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第17話:光と想い

「お前の魔力だと…?確かにお前はそいつらの中では最も実力はあるのだろうが、それは傲慢というものではないか?人間ひとりの魔力で購えると思っているのか?」

 フェンリルは先程までの静かな雰囲気とは打って変わって、再び殺気を放つ。機嫌を損ねてしまったようだ。


「落ち着いて下さい、フェンリル様。こちらの言葉足らずでした。私の魔力はもちろん、まわりに存在する魔素も取り込み、出産に使いたいと思います。」

「魔素だと…。お前はまわりの魔素を取り込むことができるのか。あれは魔力操作に長けたエルフ族でも限られた者にしかできないと聞く。ましてや人間族で使えるものは滅多にいないだろう。」

「はい。その認識で間違いありません。しかし、結論から言えば、私はそれが使えます。どうですか?一度試してみませんか?そちらに損はないはずです。但し、もし出産のお役に立った場合は、フェンリル草のことを前向きに考えて頂きたいのです。」

「うむ…。そこまで言うならいいだろう。もし出産が無事に終わった時は、フェンリル草を調合してやろう。」


―――――


 フェンリルは出産の準備に入る。準備と言っても、丘の上にある1本の木の下で座り込むだけだ。「お前の準備が終わったら近くに来い」とだけ言って、目を瞑っている。まるで寝ているようだ。


「ライナス、すみません。本来であれば私が何かをすべきなのに…。」

「いいえ、殿下。これも臣下の務め。必ずフェンリル草を手に入れたいと思います。殿下たちは少し離れたところから見守っていて下さい。」

「…。はい。よろしくお願いします。どうか…。」

 殿下は私の右手を両手で包み込むように握る。その両手は少し震えている。


「リューク副団長、フロリーナ副団長、ターニャさん。どうか、殿下をよろしくお願いします。ここにはモンスターの襲来はないと思いますが、念のため警戒だけは怠らないようにして下さい。」

「大丈夫だよ。それにしても、本当にあなたは何者なんだい?。今度手合わせでもしてもらおうかな。」

「また、リュークはそんな言葉使いを。だけど、私も同じ気持ちです。ぜひ、魔法について、お互いに深くお話ししてみたいわ。」

「ライナス様。どうかお気を付けて。」

 村長もハンネも「気を付けて下さい。」と言って、見送ってくれた。


「フェンリル様。お待たせしました。早速始めましょう。」

「よかろう。私の身体に触れ、魔力を流し込むだけでいい。だが、最初に伝えておくことがある。もう気付いているかもしれないが、実は私の身体は限界に近い。お前の提案がなくても、まもなく出産の時期を迎えざるを得ない状況であった。これを逃せば、もう出産することはできないし、私もお腹の子供も無事では済まないだろう。そして出産の失敗は、お前にも影響を及ぼすかもしれない。ここでこんなことを言うのは卑怯かもしれないが、それでもやるか?まだ戻れるぞ。」

「フェンリル様。あなたはお優しい方です。しかし、最初にこう申し上げたはずです。こちらにも引けない理由があると…。」

「はっはっは。そうか。それならもはや何も言うまい。では始めるぞ。」

「はい。」


 フェンリルの身体に触れる。ちょうど首の左側に近いところだ。


 フェンリルはその目を閉じると、身体を微かな光が包み込む。黄色と白色が合わさったような、何となく安心する光だ。私はその光を確認し、魔力を流し込み始めた。お互いの魔力が合わさったせいなのか、頭の中にフェンリルの声が聞こえてくる。まるで召喚獣との念話のようだ。


(ほう…。なかなかきれいな魔力ではないか。しかもまだまだ魔力は持ちそうだな。これなら外から魔素を取り込む必要がないかもしれない。だが、不思議な感じだ。お前とは初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい感じを覚える。)

(そうですか。もしかしたら、前世でフェンリル様にお会いしたことがあるかもしれませんね…。)

(ふっふっふ…。前世ときたか。やはりおもしろい男だ、お前は。まあそれだけ余裕があるなら、まだ大丈夫であろう。さあ、ここからが正念場だぞ。)

(はい。)

 フェンリルと私を包んでいた淡い光は、その輝きを増し、次の瞬間、黄緑色の大きな光が放たれた。


―――――


 私はなんて無力なのか…。

 妹のモニカは病気で苦しんでいる。世界でたったひとりの妹。とても大切なただひとりの妹だ。だけど、私はそんな妹に何もしてやることができなかった。苦しんでいる妹を励ますことしかできなかった。妹の快復を祈ることしかできかなかった。


 そんななか、一つの光明が差した。古文書の解読が進み、石化熱の治療に役立つ霊薬がわかったのだ。しかし、喜んだのはほんの一瞬のことだった。薬草医からその材料を聞いたが、何のことだかさっぱりわからなかった。薬草医にも詳細はわからなかったが、あの「大森林」地帯に手掛かりがあるということだけは判明した。


 私はすぐに捜索隊を編成して、「大森林」地帯に向かうことを決めた。父も賛成してくれた。リュークとフロリーナも同行すると言ってくれた。

 しかし、私は大きな不安感に襲われていた。まるでお腹の中を何かにつかまれるような気分だった。

 捜索隊を編成し「大森林」地帯に向かうのはいいが、どこを探せばいいのか、皆目見当が付かなかったのだ。あの危険地帯を目的もなく彷徨い歩く、それは自殺行為と同義であった。だけど、家臣たちは妹のためにと動いてくれている。

 今にして思えば、私が妹のことで何もできないことに苛立っている気持ちを汲んでくれたのかもしれない。


 私は悩んだ。いくら妹のためとはいえ、「家臣の務めですから。」と喜んで捜索隊に参加してくれる者たちを危険地帯に放り込むことに。

 しかし、その悩みを解決してくれる程、妹には時間が残されていなかった。


 王都出発前夜、私が思い至った結論は、「不安と焦りをまわりに見せない」ということだけだった。何としても材料を見つけ出すという強い決意しかできなかった。


 そんな私をレイカールで迎えてくれたのは、ハリス・ロックハート殿の三男、ライナス・ロックハートだった。彼は学院では「落ちこぼれ」と言われていたようだが、彼の仕草や言動からはそのようには感じられなかった。

 そして、彼から霊薬の材料の情報を聞いた時、初めてこの捜索がうまくいくのではと感じた。私を含めた捜索隊メンバーは、その情報には信憑性が乏しいと思ったが、それに縋るしかなかった。

 気付けば、彼を捜索隊に誘っていた。そして彼は、迷うことなく了承してくれたのだ。


 レイカールを出発した後も、彼はとても気を遣ってくれたように思う。

 私だけではなく、捜索隊のメンバーとも積極的にコミュニケーションを取ってくれ、いつの間にか仲良くなっていた。気付いた時には、私自身も彼を「ライナス」と昔からの友人のように呼んでいた。彼と話すことが少し楽しみになっていた。彼は、収納魔法を使っていたが、その性能も素晴らしいものだと、フロリーナが言っていた。


「大森林」地帯に入ってからも、彼は精力的に動いてくれた。Aランクモンスターのシルバーウルフを従わせ、この危険地帯で最も効果的な哨戒活動を担ってくれた。

 やはり、彼が「落ちこぼれ」とは思えなかった。


 もはや彼は学院の「落ちこぼれ」ではない…。私がそれをはっきりと確信したのは、ゴブリン討伐であった。エルフ族が捕らわれているとわかった時、私はどうしても助けたかった。王族としての矜持もあったかと思うが、ひとりの女性として、彼女らの境遇を思った時、居ても立っても居られない気持ちだった。

 しかし、彼女らを救出するのは困難と言わざるを得なかった。その証拠に、リュークもフロリーナも救出に難色を示した。私もそうだった。だが、彼なら…と、ライナスに視線を送ってしまった。彼は「わかりました」と言うような目で、私を見つめ、「案がある」と言った。


 結果で言えば、救出作戦は大成功だった。こちらは一人の損害も出さず、捕らわれていたエルフ族を全員救出できたのだ。大成功の要因は、彼自身と召喚獣によるところが大きかった。彼とゴブリンキングの戦いを見たリュークは、「ありゃ、バケモノっすね。ハンパないっす。」と興奮しながら言っているのが印象的だった。


 そして、いま彼はフェンリルの出産を手伝おうとしている。フェンリル草を手に入れるために。「すまない」と謝る私に、彼は「臣下の務めですから」と、さも当然のように言ってくれた。その笑顔に救われ、少し心が跳ね上がる想いがした。不思議な気持ちだった。


 私はなんて無力なのか…。だが、悲観はしなかった。


 それは、彼ならやってくれると素直に感じたからだった。


―――――


 黄緑色の光がなくなった後に残ったもの、それは私とフェンリル、そして、白き小さな聖獣の姿であった。


 まるでその誕生を祝うかのように、丘自体が、草の一本に至るまで輝いていた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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