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打ち明けられた事実

 会うのが久しぶりすぎる祖父とぎこちない様子の母さんを持て余して、僕は自室に移動した。

 居間を出てから部屋を移るまで、こちらを見透かすような祖父の眼差しが脳裏に残っていた。 


 ドアを開けて中に入ると、数年ぶりに入る部屋は意外にきれいだった。

 そういえば以前、僕がいない間はたまに掃除に入るからと母さんに言われたことがあった。

 

 荷物をおいて椅子に腰かけてから、スマートフォンを手に取る。

 ここでふと、父の様子なら電話をかければいいと気づいた。


 画面の中の電話帳から連絡先を探し、すぐに通話ボタンをタップした。

 プルル、プルルと呼び出し音が鳴り続ける。


「検査中で出られないってこともあるか……」

 僕はショートメールに、地元に帰ってきたこと、用事があるから連絡がほしい旨を書いて送った。


 長い時間移動した疲れもあったし、あまり出歩くような気分にはならなかった。

 それから、部屋の中の懐かしアイテムを物色したり、ごろごろしたりするうちに時間が過ぎていった。



 ――トントン。

 どれぐらい時間が経っただろう。

 椅子に座ってぼーっとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「……ああっ、どうぞ」

 そう答えると、ドアがゆっくりと開いた。

「これから、村の親戚同士で集まりがあって……大輝も呼ばれてるんだけど、一緒に来てもらえる?」

 母さんはこちらの様子を窺うようにいった。


「別にいいけどさ、相続の話があるんじゃなかったの? 大学は休みに入ってるからいいけど、バイトは長めに休みもらってるし、ちゃんと話してくれないと」

 腑に落ちない話が続いたせいか、棘のある言い方になっている気がした。


「それは、親戚の人たちも一緒じゃないと話せないし、とりあえず来てもらえば……」

 母さんの言葉は、口に何か含んだように歯切れの悪い感じがした。

「わかった、わかったから。行けばいいんでしょ」

 僕は投げやりな気分で返事をした。


 母さんはそれじゃあと去っていき、何とも言えない違和感が残った。

 最初、何かサプライズ的なことが用意されているのではと期待する思いもあった。

 しかし、今は何か隠したいことがあるという点だけは読み取ることができている。

  

 釈然としないまま部屋で身じたくを済ませてから、居間の母さんに声をかけた。

 祖父はまだいるのか気になったが、その場にいなかった。もしかしたら、集まりに向かったのかもしれないと判断した。わざわざ母さんに尋ねるほどでもない。

 

 二人で家を出ると夕暮れが近づいており、自宅の壁が橙色の夕日を照らし返していた。

 標高が高いせいか街にいる時よりも肌寒く感じる。薄手の上着できたことを少し後悔した。


 街灯も民家もまばらな道が前方に続いていた。

 暖かくなり始めたばかりなので、まだ虫の鳴き声は聞こえてこない。

 もう少し季節が進めば、あちこちの田んぼから蛙の大合唱が響いてうるさいこともある。


「向こうの生活はどうなの、この村ほどのんびりしてないから大変じゃない?」

 物思いにふけっていると母さんが質問した。

「うん、まあ、だいぶ慣れたから」

 親が何だかめんどくさいと思ってしまうのは、地元を出ても変わらないことが不思議だった。


「……こっちと都会を比べてもしょうがないよ」

 何気なくそんな言葉が出てきたが、母さんは反応を示さなかった。

 つぶやくように言ったので、聞こえなかっただけかもしれない。


 実家から数百メートル歩くと、大きめの民家が目に入った。

 そのまま進んでいくと、生け垣の切れ目に明かりのついた玄関があった。

 父の兄であり、僕から見れば伯父にあたる宗助さんの家だった。


 親戚同士で集まると聞いて、すぐにこの場所が思い浮かんだ。

 母さんもここ以外にあるわけないといった感じで、そのまま敷地に足を運んでいく。


「こんばんは」

 母さんがドアを開けて、先に中に入っていった。

 僕も少し遅れて続いた。 


 土間で靴を脱ぎ、向きを揃えて並べ直す。

 流れで母さんについていくと、ふすまの開いた部屋の中で何人かの男女が腰かけていた。

 祖父も同席しているものかと思ったが、そこに姿は見当たらなかった。


「おおっ、大輝くん、いらっしゃい」

 部屋の中の一人が声をかけてきた。ここの家主の宗助さんだった。

 宗助さんは柔らかい表情で迎え入れてくれたが、他の親戚たちは何も言わずにこちらを見ている。

 その視線が露骨なものに思えて不快感を覚えた。


「お待たせしました」

「春子さん、そんな緊張しなくていいから」

 宗助さんは母さんにそういってから、こちらに手招きをした。


「さあさあ、今日の主役なんだから、こっちに座りなさい」

 農作業で日焼けした宗助さんの顔から、有無をいわさない迫力が出ていた。

 穏やかなままの表情は表面的なものに見える。


「……はい」

 促されるままに空いていた座布団に腰かける。

 主役とはどういう意味なのかと尋ねる間もなく、宗助さんが場を仕切り始めた。


「みんな、急なことで戸惑っているかもしれん。そりゃ、驚くのも無理もない。何十年ぶりに鬼になる者が出たんだからな」

 鬼という単語の意味が理解できず、頭が混乱してきた。

 都会に出た僕を懲らしめようとでもいうのか。


「本当に教えるんか」、「今は昔と違うんじゃないのか」

 ぼんやりした頭にそんな声が届いた。彼らは何を企んでいるんだ。

 この場から立ち去りたい衝動に駆られたが、これは無視できる話ではないと理解する冷静な自分もいた。

 

「まだ若いから知ることはなかったかもしれんが、君のお父さんは鬼になってしまった」

「はっ?」

 夢でも見ているような奇妙な浮遊感を覚える。


「それで、完全に鬼になる前に殺してほしい――」

 ふいに頭痛がして、部屋全体が真っ白に見えた。

 天井が視界に入って初めて、自分が倒れていることに気がついた。



「――大丈夫、長旅で疲れたんじゃない?」

 いつの間にか宗助さんの部屋の片隅で横たわっていた。

 畳に寝かされて、座布団が枕といった様子で背中が少し痛い。隣で母さんが正座していた。


「さっき、何か話してたよね……」

 鬼が何とか、父さんがなんとか。

「うん、そうね、えーと……」

 母さんは困った様子でなかなか答えなかった。


「そんなんで、本当にやれるのか」、「都会に出たもんに山行がつとまるのかね」 

 それが誰に向けられたものかは何となくわかった。

 気まずい感じがして、ゆっくりと起き上がる。


 部屋には最初にきた時と同じ面々がいたままだった。

 親戚づきあいがあったはずなのに、そんなに都会に出たことが気に食わないのだろうか。


「大輝くん、どうする。時間はそんなにないけども」

 呼ばれて顔を向けると、宗助さんがいた。

「……時間、ですか」

 どんな話があったのか、よく思い出せない。


「――あとで聞かせとくから、今日はこの辺でいいか」

 ふいに誰かが現れたと思ったら、祖父だった。

「と、父ちゃん。どうして……」

 宗助さんが萎縮した様子で祖父を見た。


「春子さんから集まりがあると聞いてな」

 祖父は表情を変えずにいった。

「まあ、父ちゃんがそういうなら……お開きにしよう」

 皆、二人の様子を窺っていたが、宗助さんの一言で動き出した。

 これ以上の長居は無用と思い、僕や母さんもその場を後にした。

思ったより早く更新できましたが、週一ペースは維持したいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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