38
――決戦から数日後。
俺は一人、ネクロマンサーの町の跡地へとつながる緑道を歩いていた。
ルシアン様達を守り切り、ベルンハルト王との戦いに勝ったとはいえ、まだラーシュさん達に顔向けできるほどのことを成したわけではないので、彼らと会う可能性がある冥府の森は恐ろしく、正直言って今すぐ逃げ出したい。
しかしどうしても、確かめなければならないことがあった。
思い起こすは、ベルンハルトとの戦いを終えた後のこと。
皆の手当をザッと済ませた俺達は、町民達の元に戻ろうと再び腰を上げた。
戦いによってボロボロになった王宮を出ればすでに夜は明けていて、外は太陽によって明るく照らされている。レヴァナントもただの遺体に戻ったらしく沈黙していて、いつの間にかあれほどいた幽霊達も消えていた。
ちなみに、英霊達に任せて戦場の真っただ中に置いてきた町民達とはすぐに合流できた。動かなくなったレヴァナントと消えた幽霊達によって戦いの終わりを知ったらしく、傷ついた騎士達を運び王宮の前まで来てくれていたのだ。
溢れんばかりに降り注ぐ朝日を全身に浴びながら、互いの無事と勝利を喜び合う。
そこまでは良かったのだ。
五年間ぶりの解放感を噛みしめる皆の表情は明るく希望に満ちていて、俺も彼らを見捨てて逃げ出さなくてよかったと、心から思えたからな。
問題はその後だ。
ひとしきり勝利の余韻に浸った俺達は、身を休めるべく休憩できそうな場所を探すことにした。そしていざ移動しようとしたその時、俺はノクトとアドルフの姿がないことに気が付いた。
ノクトがいないのはわかる。
弓を受け取り別れた時、なんとなくそんな気がしたからな。
彼奴の目的がどんなものだったのか、そして無事果たされたのかどうかはわからない。けれども完全に沈黙したレヴァナントを見るかぎり、目的は一緒だから裏切ることにはならないと言ったノクトの言葉に嘘はなかったのだと知ることができた。
だから、それでいいと思った。
聞きたいことはまだあったが、再び相まみえることがなくてもいいと。
しかしアドルフは違う。
ノクトと親しげにしていたので疑いもしたが、鉱山を脱出する時も、冥府の森をさ迷った時も、レヴァナントが満ちる城下町を進んできた時も、城での戦いでも、彼はルシアン様を見守り共に戦ってきた。だというのに姿を消すなんて。
まさか死んでしまったのだろうか。
そんな不安が胸を過ぎった。
と同時に俺はノクトから預かった伝言を思い出す。
彼奴は確か『僕は約束を果たした。次は貴方の番だ』と言っていた。そしてそれを聞いたアドルフは『ああ、わかっている』と答え、弓を射る前には『山の神に一矢報いるために、俺の魂と引き換えに借り受けた神弓だ。外さないさ』と口にしていた。
そこで俺は一つの結論に辿り着く。
ノクトが告げた『次は貴方の番だ』という台詞を『僕は約束通り霊達を現世に呼び出したから、次は貴方が山の神を止める番だ』といった意味で捉えていたが、ノクトの正体が俺の想像通り滅んだネクロマンサーの町の生き残りであるならば、『僕は約束通り山の神にも効く弓矢を渡したから、次は貴方が僕に対価を払う番だ』と意味だったのかもしれない。
であるならばアドルフは、命だけなく死後の魂までノクトに売り渡した可能性がある。
だとしたら、なんて馬鹿ことを。
ようやく皆で心から笑え会える日々を取り返したというのに。
やりきれない想いで胸が埋め尽くされる。
次いで、皆がアドルフの献身を知っているのか気になった俺はルシアン様達に尋ねた。直球で聞いて喜びに湧く彼らへ水を差すのは憚られたので、『アドルフは今どこに?』と言葉を濁す形でな。
そしたらどうだ。
顔を見合わせたルシアン様達から返ってきた言葉は『我々の仲間に“アドルフ”なんて名の騎士はいない』である。
もちろん、彼らの返答を聞いた俺の心境は驚愕どころではない。
だったらあの男はどこの誰なんだ!? と大混乱だった。
そして、急に変なことを言い出した俺にポールさんやナウマン卿や騎士達も動揺し、町民達も「なんだ」、「どうした」と騒ぎだす。
戦いに勝って大円満だった場が一転、皆の顔に不安が浮かびプチパニック状態である。
その時だった。
ルシアン様が『着いてこい』と言って歩き出す。
なにも解決していないというのに、何事もなかったかのように移動しようとするルシアン様に戸惑う。しかし、俺達の困惑に気が付きながらもスタスタと進んでいく彼を止める術はなく。
顔を見合わせた俺達は、どんどん離れていく背中を慌てて追いかけた。
そうしてルシアン様の背中を追うことしばし。
辿り着いたのは、居住区を通り過ぎた先にある礼拝堂。
そこで俺は衝撃の事実を知ることになる。
***
礼拝堂に入り祈りを捧げたルシアン様はナウマン卿に命じて祭壇下の隠し扉を開けさせると、地下から布に包まれた一枚の絵を持ってこさせた。
話を聞くところによると、ベルンハルトが謀反を成功させた後、王家の血を引く者は次々と殺され、先代の威光を感じさせる品々は処分されたらしく。この絵は城に残った者達が隠し通した数少ない先王一家の肖像画、つまりルシアン様の家族が描かれた絵だそうだ。
丁寧な手つきで布を取り払ったルシアン様は、絵を覗き込み切なげに目を細める。
そうしてしばらく一人で今は亡き家族の姿に思いを馳せると、手招きをして俺を呼んだ。
「これを見てくれ」
促されて絵を覗き込めば、絵の中心には幼い頃のルシアン様と王の間で会った第一王子と王妃様、それから俺の記憶よりも幾ばくか歳を取ったアドルフの姿があって。
「これが俺で、隣にいるのが兄上、我々の背後にいるのが母上と父上だ」
指で示しながら教えてくれるルシアン様の声が、どこか遠くに聞こえる。
たしか、当時の王も王妃も第一王子も五年前の反乱で亡くなっているはずだ。他ならぬベルンハルトに殺され、余程憎んでいたのか先代の王はレヴァナントにすらされずに処分されてしまい、一つまみの遺灰すら残せなかったとナウマン卿が嘆き謝っているのを、俺はこの耳で聞いた覚えがある。
で、あるならば。
俺が知っているアドルフはすでに。
奴隷時代から今までの、彼と過ごした記憶が脳裏を駆け巡る。
…………えっ? 俺、ものすごく普通にアドルフと会話していたんだが!?
奴隷屋敷でアドルフの声を聞いて顔を上げた俺に向けた嬉しそうな顔。
冥府の森で話しかけた俺に向けた驚き戸惑う顔。
戦場でルシアン様に向けた子を想う親のような優しい顔。
アドルフが五年前に命を落としたアネセル王であり、普通ならばその声は誰にも届かず誰の目にも映らないはずの幽霊であったのならば色々腑に落ちる彼の反応の数々を思い出して頭がクラクラする。
そんな馬鹿な。
誰か嘘だと言ってくれ。
けれども現実とは非情なもので、俺の切実な願いもむなしくルシアン様が告げる。
「戦場で見た弓を射る父上の姿は、俺の願望が映し出した幻だと思っていたが……、レイのその顔を見るかぎりずっと共に戦ってくれていたのだな」
感慨深そうに肖像画を撫でて呟くルシアン様の姿に、皆が目元を拭う。
とても感動的な場面であったが、知らず知らずのうちに幽霊と出会い仲良く会話していたことに気が付いたこちらの身になってほしい。もちろん胸中は大荒れだ。
――だって彼奴、他の幽霊みたいに半透明じゃなかったじゃん!
心の中で叫んだのを最後に、俺はその場で倒れ込んだのだった。
***
木漏れ日が揺らぐ見事な緑のトンネル。
ネクロマンサーの町へと続く一本道を、荒れ狂う心のままに踏みしめる。
一度もおかしいと思わなかった、と言えば嘘になる。
しかし、違和感があったとしてもだ。あんなにはっきりくっきり姿が見えていて、声が聞こえて、会話が成立してれば普通に生きた人間だと思うだろ。あの時はルシアン様達に勧誘されたくない一心で慣れ合わないように会話も可能な限り控えていたし、顔見知り程度の成人同士となれば肩を叩き合うといった身体的接触だってほぼない。あれでどうやってアドルフの正体を察しろと言うのか。普通に無理に決まっているだろ。
というか、アドルフも死んでいるなら死んでいるって最初から言っておけよ!
理不尽な苛立ちを募らせつつダンッと最後の一歩を踏み出せば、視界いっぱいに広がるセピア色の世界。家も街灯も石畳も朽ちかけていて、静寂と土埃が積もった廃墟。物悲しいその町に、俺はためらいなく足を踏み入れる。
目指すは、ノクトが住まう家。
そこで、確かめなければならないことがある。
以前はノクトに先導にされ、ルシアン様達と一緒に歩いた道を一人で進む。
そうして辿り着いた屋敷。
土埃を纏った木製の玄関扉に取り付けられた黒ずんだドアノッカーを掴んで鳴らせば、待ち構えていたかのようにドアは開かれた。
「――いらっしゃい。貴方なら来ると思っていました」
「それはどうもありがとう、と言うべきか?」
嫌味なのか感心なのかわからない口調で出迎えの言葉を口にしたノクトに負けじと尋ねれば、クスリと小さな笑い声が返されて思わず眉間に皺を寄せる。
十秒も待たずして開けられた扉から考えるに、俺がどんな目的でここに来たのかノクトも察しているはず。だというのに、この余裕。以前は浮かべられた笑みに危機感が足りないのではないかと心配もしたが、正体がわかった今はただただ警戒心が募る。
とはいえ、このままここで睨みあったところで目的が達成されるわけではない。それはノクトもわかっているのだろう。
「まぁ、ここで話すのもなんですし、折角来たのですから上がっていってください。お茶くらいは出しますよ」
招き入れる意志を示すかのように大きく開けられた玄関を潜りながら「お邪魔します」と呟けば、いつぞやかの黒猫が「ナーン」と鳴きながら足の間を擦り抜けていった。
俺達を先導するかのように一度振り向きトトトッと軽やかな足取りで駆けていく黒猫を追う形で、以前も案内された応接間に入る。
「どうぞお掛けください」
「ああ」
ノクトに促されて部屋の中央にあるテーブルの椅子を一つ引き、腰かける。
机の上には先ほどの黒猫が座っており、その背中では二本の尾っぽが揺れていてなんだか裏切られた気分になった。
……お前も普通の生き物じゃなかったのか。
あんなに可愛いのにと思うと同時に、猫を撫でようとする俺を見て笑みを浮かべていたノクトを思い出す。もしかしたらこの猫も普通は見えないタイプで、あの時、俺は鎌をかけられたのかもしれない。
そんなことを考えながら視線を横にずらせば、先客であるアドルフと目が合う。
「お久しぶりです。アドルフ陛下」
「……ああ。やっぱり気が付いたんだな」
「ええ。ルシアン様に肖像画を見せていただいたので」
「そうか。……ルシアンは上手くやっているか?」
「ええ。いい王様になると思いますよ」
俺の言葉に「よかった」と嬉しそうに零すアドルフの姿に、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。彼の存在は想定内であり、外れてほしい予測でもあった。
しかしこれが現実。
当然のように席に座っているアドルフによって、俺の考えが正しかったことが今ここで証明されたわけだがなんとも素直に喜べないものである。なぜならば、アドルフに対する推測が当たっているということは、ノクトに対する仮説も当たっているってことだからな。
「――お待たせしました」
憂鬱な気分で待つこと数分。
二人分のお茶を手にしたノクトが戻り、席に着く。
当然のように俺とノクトの前だけに置かれたお茶が、改めてアドルフが死者であることを示していて嫌になる。けれども、ここで逃げ帰るわけにはいかないわけで。
出されたお茶に口を付ければ、カップを机に置いたノクトが話し出す。
「答え合わせをしましょうか」
「ああ」
「僕の正体はもうお分かりですね?」
「ネクロマンサー、なんだろう」
「ご名答。では、なぜ僕がベルハルト王の首を狙っていたかわかりますか?」
正解を褒めるかのようにパチパチと手を叩くノクトの口調は明るく、ふざけた行動と合わせればこの状況を楽しんでいるように思えた。しかし口元に笑みを浮かべていてもその目はまったく笑っておらず、彼の恨みの深さが窺える。
故に俺も点在するヒントを元に建てた仮説を、正直に述べる。ここへは彼の言う通り答え合わせに来たのであって、駆け引きしに来たわけではないからな。
「ベルンハルト王というよりも、お前の目的は山の神の方だったんだろう? かつて、山の神達は人間達を粛清する前段階として、冥府の王の秘宝を求めてここにやってきた。その時に交渉決裂したのか、最初からそのつもりだったのかはわからないが神々はネクロマンサーを皆殺しするに至った。それで生き残ったお前は、故郷をこんな姿にした神々へ復讐するために表舞台に出てきた、ってところだろう」
「正解です」
うっそりと笑うノクトにやっぱりなとひとりごちれば、「よくわかりましたね」なんて白々しい言葉が聞こえてきたのでフンッと鼻で笑って机に片肘をつく。
「そのために『世界を守るために神に大切な人を殺されたらどうするか』なんて質問をしたくせに」
「ああ。わかりました?」
「わかったから今ここにいるんだろ」
そう言い捨てれば、ノクトは嬉しそうに笑う。
アドルフの真実を知ると同時にノクトの正体を確信した俺は、誰に伝えるでもなく考えた。彼の心に踏み込まないよう線を引いていた俺に、突然投げかけてきた質問の数々やその後の行動に込められた真意について。
すぐに復活してしまったとしても一時的にレヴァナントを止めることができたのならば、ひとまずは俺の目を誤魔化し、別れてから一人で冥府の扉を開けに行く選択肢がノクトにはあった。
だって俺はレヴァナントを捕縛する以外何もしてなかったし、ネクロマンサーであるノクトからすればレヴァナントなど恐れるようなものではないのだからな。一人でも余裕で冥府の扉がある女神像の前まで辿り着けたことだろう。
しかしノクトはそうはせず、意味深な質問を投げかけた上、自分の正体が露見するのを承知で俺の前で力を振るって見せた。
それらの行動が意味するものとはなんなのか。
ルシアン様達にすべてを話して相談してもよかったが、ノクトの正体がネクロマンサーである確率が高い以上、これから国を再興していかねばならない彼らを巻き込むのは気が引けた。
――おそらく、俺がそう考えることも織り込み済みだったんだろう。
薄い笑みを浮かべたまま俺の言葉を待つノクトを見やる。
こいつの掌の上で転がされているようで、嫌になる。
しかし、確かめないわけにはいかない。
これから俺が行う復讐の邪魔をされちゃ困るからな。
「今回の戦い、どこからどこまでがお前の計画だったんだ?」
「アドルフを使って城の随所に情報を仕込みナウマン卿にネクロマンサーの存在を確信させて、反逆の旗印となるルシアン王子達に鉱山から脱走してもらう。その後はアドルフを通してサポートしつつ冥府の森へ誘導、合流したらベルンハルト王の元へ、ってところまでですね。正直いって今回の反逆が成功する確率は、英霊達を解き放っても五分五分だったでしょう。ルシアン王子なんていつ死んでもおかしくなかったですし、僕は山の神に悟られずに射程範囲まで近づければそれでよかったので」
お茶で口を湿らせながら語るノクトの様子は淡々としていて、反逆の成功もルシアン様達の命もさほど興味なかったのがよくわかる。
と同時に、しかしならばなぜ俺に正体を明かしたのかという疑問が生まれる。
ルシアン様達に心傾けてしまっていることを自覚させたのはノクトだ。そんな話をされて俺が黙っているわけがないとわかっているだろうに、一体なぜ。
そんな感情を隠すことなく「それを聞かせてどうする気なんだ?」と問いかければ、彼はカップから手を放し机に肘をついて身を乗り出す。
「最初から最後まで貴方の存在と活躍は想定外でした。首輪で魔法を封じられた徒人がアドルフを見つめ言葉交わせたこともそうですし、まさか魔法を使って落盤事故から身を守り、足手まとい二人を連れて無傷で鉱山から脱出してくるとは思いませんでした。その上、戦場での活躍。貴方はとても使える。だから取引しましょう」
「どんな」
「ご承知の通り、僕はネクロマンサーです。条件が揃えば冥府の扉を開けることもできますし、幽霊達の声を聞くことはもちろん聞かせることもできる。復讐相手を探すのに役立つと思いますよ。実際いたでしょう、あの城に。随分とお楽しみだったようで」
嘲るように放たれたノクトの台詞に、ルシアン様達の目を盗んで殺した男の顔が脳裏に浮かぶ。
英霊達によって閉じ込められていた罪人達、その中にいたラーシュさん達の仇。公の場で裁かれるべきその命を、俺は私怨を晴らすためにこっそり浚って始末した。そのことは誰にもバレていないと思っていたが、まさかこいつに知られていたとは。
「霊達が事の顛末を教えてくれましたが、あの男は下っ端だったようで。たいした情報も得られなかったみたいでしたし、残念でしたね」
まったくもって残念ではなさそうな顔で語るノクトに苛立つ。
本当にムカつく奴だ。
しかし「でも、」と話を続けるその口を塞ぐことなど、俺にはできなかった。
「徒人の目には映らないだけでどこの国にも幽霊はいますし、大なり小なり冥府とつながる扉はある。僕ならば死者を使って貴方が欲しい情報を集めることができます」
悪魔の囁きだ。
耳を傾けてはいけない。
そう思うのに、甘い誘惑にゴクリと息を呑む。
「…………俺はなにをすればいい?」
俺の問いかけに、ノクトが待っていましたとばかりに口端を吊り上げ謳う。
「人を救わぬ神などいらない」
満面の笑みで吐き捨てられた言葉に込められた意味。
それがわからないほど愚鈍ではない。
「わかった」
答えを待つノクトを見つめ返し応えれば、アンバーだと思っていた彼の瞳が爛々と輝く。そこで初めて、俺は彼の瞳がただのアンバーではなくアースアイと呼ばれる希少な色であることを知った。
まるで宇宙を閉じ込めたような虹彩が描く模様の美しさから、目が離せない。
そんな俺を知ってか知らずか、ご機嫌な様子で立ち上がったノクトが舞台役者のように両手を広げて告げる。
「契約成立ですね。長い付き合いになるでしょうから、改めて自己紹介をしましょう!」
彼の宣言を皮切りに窓の外が暗くなり、気温が下がる。
次いで、どこからともなく聞こえてくる人々の声。
――フフッ。
――ハハハッ。
――邪魔しちゃダメだよ。
――少しくらいいいだろう。
――久方ぶりの客人だ。
――皆でおもてなししましょう。
いるはずのない老若男女の声に目を見開けば、
古ぼけたテーブルや罅割れていた床板が磨き上げられた飴色に変わり、
くすんだ壁紙に鮮やかな模様が浮かび上がり、
曇っていたシャンデリアがピカピカと光を放ち、
半透明の人々が壁や天井や床から顔を出したかと思えば四方八方を飛び交う。
「ようこそ、死者が暮らす国“ノエラマーラ”へ。歓迎しますよ。徒人でありながら死者の姿を捉え、声なき声を聞く、稀有な人!」
廃墟同然のセピア色だった世界が息を吹き返し、極彩色に塗り替えられていく。
活気溢れる人々の声と宙に浮かぶ幽霊達の輝く笑顔に容量オーバーした俺は、自己紹介の続きを聞くことなく意識をブラックアウトさせたのだった――。




