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不自然な家族

 相続関係の手続きがあると連絡があり、長時間電車を乗り継いで実家の最寄り駅にやってきた。

 最寄り駅といっても駅から車で一時間近くかかるので、そう呼んでいいか迷うこともある。


 二両編成の電車を下りてホームに出ると下車したのは僕だけだった。

 古めかしい木造ほったて小屋みたいな駅舎を出ると、線路の向こうには遠くまで山々が広がり、すぐ近くに透明な水面の川が流れている。数年ぶりの里帰りだった。


 当然、こんな辺鄙な駅にロータリーはなくて、駅舎の前に車が二台ほどおけるスペースがある。

 そこに見覚えのないレモン色の軽自動車が停車していた。


大輝たいき、こっちこっち」

 軽自動車の窓が開いて、見覚えのある顔が出てきた。

 実家のある千花村ちばなむらに住んでいる秋菜あきなだった。

 茶色い髪を一つにまとめて、サングラスをかけている。


「どうした、今日はお前が迎えにきたのか?」

 ここから遠く離れた大学に通うようになってから、地元に残る彼女とは疎遠になっている。

 同じ村育ちの同級生ではあるものの、たまにラインで連絡を取り合うぐらいの関係だった。


「別にいやなら千花まで歩いてもらっていいけど?」 

 こちらが言葉を選ぶのを見て、秋菜はなぜか不満そうにしている。

「どうしてそうなる。いつもは母さんか父さんが迎えにきてたから」

 そう、彼女が迎えにきた理由が分からなかった。


「ああっ、そういうことね。ふたりとも忙しくて手が離せないから、私が迎えにきたんだ」

 秋菜はあまり表情を変えずにいった。

「分かったから、とりあえず村まで乗せてくれよ」

 僕はそう言いながら車に乗りこんだ。


 道路は左右に広がる急斜面を縫うようにのびて、その斜面には背の高い木々が隙間なく生えていた。

 窓から差し込む春の日射しがほどよい暖かさを感じさせる。


 以前から秋菜は都会の生活に憧れがあると言っていた。

 そして予想通り、大学や下宿先のことから街の様子まで色んな質問を受けた。

 僕はその好奇心に応じることで、彼女が気持ちよく運転できるように配慮することにした。


 対向車のほとんどない道路を順調に進み、千花村の手前にきたところで村立中学校の前で停車した。

 秋菜の妹、里奈りなを乗せていくそうで待ち合わせ場所にはその妹が待っていた。


「里奈ちゃん、久しぶり」

「……久しぶりです」

 彼女は後部座席から何かを窺うような、わずかな間をおいてから返事をした。

 もしかしたら、僕と会うのが数年ぶりだから照れ臭いのかもしれない。


「それじゃあ、出発するね」

 里奈ちゃんの反応について考えていると、秋菜が運転を再開した。

 途中に信号がないせいか、車は同じペースで順調に進む。

 

「今年の花粉症はだいじょうぶ?」

 杉の木があちらこちらに生えているし、話題にはちょうどいい気がした。

「子どもの頃から住んでるし、あんまりならないよ」

 運転しながら秋菜が答えた。里奈は会話に加わってこない。


「そういえば、都会から移住してきた……名字忘れちゃった。その人は花粉症がひどいってぼやいてたことあったような」

「こんなところに移住するなんて珍しい」

 目立つ産業はないし、就ける仕事は限られている。


「町おこし何とかっていう国のプロジェクトで来たみたい。そんなに詳しく知らないけど」

 秋菜はあまり興味なさそうにいった。


 里奈ちゃんが乗車してから会話があまり弾まず、そのうちに民家が点在する区画が見えてきた。遠目に我が家も目に入る。

 それから、実家のすぐ近くで停車してもらった。


「ありがとう。意外に安全運転で安心したよ」

「どういたしまして、それじゃあまた」

 秋菜は淡々とした様子で、すぐに車を発車させた。


 目の前には『瀬上せがみ』と表札のかかる一軒家がある。これが僕の実家だった。

 高校生の頃に改築したので、村内にいくつか残る古民家とかけ離れた外観をしている。落ち着いたベージュの外壁と艶のある黒い屋根。

 母さんが細かい性格なので、家の周りに目立ったゴミはなく整理されていた。


 駐車場を通りすぎて、ドアノブをつかんで玄関に入る。

「……あれ、おかしいな」

 昼間なら母さんがいるはずだし、家族の車は停まったままだ。

 しかたなく、玄関脇のインターホンを鳴らすことにした。

 ピーンポーンという間延びした音の後、すぐに反応があった。


「――はい」

 それは聞き慣れた母親の声だった。

 胸に湧きかけた不安は消え、すぐに返事をした。


「母さん、大輝だけど、鍵開けてくれる?」

「ああっ、もう着いたの。今行くわ」

 声の調子から少し大げさな反応に思えたが、一人息子が帰ってくればこんなものかもしれない。数秒後に家の中から足音がして、玄関のドアが開いた。


「おかえり」

「ただいま。鍵かけるなんて珍しいね?」

「……あ、ああっ、そうね」 

 僕の素朴な疑問に対し、母さんは戸惑った様子で答えた。

 

 タイルの張られた土間で靴を脱ぎ、廊下に上がって居間に向かう。

 下宿先のそこそこ古いアパートに慣れているせいか、新しい建物特有の清潔感が心地よい。


 母さんに続いて居間に入ると、そこには意外な人物がいた。

 それは十年近く顔を見ていなかった祖父だった。


 祖父は灰色の帽子を被り、少し色あせた紺色の上着と温かそうな厚手のズボンを身につけていた。

 たしか七十代だったと思うが、山登りにでも行くような格好だった。


「……大輝か」

「あっ、こんにちは。久しぶりだね、おじいさん」

 自分の身内に対してぎこちないあいさつになる。


「そうよね、達郎たつろうおじいさんと会うのは久しぶりよね」

 母さんは僕ら三人の間を取り持つように、努めて明るい様子でいった。


「そういえば、父さんはいるの? 仕事場に顔だそうと思うんだけど」

 一旦、外に出る口実を作ろうと思った。

「……あれっ、相続って言ってたけど、父さんが体調崩したとか?」

 母さんは一度だけ祖父に視線を向けた後、何を話すべきか考えるように黙っていた。


「……あっ、そうね、相続の話と関係ないけど、お父さんが健康診断で再検査になってね。今日は街の病院に行ってる」 

「そう、結果が悪くないといいけど」

 母さんと会話をしながら、口数の少ない祖父の様子が気になった。


 祖父は僕の父良一りょういちの父親で、ここからさらに山奥で世捨て人のような生活をしていると聞いたことがある。

 もう少しマシな言い方をすると、カタカナにするならロハス、四字熟語なら自給自足と呼ばれる生活をしていると聞かされた。そんな祖父が来るには何かしら理由があるはずだと思った。 

 

 父さんが危篤ならともかく、検査の段階で見舞いにくるわけないだろう。

 ここにきてようやく、今の状況が不自然だということに意識が向いた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

こんな感じで週一回ペースで更新していけたらと思います!

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