第20話:ミッドナイトトレント討伐戦②
「はああああっー!」
リュークが目の前のナイトトレントを一閃する。これで3匹討伐したかたちになるが、まだ殿下のところには行けそうにない。「次はわたしの番だ」と言わんばかりに、奴らが近づいてくるからだ。
「はあ、はあ。リューク、気付いている?」
「ああ。奴らわざと狙ってるね。ちょっとイラつくよ。」
「ええ、殿下の方にも向かっている奴がいる。いくらクルトさんがいるとはいえ、この状況はよろしくないわね。」
彼女たちは殿下のレベルがまだ奴らには適わないことがわかっていた。だからこそ、自分たちより強いであろうクルトを咄嗟に護衛に付けたのだ。しかし、こちらの想像以上に奴らの数が多かった。まさか、故意に囲まれるとは思っていなかった。
Bランクモンスターが集団で相手となると、いくら両副団長でも時間がかかってしまう。その間に殿下にもしものことがあれば…。彼女たちが焦るのは必然であった。
「とりあえず、こちらも早く済ませるしかないね。」
リュークの言葉に頷くしかないフロリーナであった。
―――――
「殿下、大丈夫ですか?」
クルトがその爪で奴の幹を切り裂く。その反動を利用して、殿下のもとに戻る。殿下は一瞬その視線をクルトと合わせただけで返事はなかった。奴らとの連戦で体力を大きく消耗していたからだ。自分よりも格上の相手、しかも経験の少ない実戦により、体力だけではなく精神的にもダメージは大きかった。
クルトと協力して、すでに3匹のナイトトレントは倒したが、目の前には新たな3匹が近付いていた。詠唱付の火魔法を連発したせいで、魔力も大半を消費していた。詠唱中にも枝による攻撃が襲ってくるため、その場合は詠唱を中断して、剣で迎撃していた。奴らの攻撃をいなすことができる程の剣術を殿下は身に付けていた。成績トップは伊達じゃない。
「その炎によって…」
「殿下!下がってくださいっ!」
殿下が何度目かになる詠唱を始めた時、2匹の同時攻撃が迫ってきた。1匹はクルトによって阻まれたが、もう1匹の攻撃が殿下を襲い、その枝によって捕らわれてしまう。
「くっ…、こんなもの!」
殿下はその枝によって宙に浮かぶようなかたちになっている。クルトが切り裂こうとするが、その他2匹によって阻まれる。
殿下を捕まえたナイトトレントは幹が縦に割れたような大きな口から不気味な気体を吐き出す。これがライナスの言っていた毒であった。奴は毒を霧のように吐き出し、獲物を痺れさせる。そしてそれを多く吸うと命にかかわるほど危険なものであった。
―――――
おかしい…。ミッドナイトトレントに遭遇しない。ナイトトレントばかりだ。
ライナスは疑問を持たずにはいられなかった。前世の知識と経験によれば、ミッドナイトトレントはナイトトレントの進化形。進化条件は満月の南中とその光。これは今世でも同じであった。
前世において、ミッドナイトトレントと戦った時といまの状況は酷似している。これだけのナイトトレントがいれば、必ずと言っていいほど、奴に遭遇するはずだった。しかし、まだ見つかっていないし、気配すらも感じない。
もうすでにナイトトレントを20匹以上討伐している。そのせいかこちらを襲ってくる個体はあまりいなかった。更に奥まで進めば、目的の個体を見つけることができるかもしれないが、そろそろ殿下のもとに戻った方がいいかもしれない。予想外のことが起きている。ミッドナイトトレントに遭遇しないこともそうだが、ナイトトレントの数が多すぎる。
ライナスは、目の前のナイトトレントを一閃すると、そのまま来た道を戻り始めた。
―――――
私は思った以上に苦戦していた。自身の経験不足はわかっていたつもりだったけど、ここまで実戦で辛いと思ったことはなかった。クルトが支援してくれるが、自身の実力不足は変わらない。
事実、こうやってナイトトレントに捕まり、毒霧を浴びている。咄嗟の判断で息を止めたが、その霧に容赦なく襲われている。手が自由に利かないため、魔力を集めることができない。それにここで火魔法を使えば、霧に引火しないとも限らなかった。
苦しい…。目を瞑っているせいもあって、まわりの状況がよくわからない。相変わらず戦闘音は聞こえるため、もしかするとクルトが向かってきてくれているかもしれないが、このままでは窒息してしまう。とはいっても、少しでも息をすれば、この毒を吸い込んでしまう。
苦しい…。やはり無茶だったのか。大切な妹を救いたいとの一心でここまで来たが、やはり無謀だったのか…。目から伝う一筋の光は悔し涙だろうか。それとも毒で目が染みているのだろうか。
(お姉さま。)
何故こんな光景が映し出されるのか。
瞼に映ったのは、元気なころの妹だった。自分で言うのもなんだが、モニカは、私のことが大好きで、どこに行くのにも私の後ろを付いてきた。そんな妹をとても可愛く思っていた。
いつも一緒だった。私が学院に入学してからは、少し寂しそうにしていたが、自分もお姉さまのように勉強すると言って、自ら父上に家庭教師を付けることをお願いしていた。妹が学院に入学してからは、いつも一緒に通学していた。妹は相変わらず私のことが大好きだった。そんな妹を嬉しく思うも、姉離れができるか少し心配もしていた。
その後に映し出されたものは、妹が苦しむ姿。病魔は何の前触れもなく、妹を襲った。病名を言われた時は、その場で倒れてしまいそうなほど衝撃を受けた。すぐさま治療が始まったが、不治の病と言われた石化熱に有効な治療方法は無かった。石化が始まると、妹は塞ぎ込むようになった。そんな妹を励ますことしか、私にはできなかった。
そして声も出なくなってしまい、生きているのか死んでいるかもわからない妹の姿が浮かんだ。それは、出発前に見た妹の姿だった。このまま妹は死んでしまうのか…。
…いや、死なせない。妹を助けると決めたはずだ。ここで私が諦めたら、妹の笑顔を取り戻すことができない。妹を救うためには、この旅を成功させるしかない。妹が諦めていないなら、私も…。
どうすればいい。どうすればこの状況を打破できる?
ライナスが言っていたように、毒霧には風魔法で対応する必要がある。しかし、私は風魔法がほとんど使えない。魔法との相性が良くないのだ。そして得意の火魔法は使えない。そもそもいまの状態では、魔力を上手く込めることができない。詠唱も当然できない。どうすれば…。考えろ…。
そうだ…。ひとつだけ手がある。イチかバチか…。これに賭けるしかない。学院では危険とされているが…。もう時間がない。
―――――
殿下に危険が迫っていることはわかっていた。どうやらナイトトレントに捕まったようだ。クルトが必死に助けようとしているが、まわりを奴らに囲まれていた。ここで殿下を確実に仕留める気なのか、Bランクともなるとある程度の知恵が付くようだ。その知恵が忌々しかった。
毒霧を吹き飛ばすには、ライナス殿の言う通り、風魔法が効果的なのだろうが、それでは殿下にもダメージを与えてしまう。まずは奴の枝を切断するしかない。
だが、リュークも私もナイトトレントに囲まれている。何とか突破しなければ…。
「ねえ、リーナ!僕が突破口を開く!だから殿下を救助してきて!」
「リューク、何を言っているの?そんなことをしたら、あなたが囲まれてしまうでしょ。」
「ははは。少しくらい何とかなるよ。だから、行ってきて!」
「…わかった。じゃあ頼むわ。殿下を助けてすぐに戻ってくる。それから、私のことはフロリーナと呼びなさい。」
「はいはい。さっさと行って。それと殿下を助けたら一度撤退した方がいいかもね…。」
リュークが真後ろにいるナイトトレントを一閃する。ここが突破口になる。このまま真っすぐ行けば、殿下のところにたどり着ける。私は殿下のもとに急いで向かった。
ヴォォォォーン!
それは突然だった。殿下を覆っていた毒霧が爆音とともに胡散したのだ。それを見た瞬間、何かが私のところに勢いよく落ちてきて、私はそれを無意識に受け止めた。それは殿下だった。
「うう…。」
殿下は苦しそうに声をあげる。全身に軽度の火傷を負っているようだ。
「ヒール」
すぐさま、殿下に回復魔法をかける。火傷が少しずつ治っていくのがわかる。
「フロリーナ…。ありがとう。」
「いいえ。それよりも何があったのですか?確か奴の毒霧で…。」
「ええ。あのままだったら確実に毒にやられていたから、賭けに出ることしたの。」
殿下は全身の魔力を高めて、わざと暴発させたと言った。魔法を使い始めた子供がたまに魔力操作を誤り、手元を火傷することはあるが、魔力自体を高めてそれを行うとそれは大きな爆発になる。
それは学院では禁止行為というか要注意行為だった。なぜならあまりにも魔力が高すぎると自身の身体ごと爆発してしまうからだ。そういう理由から、この現象は「自爆魔法」とも言われていた。
当然、殿下の魔力量はそれを危惧しなければならないものだった。それは確かに賭けだった。何という危険なことをしたのか…。
「だって、モニカのためだもの。」
殿下は笑顔だった。
「リーナっ!何をボサっとしてるんだ。奴らが向かってくるよ。」
リュークの言葉で私たちは奴らに囲まれようとしていることに気付いた。一体どれだけの数がいるのだろうか。まだまだ数はいるようだった。
しかし、殿下も限界を迎え、私やリュークも限界が近かった。クルトさんはまだ大丈夫のようだけど、この数は脅威だった。
「…っ!リーナ!後ろっ。」
油断だった。そんなことを考えていたことが、奴らに隙を与えていた。その枝が無慈悲にも抱えていた殿下を襲おうとしていた…。
「アイスブロック!」
しかし、その攻撃が私たちを襲うことはなかった。私たちを攻撃する前に、そいつの身体は木端微塵に破壊されていたからだ。
「殿下、フロリーナ副団長、無事ですか?」
聞き覚えのある、落ち着いた声が聞こえたのは、その直後だった。
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