幕間 アメリカ校の思惑
大企業の伝手や、女神の力によって多少の情報が漏れていたアメリカ校交流団だったが、秘めた思惑。否、危機感は相当なものだった。
「座りなさい」
アメリカを発ち日本へ向かう前、威厳溢れる父にして“一人師団”エドに促されたウィリアムは内情を教えられることになる。
「……国家の歴史は恐慌の積み重ねと同義だ。それは我が祖国も変わらない」
ウィリアムは単刀直入を好む父が敢えて本題から外れたことに気づいた。
「旧大陸がこの新天地を奪還しに来る。南部は、北部は相容れない敵だ。東側に滅ぼされるかもしれない。そういった恐慌状態のまま祖国は発展してきた」
「では今は?」
歴史の授業を行う教師の様にエドが遠回しな言葉を重ね、ウィリアムは若さを武器にして切り込んだ。
「祖国が二流国家に転落するのではないかという恐れだ」
エドは重々しく。そして疲れ切った表情を浮かべる。
「若いお前にはピンとこないだろう。だがな、どんなに貧しくても、どんなに辛くとも祖国が、この大地が、星条旗が地球で最も偉大ならそれで満足する人間は多いのだ」
あまり表に出せない切り札として、アメリカ合衆国の暗部にも関わった経験を持つエドは、祖国の患いが酷く深刻であると判断し、現実を直視していた。
「一昔前は名実共に最も強力な国家だった。しかし客観的事実として、明らかに祖国は衰えている」
最強の暴力を支える血管が所々壊死しかけているという現実を。
そして不治の病を。
「いいか息子よ。勝ち取った者はそのまま一番でありたいのだ。誰かの顔色を窺いたくないのだ。怖れ、敬意、崇拝を受けたいのだ。世界の、星の、なにもかもの中心でありたいのだ。それが違うと否定された時、異常なまでの恐慌を引き起こしかねない」
頂点として当然の権利、発想。
変化など許容不可能。未来永劫に渡って己こそが世界の中心。そうであるべきという自認。
尤も最盛期のローマも。大陸軍を有したフランスも。海を支配したイギリスも。全てが過去となった。
永久不変と盛者必衰。どちらの言葉が正しいかは、歴史を見ればわかるだろう。
「……例えば?」
「世界中に喧嘩を売る。日本では踏み絵だったか? いや、話が逸れた。頂点は対等な存在を許容しない。だから敵を再確認するための作業を行うだろう。求めているのは理屈や利益ではなく、逆らう相手を押さえつけているという優越感だ」
「そんなことが起こり得るのですか?」
「選挙を見るがいい。競争相手ではなく嫌悪と憎悪の敵を打ち倒して勝利するという発想になっているのだぞ。最早我が祖国は統一国家ではない。極端な左か右しか選べない分断国家なのだ。それ故に外敵を作ることだけが、国内を纏める唯一の方法と化す」
「……どこまで想定されています?」
「D.C.にデモ隊が溢れ、一時的に大統領が避難。軍の指揮系統においては、政府の意向を重視する大統領のお気に入りと、それが気に喰わない生え抜き組が争い麻痺する。と言った程度か。流石にそれ以上は起こらない……と思いたい」
「そ、そこまで……」
恐る恐る尋ねるウィリアムは、苦渋に満ちた父が、アメリカ異能界の上層部が内戦一歩手前まで想定していることに慄いた。
いや、エドは思いたいという表現にとどまったのだから、手前ではなく明確に内戦を視野に入れている可能性すらある。
「幸いにも一定数の議員は、この状況だからこそ、バチカンと異能研究所の関係を重視している。つまり我々は日本担当ということだ」
エドにとっての幸運は、ある程度の議員が将来的な危機に備え、アメリカ異能界に他国との交流を行うよう指示したことだ。
西のバチカンと東の異能研究所。その名は伊達ではなく、アメリカに妖異が溢れる最悪の場合に備えた関係強化が求められた。
「それに表の目的となっている強化訓練だってかなり重要だ。なにせ祖国の異能者は妖異に対する実戦経験が少々心許ない。年に一回は非常に危険、数年に一度は特に危険の怪物達と殺し合っている国に、お前達を蹴落とす」
「はい」
憂鬱そうだったエドの瞳にギラリとした輝きが宿る。
東海岸の養成校出身異能者はおぼっちゃま、お嬢様と呼ばれることが多く、修羅場を経験していないのに形式だけ立派な近衛兵扱いをされていた。
それをどうにかしようと悪戦苦闘していたアメリカ異能界は、いい機会だから死に物狂いで這いあがってこいと言わんばかりに、若者達を世界最悪の魔窟に放り込むことにしたのだ。
「もし日本で大規模な妖異事件に巻き込まれた際は?」
「日本との同盟の履行と人類への献身。異能者としての責務。民間人の保護。敵の打倒。全部やれ。お前にはそれだけの力がある」
「はっ」
ウィリアムの質問に、堅苦しい親父ながら息子を認めているエドはかなりの無茶振りをして、強く短い返答に頷いた。
彼らが日本に到着する前。
直接的な所縁がないくせに、ぐちゃぐちゃな概念と誤認、僅かな繋がりを核としたキャラベル船二隻と、キャラック船一隻がアメリカ東海岸。よりにもよってワシントンD.C.のすぐ傍から出航する前の話だ。




