27話 生きる道
いつ入れるか迷っていた話その2。少し文字数多いです。
11月を迎えた。
気がついたら今年も残りたったの2か月。
時間が経つのは実に速いものである。特に楽しい時間であればなおさらだ。
11月初めに芸術鑑賞会としてクラス全員で美術館に赴いた。
私は芸術について全く理解はないのだが、絵画や像などの説明を見ながら、数多くの芸術家たちに練り上げられた作品を眺めていると何か風情を感じる気がする。
……雰囲気に流されてそう錯覚しているだけだって?本当に無粋な奴だな。そんなこと私自身当然わかっている。
だか、そもそも高校生で芸術について理解のある人間の方が少数派だと思うのだが。
……お前は前世含めてもう40年近く生きているだろう?とか言ってはいけない。
誰にだって生きる道というものはあるだろう?私のそれは芸術の道ではなかったというだけだ。
芸術鑑賞を終えて数日経った。
本日は土曜日。快晴である。
今日私は友人の理央と春香とともに野球部のグラウンドに来ていた。
野球部は今日、他校と練習試合をするらしい。相手は全国区の強豪校である地平学院とのことだ。
私でも聞いたことのあるかなり有名な高校だ。そんな相手が練習試合に来てくれるとは流石最強の強豪校である。
大会は?と思ったかもしれないが、彼らは先日近畿大会準決勝にて敗北してしまったのだ。
春の甲子園への切符は手にしたのだが、常勝を旨とする彼らにとってはそれだけでは満足できないのだろう。
そのため、敗北直後からこのように練習試合を組んでいるのだろうな。
そしてなぜ私たちが今日彼らの練習試合の場に来ているのかというと、以前、私が理央と春香に野球部の部活を見学した話や文化祭、甲子園、ドラフト会議などの話をしたところ、2人がかなり食いついてきた。
私の興奮が彼女たちにも伝わったという事なのだろうか?実に嬉しいことだ。
そこで、今度は3人で見に行こうという話になったのだ。
私も以前文化祭にて先輩にまた練習を見に来てほしいと言われて以来、またそのうち見に行きたいと思っていたことだし。
……もうあの先輩はこの場所には居ないのだろうが。
また、少しの時間とはいえ、どうせ見るなら練習試合の日がいいだろうという話になった。野球部の練習試合が行われる日は簡単に調べられることだったし。
そのため、3人とも予定が入っていなかった今日の練習試合を少しだけ見学し、その後、おしゃれなカフェに3人で行こうという話でまとまったのだ。
私たち以外の見学者たちの姿を横目に見ながら、見学者用の3人で座るのに丁度よい広さのベンチに到着したところ、理央が近くのコンビニで少し買い物をしたいと言い出した。春香も一緒に行きたいといったため、私は残って席を確保しておくと言ったら、2人は私に感謝の言葉を述べてからコンビニへと向かった。
その後、練習試合が始まったので、2人が帰ってくるまでの少しの間一人で見学することにした。
試合の中に秋山君の姿があった。彼はショートの位置にいた。もうショートのポジションを勝ち取っているとは流石は世代最強選手。
今井君の姿もあった。彼はセンターの位置にいた。彼はどうやら左投げのようだからセンターが守備位置なのだろうな。少しもったいないと思ってしまうが仕方ないだろう。
今井君も秋山君同様に2年生から当たり前のようにレギュラーを獲るのだな。
暁光学園野球部はベンチ外の生徒だろうと他校なら不動のレギュラーとなれるような選手のみが集まる野球部だ。
そのため、2年生たちも暁光学園野球部に入部が許されているのだから、普通の2年生の選手より遥かに優れた選手であることは間違いないだろう。
そんな中当たり前のようにレギュラーとは。やはり彼らは持っているモノが違うのだろうな。
秋山君に至っては3年生含めてもレギュラーとして甲子園に出場していた。もはやよくわからない領域だ。きっと彼のような人間のことを怪物とか呼ぶのだろうな。
と、感心しながら見ていたところ、40代初めくらいの女性が話しかけてきた。恰好から見るに野球部員の誰かのお母さんだろうか。
一体どうしたのだろう?
「あなた、もしかして北条早紀さん?」
「? はい。そうですが……?」
なぜ彼女は私のことを知っているのだろうか?
野球部員達には私のことはもうある程度知られているという話は聞いたが、保護者にまで私の姿まで伝わっているとは流石に思わないのだが。
「やっぱり! 私、秋山誠二の母です! 息子から『クラスメイトに凄い美人がいる』って話を聞いてたからあなたがそうなんじゃないかって思って!」
「……秋山君のお母さまでしたか。ありがとうございます。いつも秋山君にはお世話になっております」
……秋山君のお母さんか。練習試合とはいえ、息子の晴れ姿を見に来たというところだろうか。
しかし、秋山君が彼の母に私のことを話していたとは。
前にも似たようなこと言ったが、いくら私が凄い美人なのが事実とは言え、たったそれだけで私だとわかるはずがないので、私の特徴を美人だと言う事以外にもある程度話していたのだろう。
あの秋山君が他人の話をそんなにするのは意外である。彼とクラスで最もよく話す友人はおそらく私だと思うのだが、少なくとも、私は彼が他人の話をしているところを見たことがない。
彼は基本的には私と同様に口数の少ない人物であるのだし。
「うふふ、美人ってところ否定しないのね。そんなところも息子が言っていた通りだわ」
「…………」
……そんなところまで話さなくてもよろしい。
しかし、ますますもって意外である。彼は優しくて人望のある人間であり、自称フレンドリーでもあるのだが、そこまで詳細に他人の話をするようなタイプには見えなかったのだが。
話は続く。
「ほら、誠二って他人の話をあまりしないでしょう? 特に女の子の話なんて今まで一度もしたことがなかったから驚いちゃって」
「でもあなたの話はとても楽しそうにするのよね。優しくて何でもできて凄く頭のいい子だけどちょっと天然なところもあるんだって」
「…………」
「こうして話してみるとあの子の話し通りの子ね!」
などといって会話を続ける。
……初対面の私にこんなことを言ってくる貴女もなかなかなのではないだろうか。私がこういうことで腹を立てたりしない人間だということをわかった上で言ってはいるのだろうが。
理央のお母さんといい、私は初対面の友人のお母さんにからかわれなければならない星の元に生まれているのだろうか。
……このように非常にくだらなく馬鹿らしいことを考えながら私は秋山君のお母さんと会話を続けた。
息子の姿を見なくてもいいのだろうかと思ったが、打順が4番となった(もう何も言うまい)秋山君の出番が来たときは話しながらもしっかりと見ていた。これが母の力というやつか。
そんな風にして試合を見ながら少し話を続けていた中、秋山君のお母さんは茶化すようでありながらも少々真剣な顔をしてこんな話を振ってきた。
「ねえねえ。誠二ってどう? 我が息子ながら凄く良い子で将来有望な優良物件だと思うんだけど」
「あなたたちとっても仲がいいみたいだし!」
「あなたたちってお似合いだと思うんだけどな~どう?」
……これはかなり真剣に聞いている、と思った。
秋山君なら女子など選び放題だろうになぜ私?などと思うほど私は愚か者ではない。
もしここで私が下手に誤魔化したりしてしまったら大変失望されてしまうだろう。秋山君のお母さんはきっと私がその辺りのことがわかっていると確信した上で聞いているのだろうから。
そのことがわかっているのにもかかわらず、私に真剣に向かってきてくれる人に対して失望されても別に構わないと考えるほど私は恥知らずではないし、下手したらそれで一人の友人を失いかねない。
だから、私も真剣に答えねばならないと思った。
しかし、理央のお母さんと話しているときにも思ったのだが、この短時間で随分と高い評価を受けたものである。私はまだ高校1年生の女子ですよ?と内心少しだけ苦笑してはいるが、秋山君も高校1年生にしてはしっかりしすぎているから、彼女にとっては今更のことなのかもしれない。
……いや、それも誤魔化しか。今は余計なことを考えている場合ではない。
……多分、秋山君は私が付き合ってくれと言えばとても驚いた顔をしながらも了承してくれるだろうと思う。これは私ほどの美人で優秀な女性から告白されたら世の男子のほとんどが頷くだろうという自惚れからくるものだけではない。
彼を見ていれば、秋山君は私に恋をしているというほどではないだろうが、私に対して好印象を抱いていてくれているだろうということくらいわかる。
私も彼のことは尊敬しているし、友人たちの中でも彼に対してはとても好印象を抱いている。
だが……
「……こんなことを秋山君のお母さまに言うのはとても申し訳ないのですが、私と秋山君が恋人になることはおそらくできないと思います」
……それは私がまだ男性に恋をしたことがないという理由では決してない。
私が未だに男性に恋をしたことがない理由はもう予想がついているし、それを考慮するとおそらく彼と恋愛することはそう難しくないことだと思う。
1つの、とある致命的な理由さえなければ、だが。
「秋山君は本当に素晴らしい人だと思いますし、尊敬していますが、私と秋山君とではあまりにも進む道が違いすぎますから……」
そう。秋山君は野球への道、私は帝国大学へという道。
彼と私とではあまりにも進む道が違いすぎる。
彼はおそらく順当にいけば高校卒業後、プロ野球の世界に入るのだろう。
その場合、新人としてプロの世界で揉まれていく彼の隣に立つ女性には当然彼を支えることを求められるだろう。
あらゆることよりも優先して、自分の人生のすべてを彼に預けて、だ。
しかし、私にはその選択は不可能だ。
いつも言っているように私は自分が優秀であるということを捨てることは決してできないし、捨てるつもりもない。
私は高校卒業後、日本一の大学である帝国大学へと行く。これはもう決めていることだ。
つまり、高校卒業後、即座に彼に尽くす人生というものを選ぶことは決してできないのだ。
そして、私が日本一の大学に通いながら、秋山君がプロの世界で新人として揉まれながら、4年以上もの間交際を続けるというのはあまり現実的な話ではないと思う。
将来一緒になることを前提として付き合う必要は全くないのだが、近い未来に別れることを確信しているのに付き合うことはできない。
そういう付き合い方も、もしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも私はそういう付き合い方をすることはできない。
もしも私が大学を卒業するとき、私にも秋山君にも特定の相手がおらず、彼が既にある程度以上安定した成績を残すことができていて、私が仕事に就くより彼に尽くした方がよいと判断できるくらいになっており、なおかつ彼が私を覚えていて、更にわざわざ彼が私に連絡を取ってきた場合はそれからようやく付き合い始めることもあるかもしれない。
だが、そんなことが起こる可能性はほとんどないだろう。
そして私からプロの世界に入った彼に連絡するつもりはない。プロで活躍する彼の時間を、彼が望まない限りは私などに費やさせるつもりはないから。
仮に私がこれから秋山君に恋をしたとしても、自分のこのような理性を感情が上回ることは決してないと断言できる。
私は基本的に理屈で動く人間だ。
感情的に刹那的に生きることは決してできないし、そうするつもりもないのだ。
逆に言うとそういう感情的な人間には彼も興味を持たないのでは、とも思う。
そして、これらのことはおそらく秋山君にもわかっていることだと思う。
彼はとても頭のいい人だから。私などよりも、よほど。
だから、私と秋山君が恋愛をすることは、可能性が0とは言わないが、多分ないのだろうと思う。
「……そう。息子と同じことを言うのね」
「…………」
「本当に凄いわね、あなたたちは。子供と話しているとは思えないくらい」
「だからこそ私は惜しいなって思っちゃう。親ばかと思うかもしれないけど、息子と同じレベルで物事を考えられる女の子って今まで見たことがなかったから」
「きっと、あなたたちには私には見えないものが見えているんでしょうね。……詳しい説明がちょっと足りないのはあなたたちの欠点よ? ……ふふ」
「あの子は昔から出来が良すぎたのよね……誰からも理解してもらえないくらいに」
「…………」
「……恋人にはなれないかもしれないけど、これからもあの子のお友達としてよろしくお願いね」
「はい。……すみません。ありがとうございます」
いいのよ、と言い秋山君のお母さんは去っていった。
直後に理央と春香がコンビニから帰ってきた。
3人で練習試合の続きを、秋山君の姿を見学した後、カフェに行った。