第10話
Z1がホノカの駆るファイヤーバードにカウンターを決め込んだ時、要塞都市から少し離れた場所で戦況を見守っていた一機のエクリプスがいた。
「……ほぅ、あのZ1に一撃を入れるとは……Mシリーズといえど中々やるな」
コックピット内でポツリと呟いたのは、各国から吸血鬼と恐れられているMシリーズ・ネクローシスのパイロット、メルキヲラだった。
だが、今回メルキヲラが操る機体はネクローシスではなかった。
その機体はネクローシスよりも体躯がスラリとしており、艶やかなメタリックシルバーの金属で全身が覆われていた。
「彼女には何か秘密が隠されているのかもしれません」
そうメルキヲラへ呼びかけるのはモニターに映っているお淑やかそうな女性だ。
彼女こそ、メルキヲラが生涯をかけて開発した次世代のAI・エクリプスNシリーズ“シャルドネイ”だった。
シャルドネイはエクリプスとAIが融合した初の未来型エクリプスだ。
永きに渡るネクローシスの戦闘データとメルキヲラの技術力を掛け合わせて誕生したシャルドネイはまさに進化するAIと呼べた。
事象と事象を組み合わせて回答を出す能力に秀でており、その力は未来予知にも匹敵するほどの正確性を有していた。
メルキヲラはシャルドネイの能力を何よりも信用しており、彼が今まで世界最高のパイロット足り得たのもシャルドネイの補佐があってこそだった。
メルキヲラは自らが生み出した最高傑作を眺め、言葉を発する。
「シャルドネイよ。あの忌ま忌ましいZ1への奇襲の合図はいつだ?」
モニターに映る黒い艶やかな髪を束ねたお淑やかな美女は微笑みながら言う。
「……メルキヲラ卿。我等がすべき事は奇襲ではありません。我等はただ、堂々とかの者の前に姿を現せば良いのです。そして宣言するのです。我等は正義、敵こそが悪であると」
「…………」
メルキヲラは考え込む。
確かに自らが作り上げたシャルドネイは最高傑作と呼べるほどの出来栄えであるのは間違いない。
こうしてシャルドネイとネクローシスが融合したNシリーズの力は桁外れなものだ。
しかし……それでも……メルキヲラにはあのZ1に打ち勝つイメージをどうしても持つ事が出来なかった。
……っ! 今、私は……何を馬鹿な事をっ!
メルキヲラは微かに浮かんだ弱気なイメージに己を叱責する。
「……メルキヲラ卿……今まで私が言った事に間違いはありましたか?」
「……っ!?」
メルキヲラは息を飲んでモニターを見た。
和服を着た美女・シャルドネイは細いつり目の目を開いて、メルキヲラに笑いかけていた。
……ゾクッ!
メルキヲラは額から一筋の汗を流した。
メルキヲラはこの世の何よりもシャルドネイの言葉を信用している。
そして彼女の言う通り、シャルドネイの言葉にかつて一度たりとも間違いはなかった。
ーーだが、メルキヲラはこのシャルドネイの微笑みを見る度に思う。
……このシャルドネイの底知れなさは一体何なんだ……?
生みの親であるこの私ですら、シャルドネイの考えを看破する事は出来ない……。
だが……そんな事はどうでもいい。シャルドネイの言葉は正しいのだ。
私のシャルドネイが間違いなど犯すはずがない。
シャルドネイの言う通りにすればあの憎きZ1を倒す事が出来るのだ。
ならば……私が取るべき行動はただ一つ。
シャルドネイの言葉に従うだけだ!
その瞬間、Nシリーズ・シャルドネイは大地を蹴った。