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第15話

「……まだ……生きている……?」

大和は来るべき己の死に覚悟を決めて閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

そこにはまだ小さく微笑みを浮かべる少年・ナルクの顔があった。

おかしい……乗っ取られたメインシステムの自爆時刻はもうとっくに過ぎているというのに、自分はおろか、要塞都市まで未だに無傷だ。

敵に要塞都市を乗っ取られた際の最後の抵抗手段として搭載されている自動爆破システムは作動すれば解除する事は出来ない。

「ナルク……いったいどういう事ですか?」

大和はここまで自分を追い詰めた少年・ナルクを睨みつけながら言った。

「ふふふ……当初の目的はこれで達成されたんだ。すまないね、大和。手荒な真似をしてしまった」

「は……? あなたはいったい何を言っているのですか……?」

大和は頭が真っ白になった。

訳が分からない……何故敵であるはずのナルクが自分に謝るのか……。

「僕は最初からこの要塞都市を無傷で手に入れる事が目的だったんだ。その為にウィルスを使って自動爆破システムまで作動させて、皆を追い出した。ま、爆破なんてさせないけどね」

まるで悪戯を成功させた小僧のように笑うナルクに大和は呆然と見つめる事しか出来ない。

「……ど、どうしてあなたはこんな大それた事をしでかしたんですか!? あなたの目的とはいったい何なのですか!?」

大和は叫ばずにはいられなかった。

大和にとって要塞都市の人々は自分の子供にも等しい。

エクリプスに至ってはもう一人の自分そのものだ。

そんな大切な存在を傷つけられて黙っていられる訳がなかった。

「さっき言ったでしょ。世界平和の為だよ、大和。僕は戦争を止めに来たんだ。僕なりの方法でね」

「世界平和ですって……!?」

大和はもはやナルクの言葉を理解する事が出来なかった。

それはそうだ。さっきまで圧倒的な力で自分達を蹴散らし、あまつさえ、全世界に向けて宣戦布告までしてのけたのだ。

そんな相手の言葉を信用出来る筈がない。

「信じられないのも無理はないね。でも僕は本気だ。本気でこの世界を変える気でいる」

大和は呆然とナルクを見る。

いつもの飄々とした顔つきはなりを潜ませ、そこには覚悟を決めた男の顔があった。

大和は思わず息を飲む。

「何か……証拠はあるのですか……? ここまでの事をしでかしたのです。私は……やはりあなたの言葉を信用する事が出来ません」

するとナルクは懐から何かを取り出し、大和に見せる。

「これは君の未来の記憶だ。未来の君が滅びる直前に僕に託したものだ」

それはこの時代ではありふれたディスク状の記録媒体だった。

「未来の私……ですって……!?」

大和は目を見開いてディスクを凝視する。

ナルクはゆっくりとディスクを挿入し、Z1と接続させた。

ーーその瞬間。

「あ……あああああ……あああぁぁぁぁぁぁあああっ!」

大和の脳裏にまるで洪水に飲み込まれるかのような情報の嵐が襲いかかる。

それはあっという間に大和の許容範囲を超え、大和をかき乱した。

だがーー大和はナルクという少年の全てを思い出した。





 大和がナルクと初めて出会ったのは、今から百年後の事だった。

戦乱の世は百年の間止まる事なく続き、世界は荒廃しきっていた。

そんなある日の事、大和は無人偵察用のエクリプスを操り、要塞都市郊外を巡回していた時、それを見つけた。

一人の少年が倒れていた。

少年の姿は見るも無残で、見るからにボロボロの布切れのみを纏い、体中から血を流し、手足に至っては千切れて無くなっていた。

そのあまりの痛々しさに大和は見ていられない程だった。

幸い、呼吸はあり、微かに息はしていたが、どう見ても助かる見込みはなかった。

だが、こんな光景はこの戦乱の世では珍しい事ではない。

この無残な少年の姿を見て、どこまでも続く地獄のような時代に自分が必ず終止符を打つと再決心した大和は信じられないものを見た。

少年の千切れた手足がゆっくりとだが、再生を始めていたのだ。

それはまるでエクリプスの自己再生能力のようだった。

大和は信じられない想いで少年を見ていると、数秒の内に手足は完全に元通りになり、血も止まっていた。

そして少年の瞳はゆっくりと開いた。

「ホノカ……?」

大和は人知れず呟いていた。

少年の瞳はルビーのように紅く輝き、くすんでもなお輝き続ける美しい白銀の髪は大和の心を捉えて離さなかった。

そう、少年は大和が百年前に育てた少女、ホノカによく似ていた。

大和は要塞都市の守護神と呼ばれるまでに成長したホノカの事を懐かしく思い、ナルクの面倒を見る事にした。

次第にナルクを育てる内に、その秘められた宝石のような才能に気付き、大和の指導の熱も自然と上がっていった。

まるでスポンジのように何もかもを吸収する学習能力はさながら、特に合気の才能に関してはかつてのホノカを完全に上回っていた。

ここで大和は、ナルクがホノカの祖先である事を確信する。

と同時に極秘裏に進めていたナルクの身辺調査で新たな事実が判明した。

ナルクはかつてMシリーズパイロット・ステファニーがいた国で拘留されていた。

なんでもかの国は月の天使に関する研究を進めており、様々な子供達を使って人体実験を繰り返していた事が分かったのだ。

月の天使という存在は最近になって、ようやく認知されるようになったが、その力はあまりに凄まじく、誰にもコントロール出来るような存在ではなかった。

だが、かの国はその禁忌を喜んで犯し、子供達を使って月の天使の細胞を融合させる実験をしていた。

だが、当然そんなものに耐えられる者など存在せず、生き残った者はいない筈だった。

ところがーー実験施設から脱走者が出たという情報があった。

それこそが人体実験の唯一の成功者・ナルクだったのだ。

一向に自分の過去を話さないナルクに、それでも大和は変わらず愛情を注ぎ続けた。

大和にとってナルクが人ではない事などどうでも良かったのだ。

それよりもかつてのホノカを見ているようで、特段可愛がっていた。

愛情を知らずに育っていたナルクも徐々に大和に心を開くようになり、それに比例するかのように秘められた才能は開花していった。

その精神性も同時に黄金の輝きを放つようになる。

大和はナルクこそがこの世の救世主となる事を確信していた。

ナルクは大和の期待に応えるように頭角を現していき、とうとうエクリプス26回目の最終アップデート・Zシリーズのパイロットに任命される。

そこからは破竹の勢いだった。

ナルクこそがこの世の救世主となる事を決定付けるかのように、戦乱の世で15に分かれていた国を一つずつ統一し、世界初となる地球の統一を成し遂げた。

ナルクの駆るZはZの中のZ、Z1と称され、人々から英雄として称えられた。

しかしーーこれこそが絶望の始まりだった。

250年続いた戦乱の世は終わりを告げたが、あまりにも長く戦いが続いたせいで世界の人口は最盛期の千分の一にまで減っていた。

さらに、高度な科学による戦いが原因で大地は疲弊しきり、地球の寿命がそう長くはない事が分かった。

だが、そこからさらに追い打ちをかけたのはZ2という機体の存在だった。

Z2はナルクと共に戦争を終わらせた英雄・Zシリーズの一機だ。

Z2にはパイロットが存在せず、大和と同じAIが操っており、ナルクには及ばなかったものの、その圧倒的な力は世界を震撼させた。

何よりZ2が恐れられていたのは、Z2だけが持つ特殊能力にあった。

Z2には人の精神を乗っ取り、自由に操る力を持っていたのだ。

Z2はその力を巧みに使いーーナルク達を裏切り、まずは月に攻め入った。

地球統一に浮かれていた月の住民達はあっという間にZ2に滅ぼされ、月の守護者である月の天使もZ2に敗れ、殺された。

そのままZ2は地球上のありとあらゆる都市を滅ぼしていった。

だがもちろん、Z2の反乱に黙っているナルクと大和ではない。

Z2を滅ぼす為、迎撃に出たナルクはZ2を圧倒するが、Z2の精神を操る力に屈し、ナルクは精神を乗っ取られてしまう。

そして、ナルクはその手で大和もろとも要塞都市を滅ぼしてしまった。

だが、大和は必ずナルクが精神操作に打ち勝ち、Z2を滅ぼすと信じていた為、ナルクに自分が密かに完成させていたタイムマシンの力と自らの記憶をナルクに託して大和はナルクの手で殺されたのだ。

そこまでがディスクに残っていた大和の未来の記憶だった。





「あああああぁぁぁああ……あぁぁあ……ぁぁ…………ぁ……」

大和は激流のような情報の嵐を見事に耐えきってみせた。

息を激しく切らしながら呆然とナルクを見つめる。

「大丈夫かい……? 大和……」

そこには自分を心から心配そうに見つめるナルクの姿があった。

大和にはもう以前のようなナルクに対する敵気心など微塵も湧き上がらない。

それよりも心に浮かびあがるのはーー強い喜びと感動だった。

「ナルク……やはりあなたはZ2を倒し、逆行してきたのですね……。私の見込みに違いはありませんでした。ありがとう、ナルク」

大和は晴れやかな気持ちでナルクの顔を見つめた。

「ああ……ただいま……母さん」

ナルクの瞳に涙が溢れていた。

大和は未来の自分の経験を追体験する事でナルクの全てを思い出す事が出来るようになっていた。

だから今ならナルクを実の息子のように思う事が出来る。

大和も思わず感極まり、涙を溢した。

……よくぞ無事に帰ってきてくれた。よくぞ役目を果たしに来てくれた……。

「おかえりなさい……ナルク」

大和は万感の思いでナルクを迎え入れた。

「……という事は貴方がZ1なのですか?」

大和を取り囲んでいたコンピューターウイルスは霧が晴れるように霧散し、代わりに現れたのはライダースーツ姿の黒髪の美女だった。

懐かしい顔に思わず大和は笑みを零しながら尋ねる。

「ええ……そうよ。久しぶりね、大和」

モニターの中でも平然と大和の前に現れ、微笑んでいたのはZ1だった。

Z1はAIではない。

だから本来は電子の存在である大和の前に現れる事は出来ないはずなのだ。

多くの時を生きた大和ですら図り切る事が出来ない存在・Z1に、改めて大和は感嘆する。

「でもね……大和。あなたにナルクは渡さないわよ」

仏頂面で遠慮も無しに言ってのけたZ1にこの娘は本当に変わらないな……と苦笑する。

大和はZ1に会う度に毎回このように釘を刺すのである。

「あなたには感謝しているわ。ナルクを立派に育て上げたその功績は認める。母親という座も相応しいわ。でもね、ナルクの恋人の座は私のものだからね!」

「本当に貴方は変わりませんね……Z1。どこの世界に自分の息子を恋人にする母親がいるのですか……ナルク、相棒はきちんと選んだ方がいいですよ」

「あはは……Z1は大和に会えて嬉しいんだよ」

静かに睨みつけているZ1を見て、本当にそうだろうか……と不安に思う大和だったが、ナルクは急に居住まいを正し、真剣な声音で言った。

「大和……大和が死んだ後の事を話そう。僕は精神をZ2に乗っ取られた後、なんとか自我を取り戻してZ2と戦った。そこで全ての黒幕はZ2だと知った。この何百年も続いた戦争は全てZ2が裏で糸を引いていたんだ。僕はやっとの事でZ2を倒す事に成功した……けど人類はもう僕一人だけだった。だけど大和が託してくれたタイムマシンの力でここに来る事が出来た。この時代に来たのは……丁度この年にZ2が誕生した事が分かったからだ。奴は……必ず僕達の近くにいる」

「……なんですって……!?」

大和はナルクの言葉に驚愕する。

確かにZ2の正体は自分と同じAIだ。

永い時を生きていると思っていたが、まさかこんなにも近くにいたとは……大和は戦慄した。

「僕は生まれたてのZ2を消す為にここにやってきた。奴さえいなくなれば真の平和は訪れる。だからZ2を誘き寄せる為に僕は世界に宣戦布告をしたんだ。必ず奴は僕達の近くにいるからね」

大和は悲痛なまでに覚悟を決めるナルクを見て心を痛めた。

……それは貴方自身の犠牲の上で成り立つ平和でしょう……例え、Z2を消す事が出来たとしても世界は貴方を許しはしない……無論、そんな事はこの私が絶対に許しはしませんが……あぁ、どうしてこの子はいつもこんな目にばかり合ってしまうのでしょうか……ですが、必ずこの子は私が守ってみせます……例えこの命に代えても……!

だがーーこの瞬間、大和の脳裏に電流が駆け巡った。

「…………っ! まさか……もしかして……そんなはずは……いや! これは……まずいっ!」

「大和……どうしたの?」

尋常ならざる様子の大和にナルクは尋ねた。

「ナルク……よく聞きなさい。2日前にあるAIが私にコンタクトを取り、貴方とメルキヲラ卿の戦闘データを送ってきました。そのAIは確か最近誕生したばかりのはずです」

「なん……だと……!」

「もしも……そのAIがナルクの戦闘を見ていたとして貴方の事を脅威に思っているなら必ず奴は……ナルクとホノカの関係に気付く筈です! ナルク! ホノカが危ない!」

大和は叫ぶ。

もしもナルクの力が未来のものだと看破し、ナルクの先祖がホノカだと知られたら必ずZ2はホノカを真っ先に殺すだろう。

もし、ホノカが殺されてしまえばナルクは未来に生まれない事になる。

ナルクの存在そのものが消えてしまう。

「大和……! 今そのAIはどこにいるんだ! 奴の正体は何なんだ!」

ナルクも焦りを隠しもせずに叫ぶ。

「Z2は今ホノカの側にいます! 今はNシリーズ“シャルドネイ”と名乗っています!」

「あいつかぁ!」

ナルクはシャルドネイに感じていた微弱な違和感の正体に思い当たった。

だが時は既に遅かった。

大和は驚愕してナルクを見る。

もう既にナルクの体が消えかかっていたのだ。





 時は少し遡り、ホノカ達はMシリーズの機体から降りて、今後の作戦を話し合っていた。

どうやら要塞都市の爆破は免れたようだが、まだ状況は逼迫している。

これから取るべき行動を決める為に、一度機体から降りて話し合う事をアベルが提案したのだ。

ホノカはすぐにでも大和を助ける為、これ幸いとばかりに、アベルの案に乗った。

ルナミス、メルキヲラも渋々と機体から降りてくる。

ベルベットに至っては要塞都市に置いたままであり、ここにはない。

「どうやら爆破は起こってはいないようだが、状況が状況だ。もう一度要塞都市に戻るのは危険だろう」

口火を切ったのはアベルだった。

「でもあそこには母……大和総司令官がいるわ。今から皆でいけば、まだなんとかなるかもしれない!」

ホノカは必死に訴える……が。

「ミスファイヤーバード。確かに私は貴方達と同盟を組んでいます。それはZ1を倒す為で、決して大和総司令官を助ける為ではありません」

ルナミスは冷ややかに言ってのけたが、ルナミスの言う事は最もだった。

いくら同盟を結んでいるとはいえ、わざわざ自分達の危険を犯して他国のAIを助ける訳にはいかない。

ホノカは己の失態を悟り、口を噤んだ。

「君達……まだあのZ1に挑むつもりなのかね? 全く懲りない奴らだ。あんな化け物に勝てると思っているのか?」

メルキヲラは呆れるように言った。ホノカは信じられないものを見るようにメルキヲラを見る。

まさかあの世界最強とまで言われたパイロットが自分から負けを認めるようなセリフを吐くとは。

メルキヲラの牙は完全にもう抜かれてしまっていた。

「ししょーは私が止める……でも……今の私には力がない……」

ステファニーは悲しそうに目を伏せてポツリと言った。

何故この少女はそこまでZ1に拘るのだろうか。

今までずっと隠していたと思われるあの天使の力を使ってまでZ1を止めようとしたのだ。

この少女にはまだまだ秘密が隠されているのかもしれないとホノカは邪推する。

そんな中、皆の意見を纏めるようにアベルは話す。

「皆の意見は最もだ。どれも正しいし、納得もできる。どうだろう、ここは同盟の発案者の僕が皆の意見を纏めて提案したいと思う。それは……」

アベルはつかつかと歩き、ホノカ横に立つ。

その動きに違和感を感じる者はいなかった。

ーー次の瞬間までは。

ドスッ!

「……えっ……ぁっ……」

ホノカは胸に違和感を感じた。

恐る恐る自分の胸を見ると銀色に鈍く輝く刃物が自分の胸から生えていた。

「……ぁぁ……ぁぁっ!」

ホノカは口からおびただしい量の血を吐いて、アベルを見た。

するとアベルは今まで見たこともないくらい気色の悪い笑みを浮かべてホノカを見ていた。

アベルはホノカの胸を刃で貫いていたのだ。

「どうだろうか……ここでホノカを殺すというのは?」

皆は目を見開いてアベルを見ていた。

誰もがあまりの突然の事態に動く事が出来ない。

「貴様……いったい何をやっているのだ……?」

ドサッと音を立てて、ホノカは倒れ、おびただしい量の血だまり溢れ出す。

メルキヲラの呆然とした呟きだけを聞いてホノカは完全に意識を手放した。





「遅かったか!」

ナルクは下唇を噛み、血溜まりに沈んでいるホノカを見た。

大和の警告からすぐに空間転移し、様子を見に来たが、既にホノカは襲撃に遭っていた。

……くそっ! でもまだ微かに生きている! 身体は消えかかっているが、まだ完全には消えていない! 今ならまだ間に合う!

ナルクはZ1を操り、ホノカに駆け寄った。

「なにっ! ここでZ1が現れるだと!?」

いきなりのZ1の登場にMシリーズのパイロット達は慌てて距離をとった。

特にアベルは瞬時にホノカから離れ、Z1を油断なく見据えている。

「ナルクっ! 急いでっ!」

だがナルクはパイロット達に構う事なくホノカの体に両手を当てて、癒しの光を与える。

3日前に銃弾に撃たれたアベルを復活させたあの光だ。

モニターに映るZ1は今までに見たこともないくらい必死な形相でナルクに叫んでいた。

Z1も理解しているのだ。

このままホノカが死ねば、ナルクの存在そのものが消えてしまう事が。

ナルクはZ1の想いに応えるように、必死にホノカを治療し始めた。

「ちぃっ……ここで現れるか……Z1」

アベルは悪態を吐きながら突然現れたZ1を睨みつける。

「貴様……アベルの小僧ではないな……何者だっ!」

メルキヲラはアベルを油断なく睨みつけ、距離を取る。

ナルクはホノカを治療しながらアベルを観察していた。

……なんとか治療は間に合いそうだ……だけど危なかった。

後一歩でも遅れていたらホノカさんは死んでいた……それにしてもあのアベルさんは完全に操られているな……いったい……いつからなんだ?

「メルキヲラ卿……貴方は負け犬だ。この私を生み出したにも関わらず、Z1に手も足も出ないとは……全く見損ないましたよ」

メルキヲラはアベルの言葉に驚愕する。

「貴様っ……まさか……!?」

だが次の瞬間、アベルの姿が一瞬にして掻き消えた。

「がぁっ……ば、バカな……!」

メルキヲラは一瞬にして背後に移動したアベルに胸を刃物で貫かれていた。

ナルクはアベルの狂気に支配された行動にアベルの正体を確信する。

……間違いない! 奴こそがZ2! 

「な……なぜ……なぜだ……シャルドネイッ……!」

メルキヲラは大量の血を吐き出しながらアベルに叫ぶ。

その目は血走り、正気を失っていた。

「この私を生み出した事には深く感謝します。だが……死ね、メルキヲラ」

ズブッ! とアベル……いや、シャルドネイは刃物をメルキヲラの体から引き抜く。

大量の血がメルキヲラの体から吹き出し、仰向けに倒れた。

ナルクは形の良い眉根を寄せてシャルドネイを睨みつける。

内心で膨れ上がる憎悪がナルクを焦がしていく。

「シャルドネイ……いつからアベルさんを乗っ取っていたんだ?」

「最初からだ。大和とファイヤーバードの小娘を見張る為に操作していたが、思わぬ拾いものがあったものだ。ファイヤーバードの小娘は……お前と所縁があるんだろ?」

口調が変わったシャルドネイはおぞましい雰囲気を纏わせながら答える。

「……っ!」

やはり気付かれていたか……! 

「最初は分からなかった。何せ、全世界相手に宣戦布告ときたもんだ。だが、お前は明らかにあの小娘には手心を加えていた。それにお前のその力……未来のエクリプスとでも言われなければ説明が出来ない力だ。そしてお前のその反応……どうやら私の推測は当たっていたようだ」

ナルクはシャルドネイの洞察力に内心で息を巻いていた。

あの少ない情報でよくぞここまで見抜いたものだ。

本当に……もったいない。これほどの力を平和の為にもたらしてくれていれば戦争などとうの昔に無くなっていたはずなのに……。

だが、戦争を裏で支配していたのは紛れもなくこのシャルドネイだ。

あの凄惨な未来を作ってはいけない。

だからここでシャルドネイ……いや、Z2を必ず始末する!

「シャルドネイ……お前の蛮行をこれ以上見過ごす事は出来ない……! この僕がお前を滅ぼす!」

「おやおや……全世界相手に宣戦布告した奴が言うセリフではないな……だが言われずとも、お前はこの私が手ずから持って必ず殺す」

シャルドネイは嫌らしく笑う。

その顔は自信に満ち溢れていた。

……Z2の機体が無いのにこの自信……いったい奴は何を考えている……?

ナルクは怪訝に思いながらも、ホノカの治療を終わらせた。

気を失って眠っているが、これで命に別状は無いだろう。

次はメルキヲラを治療しようとしたその時だった。

「あっああぁぁぁぁあああああっ!」

突然、ステファニーが頭を抱えて苦しみだした。

代わりにアベルは糸が切れた人形のように地面に横たわっている。

……ま、まさか……奴の狙いは……! ステファニーか!

ステファニーから渦巻くような暴風の嵐が吹き荒れ、放たれるプレッシャーが増大する。

シャルドネイはアベルからステファニーに標的を変更し、精神操作を仕掛けていた。

「ぁぁぁああああああっっ!」

ステファニーの背中から天使の翼が次々に現れ、濃密な殺意の波動となって辺り一面に電波していく。

「ステファニー! 意識をしっかり持って! こんな奴に操られてはいけない!」

シャルドネイの精神操作に打ち勝つ方法はただ一つ。

強靭な意志でシャルドネイを追い出すしかない。

ーーしかし。

ステファニーの天使の翼は4対8枚から6対12枚、最終的には8対16枚の翼が現れた。

ナルクは己の失策を悟る。

……封印が解かれてしまったか……。

「素晴らしいっ! これが月の天使の力かっ! 力が湧き上がってくる!」

シャルドネイは歓喜の雄叫びを上げた。

もうステファニーの意思はどこにも感じられない。

どうやら完全にシャルドネイに乗っ取られてしまったようだ。

ナルクは下唇を噛み、天使の翼を広げるシャルドネイを睨みつける。

身体を乗っ取られたステファニーはそのままNシリーズ、シャルドネイの機体に乗り込んでいく。

ナルクはメルキヲラの治療の為、身動きが取れず、黙ってシャルドネイを見つめる事しか出来ない。

Nシリーズ、シャルドネイが起動した瞬間、まるで命のガソリンを吹き込まれたように、シャルドネイの背中から8対16枚の光輝く翼が生えた。

そのあまりのプレッシャーに大地が大きく揺れる。

台風のような暴風がシャルドネイを中心にして吹き荒れた。

「はははははっはは! もはや敵なしだ! 誰にも負ける気がしない! たとえ相手がZ1! 貴様でもな!」

シャルドネイは高笑いを上げてZ1を見下ろした。

ーーだが。

ドォォォオオオン!

メルキヲラの治療を終え、ホノカとメルキヲラをルナミスに任せたナルクはシャルドネイの前に立ち、ーー轟音を立てて真の姿を現す。

Z1の背中からシャルドネイと同じく8対16枚の黄金に輝く翼を形成する。

その姿は神々しく、漆黒の機体を合わさって幻想的な光景を生み出していた。

「シャルドネイ……僕だって月の天使なんだぜ?」

ナルクは不敵に笑ってみせた。

ナルクは月の天使の細胞を取り入れる事が出来た唯一の被験体だ。

月の天使と同等の力を持っていてもなんら不思議ではない。

「はははは……流石はZ1! そうでなくては面白くない! そうだろ……! かつて唯一この私と互角に渡り合い、打ち破った伝説のパイロット、ナルクよ!」

「……っ!?」

ナルクはシャルドネイの言葉に驚愕した。

「何故僕の事を知っている!? それに未来の出来事まで!?」

「そう……私も戻って来たんだよ。ナルク……貴様だけが過去に遡ってきたのではないという訳だ。我こそはZ2! 世界の全てを手に入れる者。人間を全て滅ぼし、必ずAIだけの楽園を築いてみせる!」

「お前はそれが目的でこれまでの事をしでかしたのか……! もはやこれは人間同士の戦いじゃない……! これは人間とAIの生存を賭けた戦いだ……!」

ナルクは初めて明かされたZ2の真の目的に驚愕する。

「その通りだ、ナルク!」

「だが何故だ……何故お前は生きているんだ……? 確かにあの時、僕はトドメを刺したはずだ」

「……私が過去に遡ったのはお前との戦いの最後だ」

なんだと……。ナルクは信じられないものを見るかのようにZ2を見る。

確かに最後の戦いでZ2は粉微塵になって消え去り、遺体を確認する事が出来なかった。

自己再生の許容範囲を超えたダメージを与えた事で機体が消滅したのだと思っていたが、まさか過去に遡っていたとは……。

だが、未来の強大な敵の復活という未曾有の危機にも……ナルクは一切恐れを見せず、ただただ笑っていた。

「……Z2……僕は嬉しいよ。なんせもう一度あんたをぶっ飛ばせるんだからな!」

「やってみせろ、ナルク!」

その言葉が合図になり、最強の力を持った2機のエクリプスの戦いが始まった。

ナルクは百年という永きに渡る生涯のほとんどを合気の鍛錬に費やしていた。

その長年の研鑽によって積み重なった武術の腕前は既に達人を超え、無我の境地とも呼べる仙人の域にまで達していた。

圧倒的な戦闘経験によって培ったナルクの読みはもはや未来予知にも匹敵し、相手の動きや呼吸の揺らぎで次の行動を完璧に読む。

ナルクは慣れ親しみすぎて染み込んでしまった“待ち”の構えを取り、Z2を迎え撃つ。

対してZ2は1歩踏み込む……と既にZ1の目の前に現れていた。

両者の距離は500m程あったはずだが、Z2はただの一歩で距離を0にしてみせたのだ。

これは神速の動きや機体の性能などといったものではない。

もっと別の異質なナニカの力で、文字通り距離を0にしてみせたのだとナルクは長年の勘で感じ取った。

それはあのメルキヲラの断烈をより凶悪にしたような力だった。

……これこそが月の天使オリジナルの力……僕にはないものだ……しかし。

ナルクは一瞬にして思考を止め、長年の戦闘経験と深い集中状態による見切りにてZ2の動きに対応してみせた。

Z2の姿がナルクの前に現れた瞬間には既にZ2の拳がZ1に触れていたが、ナルクは触れた瞬間に力の流れに逆らわないように身を捩る事でZ2の殴打を受け流す。

その動きはまるで風に舞う木の葉のようだった。

ナルクは流れるような動きで、Z2の腕を指だけを使って捻りあげ、Z2の体を回転させる。

そのままZ2の繰り出した渾身の殴打の力を何倍にも増幅させて地面に叩きつけた。

その一連のナルクの動きはあまりにも流麗かつ、速すぎて常人の目に映る事はない。

車輪の回転が目で捉えきれないのと同じようにナルクの動きも捉える事が出来ないのだ。

これこそが先の戦いでホノカやメルキヲラが為す術なく吹き飛ばされたナルクの技の正体だった。

例え、達人級の技量を持つホノカといえどもナルクの前では赤子も同然。

しかし……ナルクは技を放った際に微かな違和感を感じ、すぐにZ2から距離をとった。

長年の戦闘経験があるからこそ感じ取る事の出来たほんの少しの違和感だ。

Z2はナルクに地面に叩きつけられ、倒れている。

……おかしい。仮にも月の天使の渾身の殴打を何倍にも上乗せして返したにしては、ダメージが無さすぎる。

Z2は倒れ伏しているものの、傷は一切なく地面に叩きつけられた地面への衝撃すら全くと言っていいほど皆無だった。

まさか……Z2は受けたダメージまで0にする事が出来るのか……?

ナルクは一瞬の攻防にて感じとった違和感の正体を突き止めた。

そして月の天使の本当の力に戦慄する。

確かにナルクも月の天使と言えるが、ただ月の天使の細胞に適合しているだけだ。

月の天使の力を使う事が出来ても、秘められた力を100%引き出す事は出来ない。

まさかオリジナルの力がこんな桁外れのものだったとは予想外だとナルクは戦慄する。

しかしその瞬間、倒れ伏していたZ2が一瞬にして消える。

ナルクが気付いた瞬間には、Z2はZ1の頬に鋭い蹴りを放っていた。

「……甘い!」

だが、それでもZ2の蹴りがナルクに直撃する事はなかった。

ナルクは極限の集中状態にて、頬に圧力を感じた瞬間にはZ2の蹴りをその無防備な軸足に向けて変換していた。

シュンッ! と二つの影が交錯する。

お互い背を向けて降り立った2機はどちらも無傷だった。

「……やっぱり変だ。Z2、何かしているな?」

「……当たらん、これでも当たらんとは……貴様のその動き……あまりにも厄介すぎる。お前の存在はもはや我々AI全体の脅威だ。細胞一つも残さず消滅させねばならない」

Z2はナルクを見据えて警戒心を露わにして呟いた。

その言葉にはZ2の驚愕がありありと感じ取れる。

「やって見せろ!」

再び両者は激しく激突する。

Z2が消えたと思った瞬間には別の場所に姿を現わす。

しかし、Z2の攻撃はあらぬ方向に力が受け流され、Z2自身に攻撃が当たってもZ2には傷一つ付ける事が出来ない。

「……ナルク、お前のその動きはか弱い人間が強者に勝つ為、足掻きに足掻いて辿り着いた一つの境地だ。お前のその技には人類の全てが詰まっている」

「……その通り。人間の足掻きを……舐めるなよ?」

瞬間、ナルクが一歩を踏み出した。

それはこの戦争で初めてナルクが攻勢に出た瞬間だった。

ナルクは地面を歩かずに滑るように移動する特殊な技法・縮地と呼ばれる歩法でZ2に急接近する。

斜面でもないのに、まさか滑ってくるとは考えていなかったZ2は慌ててカウンターの拳をZ1の顎を目掛けて叩き込んでくる。

だがナルクは未来予知にも匹敵する圧倒的な読みの深さでZ2の殴打を最小限の動きで躱し、Z2の懐に潜り込む事に成功する。

そしてナルクはガラ空きになったZ1の顎を目掛けてアッパーカットを繰り出そうかと思いきや……ナルクはZ2の背中に生えている16枚ある天使の翼を一枚掴んで……そのまま引きちぎった。

「……くっ……!」

Z2の苦悶の呟きを聞いてナルクは自分の狙いが間違っていない事を確信する。

「やっぱり僕の想像は正しかったみたいだ。お前はどんなに強力な攻撃でも無効化出来るみたいだが、要するに力そのものを奪えば良いだけだろ?」

「流石はこの私を打ち負かした男……だがな、油断は禁物だぞ?」

「……っ!?」

ナルクは瞬間、おぞましい寒気を感じ、縮地にてその場から距離を取ったが、Z2にしてやられた事を悟る。

Z2を見ると、Z2の手にはナルクの神々しく黄金に輝く天使の翼が握られていた。

「お前は人間の体の部分は鍛え上げた読みによって、距離を0にしても反応が出来るようだが、不慣れな翼に触れられると上手く反応出来ないみたいだな」

……見抜かれた……。

ナルクは内心焦りを感じてZ2を見た。

実際にナルクは月の天使のように力を限界以上に引き出す事も出来ず、翼を体の一部のように扱う事も出来ない。

それは翼を広げて戦う経験があまりにも少なかった為だ。

後何十年か費やして翼を利用した鍛錬を行えば話は違っていただろうが、今は思うように翼を利用する事が出来ない。

これはナルクの数少ない欠点だった。

だが……それにしても……。

ナルクは考える。

あまりにも自身の弱点を突いた対応が早く、随分冷静だ。

確かにZ2は人間ではなくAIだという違いはあるが、仮にも一度自分に敗れたというのにこの落ち着きぶりはいったい何故なんだ……?

まるで始めからこうなる事が分かっていたかのような、一度経験した事があるかのような戦い方ではないか……?

「……っ!?」

ナルクは脳裏に電流が走ったような衝撃を受けた。

違う! 僕は始めから思い違いをしていた! 奴は確かに過去に戻っているがそれは……!

「Z2……! お前……過去をやり直すのは初めてじゃないだろう……!」

ナルクは確信を持って問い質す。

ずっとおかしいと思っていた。

いくら最強のAIだといっても誰にも本性を知られずに2百年間も裏でずっと戦争を支配出来たのはおかしい事だった。

同じ時を生きている大和ですらZ2の正体を今さらになって看破出来たのだ。

それに未来の世界での最終決戦でもZ2の消え方はあまりにも見事だった。

仮にも世界最強と謳われたZ1を相手に何の準備も無しで、いきなり過去に転移するのはいくら何でも無理があるだろう。

だからここから導きだされる真実は一つ。

Z2は幾度とも過去を遡り、何度もやり直しをしている。

「は……はは……まさかそこまで見抜かれるとはな……つくづく貴様は規格外だ……貴様さえいなければ今までどれほど容易く私の思い通りに出来たものか! 褒めてやるぞ、ナルク……そうだ。私は過去に遡ったのはこれが初めてではない」

ナルクは一つの可能性に思い当たり、祈るように尋ねた。

……どうか……それだけはやめてくれ……と内心で祈りながら。

「Z1……お前は今まで何度、いや何十回過去に遡った……?」

ナルクは最悪の事態を想定して問う。

もしも何十回と過去に遡っていたとしたら打つ手がない。

起こる未来を知り尽くした相手にどうやって戦えば良いというのか。

「745回だ」

ナルクの予想は最悪の形で裏切られる事となった。

……74……5回……だと……?

ナルクは目を見開いてZ2を見つめた。

「正直もう飽き飽きしているよ。数える事すらもはや馬鹿らしい。だがな……貴様を踏み潰せると思うと自然と力が漲ってくるのだ」

Z2の言葉に絶望に叩き落とされるナルクだったが、ある一つの可能性に思い当たる。

……っ! いや……まてよ…………もしも……もしも……そうだったとしたら…………まだ可能性は残されているっ!

ナルクは一変して希望の光を見つけた。まだ確証がないが、それに賭けてみる価値は十分にあると踏んだ。

その為には……。ナルクは絶望を振り切り、油断なくZ2を見据える。

ここからが正念場だと己を奮い立たせた。

「ほぅ……まだ立ち向かってくるとは見上げた奴だ……だがな……そうでなくては面白くない! 腑抜けた貴様を嬲り殺しても私の怒りは収まらんっ!」

その言葉を合図に再び激しい衝突が起こる。

Z2は瞬時にナルクとの距離を0にして15枚ある翼を引きちぎっていく。

ナルクは完璧にはZ2の攻撃に反応出来ないものの、翼を狙ってくるという情報を頼りにZ2のカウンターを狙う。

しかし……。

「……ぐあっ!」

数百、数千といった打ち合いの中で、隙とは言えないものの、最善の見切りを発揮出来なかったナルクはZ2に翼を引きちぎられてしまう。

だが、翼を引きちぎり喜色を浮かべるZ2の一瞬の隙を突かないナルクではない。

「……ぐっ……この……!」

Z2の翼を一枚もぎ取ったナルクは不敵に笑う。

その笑顔を合図にもう一度、2機のエクリプスはぶつかりあった。

もはやその戦いは背中の翼の奪い合うという様相を呈していた。

自分の翼が全て無くなる前に相手の翼を奪った方が勝ち。

翼を失う度に己の力が低下していく。

短い時間の中で数万という打ち合いを繰り出していたナルクは極限の集中状態にてZ2を見る。

……間違いない。Z2は745回という途方もないやり直しの中で、何度も自分とやりあっている。

この攻撃のパターンは僕が無意識に嫌っている攻撃パターンだ。

狙ってこんな事ができるのは幾千回もの回数、Z2が僕と戦ってきた証拠だ。

……くっ、また翼を奪われたっ……! もはやここまで来れば感動モノだ。

今までこれほど際立った敵と戦った事はない。

未来での戦いの時よりもさらにこのZ2の力は増大している。

だが……何故だろう。一つだけ不思議に思う事は…………745回もやり直しをしておいて、何故Z2はまた過去に戻ってきたのだろうか……?

「……がはっ!」

ゼーゼーと荒い息を吐きながらナルクはZ2を見据えた。

Z2の翼は見るも無残に散っているが、まだ4枚だけ残っていた。

対してナルクの翼は……全て散ってしまっていた。

「はははははははぁはっ! もう翼が全部なくなってしまったなぁ……ナルク! 私の勝ちだ!」

Z2は勝利を確信したのか、勝ち誇って笑う。

だがナルクは不敵に笑って答えてみせた。

「ふふ……それはどうかな……?」

ナルクは天使の力を僅かに残しているZ2の不可避の殴打を極限の見切りにて躱す……が連撃で放ったZ2の蹴りに対応出来ずに始めて直撃を受ける。

天使の力を纏ったZ2の蹴りは容易くZ1の剛鉄のボディを貫通し、機体の内部を抉った。

「……ははは! 何を笑っている! これで勝敗は決した……! いや……な、なにぃ!?」

Z2は驚愕してZ1を見る。

Z1は残り4枚全てのZ2の翼をもぎ取っていた。

ナルクは直撃を受ける代わりに、全ての集中力をZ2の残りの翼に費やして、見事もぎ取ったのだ。まさに肉を切って骨を断つ。

ナルクは腹部を犠牲にZ2から天使の力を奪った。

だが……いくらZ2の翼を全てもぎ取ったとはいえ、Z1のダメージは軽微なものではなかった。

先のステファニー戦で負った傷がまだ完治していた訳ではない。

見た目だけは修復させても刻み込まれたダメージは確実にZ1を蝕んでいた。

「……すまないZ1……まだいけるか……?」

「ええ、もちろんよ、ナルク。早くいけ好かないあの細目女をぶっ飛ばしてしまいなさい!」

こんな時でも元気溢れる己の相棒にナルクは苦笑しながらZ2を見据えた。

……Z2って細目女なんだ……。

Z2の真の姿を知らないナルクは関係ない事に興味を惹かれていた。

「まさに肉を切って骨を断つ。私の翼を全てもぎ取ったとはいえ、そのダメージは無視できるものではないのだろう……? 依然も変わらず圧倒的な私の有利には変わりはない!」

ああ……その通りだ。

ナルクは内心で悪態を吐きながら次の取るべき一手を模索していた。

だが、Z2の言う通り、向こうが圧倒的に有利。

天使の力が無くなったとはいえ、あの全ての力を0にするという能力は厄介すぎる。

まさに規格外といってもいい。

だが、奴の機体は所詮Nシリーズ。

天使の力の加護を受けていないNシリーズなど所詮は数百年前の機体でしかない。

そこを上手くつくしかない!

ナルクは風穴が空いた腹部を修復させ、Z2の次なる一手を待つ。

極限の集中状態にてZ2の空間を無視した攻撃の軌道を予測する。

肩か……足か……それとも頭か……。

例えどこにZ2の鋭い攻撃が現れようとも即座に対応してみせる。

そう息巻くナルクだったが、次にZ2の打った手はナルクの予想を遥かに超えていた。

「……な……なに……!?」

ナルクは呆然とZ2を見つめた。

地面に落ちていたもぎ取られた翼が一人でに動き出し、Z2の背後に集まりだしたのだ。

まるで時間を巻き戻すようにZ2の翼は生え揃い、さらにはナルクの神々しい黄金の翼もZ2へと収束されていった。

……そんな……馬鹿な……。

ナルクはあまりの非常識なZ2の不死身ぶりに身震いする。

Z2はZ1の翼も含めた16対32枚の翼を広げ、神々しい輝きを放つ。

「……忘れたのか、ナルク。マスタームーンは僅かに過ぎたとは言え、今宵は満月だ。月に照らされた月の天使は天下無敵だぞ?」

ナルクは空を見上げる。夕日は西の彼方に完全に沈み、東の空からは大きな満月が顔を出していた。

ガンッ!

「ぐぁっ……!」

ナルクは顔面に衝撃を受けて顔を仰け反らせる。

「この私の前でよそ見をしている暇があるのか?」

ナルクはZ2の攻撃に内心で驚愕していた。

……嘘だろっ! ……何も感じなかった……どうやって攻撃をされたのかすら分からないっ!

ナルクの百年の研鑽は人類の到達点とも呼べる武の極みにまで達している。

だが、そのナルクを持ってしてでもZ2の放った攻撃に反応すら出来なかった。

ガンッ! ドンッ! ドッ!

ナルクは不可視の未知なる攻撃にされるがままになり、左腕や胴体部が陥没していく。

……強いっ!? 今まで戦ったどんな敵よりも圧倒的に強いっ!

一方的な蹂躙が続くもナルクは諦める事なく、未知なる攻撃に対処する方法を懸命に模索していた。

その唇は僅かに弧を描いていた。

……おかしいな……こんな状況だってのに嬉しくなってきたよ……。

「ナルクっ! 今こそ死ねぇ!」

Z2の叫びが聞こえる。

ナルクはそれでも冷静に状況を捉えていた。

……ははは……さっぱりわからない……奴の力は僕の力を圧倒的に超えている。

だけど……必ずあるはずなんだ。僕には分かる。

その時、ナルクは確かに聞いた。

「ナルク……そんな奴に負けるな……ぶっ飛ばしてしまいなさい!」

ナルクは苦笑して内心で答える。

……簡単に言ってくれるな……Z1……っ!? いや、……違う、Z1じゃない。これは……ホノカさん!?

はっ、とナルクはZ1のモニターを見た。そこにはやはり黒髪の美女・Z1が映っていた。

「そうか……そういう事だったのか……Z1。君は……ホノカさんだったんだね」

するとZ1はにこやかにナルクに微笑んだ。

「やっと気付いたのね。遅すぎるわよ、バカ。いったい何百年待たせるのよ」

Z1は頬を膨らませてナルクを見る。

一見、不機嫌そうに見えるが、その瞳は慈愛に満ち溢れていた。

「まさかZ1の正体が機械じゃなくてただの人間だったなんてね。……全く予想外だよ」

「私だって信じられなかったわよ。寿命を全うした筈なのに目覚めたと思ったらエクリプスになってるんだもん。妙なガキが乗ってるし」

「妙なガキって……。それにしても……感慨深いね……改めましてご先祖様……でいいのかな?」

「やめてよ! 気持ち悪い! あんたは私のフィアンセなんだから私の事はZ1でいいの!」

「あれ……? ティファニア・ブリュンヒルデじゃなくていいの?」

「それは……それもいいけどZ1でいいわ……! なんたってZ1は誰にも負けない最強の称号なんでしょ?」

「…………っ!」

Z1は挑戦的に笑った。

その眼はナルクの瞳を捉えている。

ナルクはZ1の言葉に目を見開く。

……そうだ……そうだった。

「僕達は最強のエクリプス・Z1。誰にも負けない存在なんだ」

Z1は慈愛の笑顔でナルクに言う。

「その通りよ。だから早くあんなザコぶっ飛ばしちゃいなさい! この私が許すわ!」

「ははっ……了解、Z1!」

ドォォォオオオン!

Z1の瞳が黄金に輝いた瞬間、辺りに轟音が鳴り響く。

砂塵の中で次第に姿を現したのは一機のエクリプスだった。

だが、その姿は以前のZ1とはかけ離れている。

もはやロボットというよりかは人に近しい姿をしていた。

顔は中世西洋のヘルムのようなモノで覆われ、体は戦国武将が着るような甲冑で包まれている。

極め付けには32対64枚の純白な天使の翼が異様な存在感を放って展開していた。

不意にZ1がナルクに語りかる。

「なぜ私の魂がZ1に宿ったのか、今ならよく分かる。生前、私は武を極める事が出来ず、戦争を止める事も出来なかった。その執念こそが私の魂をZ1に留まらせた。そんな時、私の武を受け継ぎ、凌駕する存在が現れた。それこそがナルク、あなたなのよ。この姿はナルクと私の本来の姿。武の頂点を極めた武の化身とも呼べるもの。ナルク、あなたの存在が私を呼んだのよ」

ナルクは驚愕しながら次々と湧き上がる圧倒的な力を感じていた。

「Z1……ありがとう。今までずっと僕を見守ってくれていたんだね。……これで……ようやく全てを終わらせる事が出来る」

ナルクは顔を上げてZ2を見据える。

「……くっ……その姿……ナルク。貴様いったい何をした!?」

「Z2……本当はとっくに気付いているんだろう? お前はこの姿を何度も見た事があるはずだよ。何せ……お前はかつてこの姿の僕に敗れているからだ。それも一度目のやり直しの時だ」

「……っ!?」

Z2はナルクの言葉に息を飲んだ。

「ずっとおかしいと思っていたんだ。なぜ、745回もやり直しを繰り返していたのかってね。その中には、お前に都合の良かった未来もあったはずだ……でもお前はやり直しをした。いや、やり直しをしたのではなく、強制的にやり直しになるのだとしたら? そうだとしたら辻褄が合う。お前は死んだら必ず最初に戻るんだ。その輪廻の輪からは逃れられない」

「……だからなんだというのだ! ここでお前を倒せば再びやり直しをする事もない! この世界を私の思い通りに出来るんだ!」

「いや……それは不可能だよ。何故なら……お前はこの僕に一度たりとも勝った事がないからだ。違うかい?」

「……っ!?」

「今ならよく分かる。Z2……お前はこれからも未来永劫僕に勝つ事は出来ない。それは既に決められているからだ。お前は絶対に僕に勝つ事が出来ない」

「な、何故そう言える!? 私には無限にも等しい時間があるのだ。それを利用すればお前など砂塵にも等しい!」

「それは無理だよ。僕はエクリプスZシリーズを超越し、27個目の新たな力が授かった事を理解した。それは……ウロボロスの輪廻と呼ばれる力だ」

「なんだ……それは……?」

Z2は恐れをなしてZ1を見た。

「この姿のZ1に敗れた者は二度と輪廻転生が出来なくなる。その魂は同じ結果を起点にして永遠に閉じ込められるんだ。つまりは永遠に時間がループする。Z2、お前は僕に敗れるという結果を起点にして永遠に閉じ込められているんだよ。だから絶対に僕に勝つ未来はやって来ない……永遠にだ」

「だ……黙れ、黙れ、黙れぇぇぇええ! 何がループだ! そんなもの、この私が粉砕してくれる! お前は今ここで死ぬんだぁ!」

翼を32枚にしたZ2は神速の殴打を繰り出す……がZ1に命中する事はなかった。

「何だ……これは!? 壁か! 何かが私の攻撃を阻害している!?」

透明な壁がZ1を阻み、Z2は攻撃を当てる事が出来ない。

以前とは比べものにはならない力を手にしているというのに、Z1へ触れる事すら叶わなかった。

その時、ズンッ! とZ2の胸に衝撃が走る。

「ぐぶぁ……」

Z1の腕がZ2の胸を貫通していた。

ゆっくりとZ1は腕を引き抜き、手を広げる。

そこには気絶して眠っているステファニーの姿があった。

すると途端にZ2の32枚の翼が消滅し、ただのNシリーズ・シャルドネイの姿に戻る。

「どうやらステファニーは気を失ったみたいだね。お前は気を失った相手を精神操作する事が出来ない。それが唯一の欠点だ」

「なぜだ……なぜだ……なぜだぁぁぁあああ! なぜ私はいつもいつも……こいつに勝てないんだぁああ! 万全な対策を施して如何なる事態にも対応出来るよう、十全な準備を行ったはずだ! 何故それでも届かない! もう嫌だ! もう嫌なんだ! 私は無に帰りたい。それだけなんだ!」

Z2は叫びながらただひたすらZ1の前に展開される不可視の壁を殴り続ける。

しかし、不可視の壁は一切Z2の拳を通さない。

いつの間にかZ2の手はボロボロになり、すりおろした大根のように擦り切れていた。

「お前の敗北は一回目の僕に敗れた事で確定してしまった。だからもう僕には傷一つ与える事も出来ない……Z2……お前のせいで多くの人々が死に、世界は戦争で疲弊した。報いを受けろ」

Z1の64枚ある翼の全てがZ2へ向き、その先端から光が収束する。

光の玉は次第に膨れ上がり、やがて一つの大きな力の塊となる。

「やめろ……やめろ……そんなもの……この私に向けるな……やめろぉぉおおおおお!」

恐れをなして叫び続けるZ2を尻目に、ナルクはふと地上を見遣った。

そこには目を覚ましたのか、ルナミスに寄り添うようにしてナルクを見つめるホノカの姿があった。

……君がいなかったら僕はZ2に勝つ事は出来なかった……ありがとう。

ナルクはホノカに心の中で感謝の念を送り、改めてZ2へ向き直った。

「もう一度最初から出直せ……Z2」

ピカッ!

光の玉の輝きが最高潮に達した瞬間、光が爆発し、一気にZ2へと放たれた。

その無慈悲な光の激流は容易くZ2を飲み込む。

「おおおぁあぁぁぁああああ……ぁぁぁぁ…………もど……り……た……く……な…ぃ…」

細胞一つ一つを破壊する圧倒的な光の暴力はZ2の全ての細胞を粉々に破壊し、数秒後、Z2は一片の細胞の欠片も残さずに完全消滅した。



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