第11話
ファイヤーバードとZ1が要塞都市のど真ん中で睨みあう。
両者共に互いの隙を探り合う中、両者の間にドンッ! と巨大な剣が突き刺さった。
剣はジュュウウという音を立てながら地面を抉り、光り輝いている。
「こっ……これは……ネクローシスの光剣!?」
ホノカは剣の持ち主に思い当たり、思わず叫んだ。
剣が飛んできた方向に視線をやると、ホノカはビルの上からこちらを見下ろす一体のエクリプスを見つける。
「本当にネクローシスが来た……いや……あの機体はネクローシスじゃない……!?」
ホノカは半ば呆然と新たに現れたエクリプスを見つめる。
だが、その機体はネクローシスではなかった。
ネクローシスとよく似ているが、フォルムがネクローシスよりもシャープになっており、艶やかなメタリックシルバーの金属で全身が覆われていた。
「久しぶりだな、侵略者・Z1。この世の秩序を守る為、貴様を駆逐しにやってきてやったぞ!」
メルキヲラは勇ましい雄叫びをあげてこの場にいる全ての者達に言い聞かせるように言った。
周りで見ていた、ホノカ、ルナミス、アベルは呆然とネクローシスと思しきエクリプスを見つめる。
ど……どの口が言うのよ……。
ホノカはあまりのメルキヲラに似合わないセリフに呆れながらも、油断なくZ1の動きを注視していた。
敵は超一流の合気の達人、いつどこで攻撃を仕掛けてくるか分からない。
片時でも目を離してはいけない。
「……ふぅーん。それが君の秘密兵器って訳? この前みたいに簡単にやられないでよ?」
Z1からの馬鹿にしたような言葉にメルキヲラは本気の怒気で返した。
「抜かせっ! このインベーダーがっ!」
ドンッ!
と音がした瞬間に、メルキヲラの駆るエクリプスの姿が一瞬で掻き消え、再び姿を現した時には、メルキヲラのエクリプスは既にZ1に殴りかかっていた。
「は……速いっ!」
ホノカは思わず叫ぶ。
合気で鍛えられ、類い稀な動体視力を持つホノカですら微かに残像が見えただけだった。
……ありえない。
ホノカはネクローシスと思しきエクリプスの速度に戦慄した。
エクリプスの性能には限界がある。
いくらパイロットが優れていたとしても機体の性能を限界以上に引き上げる事など不可能だ。
自らが駆るMシリーズは他のエクリプスと比べると、比べものにならないほどの速度を誇っているが、それでもどれほど頑張ってもこれほどの速度は出ない。
確かにメルキヲラの駆るネクローシスは他のMシリーズと比べても抜きん出た速さを有していたが、これほどまで非常識な速度ではなかった。
……この機体はいったい……。
ーーしかし。
ズンッ!
「ぐぁっ!」
吹き飛ばされていたのはメルキヲラのエクリプスだった。
……Z1の動きが全く見えなかった……あの速度ですら返すなんて……。
ホノカはどこか納得したようにZ1を見つめた。
最早あのZ1を倒せるイメージがホノカには全く思い浮かばない。
一撃を入れた事すら奇跡だと思える程だ。
「……信じられん。これでも無傷だと………!? 有り得ん……有り得んだろっ!」
なんとかZ1の力の反射に耐えたメルキヲラは焦る素振りを隠しもせずに、もう一度Z1に突っ込む……が返され、地面に刺さったままの光剣を引っこ抜き再び突っ込む……がそれでも返された。
だが、メルキヲラは諦める事なく、光剣をZ1に投擲し、光剣を囮とする事で神速の突進を繰り出すが…………それでもZ1は何事もなかったようにメルキヲラの駆るエクリプスを吹き飛ばした。
ホノカにはZ1がただ突っ立っているようにしか見えなかった。
ズザザザザザザァァッ!
メルキヲラのエクリプスは地面を抉り、ビルすら薙ぎ倒しながら勢い良く吹っ飛んだ。
数百m程地面を転がった末にようやく動きを止める。
最早、エクリプスのボディは始めのような艶やかさは皆無で、僅か数秒という短い時間で既に片腕は消滅していた。
「ふぅーん、確かに少しはやるじゃない。地平線の彼方まで吹っ飛ばすつもりで投げたんだけどね」
Z1のメルキヲラを賞賛するような言葉にも、メルキヲラはただの侮辱としか思えなかったのか、血を吐くように怨嗟の声を上げる。
「……き、きさまぁぁぁああ! い、いったいどうやっているんだぁ! 有り得ないぃっ! この機体はMシリーズを超越した神にも匹敵する“Nシリーズ”シャルドネイだぞっ! それがこんな……こんなインベーダーなんかに負けるはずがなぁいぃっ!」
ホノカはメルキヲラの言葉に驚愕する。
「Nシリーズですって!? いったいどういう事なの!」
するとモニターから大和が現れ、真剣な顔つきでホノカに答える。
「どうやらメルキヲラは既に、“Nシリーズ”を完成させていたようですね。それが彼のとっておきだったのでしょう。ですがこの有様を見ると、どうやら彼の目論見は大きく外れたようです」
「そんな……」
ホノカは複雑な思いでNシリーズ・シャルドネイを見る。
ここにきて世界の秩序を乱す存在が現れた事には驚異だが、まずZ1という世界の敵を排除する事が先決だ。
今は少しでもZ1に対抗できる力が欲しい。
しかしようやく現れた秘蔵のエクリプスを持ってしても、Z1に傷すら与える事が出来なかった。
それはホノカ達に打つ手が無くなった事を意味していた。
絶望に叩き落とされるMシリーズのパイロット達にZ1はなんでもないように答える。
「どうやってるかって? ただ投げ返してるだけだよ。どれだけ速度が速くても、君みたいに動きが単調なら簡単に見切れるよ。これじゃまだホノカさんの方が手強かったね」
「あ、あのファイヤーバードの小娘の方が手強いだと…………この俺を……舐めるなぁぁあ!」
メルキヲラは叫びながらZ1に突っ込んでいった。
「うぉおおおお! なぜだっ……! なぜ当たらんっ!?」
メルキヲラの駆るNシリーズは目にも止まらぬ速度の殴打、蹴りを放つがZ1にはかすりもしない。
……おかしい! なぜなんだっ!
メルキヲラは目の前の光景が現実のものとはとても思えなかった。
生涯をかけて完成させたNシリーズ“シャルドネイ”の基本性能はMシリーズとは比べものにならない程高い。
おそらく武術の達人であるファイヤーバードのパイロットですら目で追うのがやっとのはずだとメルキヲラは考える。
シリーズの階梯を昇るというのはそういう意味なのだ。
しかし、そのNシリーズの力を持ってしてもZ1に一撃も当てる事すら出来ない。
……奴は……Nシリーズの力など歯牙にもかけない程の高みにいるという事なのか……?
メルキヲラは戦いが始まる前から感じていた嫌な予感が外れていなかった事に気付き始める。
……なぜこんな奴が今頃になって現れるのだ……!?
メルキヲラは血が滲む程、唇を噛み締める。
Z1が現れなければ今頃、このNシリーズ“シャルドネイ”の力によって全てのMシリーズを駆逐し、世界を統一していたはずだ。
だが、そんな野望もこの規格外の力を持つZ1によって粉々に粉砕されようとしている。
……くそっ! 仕方がない……! 背に腹は変えられん……ここで切り札を切る。
メルキヲラは世界征服の為に残していた最後の鬼札を切る決意をした。
エクリプスはシャルドネイを除き、AからMシリーズの13シリーズが存在している。
無論、最も新しいのがMシリーズで、古いのがAシリーズだ。
アルファベットの位が上がるには基本性能の大幅アップデートの他にもう一つの条件がある。
それはそのシリーズ独自の特殊能力を有しているという事だ。
Mシリーズには共通して自己再生という強力な特殊能力が宿っていたり、その前のLシリーズには燃料を必要としない永久機関が全機に搭載されるようになった。
Gシリーズはエクリプスに初めての飛行能力が備わり、Kシリーズは操縦桿を必要とせず、感覚のみで機体を動かせるエスセティックスパイロットシステムが搭載された。
つまり……メルキヲラが開発したNシリーズ・シャルドネイにも新たな力が備わっていた。
「……シャルドネイ、アレを使う……」
「……承知致しました。メルキヲラ卿」
メルキヲラは覚悟を決めた表情で、己の最も信用する部下・シャルドネイに言った。
全身を修復し終えたメルキヲラの駆るシャルドネイは光剣を構えてZ1を見据える。
シャルドネイとZ1の間には数百mの距離があるが、シャルドネイが動き出す様子はない。
しかし、シャルドネイの構える光剣は異様な光を伴って輝き出す。
「……へぇ」
Z1から驚くような呟きが漏れるが、メルキヲラには届かない。
そのままシャルドネイは光剣をゆっくりと頭の上まで振り上げる。
臨界点に達した光剣はけたたましい雄叫びをあげる。
キィィイイイイン!!
メルキヲラの永きに渡る戦闘データと技術力によって誕生したNシリーズ・シャルドネイの振り下ろした剣は……。
「断烈」
ーー空間を切り裂いた。
「ぐっ……」
ホノカ、アベル、ルナミスは目の前で起こった光景に驚愕する。
シャルドネイが剣を振り下ろした瞬間に、数百m離れているはずのZ1の体が深々と切り裂かれていたからだ。
それはまるで剣が数百mの距離を無視して切り裂いたかのような光景だった。
いや、よく見るとシャルドネイの目の前には空間が切り裂かれたような裂け目があり、Z1の目の前にも裂け目があった。
「……まさか……この一撃すら避けやがったのか……?」
メルキヲラは始めてまともにZ1に一撃を入れた事すら忘れ、驚愕しながら呆然とZ1を見た。
今、自分は全身全霊の力を込めて、Nシリーズの特殊能力・断烈を放った。
断烈は空間ごと切り裂いて相手に直接ダメージを与える不可避の速攻だが、信じられない事にZ1はこの攻撃すら対応して見せた。
確かにZ1は光剣に切られた痕が残っているが、この力をまともに受けた相手はこの程度の傷では済まされない。
この程度の傷で済んでいるのは、自分が放つ前に断烈の本質を見抜き、対応したからに他ならない。
「ば……化け物が……」
断烈の剣の刃が相手に届くまでの時間などコンマ一秒たりとも存在しない。
言うなれば、決して避ける事の出来ない急所を襲う攻撃なのだ。
それをあの化け物は……放つ前に予測し避けた……。
もはやメルキヲラには、Z1が化け物以上のナニカに思えてならなかった。
「あああぁぁぁアァアアア!!」
メルキヲラは咆哮を上げながら狂ったように断烈を放ち、空間ごとZ1何度も切り裂く。
Z1は無数の斬撃に全身を切り裂かれながらも、その動きに翳りを見せず、傷を浅く抑えることで不可避なはずの攻撃に早くも対応し始めていた。
まるでどこから刃が現れるか、完全に把握しているような動きだった。
「なんだ……! なんなんだ! お前はぁぁぁあああ! お前さえいなければ! お前さえいなければぁぁあああ!!」
所構わず断烈を放ちまくるが、今度は傷すらもつける事が出来ずに避けられる。
当たらない。何度やっても一撃必中の太刀筋は完璧にZ1に読まれていた。
そんな半狂乱に陥るメルキヲラにZ1は静かに答えた。
「確かに空間ごと切り裂くその攻撃は脅威だ……。でも当たらなければ意味がない。空間から刃が現れた瞬間、僅かに空気が揺れる。そこから太刀筋を予測するのはそれほど難し事じゃない」
「……太刀筋を予測する…………だと……!?」
……有り得ない……。空間から刃が現れてから切り裂くまでの時間なんて無に等しい。
いや、コンマ0001秒ほどの間はあるが、その僅かな時間で太刀筋を予測し、避けるなど人間技ではない。
メルキヲラは目の前の光景を到底受け入れる事が出来なかった。
「どうやった!? いったいどうやってそれほどの力を手に入れる事が出来た!?」
Z1は指を立ててなんでもないように答えた。
「1に修行。2に修行。3、4が修行で5に修行。以上!」
「ふざけるなぁああ! そんなもので納得出来るかぁぁあああああ!!」
修行だと……!? 未知の特殊能力、機体の性能でもなく、ただのパイロットの生身の技術だけでこれだけの芸当をしでかしたというのか!?
その境地にまで体を鍛え上げるにはいったいどれほどの年月を費やせばいいのか?
10年、数十年……いや少なくとも数百年の年月を費やさなければ辿り着けない境地だ。
そんな事が出来る訳がないっ!
「いや、そんな事言われても……本当にそれだけなんだけど……」
「おぉぉおのぉぉおおれぇぇぇええええ!」
メルキヲラはとうとう思考を捨てた。
ただ憎き怨敵……Z1を斬る為だけの機械と化す。
メルキヲラは渾身の力を込めて、断烈を放った……が。
キィィィィイイン!
硬質な金属音が鳴り響く。
メルキヲラは手に持つ光剣に違和感を感じ、目を落とすと……。
そこには剣の柄しか残っていなかった。
光輝く光剣の刃がどこにも見当たらない……。
まさか……メルキヲラはある一つの可能性に思い当たり、嫌な予感が当たらないように祈りながら恐る恐るZ1を見ると……。
「……なん……だと……」
そこには光剣の刃を片手で易々と受け止めているZ1の姿があった。
……か……勝てない……。
その姿を見た瞬間にメルキヲラは自身の心が砕け散る音が確かに聞こえた。
だが次の瞬間、メルキヲラはさらなる絶望に叩き落とされる事になる。
カランという音を立てて真っ二つに折れた刃を地面に落とすと、Z1は不意に右手を掲げた。
「こんな感じかな?」
その瞬間、Z1の右手に光が灯り始め、風がZ1の右手に向かって収束し、辺りが吹き荒れる。
まるで台風のような暴風に晒される中、メルキヲラの駆るシャルドネイは呆然とZ1を見つめる事しか出来ない。
……これは……まさか……。
さっき自身が放った断烈とは比べものにもならない程の閃光が辺り一面を照らし、メルキヲラは直視する事が出来ない。
だが、メルキヲラは微かに見た。
Z1が右手を振り下ろすその姿を。
瞬間、シャルドネイの下半身は木っ端微塵に消し飛んだ。
ドォォォオオオオオオオオオオン!
空間ごと切り裂いて、突如シャルドネイの目の前に現れたZ1の手刀はシャルドネイの下半身を消し飛ばすだけに飽き足らず、背後の地面までも抉り抜いていった。
その威力はもはやシャルドネイの放った断烈を軽く凌駕していた。
シャルドネイの下半身が消し飛ぶ間際、メルキヲラは刹那に思った。
……負けた。それも完膚なきまでに。私の生涯をかけて完成させたシャルドネイは為す術なく、謎の機体……Z1の前に敗れ去ってしまった。
奴は……何者なんだ……もはや奴が単なるエクリプスだという事が信じられない。
悪魔や天使といった神話の生命体だと言われた方がまだ納得出来る……。
メルキヲラは薄れ行く意識の中で、自分をこれまで支え続けていた自尊心を捨て去り、Z1への完全敗北を認めた。
………………。
凄まじい爆音が鳴り止み、辺りに静寂が戻る。
そこには下半身を失ったシャルドネイが力なく、横たわっていた。
「……シャルドネイよ……聞こえるか」
メルキヲラは力無く、腹心の部下に声をかける。
「はっ……。何用でしょうか」
「ははっ……お前はこんな時でもふてぶてしい程にいつも通りだな」
「左様でございますか。申し訳ございません」
「良い……それよりもご苦労であった。……今まで付き合わせて悪かったな」
メルキヲラは一歩一歩近付いてくるZ1を見ながら静かに告げる。
死神はもう直ぐ、ここにやってきて自分の命を刈り取るだろう。
だが、シャルドネイまで犠牲になる必要はない。
「何を仰いますか。私はメルキヲラ卿の命に疑問を抱いた事など一度もありません」
「フン、世辞は良い。だが、今ならまだ間に合う。お前だけでも帰還しろ」
「…………」
シャルドネイは黙り込んだ。
こんな時でも相変わらず自らが生み出した腹心の部下の心は読めない。
いつもと同じ、細い目で微笑んでいるだけだ。
全く……こんな時でも部下の思い一つ見ぬけないとは……。
メルキヲラは自分の力の無さに呆れていると、とうとうZ1が目の前に現れ、言葉を告げる。
「……メルキヲラ卿。正直僕は貴方を侮っていたよ。でもNシリーズを完成させ、断烈まで放ってみせたその手腕は感嘆するよ。貴方はやっぱり天才だ」
「……抜かせ。私は貴様に致命傷一つ負わせる事すら出来なかった。貴様に手も足も出なかった」
メルキヲラは無力感に苛まれる。
ここまで敵に対して打ち勝ちたいと思った相手は初めてだった。
Mシリーズ達との戦いは自分が圧倒的に優っていた事もあり、苦戦を強いる事なく圧倒出来た。
しかしこのZ1だけは別だ。
手も足も出なかった。
己の全てを賭けても倒す事はおろか、致命傷一つ与える事が出来なかった。
しかし、どこか晴れ晴れとした気持ちがある。
全力で立ち向かい、全力で倒される。
それは今までの人生において一度もなかった経験のように思う。
Z1は手も足も出なかった憎き相手であるも、メルキヲラは一種、尊敬のような念を甚だしくも、抱いていた。
ーーしかし、モニターに映るシャルドネイは笑みを濃くし、メルキヲラに思いがけない事を言った。
「……いいえ、メルキヲラ卿。我らの奮闘は決して無駄ではありませんでした。我らの勝利です」
メルキヲラはシャルドネイの言葉を半ば呆然と聞いていた。