では普通に世間話もするようになった。
「ライナス様。この度はご快復おめでとうございます。」
「ありがとう、トーマス。いろいろ心配させてすまなかった。」
トーマスは、このレイカールで代官を務める男であり、父の側近である。私がこの地に来た際にいろいろ支援してくれた。大病を患った時も、医師や薬の手配等、いろいろ助けてくれた。
「療養中はいろいろ世話になった。あなたが医師や薬を手配してくれたおかげで、この通り快復することができた。ありがとう。」
「いえいえ。ハリス様からもお世話するように仰せつかっておりますので。先日、ハリス様にご快復の旨を書簡でお伝えしたところ、とても安心したとの返答がございました。」
「そうか。父上にも心配をかけてしまった。今度手紙でも送るとしよう。」
その後、トーマスとは世間話をして時間を過ごし、昼食を済ませた後、屋敷の中庭で出た。日課となっている鍛練の時間である。
前世の記憶を思い出してからというもの、今後の身の振り方を考えるようになった。伯爵家とはいえ、自分はあくまで三男であり、特段の事情がない限り伯爵家を継ぐことはない。
そうなると、いずれは自立して、生活の糧を得なければならない。一応まだ学生ではあるから、中等学院に復学して、高等学院に進学するということも思案してみたが、これまでの経緯もあって、あまり積極的に考えられない。そうであれば、このレイカールで生活の糧を得た方がいいのではと考えた。
そこで思いついたのは、「冒険者」になることだ。別に「旅に出て未開の地を踏破する」とかではなく、ギルドに登録して生活費を稼ぐということだ。ギルド登録について年齢制限はない。冒険者として活動し、生活費を稼ぎながら、いずれ自立するというのが、最も現実的かと考えた。
そこで「鍛練」の時間を設けた。
アルバートの知識や経験、そして能力までも引き継いでいるようだが、あくまで今はライナスの身体である。前世と同じように戦えるかどう試すとともに、この身体での戦闘能力を高めることにした。
時間はたっぷりあるので、早朝鍛練~朝食~午前鍛練~昼食~午後鍛練~風呂・夕食~自由時間(読書・瞑想鍛練等)~就寝というスケジュールを毎日こなすようになった。時折トーマスのような来客もあるので、すべてその通りとはいかないのだが。
最近では身体にも馴染んできて、前世と同じような戦闘能力を発揮することができるようになっている。但し、武器・防具はライナスのものを使用するので、著しい能力低下は否めないが、まあ問題ないだろう。
セバスやシエスタは、鍛練について何も言ってこない。身体を動かすこと自体には問題がないので、特に気にしていないのであろう。
さて、そろそろ冒険者ギルドで登録したいと考えているが、これについては、事前にセバスやその他の使用人には伝えたほうがいいだろう。本当はトーマスにも言っておきたいが、代官は日々職務で忙しいと思うので、今度会った時にでも話すことにしよう。
明日にでもセバスに話してみよう。
―――――
いつもの早朝訓練を終え、朝食を済ませた後、セバスとシエスタを自室に呼んだ。
「ふたりともおつかれ。今日は話があって呼んだんだ。急な話で悪いが、これからは冒険者として活動していこうと思う。」
ふたりはとても驚いている様子だ。セバスは両手を後ろで組んだまま「なぜ?」というような表情をしている。一方シエスタは口を手でおさえるような仕草で、言葉が出ない感じだ。
「ふたりが驚くのもむりはない。ただ、ここ1ヵ月間でよく考えたつもりだ。」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
セバスが咳払いをした後に、落ち着いた声で質問した。
私は、自分の今後について、これまで考えてきたことを説明した。訓練をしているのは冒険者になるためであること、冒険者として活動して生活しいずれは自立する意志があることを、彼らに伝えた。
「承知しました。そのような考えであれば、こちらから何かを言うつもりはありません。ハリス様からも、ライナス様が何か望むこと、やりたいことができた場合には、できるだけ手伝ってほしいとも仰せつかっています。…しかし、冒険者という職業は、時には生命に危険が及ぶこともあります。そのあたりは理解されていますか?」
「当然わかっているつもりだし、何かあったとしても、二人のせいではない。全て自己責任だと思っている。」
その答えを聞き、彼らは了承してくれた。但し「くれぐれも無茶はしないように」との注意は受けた。
その日は訓練に時間を費やし、翌朝にレイカールの冒険者ギルドに向かった。
読んで下さり、ありがとうございます。