独覚
日本では珍しい、超能力者の単独者にして学園教員の浜口が生み出した足場を頼りに、精鋭中の精鋭達がコロンブス船団に肉薄する。
率いるは単独者の頂点。非鬼の撃破のみならず、口裂け女すらも一人で屠っている竹崎重吾だ。
陰陽五行思想伝来の五百年代に始まった日本異能史。安倍晴明を筆頭として千年代に最盛期を迎え、そこから積み重ねてきた歴史はアメリカの及ぶところではない。
常に英雄と呼ばれる異能者がどの時代にも存在し、現代では源兄弟が誕生。更には最終到達地点、小夜子が誕生することになる。
多くの異能者にとってこれはいい。予想外だったのは源兄弟と小夜子の間の世代。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン!」
極大の阿修羅の力が迸る。
どれだけ家系を遡っても、名だたる異能者に繋がらない突然変異、独覚・竹崎重吾が生まれたことは、日本異能史にとってもイレギュラー中のイレギュラーだった。
そんな竹崎に率いられた近距離担当の戦士が空を駆ける。
「祓い給い清め給い」
(学園長、まだ強くなってるとかヤバすぎい!)
異能の東西南北の内、東郷家に生まれた次期当主にして長女、東郷天音にとっても竹崎は超人だ。
なお余談だが、脳内のほんの僅かなスペースが無意識に驚愕して、ヤバいと評した彼女プライベートは……。
最近同年代の彼氏を捕まえ、そろそろヤバいと思ってたけど、よかったよかった……と両親を心底安堵させたとか。
なおなお、長女は単独者、次女は戦闘会会長の右腕で去年に次席卒業。そして一番未熟だった三女、東郷小百合は異能大会団体戦優勝と、東郷家は洒落にならないことになっている。
話を戻そう。
「は、話には聞いていたが、確かに昔より強くなってる……!」
「これが独覚っ!」
「やはり……凄まじい」
「それでこそ日本最強!」
首都圏から動けず、去年の竹崎の活躍を伝聞でしか知らない異能者達は、老いも若きも天音以上に驚いていた。
ベルゼブブの契約者討伐と九州事件に参加した者達が、口々に竹崎の復活を伝えていたが、かつてよりも強くなっているという意見には、少々の疑念が発生していた。
特に竹崎を知っている者が多い首都圏の異能者は、当時以上と言われても想像出来ず、どれほどのものか測りかねていたが、明確な形として叩きつけられた。
日本最強と謳われた時以上の力を。
(責任を取らねばならん)
空を駆ける竹崎は一つの責任を感じている。
貴明の仮説から対策法を本部に進言し、それが採用されたことでコロンブス船団。特に中心のサンタ・マリア号は現実世界に固定化された。
しかしそのせいでサンタ・マリア号は強化されており、これを仕留めるのは自分の義務だという思いだ。
「コンキスタドールの亡霊共だ!」
コロンブス船団から数十の霊体が飛び出してくる。
西洋人。鎧と火器の時代にいたコンキスタドールの亡霊達が、霊体となって単独者達に向かって射出される。
それはさながら片道の鉄砲玉なのだが、他二隻と同じくサンタ・マリア号も同じ攻撃方法で、最上級の特鬼にしては、はっきり言って威力が弱い。
それこそ、引き連れている非鬼と変わらないだろう。
「この程度!」
実際、非鬼を討伐した単独者にとっては全く問題なく、容易くコンキスタドールを退けながら、船団に近寄る足を止めない。
一つの例えだが、四足歩行生物がいきなり二足歩行になっても、体の動かし方が分からないだろう。
それと似たようなことがサンタ・マリア号に起こっている。
確かに力は強く格も凄まじいのだが、次元の狭間でうろうろしていた存在が、いきなり現実空間に適した行動を取れないのだ。
(時間は与えん! サンタ・マリア号は一撃でケリをつける!)
竹崎の判断を、田舎から見ていたとある農家も支持する。
サンタ・マリア号が略奪者の船としてではなく、引き起こされた惨劇を利用した場合、特鬼の呪詛特化型なんていうモノが生まれかねない。
そして必要もないのに敵に強化の隙を与え激闘を繰り広げるのは、漫画の世界だけでいい。
戦いにおける理想とは、一瞬の一撃必殺だ。
「っ!」
竹崎が霊力を全開にする。
天動説と地動説。地球球体説と平面説。
相反する二つがあやふやながらも対処困難な存在を生み出したというのならば。
意図的にぶつけ爆発させる方法を竹崎は持っていた。
帝釈天、迦楼羅、阿修羅の合神は切り札中の切り札のため使用しない。
だがその手前は程々の札だった。
「六道天地十二輪廻!」
竹崎の生まれに神仏が関与していない。それは間違いなく、彼は純粋な人間だ。
しかし……それでこうも編み込める霊力なのか。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
『……』
「ぎょっ⁉」
海岸の異能者が古典的な驚愕をするはずだ。
突然海岸に現れた、どす黒い気を纏った二十メートルの巨人と、温かな気を纏った同じ巨人が背中を合わせる。
二柱共に三面六臂。
名を阿修羅。
悪鬼神阿修羅。
護法神阿修羅。
一方は目が血走り、帝釈天への復讐に燃える悪鬼。
一方は穏やかな笑みを湛え、仏法を守る善神。
相反しながらも同一である存在が一つと化す。
「馬鹿な!」
「で、出来るものなのか⁉」
「こんなことが⁉」
「独覚っ! どこまで一人で悟りを⁉」
古強者の異能者が驚くのも無理はない。
背中がくっ付いた六面十二臂とでも言おうか。
生と負。善と悪。
護法と悪鬼。
悪鬼から見た恨み骨髄の六道。
護法から見た守護るべき六道。
本来なら対消滅する筈の力が反発を維持しながらも合わさり、異常な領域に達した霊力が場を支配する。
そして十二の道が合わさり竹崎の体に流れ込む。
嗚呼、人は誇るべきだ。
単独者ですら容易くパンクする霊力を体に宿し、竹崎の体から水蒸気の様に噴出するが、それでも彼の体は十全。万全。
それどころか彼が意図していない、光り輝く唐鎧のような物まで構築されて身を守っているではないか。
半邪神半人間・四葉貴明。
例外到達者・四葉小夜子。
この二人を筆頭に様々な問題児を導く男が陰と陽を纏い、豆粒ほどしかないが確かに視界に捉えた。
かつて見てしまったモノより遥かに小さいながら、根源、根幹、全てが渦巻く混沌の入り口、太極を。
そこに到達できるかは誰も分からない。
だが今は……サンタ・マリア号にとっては関係ない話だ。
「阿修羅・善悪無用死輪転生道!」
高速回転する十二の概念。
悪鬼と護法の力。
全身の筋が浮かび上がり、輝き過ぎて黒目すら喪失したように見える竹崎の拳が、サンタ・マリア号の甲板に叩きつけられる。
たかだか特鬼如きが耐えられるはずもなし。
逆カバラの悪徳契約者とて、直撃すれば即死するだろう。
ほんの一瞬だけ防衛反応を起こそうとしたサンタ・マリア号だが無意味、無駄。
妖異にとっての猛毒どころの話ではない力は、あらゆる抵抗を無視して霊核を粉砕し、現代に蘇った幽霊船は光と共に消え去った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
轟くような歓声が上がる。
日本最強、独覚・竹崎重吾。
ここにあり。




