第一陣
ああ忙しい忙しい。
授業は受ける。首席として頑張る。留学生の受け入れに関わる。偶に地球さんを救う。全部やるのがブラックタール帝国皇帝の凄いところだ。憧れちゃうなあ。
それでだ。
「ギリシャも忙しいみたいだな」
「そうなんよねえ……」
いつも通りのマッスルとどこか遠い場所を見る目になっているチャラ男の会話……あーあー聞こえない聞こえない。俺は何も聞こえない。
「祝日になったと聞いたが」
「んだんだ。まあ、あんだけトンデモない事が起きたらそうなるやろ」
はて、マッスルよ。祝日って何のことだい? チャラ男よ、トンデモない事って何のこと?
……分かってるよ地球さん。春から夏にかけてはヒュドラ事件の慰霊祭だ。つまりそのすぐ後に、なぜか……そう、なぜかヒュドラ事件の死者が蘇ったから、ギリシャじゃお祭り騒ぎになって祝日認定されたんだよなあ。
そんでどうもチャラ男の感じじゃ、モイライ三姉妹もその祝日の準備に巻き込まれて忙しいみたいだ。
でも俺は悪くねえ。
あの蛇君を作り出したんだから、神様仏様も善行を積みましたねと褒めてくれるだろう。なんせぶっちゃけるとこの世界って厄過ぎる。九州のお茶目爺やゴリラなどの尽力で踏ん張ってるけど、日本とか壊滅してない方がおかしい。
なんで年に一回以上は非鬼が。世界で十数年に一回出現する特鬼が日本じゃ同じ頻度で出てくるんだ。そんなことだから魔境呼ばわりされるんだぞ。しかも去年なんて黙示録の獣に恐怖の大王ときたもんだ。
結論、保険として蛇君は絶対に必要。以上、言い訳終了。
やはり俺は悪くねえ。ちょっとその勢いに乗っかかったバチカンに関しちゃ知らん。なお一番厄なのは俺の親父だ。しーらね。
さて、現実逃避はこのくらいにしておこう。
「バスが来たで」
チャラ男の言葉通り学園の正門に複数のバスだ。
あそこには今年度の異能学園のお客様第一号、アメリカ御一行様が乗っている。乗っているのだが……どうも少しゴタゴタがあったらしい。
当初はアメリカから数人の留学生だけという話だったんだけど、超短期でいいから西海岸と東海岸の学生を送り込もうぜって感じになったとか。
そのため学生だけではなく引率者やらスタッフもくっ付いているんだが……。
「おお……」
学園からどよめきが起こった。
覚えがあるな。麗しき師弟愛の弟子側担当、先代アーサーが学園を訪れた時と同じタイプの声音だ。
白頭鷲が擬人化したようなおっさん。アメリカのレジェンド、一人師団のご登場だ。
「中々に独特の筋肉だ。速筋の塊と言っていい」
「へー」
マッスルが一人師団の筋肉を観察すると、チャラ男が気の抜けた返事をする。
俺っち、マッスルは語学堪能な優等生。チャラ男はチャラ男であるため、なにかあったとき用の通訳として最前列に待機している。お陰でアメリカ御一行様をよく観察できるのだが、俺も一人師団は尖りきってると断言しよう。
決闘が得意な超力者が一人で三百体の妖異を相手にして勝つなんて、神話に片足突っ込んでるようなもんだ。
なお、隣にいる筋肉達磨は一応超力者であるが、超力目筋力科マッスル属脳筋種という別カテゴリーに分類されるから例外である。
ぶっちゃけ念弾撃つより殴った方が強い場合は、超力者の亜種とも言えねえ。正しく超人だ。
「色々大変みたいやなあ」
思わずと言った感じにチャラ男が呟いた。多分、アメリカスタッフの噂を集めたんだろうが、ドロドロしてることだから俺もちょっと詳しい。
あの一人師団、アメリカ異能者界では堂々のレジェンドで影響力が凄まじいものの、アメリカ全体で見ると立場がかなり微妙だ。
なんせ異能関連でデリケートな時期に、アメリカ軍の一部は一人師団が反乱を起こしたら、止められない可能性があると結論したらしい。
そりゃ真っ正面からアメリカ全軍を相手に出来る存在なんて……まあ、多々いるけど、極め切った超力者は小技も優秀だ。そして一人師団が非正規戦のような形を徹底すると、同レベルの達人複数と緻密な計画をぶつけない限り抑えられないだろう。
そんで最近は、他国より自国民の方が危険だと認識してる疑惑のアメリカ君は、画一的なものから飛び出している一人師団を警戒しているとさ。めでたくないめでたくない。流石は世界最強のヴィラン、アメリカ国民を抱えている国と評してあげよう。
突飛な表現をするが、冷戦からずっと自国でも内戦してるようなもんだから仕方ない。やるんだな⁉ 冷戦と内戦の奇跡のドッキングを!
日本君? 明らかに危険思想を持っていようが、俺と人間のために貢献してるのならそのまま働け。そうじゃないと滅ぶけどいいんだな? 俺が。と捨て身で千年以上も脅し続けてきた国は格が違う。
「む。同士がいた」
「え?」
マッスルの声に思わず声を漏らしてしまう。
同士? はて、封印しかけていた俺の記憶がががががが⁉
お、思い出したあああ! 異能大会の時の記憶だ! そう! なぜかポージングで会話していた筋肉馬鹿二人!
その当事者であるバスから降りてきたボディービルダーの如き生徒が、白い歯を光らせてマッスルに笑みを浮かべている! ちょ、ちょっと待ってくれ! マッスル語録でもいっぱいいっぱいなのに、タメを張るツーカーの仲まで加わったら、世界の法則が乱れるぞ!
今度という今度こそ修羅道の横道、筋肉道に落っこちて帰ってこれなくなってしまう!
あ、苦労人の気配だ。
ボディービルダーの後ろから出てきたのは一人師団の息子、ウィリアム君だ。
可哀想に。俺に置き換え、親父同伴でアメリカ学校へお邪魔することを考えたら……溜息の一つや二つは吐き出したくなるだろう。
まあそれはさておき……歓迎しよう! ようこそ異能学園こと我がブラックタール帝国に!




