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眠らぬ民の国  作者: 深(深木)
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8

※2023.3.18に加筆修正しております。

 崩落事故。


 魔法の発露。


 前世の記憶。


 ルシアン様とポールさんとの出会い。


 改めて考えてみると、一つの絵を完成させるためにあらかじめ用意されていたパズルのピースのようにどれこれもがあまりにも丁度良く繋がっていて。まるで物語の予定調和の中にいるようで、言い知れぬ不快感を覚える。けれども、流れに任せて掴んでしまったルシアン様の手を振り払ってとんずらする気も湧かなくて。俺は覚悟を決めて腹をくくる。

 答え合わせなどできやしない事柄や解決法のない不安感に思考を割いたところで時間の無駄だからな。今、俺がやるべきことは別にある。

 

 ――崖から飛び降りたあとは一瞬だ。


 ならば個々に魔法をかけてどうにかするよりも、水面に大きなクッションでも作って勢いを殺す方が手っ取り早いし失敗もないだろう。切迫した状況である可能性だってあるし、一度に使う魔法の数が少ない方がミスする確率が下がっていい。

 そうと決まれば、次に考えるべきは飛び込んだ周辺の水柔らかくするか、空気を集めて衝撃吸収材となるものを作るかだが……、飛び込む先が川であることを考慮するとエアクッションを選択すべきだろう。湖や池など静止している場所ならともかく、川の水自体を柔らかくすると軟化させた部分が流されて着水時にはズレている危険性があるからな。

 我ながらルシアン様達のことを言えないくらい大雑把な作戦だと思うが、とりあえず水面にぶつかる瞬間さえどうにかできれば、ある程度の安全は確保できるので問題ないだろう。即死さえ免れれば魔法で治療できるし、入水後にはぐれてしまったとしても川の流れを操ればどうにかなるからな。今の季節なら水温もまあまあ温かいだろうし、温度差でショック死と言う可能性も低い。


「――――どうにかなりそうか?」


 脱出経路について一通り説明を受け終えたところで聞こえてきたポールさんの声に顔を上げれば、真剣な光を宿したヘーゼルの瞳が俺を見詰めていた。


「ええ。レヴァナント程度なら問題ないので道中は大丈夫です。ただ切迫した状況で個々に魔法をかけるような精密作業はリスクが高いので、崖を飛び降りてからは空気を集めて水面に大きなクッションを作って衝撃を和らげる形でいこうと思います」


「……そうか」


 俺の返答に頷いたポールさんは、そのまま黙り込む。次いで視線を泳がせると、言い淀んでいるのか変な表情を浮かべ始めた。

 恐らく彼は、先ほど口にした作戦を俺の技量で本当に実現可能なのかどうかを聞きたいのだろう。しかしここで面と向かって尋ねるのは、俺の実力を疑っていると言っているようなものなので気が引ける、といったところか。

 人によっては、そんな彼の葛藤を「協力を求めてきた身でこちらの実力を疑うのか」と不快に思うのかもしれないが、俺にとってはかなり好印象である。俺自身、大雑把な作戦を気軽い調子で提案した自覚があるので、守るべき主君がいるポールさんがザックリした作戦内容に「本当に大丈夫なのか」と不安を抱くは至極当然のことだ。

 なにより、彼らに“次”などない。

 慎重を期するべき時であり、ポッと出の人間の言葉を迂闊に信じるべきではないのだ。


 ――それに、これくらいの距離感がちょうどいい。


 俺のような見ず知らずの他人に、己が人生を賭けた計画の経緯を詳細に語って聞かせたルシアン様がおかしいのだ。だから俺も調子を狂わされて、動かし方など当の昔に忘れていたはずの心が揺れ動いたりしたのだろう。

 お蔭で俺の胸中はグチャグチャだ。

 見ないふりしているだけで、まだなに一つ整理できてない。

 なので、ポールさんぐらいの対応が今の俺には好ましい。信用しようと思う気持ちは一応あるので礼儀はそれなりに尽くすが、諸手を上げて歓迎するわけではなく、裏切りの可能性も心の隅に留めてある程度の警戒は残しておく。このくらいの対応でいてくれた方が俺も彼らが会ったばかりの他人であることを忘れずいられるので、冷静に対応できていい。


 とはいっても、警戒されすぎてしまうといざという時に困るわけで。


 共に逃亡する上で俺がどんなにルシアン様達を守り通すつもりでいても、彼らが信用できないと拒否したらそれまでだからな。危機的状況に陥った時に、俺の提案を一蹴されない程度の信用は必要である。

 そのために、ポールさんの胸に燻っている不安はここで払拭しておかねばならない。

 そして、それはこの場で可能である。

 何故なら俺は、国の行く末が掛かったこの状況で出来もしないことを出来るとうそぶくほど現実が見えていないわけでも、誰かのためなら実力以上の力を発揮できるような主人公体質は持ち合わせていない。そんな夢のような特技が備わっていたのなら、ラーシュさん一家は今も俺の側にいてくれはずだからな。


 ――身の丈のほどは、これ以上ないほどよくわかっている。


 その上で、俺はポールさんにあの作戦を告げたのだ。

 国の命運を賭けた戦いに身を投じるほどの気概があるかはさておき、俺はラーシュさん一家と過ごしたことで、この世界を生き抜くに十分すぎる力が自身にあることを知っている。さらに今は、蘇った地球の記憶もある。魔法が封じられていないのなら、ルシアン様とポールさんを連れてここから逃げ出せる確固たる自信があった。

 昔に比べてボロボロになった自身の掌を眺めながら、救護室での出来事を思い出す。魔法を使ったのは五年ぶりであったが、昔と遜色なく発動できていたので腕はあまり鈍ってないはずだ。


 ……そもそも、この世界の魔法は難しいものではないからな。


 だからこそ人間達は使い過ぎてしまい、神々の怒りを買った。

 なんとも皮肉なことにな。

 まぁ、神々の怒りを買った件については、今考える必要はない。知っておくべきことは、基本的にこの世界で魔法を使うのに難しい条件はなく、特別な訓練もいらないという点である。

 魔法を使おうと思ったら、まずはこの世界を形作っている自然海や大地や大気はとてつもない量のエネルギーが濃縮されて、結晶化したことで具現しているのだと認識する。次いでそのエネルギーを体内に取り込んで、魔法を発動させるために必要な“魔力”へと変換するのだが、この“体内への取り込み”はエネルギーの存在と魔法の行使を意識するだけで出来るし、変換は体内で自ずと行われるので特に意識してしなければいけないことはない。


 この感覚を例えるならば、食事している時のことを思い浮かべてくれればいい。

 目の前にあるものが食べ物であると認識できていれば、人はその食物を口に入れて細かくなるまで咀嚼し、飲み込むことだろう。すると食べたものは自ずと体内で吸収、分解、変換、再構築され己の血肉や活動エネルギーとなる。そこに複雑な思考や技術は必要ない。

 ただ、“食べ物”を“食べる”だけだ。


 同様に、魔法も自然の中にエネルギーがあると認識できていれば、あとは特別な訓練を積まなくても、なんとなくの感覚で“使う”ことが出来る。

 そう。

 たいていの魔法は起こしたい事象をイメージするだけで、簡単に使えてしまうのだ。

 その上、詳細なイメージを思い浮かべるのが苦手な者は、鍵となる“呪文”を唱えれば望む事象を発現させることができる。その場合は個人差のない画一的な型通りの魔法しか使えず、柔軟性や応用性に乏しいという欠点はあるものの、呪文を利用すれば子供でも大人と同じように魔法が使えてしまう。

 このように、この世界の魔法使用に関する規制はユルユルなのでまったく使えない、という者はまずいない。俺が知らないだけかもしれないが、少なくともこのアネセル国にそういった人間がいたという話は歴史書を遡ってもお目にかかったことがない。


 ただし、例外も存在する。


 その最たるものは、治癒魔法だ。

 残念ながら、医学知識がまったくない人間が病人や怪我人を治療しようとすると十中八九失敗する。奇跡的に成功することもあるらしいが、そんなもの宝くじの一等に当選するようなものなので、決して当てにすべきではない。素人が治療した所為で、見た目は綺麗に治っていたものの体内では出血が止まっておらず、翌朝には失血死していたなんていうのはよく聞く話である。

 ちなみにこのような失敗例に関しては、魔法の発動には求めた事象をイメージする必要があるが故に“何がどうしてそうなるのか”理解していないといけないのだろうと結論付けられている。そうでないと、正解には絶対に辿りつけないからな。単に“怪我”と言っても、切り傷に骨折、打撲、火傷、凍傷と様々な種類があり、治療法はそれぞれ異なる。恐らく、対象となる怪我がどういったもので、どのような治療が必要かまで理解できていないと、いかに魔法が便利なものであったとしても正しく“治す”ことが出来ないのだろう。

 治癒魔法以外の事例を挙げるなら、打ち方を知らない素人が適当に取って来た鉱石から剣を作ろうとするとなにも斬れない剣の形をした何かが出来上がる、といったところか。

 とどのつまり、いくら魔法が簡単に使えて万能に近いものであったとしても、使用者にとって未知のこと、考えも及ばないようなことは再現できないのだ。呪文だって、使用者が記憶していて声に出して唱えられないと効果を発揮しない。使用者の能力に応じて、発動できる魔法に制限がかかるというわけだ。

 故に、もしも魔法の才能にランク付けするのであれば、それは使用者の知識量と想像力に対する評価となる。


 であるならば。

 前世の記憶がある俺が使う魔法が、そこらの人間に劣るなどありえない。


 事実、ラーシュさん達と過ごしていた時も魔法の腕前に対する評判はすこぶるよかった。治癒魔法も周囲から一目置かれる程度には使えていたからな。

 記憶がなくとも、無意識に保健体育や生物の授業などで軽く人体について学び、スマホ一台あればどんな情報もあらかた調べられる社会で育った故に得た雑学や知識を引っ張り出していたのだろう。そういえば、化学や物理の成果か、呪文を使った魔法も他の人より効果や威力が高かった気がする。日本の義務教育万歳である。それに加えて漫画やゲーム、映画に慣れ親しんでいた分、この世界の人間よりも想像の限界がない。ファンタジーの世界に不可能などないに等しいからな。


 もし、俺にも世界を跨いだ特典があるとしたら“魔法”なのかもしれないな……。


 今思うと、皆が「凄い、画期的だ」と手放しに褒めてくれた魔法は大体漫画やライトノベルのキャラクターが使っていた技か、洗濯機や冷蔵庫といった家電の機能そのままだったしな。記憶はなくても、日本での生活の中で染み付いていた習慣や知識から無意識に便利なものを引用して魔法で再現していたのだろう。

 魔法に頼り切ったこの世界は仕事を効率化する必要がなく、便利な道具を開発する必要性もなかったため、地球に比べて文明の発展が遅い。その中で日々進化し続けていた科学技術や様々な知識を魔法で再現できるのなら、かなりのチートである。


 でも、駄目だった。


 いくら人より優れた力があろうとも一人の人間にできることは限れているし、たかが知れている。ラーシュさんはその知識量と発想力を買われて城への士官話が出ていたし、セシリアだって騎士団に誘われるくらい魔法に長けていたがあっさり死んでしまった。俺も無意識に前世の知識を使っていたにもかかわらず皆を救えなかった上に、数の力に負けてレヴァナントに捕まり奴隷の身だ。

 世の中など所詮そんなもの。

 魔法が使えたところで、人は決して万能には成り得ない。

 だから、思い上がってはいけない。

 魔法が簡単に使えても、別世界の記憶が蘇ろうとも。


 ――――人は、無力だ。


 それに数多いる生き物の中で比べると、非力だし肉体も脆い。熊とか猪とか鰐とか鮫とかトロールとかエルフとかドワーフとかもいるからなこの世界。そして、それらの生物すべてを管理する側である神々の強度は言うまでもない。

 であるにも関わらず山の神とその神徒を討ち滅ぼそうなんて大それたことを望むならば、常に最善を尽くさねばならないし、念には念を入れた下準備、それから文字通り命を懸けた覚悟が必要となる。


 俺はそんな大層なもの持ち合わせていないが……。


 ただ、いまだに俺へなんて問いかけるか思い悩んでいるポールさんの不安を払拭し、実力を認めさせることくらいは簡単にできるわけで。今回の脱出計画に万全を期すためにも、ポールさんを納得させるべく顔を上げれば、俺がこの状況にどう対応するのか黙って待っているルシアン様の姿が目に入った。

 俺達の動向を静かに見守っている深緑の瞳は、どこか優しく。

 幼さが残る顔には似つかわしくない雰囲気を纏うルシアン様の姿に、俺はふと、救護室を出る前に彼から贈られた言葉を思い出す。


『守るべき民である貴方を巻き込み、危険に晒すことになり済まない。だが、この地からの脱出を実行しようとしていたこの時に、貴方と出会えたことを俺は心より感謝している』


 あれは、俺のような人間には過分な言葉だった。

 復讐したところで皆は戻ってこないと理解しながらも憎しみを捨てられず、一人生きる寂しさ負けてラーシュさん達に繋いでもらった人生を最後まで歩み切る覚悟を持てず、さりとてルシアン様達と共にアネセルのために命を賭して戦う決断もできない無様な俺に、感謝されるような価値はない。国の命運を賭けた決戦に中途半端な覚悟で同行しても、足手まといになるだけだ。

 胸に宿った小さな灯を覆い隠すように、自身へ言い聞かせる。

 アネセルを解放すべく命を懸けて戦う気でいるルシアン様達や苦境に置かれたままの人々には申し訳ないが、ここから無事に逃げ出せたら報酬として魔封じの首輪を外してもらい別れる、というのが俺やルシアン様にとって一番後腐れない別れ方だろう。その気もないのにズルズルと協力して、ルシアン様達に『共にベルンハルト王と戦ってくれるのかも』と期待させてしまうのも悪いからな。


 ――その代わり、ここからの脱出は必ず成功させる。


 せめてこれくらいは、と心に決めて。

 俺はポールさんへと目を向けたのだった。



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