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第9話

 謎のエクリプス・Z1が全世界に向けて宣戦布告を行った日から3日が経った。

Z1が再侵攻すると宣言した日がとうとうやってきたのだ。

要塞都市の一角に集められていたのは世界最強の武力、エクリプスMシリーズの4機。

世界を制する力を持つ機体、ファイヤーバード、ディアベル、ペルセポリス、ベルベッドはZ1の侵攻に備えて今か今かとその時を待ち構えていた。

この要塞都市には大和が管理する要塞都市本部が中央に存在し、それを守るように、要塞化したビルがあちこちに点在している。

さらに、各国から集められた旧型のエクリプスや、エクリプスの精鋭チームが本部を守るように配置されていた。

今この要塞都市こそ、地球上で最も強大な軍事力を有していると言える。

この軍事力があれば一国を攻め落とすなど、容易な事だろう。

それほどまでに全世界が、たかが一機のエクリプスに脅威を抱いていた。

「……ありがとう。ステファニーちゃん。貴方もこの作戦に協力してくれるのね」

ファイヤーバードに搭乗しているホノカは、隣で静かに空を見つめているステファニーの駆るベルベッドに声をかけた。

微かにベルベッドはファイヤーバードに視線を寄越す。

「うん。それが母国の命令だから」

ステファニーは小さな声で答えた。

ステファニーは前回のZ1の襲撃の後、指示を請う為に一旦母国へ帰った。

あの時はステファニーの独断専行で、半ば家出のように母国から飛び出してきたというのだから驚きだ。

ホノカはステファニーが母国から断罪されるか心配だったが、それは杞憂だった。

ステファニーはここへ無事に姿を現したのだから。

流石は世界でも5機しかいない機体のパイロット。

ある程度の融通は効くようだと感心していると、アベルの駆るディアベルが臨戦態勢に入った。

「…………来たぞ」

その一言で場にいた4機、いや全てのエクリプスがある一点に視線を向けた。

雲一つない青空の彼方から小さな影が見える。

極小の点だった影が大きくなり、高速で接近していた。

次第にはっきりとその姿が明らかになる。

機体の全身を緻密な機械で覆われ、ところどころから伺える金属は、あまりにもツヤツヤで、Mシリーズなどおもちゃのように見えた。

全身を覆う漆黒のボディは圧倒的なプレッシャーを周囲に与えている。

「全軍、進撃開始!」

要塞都市本部司令官である大和の勇ましい宣言が全エクリプスに向けてモニターを通じて響いた。

「くっ……ネクローシスはやはり来ないのか……!」

アベルが苦虫を噛み潰したような声音で吐き捨てるように言う。

「いえ……ネクローシスは必ず現れます。それまでなんとしてでも持ち堪えましょう」

大和の言葉にホノカも頷いた。

「ネクローシスが来る前に決着をつけてやるわよ!」

ホノカは背負っていたエクリプス専用のライフルをZ1に向けて発砲した。

それを合図に全てのエクリプスが同様に様々な重火器を用いて攻撃する。

ビルの屋上からもミサイルが顔を出し、Z1に向けて発射した。

ドドドドドドドドッドッ!!

凄まじい轟音と共に無数の弾丸やミサイルがZ1だけに向かって進んでいく。

ーーしかし。

「……無傷か。流石ね」

ホノカは予想していた結果に動揺せず、意識を切り替えた。

Z1ならばこれぐらいの事は出来るだろうと予測していたからだ。

Mシリーズでさえ、ミサイル程度なら軽くあしらう事は出来るのだから。

……流石に直撃して無傷とまではいかないが。

ホノカは自分が最も得意とする接近戦に持ち込む為に、無傷で宙に浮かぶZ1に飛翔する。

その速度はとても並のエクリプスでは追いつけない程だ。

重火器による攻撃が無意味なものと分かると、一斉に発砲を中止し、ホノカに続いてアベルやルナミス、ステファニーも続いた。

いきなりの最大戦力の投下にも大和は静止の声はかけず、ホノカへGOサインを送った。

大和も理解しているのだろう。Z1相手に生半可な戦力では、無意味な犠牲を生み出すだけだと。

その意思を汲み取ってホノカはいの一番にZ1に攻撃を繰り出した。

スピードが乗った最大速度による殴打は容易く見切られ、避けられるが、それを見越していた踵による回し蹴りはZ1の側頭部を確かに捉えた。

ガンッ!

と確かな手応えを感じ、ホノカは気合の声を漏らす。

「いけるっ!」

そのままホノカは流れるような身のこなしでZ1に連撃を繰り出していく。

膝でZ1の顎を蹴り上げ、鳩尾に肘で鋭く突きを放つ。

さらに、無防備な顔面に渾身の掌底を叩き込んだ。

これこそがホノカの駆るファイヤーバードの真骨頂。

ホノカは長年の努力で培った体術をそのままエクリプスの操作に当てはめる事が出来るのだ。

ホノカは元々、武術は麒麟児と呼ばれる程の才を持っていたが、エクリプスの操縦はそれほど得意ではなかった。

どれだけ努力を重ねても、エクリプスの操縦は並以下だった。

だが、どうしても親である大和から認められたいという強い気持ちが後押しし、諦める事なく精進し続け、少しずつホノカは成長していった。

長年の努力の果てについにホノカは自分の手足のようにエクリプスを動かせるようになったのだ。

武術については元々、天才的な才覚を持っていたホノカはメキメキと頭角を現し、Mシリーズ・ファイヤーバードのパイロットに選ばれた。

フャイヤーバードの流れるような動きはまさに流麗。

他のMシリーズのパイロットでさえ、接近戦に持ち込まれると、ホノカと渡り合う事は難しいだろう。

それほどホノカの武術は高みにあった。

ドンッ!

と大きな音を立てて地面に仰向けに倒れたZ1をホノカは油断なく見据える。

ホノカは確かな手応えを感じていたが、同時に微かな、本当に微かな違和感も感じていた。

……確かに当たった。けど、何かがおかしい。……この感じ……いったい……。

一瞬の攻防で感じとった違和感はやがて疑惑の花となり、ホノカの思考を覆う。

ザンッ!

という音と共にホノカの目の前に飛び込んできたのは、エクリプスとほぼ同じ大きさの戦艦斧・ハルバードだった。

数十トンもの質量がZ1に振り下ろされ、粉塵が激しく舞う。

そのあまりの巨大なハルバートを軽々と振り下ろしたのはルナミスの駆るペルセポリスだ。

ペルセポリスはエクリプスと同じ大きさのハルバートを軽々と振り回すことから、“西洋の怪力姫”と恐れられており、どんな敵でも一刀両断の元に切り捨てる光景は正に圧巻だ。

ホノカはかつて戦場で目にしたその怪物めいた強さに慄いた。

だが今は同盟を結んだ仲間。

この怪物めいた馬鹿力が仲間になるとはなんと頼もしいものだとホノカは感動すらしていた。

ーーだが。

「こ、これはいったいなんですの!?」

ルナミスの叫びにホノカも目を疑った。

激しく舞った粉塵が晴れ、次第に姿を現したのは、体を真っ二つに引き裂かれていたZ1とは似ても似つかないエクリプスの残骸だった。

人型というよりは鳥に近く、このエクリプスからは何の力も感じない。

真っ二つになっていたエクリプスは完全に機能を停止していた。

「こ……これは偵察機型のエクリプス!? いつすり替わったってのよ!?」

ホノカが驚くのも無理はない。

この偵察機型のエクリプスはホノカが三日前に見逃したエクリプスだったのだから。

ホノカはZ1を攻撃した時に僅かに感じた違和感の正体に気付く。

……いや! すり替わったんじゃない! 元々Z1に擬態していただけ! やけに手応えが軽かったのは、そういう事か!

ホノカ程の武人の目を欺くのは容易ではない。しかもこれほど至近距離ならば言わずもがなだ。

ならば残る選択肢は一つ。ホノカが攻撃した相手はZ1に擬態していた偵察機型のエクリプスだった。

ホノカは瞬時にその答えにたどり着く。

……なら……本物のZ1はいったいどこに……?

ホノカは思考を巡らせ、その答えに辿り着こうとした瞬間。

ザシュッ!

何かを切り裂く音が聞こえた。

「な……何ですって!?」

ルナミスとホノカは信じられないものを見た。

そこにはベルベットの刀によって首を切り落とされた無残なディアベルの姿があった。

ズンッ! とディアベルは膝から崩れ落ち、地面に横たわる。

「アベルッ! しっかりしなさいっ!」

ホノカは懸命に叫ぶも、アベルからの反応は何もなかった。

くっ……例えディアベルは首が斬り落とされても再生は出来るけど、刃がアベルを貫通していたらアベルは助からない……!

ホノカは祈るように倒れ臥すディアベルを見ていたが、瞬時に思考を切り替え、ベルベットを見据える。

ここで大事なのは現状を把握する事。

アベルを労わる事ではない。

「いったい何故ベルベットが……!? まさか……ミスベルベットが裏切ったのですか!?」

ルナミスが悲鳴をあげるように叫んだ。

そんな半狂乱に陥るルナミスを見てホノカは答える。

「違う! 裏切ってたんじゃないわ! 元からZ1がベルベットにすり替わっていたのよ!」

ホノカには分かっていた。

擬態していた偵察機型のエクリプスを殴った瞬間に、他のどこかにZ1が潜んでいるという事が。

それは武人としての直感か、はたまた天啓かは分からないが、Z1ならばこうするだろうという考えが、何故だかホノカには分かったのだ。

まるでホノカの言葉に答えるように、ベルベットから黒い靄のようなものが噴出し、ベルベットの全身を覆う。

そして黒い靄が晴れると、姿を現したのは圧倒的なプレッシャーを撒き散らす漆黒の機体、Z1だった。

「いやぁ、よく分かったね。そう、僕がベルベットに偽っていたのさ」

「総員、ベルベット。いや、Z1に総攻撃!」

大和が冷静に間髪入れず、全エクリプスへ命令を下した。

ズドドドドドドッ!!

その瞬間、ミサイルやライフル弾が雨あられにZ1に襲いかかるが……。

「無駄だよ」

沈黙を保っていたZ1がついに動いた。

Z1は数十m離れているはずの旧型エクリプス達の元へ、一瞬にして移動し、次々と軽く胴体部分に触れていく。

その瞬間、旧型エクリプス達が蜂の巣を突いたかのように、同心円状に数十m吹き飛ばされていった。

「い……いったい何をしたんですの!?」

「わ……分からないっ……!」

ルナミスの言葉にホノカは答える事が出来なかった。

ホノカの目ですらもZ1の動きを捉える事が出来なかったのだ。

かろうじて見えたのはZ1が旧型エクリプスに掌が一瞬だけ触れる光景だけだった。

そんな中、視界の端でむくりとディアベルが起き上がるのをホノカは見た。

どうやらアベルは致命傷を避けていたようだ。

「アベル! 無事だったのね!」

「ああ……しかし恐ろしく速い一撃だった。頭が取れた後に、斬られたと分かった……」

呆然とアベルは呟く。

「ええ、あの光景を見れば嫌でも分かるわ」

「ホノカでさえも……Z1の動きを捉える事が出来ないのか?」

アベルは驚いたように問う。

ホノカの同僚であるアベルはホノカの事を誰よりも理解しており、ホノカの持つ武術の才覚を誰よりも高く評価していた。

故にアベルは旧型エクリプスを蹴散らすZ1を半ば呆然と見る事しか出来ない。

しかし、復活したディアベルを見るや否や、ホノカの駆るファイヤーバードは既にZ1目掛けて駆けていた。

だが、それよりも一瞬早くペルセポリスがZ1を一刀両断せんと、大きく振りかぶってハルバートを振り下ろす……が。

ズンッ!

ホノカが目にしたものは、逆にペルセポリスがハルバートごと物凄い勢いで吹き飛ばされる光景だった。

ペルセポリスはビルを粉砕しながら吹き飛んでゆく。

またしてもホノカにはZ1の動きが捉える事が出来なかった。

Z1のあの動き……まさか……。

ホノカはある一つの可能性を見出した。

Z1の眼前に到着したホノカは間髪入れずに、自身が最も得意な型を取り、極限の集中状態にてZ1の攻撃を待った。

目にも映らぬ速度でZ1がホノカの駆るファイヤーバードに触れようとする……瞬間にホノカは身を微かに捩ってZ1の掌底を躱し、腕を掴んで巴投げの要領で投げようとする。

ーーしかし、Z1はホノカの動きを読んでいたのか、投げようとする力に逆らわず、むしろ地を蹴って回転の速度を上げて一回転すると、今度はZ1がファイヤーバードの腕をひねり上げてホノカごと投げ飛ばした。

ズザザザザァッ!

……この動き……間違いない……これは……。

ホノカは地面に錐揉みしながら吹き飛ばされる中で、Z1の動きの正体を見破った。

「ホノカっ! 大丈夫か!」

ディアベルが吹き飛んできたファイヤーバードをキャッチする事で威力を殺し、ファイヤーバードのダメージを最小限に抑える。

「ありがとう。アベル。おかげでZ1の動きの正体が掴めたわ」

「本当か! ホノカ!」

「ええ。あの動きは合気そのもの。Z1のそれは合気の真髄とも呼べる“力の反射”よ」

合気、それはかつての日本で生まれた伝統的な武術だ。

合気とは相手の力を利用して戦う武術のこと。

相手の力が強ければ強い程、そのまま力が跳ね返り、大きなダメージを与えるが、その分要求される技術も高くなる。

合気はホノカの最も得意とする武術だった。

非力な自分が圧倒的な力を持つ敵を打倒する唯一の武器。

ホノカが生涯をかけて研鑽を積んできた己の最も信用する武器だった。

ーーだが。

「……Z1に投げられて分かった。Z1の合気の技術は私よりも高みにある」

「嘘だろ……! 本当か……!」

「ええ。ここで嘘言っても何にもならないでしょ。さっきの一瞬でよく分かったわ。Z1の圧倒的な読みの深さが……」

「それほどなのか……」

アベルは唖然とした表情でファイヤーバードを見つめていた。

ホノカの合気の技術は世界一と言っても過言ではない程に高められていた。

ホノカは若年の身でありながら、誰も指導出来る者がいない程、突出した才覚を持っていた事は要塞都市にいる者ならば周知の事実だ。

その圧倒的な合気の才こそが、ホノカがMシリーズパイロットに選ばれた理由なのだから。

だからこそ、誰よりも近くでホノカの強さを見続けてきたアベルが、ホノカの言葉に驚くのも無理はない。

Z1が合気においてホノカを凌駕しているなどという事は。

しかし、相手はあのメルキヲラですら赤子のように扱う、未知の敵、Z1。

最早どんな力を持っていたとしても不思議ではない。

アベルはモニターを通してホノカの様子を確認すると……。

「ホノカ……?」

アベルは思わず声が出た。

ホノカは笑っていたのだ。

それはもう嬉しそうに。

「アベル……。まだ手を出さないで。私はZ1と一対一で戦いたい。あれほどの高みにいる相手なのよ。真剣に手合わせ願いたいわ」

「……っ!?」

ホノカも自分で言いながら驚いていた。

この世界滅亡と言ってもいい危機に、無謀な挑戦に挑もうとするなんて……。

だが、ホノカは自分自身を止める事が出来なかった。

かつてホノカが戦争ですり減った心を癒してくれたのは、合気という武術のみだった。

武術は殺し合いではない。

研鑽と研鑽がぶつかり合う真剣勝負だ。

殺し合いを忌避するホノカにとって、自身が磨きあげた武術を駆使して戦う試合は心躍った。

殺しを行わずに相手を征服する。

戦争が試合で解決出来るならばどれほど良かっただろうか。

だが、ホノカが唯一心躍った武術の試合でも次第にホノカの心は冷めていった。

自分が研鑽を積み重ねた武術に敵う者がいなくなったのだ。

知らぬ間にホノカの武術は他を圧倒していた。

気付いた時にはホノカは孤独だった。

いくら強くとも、それをぶつける相手がいなければ意味がない。

だが、そんな中現れた、武術で自分を圧倒する存在。

そんな存在にホノカの心が踊らない訳がなかった。

「ホノカ……行きなさい」

大和はホノカの心情を理解したのか、神妙な顔つきでホノカに言った。

コックピットのモニターに映る大和の真剣な表情をホノカは一瞬見た後、ホノカは駆け出していた。

吹き飛ばされた数百mを一瞬で無にし、旧型エクリプスを吹き飛ばし続けるZ1の懐へ素早く潜り込む。

ホノカはZ1の頚椎を狙うように素早く手刀を突き出すが、それを許すZ1ではなかった。

後頭部に目が付いているかのように、ホノカの動きを完璧に把握していたのか、ファイヤーバードの放つ手刀をいとも容易く躱し、代わりに掌をファイヤーバードの脇腹に当てようとする。

だが、1度の交戦と旧型エクリプス達との戦いでZ1の動きをよく観ていたホノカはZ1の動きを予測し、Z1の繰り出す掌を避け、体勢を僅かに崩したZ1の顎に向けて掌底を放つ。

ドンッ!

「……っ!」

Z1の微かな驚きの声が漏れ、ホノカは掌に確かな手応えを感じた。

……当たった!

ホノカはここが最大の好機と見て、流れるように技を繰り出す。

仰け反ったZ1の腕を取ると同時に足を素早く刈る。

巴投げの要領で機体を反転させ、素早くZ1の頭部を刈り、回転速度を上げる。

そのまま頭部から地面に落ちるようにZ1を叩きつけるーーが。

Z1は両足をファイヤーバードの頭部にくくりつけて一回転し、逆にファイヤーバードを投げ飛ばす。

だが、それすらも読んでいたホノカはZ1の腕を離さずに引き寄せ、Z1の顔面に渾身の殴打を叩き込む。

ーーが、しかし。

「……なっ……ぐぁっ!」

顔面にとてつもない衝撃を受け、吹き飛んでいたのはホノカの方だった。

……あの一瞬で返された!? ありえないっ! なんて技術と反射スピードなのっ!?

周りで観ていた者は何が起こったのか正確に理解出来た者はいないだろう。

しかし、実際に技を返されたホノカには何が起こったのか正確に理解していた。

ホノカが殴打を放った瞬間、Z1は何倍にも力を増幅させてホノカに返したのだ。

まさにそれは合気の奥義とも呼べる技術だった。

奇しくもホノカの最も得意とする柔拳ではなく、剛拳で対応してしまった事がこの結果を招いてしまった。

いや……剛拳を使わされてしまったという事ね……。

ホノカは全身に鋭い痛みを感じながらZ1を見据える。

素早く体勢を立て直すも、思わずたたらを踏んで尻餅をついてしまう。

「くっ……重い一撃をもらってしまったわね……」

殴打の威力を何倍にも増幅させて返されてしまった事に戦慄を覚えながらホノカは言葉を零した。

「……やるね。流石はホノカさんだ。一発貰っちゃったよ」

Z1から驚いたような声が漏れるが、ホノカはこの上ない敗北感を感じていた。

今の一瞬の攻防で完璧に気付いてしまったのだ。

相手は自分など歯牙にもかけない程の合気の高みにいるという事が。

あれほど近くで観たというのに、殴打を返されたZ1の技を正確に見切る事が出来なかった。

……いったい何者なの……こいつ……。

これほどの合気の達人ならば、自分が知っていてもおかしくないが、今までこれほどまでの技量を持つ者とは出会った事がなかった。

敗北感に打ちひしがれるホノカだったが、ホノカが芽生えた感情は悔しさだけではなかった。

それは相手への敬意と称賛だった。

ホノカには分かった。これほどの領域に足を踏み込むには類い稀な才能だけではなく、絶え間ない、それこそ十年、いや何十年もの鍛錬が必要だったはずだ。

Z1のパイロットは才能に胡座をかかずに、毎日、毎日厳しい修行を己に課した事でようやくこの境地に辿り着いたのだろう。

それがどれほど大変な道のりか、ホノカにはよく分かったからこそ、こんな状況だというのに惜しみない称賛の気持ちが湧き上がったのだ。

……こんな戦争なんかじゃなくて、普通に出会っていたら……。

そう思わずにはいられないホノカだった。


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