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眠らぬ民の国  作者: 深(深木)
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※2023.3.18に加筆修正しております。

 ――西暦××三十一年某月。

 世界の中央部に広がる大陸の一角に位置する、“アネセル”という名の国。

 その北側に連なる大きな山脈の片隅にある鉱山には、人力で掘り出された歪な形の坑道が幾多にも、無秩序に延びていて。碌な舗装もされず土がむき出しになったその道を、鉄製の重たいツルハシとスコップを担いだ男達が列をなして歩んでいた。


 巣を行き交う働き蟻のように黙々と。

 動けなくなるその日まで彼らはただ働き続ける。


 なぜなら男達はアネセル国が所有する奴隷であり、その罪を贖うために永久の労役が課せられているからだ。

 彼らが進む道を照らす光源は申し訳程度に設置されている松明のみ。辺りには果てしない暗闇と静寂に支配された空間が広がっており、奴隷達は暗く冷ややかな世界を、辛うじて見える仲間の影を頼りに進むしかない。

 死と隣り合わせの世界。

 当然、視界の大半が黒色に占領されている奴隷達が己の居場所を知る由もなく。一寸先すら満足に見ることのできない闇の中で、行進の終わりも教えてもらえない哀れな奴隷の身である彼らがわかっていることといえば、“歩みを止めてしまった者は誰一人生きて戻ってこなかった”という現実だけだった。


 居なくなった奴が戻ってくるとしたら、レヴァナント(動く死体)になってだからな……。


 なんて世知辛い世の中なのか。

 黒色で埋め尽くされた視界の端を過ぎるレヴァナント。その、血が通わなくなった青白い肌と光を失い濁った瞳を眺めながらぼんやりとそんなことを考える。

 奴隷を監視するために列に沿って並べられているレヴァナントの姿は、元は俺達と同じように生きていた人間であったとは思えぬほど無機質で、まるで精巧な蝋人形のようだった。熱を失った彼らの前を通り過ぎる度に、この国が作り出した底なしの闇に見つめられている気がして身が震える。


 アネセル国の民は、死してもなお解放されることはない。

 天寿を全うしようが、

 国のために殉職しようが、

 王に逆らって処刑されようが、

 力尽きた奴隷が処分されようが、

 逃亡に失敗して命を落とそうが、

 死んだ人間が行き着く先は皆同じ。安らかに眠ることなど許されず、レヴァナントという化け物になって休みなく働き続けなければならないのだ。

 

 なんたる地獄。どうして、こんなことになってしまったのか。


 絡繰り人形のように刷り込まれた役目をこなすだけのレヴァナントに見張られながら、昼夜問わず鉱物を掘り続けたここ数年間を振り返った俺は、やりきれない想いを息に乗せて静かに吐き出す。



 悪夢の始まりは、今から五年前。

 あの日、世界各地で同時刻に天変地異というべき自然災害が発生した。

 勿論、俺が暮らしていたアネセルでも。

 大地震に見舞われた我が国の町はほぼ壊滅状態で、点在する数多の鉱山も落石や土石流や山体崩壊によって再起不能となり、鉱山で働いていた作業員や山中に作られた鉱山町で暮らしていた沢山の人間が亡くなった。俺もこの国で得た家族を全員失ったし、あの日は世界中が混乱と悲しみで満ちていた。

 そしてかつてない数の犠牲者を生んだ大災害に対し、国の中枢で働く人々も恐慌状態となったのだろう。情報が入り乱れ、指示が錯綜した。嘘か誠かわからない情報が飛び交い、人々は突然我が身を襲った不幸に右往左往するしかなかった。


 そんな時である。

 この国の王の異母兄弟であったベルンハルトという男が、声高々に『各国を襲った自然災害は、世界を消費するばかりの人間に対する神々の怒りだ』と告げたのは。また、彼はその言葉と同時に『自身はとある山の神の啓示を受け、神々の意志を代行する神使と成った』と、我々に宣言したのだった。

 神徒と名乗ったベルンハルト曰く、『増え過ぎた人間による自然資源の消費と魔法の乱用によってこの世界はすでに最大限度に達しており、神々が身を粉にしてエネルギーを供給しても追いつかない。このままではそう遠くないうちに世界は崩壊する。だからそうなる前に、増え過ぎた人間をこの世界にとって適切な量に調整していかなければならない』らしく。世界中で起こったこの度の自然災害は神々による粛清の第一歩である、とのことだった。


 そして、ベルンハルトがアネセルで宣言した同日同時刻。


 彼が告げたのと同じ内容の言葉が、同じく神徒となった人間達を通して世界各地で人々へと伝えられていた。しかしその内容は到底受け入れられるものではなく、人々は困惑し、当然のように異を唱えて反発した。

 もちろんこのアネセルでも。

 されど、神徒達が神々から授かった力は凄まじく。

 山の神に選ばれたベルンハルトは与えられた力を以て地震を操り、授かった秘宝の力で亡くなった人々の遺体をもとに大量のレヴァナントを作り出した。そして死を厭わない不死の軍団を利用してクーデターを起こし、成功。反目する王侯貴族を処刑して王位に就き、その後はレヴァナント達を使ってこの国を徹底的に管理・支配した。


 新王ベルンハルトの誕生である。


 ベルンハルト王が俺達国民へ新たに課した法律は、大きく分けて三つ。

 一つ、王の許可なく魔法を使用することは禁ずる。

 一つ、王の許可なく国を出入りすることは禁ずる。

 一つ、王の許可なく遺体を処分することは禁ずる。

 ベルンハルト王によって制定された新法は以上の三本だったが、これが大変なくせ者で、以後、国民の生活は一変することとなる。


 まず、魔法を使うことを禁じられたことによって、人々は文明が発達する数百年前と同じく、なにするにも汗水垂らして働かなければならなくなった。魔法を使えば一瞬で水瓶を満たすことができる水も、現在は数キロ先の川まで汲みに行かなければ手に入らない。

 次に、出入国を制限されたことで国内に閉じ込められた国民は、逃げ場を失った。魔法が使えないことに嫌気がさして他所に移ろうと思っても、出してもらえないのだ。当然、そんな不便で不穏な国に入国したがる者はおらず、助けを求めることすらできなくなった。

 その上、死んだところで解放されることはなく、死後の尊厳もない。アネセル国の民は皆、息絶えたあとも肉体をレヴァナントとして利用され続けるのだ。

地獄、としか言いようがない。

 新法を守らなかった国民は問答無用で奴隷の身分へと落とされ、魔法を封じる首輪を嵌められた状態で強制労働。俺もそのうちの一人だ。奴隷となったその日のうちにこの鉱山へと連れて来られ、それ以来ずっとここでレヴァナントに監視されながら働かされている。

 そして今日に至る、というわけだ。

 坑道の外に出られるのは七日に一度で、それ以外の時間は僅かな仮眠を挟みつつ、鉱床で採鉱に勤しんでおり、一年のほとんどを暗い穴倉の中で過ごしている。なんともまぁ、代り映えしない日々である。


 五年前のあの日。

 死後も辱められるくらいなら、と愛する家族の亡骸を焼いたことに後悔はない。

 皆と共に過ごした期間は一年余りと短かったが、身元不明で記憶喪失になっていた俺を保護して一般常識や魔法の使い方を教えてくれたばかりか、家名を与えて家族の一員として大切に扱ってくれた人々だ。注がれた愛情を、受けた恩を考えれば、あれは当然の行動だった。悔やむなど、もってのほかである。


 しかし、最近。

 ふとした折に、“この生活は一体いつまで続くのだろう”と考えるようになった。

 

 山の神の望みどおり、魔法の使用を禁じられたアネセルの人々は、危険な場所へ生身で赴かなければならなくなり、死が身近なものになった。

 奴隷である俺達の扱いはさらに酷く、限られた資材と非力な人の手で作らされた坑道や採掘現場は危ないどころではない。ろくに舗装もされていないので事故の発生は日常茶飯事だし、限界以上に酷使されている肉体は絶えず悲鳴を上げている。そんな中、レヴァナントになる恐怖から逃れるために処分されないほど優秀な奴隷であろう我慢し通せば、無理が祟って物言わぬ躯となるのみ。

 手を抜こうが、頑張って働こうが、堪え忍ぼうが、行き着く先は結局レヴァナントなのだから、もはや笑うしかない。

 生きた人間が減り、飲まず食わずでも休まず動くレヴァナントが増えたことで、山の神の神徒を名乗るベルンハルト王はさぞかし喜ばれておられることだろう。彼らの目的はこの世界から人間を減らすことだからな。


 しかし。

 死してなお解放されないアネセル国の民(俺達)の救いは、一体何処にあるのだろうか。


 国民の大半が奴隷であり、昼夜問わず強制労働させられているアネセル国が眠りにつくことはなく。奴隷達が灯す明かりによって生み出された、悲しくも美しい夜景を眺めている近郊の国々は、畏怖と憐憫を込めてこの国を【眠らぬ国】などと呼んでいるらしい。

 けれども、俺達の生活に何か変化が起こることはなく。

 五年前から変わらぬ日々を送っている事実から考えるに、山の神に囚われた俺達を助けてくれる人間など居やしないということなのだろう。


 ……まぁ、当然だよな。


 アネセルの民を解放したら、山の神の不興を買うのは必須。自国が第二の眠らぬ国となるのは、火を見るより明らかだ。“触らぬ神に祟りなし”と言うし、アネセルの民が置かれている状況を知りながら代わってやると言うような奇特な人間は間違いなく現れないだろう。この地で生まれ、長年暮らしてきたアネセルの民ですら、叶うなら一刻も早く国外へ逃げ出したいと考えているくらいだからな。


 近郊の国々からしてみれば、アネセルとその民は神々の怒りを鎮めるための生贄なのだ。そして折角神の怒りが少し落ち着いたところなのに、再燃させると承知の上で供物を解放する馬鹿は存在しない。誰だって、我が身が一番可愛いものである。

 そんな無情というべき現実を俺に教えてくれたアドルフという名の男とも、少し前に別れたきり会っていない。珍しく真剣な顔つきで俺に会わせたい人がいるとかなんとか言っていたが、あれっきり姿を見かけないので、もしかしたら彼はすでにレヴァナントになってしまったのかもしれない。

 だとしたら残念だ。

 見た感じ歳も近く、こんな環境でも明るくて、とてもいい奴だったのに。


 でも、奴隷にしてはやけに情報通だったからな……。


 もしかしたら、彼は打倒ベルンハルト王を目指す勢力の一員だったのかもしれない。眉唾物の噂話だったが、ベルンハルト王に対抗するために仲間を集め、力を蓄え、期を窺っている人々がいるという話を耳にしたことがある。


 ……といっても、その噂はクーデターのあとからずっとあるけどな。


 実際のところ、俺達がこの生活から解放される兆しは微塵もなく。

黒く塗りつぶされた将来にもはや涙も出ない。

 理不尽な状況を強いられ続けたことで感覚が麻痺してしまったのか、ここ最近感じるのは終わりなきレヴァナントになることへの漠然とした恐怖くらいだ。


「――フッ」


 仕事中に考え事していた罰が当たったのか、居なくなってしまった知り合いを心配する気持ちも、失ったことを悲しむ気持ちも薄れてきている自分に気がついてしまい、なんだか笑いたくなった。

 第二の家族と言っても過言ではない彼らの亡骸を腕に抱いた時には確かにこの胸の中にあった、燃え盛る正義感や憤りはもはや跡形もなく。生きることを苦痛に感じながらも、救いのない死後を恐れて一線を越えられずにいるだけの俺は、いまや無味乾燥な日々を過ごすだけ。人らしい感情を失いつつある俺と淀んだ目で奴隷を監視しているレヴァナントに、果たして違いはあるのだろうか。

 そうは思うものの、死にたいのか言われれば首を振るしかない俺は固く口を引き結ぶ。こんなところで突然笑い出したら、頭がおかしくなったと判断されて間違いなく処分される。そうしたら晴れてレヴァナントの仲間入りだからな。


 これが世界の悲鳴を無視して自然(エネルギー)を消費し続けた代償だというのなら、なんて無慈悲な裁きなのだろう。


 心の安穏を得るためにせめて誰かを恨もうと考えたところで、この事態を引き起こした原因は魔法を使ってのうのうと生きてきた自分達自身と、すでにこの世に居ない先祖達なのだからどうしようもない。たまたま今を生きていたが故に過去の代償を払わねばならない俺達の怨嗟が、とうの昔に現世から去った祖先達へ届くことはないし、今更『後世を生きる人間のためにもっと自然を守り、この世界を大切にしてほしかった』と叫んだところでどうにもならない。手遅れだ。

 俺達に許されていることといえば、世界が限界を迎えた時代に生まれて落ち、大災害という名の神々による粛清を経験してもなお、生き永らえてしまった自身の不運を嘆くことだけ。なんて笑えない。



 救いのない現実を嘆きながら暗く冷たい道を黙々と歩くこと数時間。

 当然のことながら道の先には終わりがあるわけで。暗闇の中で研ぎ澄まされた皮膚感覚が拾った光の気配に顏を上げれば、丸太を縄で結んで作られた古びた梯子と地上へと繋がる出口が目に映り、僅かに肩の力が抜ける。

 どうやら外は昼間のようだ。

 何日間この穴倉の中で働かされていたのか定かではないが、ようやく太陽を浴びて、つかの間の休息を取ることができる。下手したら移動がすべて夜で、太陽を拝むことなく再び鉱山に入るなんてこともあるので今回は運がいい。

 皆もそう思ったのだろう。

 ようやく見えるようなった仲間達の顔は、微かに綻んでいた。

 押し殺しきれなかった喜びによってわずかに揺らいだ空気を知覚しながらも、列を乱すことなくゆっくりと梯子へと向かう仲間達の背を追う。外に出るまでは皆と歩幅を合わせて、慎重に。ここで気を抜いて座り込んだり、よろめいて列から外れたりしたらレヴァナントに回収(処分)されてしまうからな。


 ――落ち着いて。最後まで気を抜かず、確実に。


 心の中でそう唱えながら、浮つく気持ちを抑え込んで自分の番が来るのをじっと待つ。

 一歩、また一歩と進むにつれて少しずつ大きくなっていく白い光。

 待ち焦がれた地上の空気を目前にして急く心を感じながら、梯子に手をかける。

 そして一段目に足を乗せた、その時だった。


 ――パラ、パラパラ、パラッ。


 光に満ちた出口を見上げている俺の頬や梯子を掴む手の甲を、降り注ぐ砂粒が叩く。

 潰える光に飛び込む者と絶望に満ちた表情で梯子にしがみつく者が見えた。

 一拍後、大地が崩れる轟音と男達の悲鳴が響き渡る。


「――――嘘だろ」


 掠れた声で呟くと同時に、頭上から降り注ぐ土の雨。

 固く冷たい土砂に埋もれ押しつぶされる苦しみを想像して恐怖したのを最後に、俺の意識は暗転したのだった。


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