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第16話:病気の真相

 聖獣フェンリルの病気。

 捜索隊を思いもかけない事態が襲うことになった。


「…フェンリル様がご病気とは…、どういうことなのでしょうか…。」

 殿下は動揺を何とか抑えようとしているのか、いつもよりゆっくりとした口調で村長に確認した。両副団長は黙ったままだ。私も聖獣の病気なんて話は、初めて聞くことで、今世はもちろん前世でも聞いたことはなかった。


「そもそも、あなた方は不思議に思われませんか?」

「何がでしょうか…。」

「当然ご存じだとは思いますが、この森には多様なモンスターが生息し、危険な種類も多く存在します。しかし、私たちの集落はその危険な場所に長い間存在し、その営みを続けてきました。不思議ではありませんか?なぜそれができるのか?」

「はっ…。確かにそうですね。」


 村長は、私たちの様子を確かめながら、さらに言葉を続けた。


「この村が存在できる理由。それもまたフェンリル様の加護によるものなのです。もちろん私たちが直接的に加護を頂いているわけではありませんが、この村自体がフェンリル様に守られているのは事実です。この村を含めたビル湖の一帯がフェンリル様のテリトリーとなっており、その他の凶悪なモンスターの侵入を防いでくれているのです。それが、これまでこの村が長く存在できた理由なのです。」


「なるほど。しかし、それがフェンリル様のご病気とどのように関係するのでしょうか。」

「…。そうか。もしかして、そのテリトリーが弱まっているということですか?」

「はい…。ライナス様のおっしゃる通りです。実は1年ほど前から、フェンリル様のテリトリーが弱まるというか、狭まっているようなのです。そうでなければ、今回のようなゴブリンの集落などできるはずもありません…。」


「それでフェンリル様がご病気でないかと、疑われているのですね。」

「はい。恐れ多くて直接様子を伺うことはできませんが、何か問題が起きているのは事実かと…。」

「ということは、そのフェンリル草を採取するためには、直接お会いして様子を確認する必要があるということですね…。」


 事情を知った私たちは、やはりフェンリル様の様子の見に行くことにし、村長に案内をお願いした。彼はあまり気が進まない様子ではあったが、村民の命の恩人ということで、案内係を引き受けてくれた。ゴブリンの件も引き金になっているかもしれない。そして、「恩を返させて下さい。」と娘のハンネもそれに同行することになった。


―――――


 その明朝。まだ早い時間帯に、捜索隊とユルヨ村長、ハンネは村を出発して、フェンリルがいると言われる北の丘へと向かった。捜索隊からは代表して、殿下と両副団長、メイドリーダーのターニャさん、そして私の5人が向かった。


 北へ真っすぐ進んでいくと、まわりの森は次第に濃く深くなっていく。太陽の光があまり届かないせいか、昼間にも関わらず暗くなってきた。村長曰く、この森を抜ければ、北の丘は見えてくるらしい。


「森を抜けるわね…。」

 殿下が小さく呟いた時、私たち一行は、北の丘に到着した。結局、村からまる1日はかからなかった。森を抜けたことで、日差しをもろに浴びて眩しく感じる。まだ日は高い位置にある。


「………。」

 村長は何も話さず、声を発さず、まっすぐ丘の頂上を見つめている。私たちもその視線を追うように丘の頂上を見る。そこには確かにいる。森を抜けた瞬間にすぐに気付くべきであるが、その大きすぎる存在感が逆に私たちの認識を阻害した。そこには1匹の獣、否、聖獣フェンリルが泰然と座っていた。


「あれが、フェンリル様…。」


「…誰だ。帰るがいい、人間どもよ。いや、エルフ族の者もおるのか。いまの私はお前たちに付き合う程、暇ではない。さっさと立ち去るがよい。」

 フェンリルはすこぶる機嫌が悪そうに、小さくそして強い口調で言った。発せられる声のひとつひとつが、まわりの森の喧騒を消し去るようにはっきりと耳に届き、心まで染みるようであった。


「………、お待ち下さい。どうか話を「くどいぞ…。二度は言わぬぞ。」」

「「「「ひっ…」」」」

 殿下の言葉を遮ったのは、言葉…ではなく、その気配。頭の中で明確に描かれる自分が殺されるビジョン。それを容易に感じさせる程の殺気であった。

 殿下とターニャ、村長、ハンネは小さく声を上げ、その場に座り込む。両副団長は即座に臨戦態勢をとったが、気合いで持ち堪えている感じだ。私は特に反応せずフェンリルの様子を伺った。


「ほう…。この殺気に耐えられる人間がいるのか。そこの人間、中々の実力者のようだな…。だが、戦おうとは思わないことだ…。まだ死にたくはあるまいて?」


 フェンリルは殺気を放ったままだ。殿下たちはそれに震え声を発することはできない。両副団長は気合でそれに耐えている。


 私はそのフェンリルを見ながら疑問を抱えていた。フェンリルの殺気はそんなものかと。前世でも聖獣に遭遇したことはある。ただ敵ではなく父ハワード・ヘーゼルダインの友であったが。鍛練ということで聖獣と対峙したこともあるが、その時の殺気、出で立ちは、今のそれとは比べものにならない程、強かったと記憶している。やはり、このフェンリルは弱っている。だから、戦闘を避けようとして、強い言葉を発しこちらを脅している。


 疑問はまだあった。奴からは気配を感じる。それも「二つ」感じる。奴に比べれば大分弱々しいものだが、確かにそれは感じられる。


 奴が弱っている理由。それはおそらく…。

 私はみんなより一歩前に出て、初めて奴に声を発した。


「その殺気をどうか収めて下さい。お腹の子に障ります。フェンリル様。」

「…なぜ、私が身籠っていると?」

「あなたからは気配を二つ感じます。そしてひとつはとても弱々しいものです。まるで赤子のように…。本当はあなたに敵意はない。しかし、この状態は喜ばしいものではないのも確かだ。だから、脅して追い払いおうとしているのでしょう?」

「………。なるほど。おぬしは頭も切れるようだ。だが、それをわかっていながら何故引かぬのだ?まわりの者たちは、この殺気に耐えるのがやっとのようだぞ。早く私から離れたほうが良いのではないか?」

「それは、こちらにも引けない理由があるからです。」

「ふむ…。まあいい。申してみよ。」


 奴はそう言うと、それまで放っていた殺気を収めた。そして、言葉を続けるようにと促すように、こちらを見つめてきた。


―――――


「なるほど…。霊薬の材料か…。その霊薬の名は久方ぶりに聞く。確かに、お前らが言う『フェンリル草』は、私が直接加護を与えた者が調合できると聞く。当然私自身の魔力でも調合はできるであろう…。だが、いまは無理だな。」

「なっ、何故ですか?」

 殿下は焦りながら質問する。殿下を始め、全員が殺気から解放されたからか、幾分か調子を取り戻していた。


「…魔力が足りないのですね?」

「…そこまでわかっているか。私は少しお前に興味が出てきたぞ。ああ、その通りだ。いま私は慢性的な『魔力欠乏』に陥っている。」


 魔力欠乏はその名前の通り、魔力が足りない状態を指す。魔力を持っている者は誰しも陥る可能性があるが、そこまで深刻的なものではない。休めば魔力は回復するからだ。それは人間でもモンスターでも同じである。当然、ここにいる聖獣も同じであろう。


「私はフェンリル族の中でも魔力が弱かった。母が弱かったのだ。フェンリル族はその出産において、多くの魔力と体力を消費する。通常であれば、出産前に『魔力場』に移動してその準備に入るのだが、母は何故かその『魔力場』に赴くことができなかった。そして、私の出産後に息を引き取ったのだ。それゆえに、子供に十分行き渡るはずの魔力量が乏しく、私の魔力量も少ないことになった。その影響か身体も少し病弱ではある。もちろん、その他のモンスター如きには引けは取らんがな…。」


「魔力場」は魔力が多く存在するスポットを指す。つまり、フェンリル族はその出産における魔力を、「魔力場」と「自身の魔力」で補っているのであろう。


「私は母が眠るこの地から移動することはしなかった。身体が病弱であることも起因してか、移動が億劫だったのだ。身籠った時は、『魔力場』を探して移動することを考えたが、そもそも『魔力場』自体の数が少なく、探すのには時間を要する。そして、身籠ったせいで、お腹の子供に魔力と体力を継続的に奪われて、結局移動は叶わなかった…。まあいま悔やんでも仕方ないがな…。というわけで今は子供の生命を維持するだけで精一杯だ。とてもじゃないが、フェンリル草を調合する余裕などない。」

 奴は、いや、目の前のフェンリルは、母親としての使命を果たすため、限界寸前の戦いを強いられていた。それこそ生命を燃やしているのがわかる。


「しかし、その状態では出産自体が危険なのでは?」

「ああ…。お前の言う通りだ。まあ母と同じ道を歩むことになりそうだ…。さあ、これでわかったであろう。これ以上ここにいても無駄だ。早く立ち去るがよい。」


「フェンリル様。私の魔力を使うことはできませんか…?」

 私の提案に、フェンリル様も同行者も驚きの様子を示していた。

読んで下さり、ありがとうございます。

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