9話 中間試験
ゴールデンウィークを終え、5月中間試験当日を迎えた。
本日から3日間にわたって高校生活初の試験が行われる。高校での試験とはどのようなものか、自分の今の実力は同じ学校の生徒と比較してどのくらいなのかなどを図る試金石となる重要な試験だ。
現在、我がクラスでは数学の試験が行われている。
必要十分条件の問題か。前世で一番最初にこれを学習した頃どちらが必要で、どちらが十分かごっちゃになり、ほんの少しとはいえ苦戦したっけ。今考えるとこの程度で……とは思うが、これも懐かしい思い出だ。
次は三角関数の最大値問題。この手の問題はもはや問題文を見ただけで答えが瞬時に頭に浮かぶ。とはいえ途中式をきちんと書かなければ点をもらえないためきちんと書くが。
と、このようにしてすべての問題を簡単に解いていく。
この数学の試験は、高校1年生最初の試験にしては少し範囲が広く、時間も150分と非常に長い。
範囲に関しては、数学だけ先に先にと進めていこうというこの学校の学習カリキュラムが原因である。時間に関しては、数学1+Aという実質的に2科目の試験であることに加え、実際の受験や模試もこのような時間で行われるため、1年生の最初の試験としては少々厳しいだろうがそれらを考慮したものなのだろう。
それら自体は特に珍しいことではない。それに、私はそれでも容易にすべて解くことができるため問題ない。
わざと数問間違えるのではなかったのかって?
別に全科目においてそれをするつもりはない。確かにすべての科目で常に満点を取り続けるというのはあまりにも不自然だが、一部の科目において満点を取る程度ならば主席の成績としては十分あり得る範囲だろう
それにこれは最初の試験。難易度は少々抑え目であるためいつもより少し高得点を取ったとしても問題ないだろう。
加えて言うと、中学の時と違い高校生となった今、そこまで油断はできなかったりする。
特に社会は、私は元々理系であり苦手科目だったことに加え、純粋な記憶問題が多いため、油断したら本当に間違えかねないのだ。
結局答案には満点の回答をしないのだから一緒だろうって?
わかってないな。確かに結果だけ見ればその通りなのだが、これでも私は前世において帝国大学に合格するくらいの能力は持っていた。過去において苦手科目だったとはいえ、転生したにもかかわらず、超進学校でもない高校の1年最初の試験で本気で間違えるなど私のプライドが許さないのだよ。
安っぽく、何の意味もないプライドだとわかっているが。
数学の時間を終えてお昼休みの時間に入る。
すると、すぐにお昼の準備をするのではなく、今の数学の試験の感想や、あの問題の答えはこうだっけ、などといった会話をする級友たちの姿が見られた。
答えの確認など試験を終えた直後の今行ってもすぐに忘れる意味のない行為であるという事、答えが合っていようが間違っていようが答案に記載した内容は変わらないこと、そんなことするより早くお昼を食べるなり次の科目の勉強をするなりした方がいいことなど言われずともみんなわかっているだろう。
しかし、それでも不安にならずには居られないのだ。私にもその気持ちはよくわかる。前世において私もそうだったのだから。今の私には少々縁遠い感情であるのだが、それで彼らを愚かと断じるのは違うだろう。
むしろ一つ一つの試験を全力で受け一喜一憂する彼らのその姿は、転生というズルをして余裕をかましている私などより遥かに好ましい姿だと言える。
そのあと、同様に英語、物理を終えた。本日の試験は以上である。
今日は解けない問題もなく無事に試験を終えることができたなと満足しながら帰宅準備をしていたところ、今日は試験のため部活がなく、この時間まで級友たちと共に試験を受けていた秋山君が声をかけてきた。
珍しいなと思うかもしれないが、ここで語っていないだけで、私が秋山君と会話をすることは別段珍しいことではない。むしろ彼はこのクラスにおいて、何かと私を気にかけてくれる小林さん、岡田さん、私の高校最初の同性の友人である高橋さん(そういえばそんな人いたな、だって?やれやれ……失礼なことだな)の次に私と話している友人である。
つまり、彼は男子の中では私と最も仲の良い友人でもあるということだ。
「北条さん。もしかしてゴールデンウィークに野球部の練習見に来てた?」
気付かれていたのか?そんな様子は見られなかったが……。
だが確信はしていないようだ。いたような気がするという程度だろうか。
「ええ。初日だけ練習を少し見学させていただいたのだけれど……どうかしたかしら?」
「そうなんだ。いや、部員が『なんか凄まじい美人が練習を見ていた』って言っていたから北条さんなんじゃないかと思って。声でも掛けてくれたらよかったのに」
それだけで私だとわかるものなのだろうか。まあ、私が凄まじい美人であるのは事実のため、そんな美人がいたと聞いたらまず私を思い浮かべるのは当然かもしれないが。
……実際はもう少し詳しい特徴を聞いた上で私と判断したのだろうが。いくら私が美人なのは事実とは言え、流石にそこまで私は自意識過剰ではないぞ。
「最初は声を掛けようかと思ったのだけれど、練習の邪魔になるといけないと思ったから」
「そっか……北条さんらしいな。そんなこと気にしなくていいのに。でもありがとう」
本当は声を掛けるのではなく少々悪戯をして動揺させてやろうかと考えていたわけだが。
しかし私らしいとはどういうことだろう。君は私のことをそんなに理解しているとでも言うのかね?
……冗談である。彼がこれを好意的な意味で言っているということくらいわかる。
私は素直にどういたしましてと答え、帰宅準備を再開した。
そしてその後、途中まで秋山君と一緒に話をしながら帰り、駅にて別れた。
明日からも試験は続く。私はもう彼らと本当の意味で同じ立場で試験を受けることはできないのだが、せめて万全を期して試験に臨みたいところだ。