25話 体育祭
楽しかった夏休みも終わり、2学期となった。
9月に入り、まず夏休み明けテストがあったのだが、それ以降は私たちにとっては特に何も起こらない平穏な日々であった。
特筆すべきイベントと言えば、私が参加したわけではないのだが、野球のアジア大会があったことだろうか。
それ以外にも何かしら大会があったのかもしれないのだが、私には野球部以外に知り合いがいないのでその辺りの情報について知らない、いや調べていないのだ。
我が暁光学園野球部からは、ショートの先輩とエースの先輩が選ばれ、U-18日本代表としてアジア大会を戦った。
私もそれをテレビにて観戦していたのだが、特にショートの先輩は代表でもレギュラーとして全試合に出場しており、大活躍だった。
彼は今後10月末のドラフト会議で指名されてプロ野球選手になるのだろうか。
ショートの先輩だけでなく、アジア大会のテレビ中継にてこれからの日本を背負う選手たちの雄姿を見ることができ、私はとても満足した気持ちになった。甲子園で見た選手もいたのでそういう選手には特に注目して観戦した。
このようにして私は9月を平穏に過ごし、10月を迎えた。
毎度のことながらこうして平穏な毎日を送れることには感謝しかない。
10月といえばまず体育祭だろう。
我が校において体育祭の練習というものは一切行われることはない。応援団などに所属する学生は違うのだろうが。
そのため、私たち一般の生徒はぶっつけ本番にて体育祭を迎えるのだ。
それもまた面白いと思うので私としては一向に構わない。
私の高い身体能力を活躍させるいい機会でもある。
怪我をしないよう注意しておく必要はあるが。
体育祭の華といえばやはりスポーツ特待生たちだろう。
その中でも特に全国有数の強豪である野球部、男子バスケ部、女子バレー部の諸君の活躍を目の当たりにすることは皆が期待していることだ。
野球部に関しては、野球は現在日本のスポーツで最も人気のあるものであり、そのため特に身体能力に自信のある男子諸君が集まるスポーツであるため、彼らの身体能力には特に期待がかかる。
あまりプレッシャーをかけるのは良くないのでは?と思うかもしれないが、甲子園でのそれに比べたらこんな学校の大会のそれなど彼らにとってはもはや一切プレッシャーにならないくらいだろう。
存分に楽しみながら高いパフォーマンスを披露してもらいたいものだ。
まずはリレーや綱引きなどクラス・学年対抗でさまざまな競技が繰り広げられた。
単なる競技だけでなく、合間にダンス部に所属する女子生徒たちによる創作ダンスや吹奏楽部の演奏もあり、とても華やかな体育祭となった。
クラス対抗リレーでは各クラスから男子5名、女子5名が選抜される。
クラスの女子の中で最も速く走ることのできる私も当然そのメンバーに入っていた。
アンカーは秋山君。これも言うまでもないことだろう。彼の身体能力は他のクラスメイトとは根本的にレベルが違う。
我がクラスは1年生の中ではかなりの上位で、いわゆる進学クラスの中ではトップだった。
皆で勝ち取る良い成果とは実にいいものだ。
クラス対抗リレーなのに全員ではないのか?と思ったかもしれないが、高校の体育祭では全員がこういった競技に出場するわけではないことも多いと思う。
私の前世で通っていた高校でもそうだった。全員に出場義務があったのは玉投げくらいだったか。
私は嫌がる人に強制することはあまり好きではないためそれで一向に構わない。むしろこちらの形式の方が好ましいとすら思うのだが、それは好みの問題なのだろうか。
中学生までならともかく、高校生にもなって強制でやらせる必要はないと思うのだが、どうなのだろうか?私は教育について勉強をしているわけではないのでそこまで何か言うことはできないのだが。
それはさておき、私は個人競技では一般女子1年生の徒競走に出場した。
先ほども言ったようにクラスの女子で私が一番足が速いためである。
私の雄姿を見るがいい。
そうして他のクラスの女子と競争し、1位を勝ち取った。
何度も言うように私は普通の女子の中では最高レベルで身体能力が高いのだ。
私はとても華奢であるため力には自信はないのだが、それ以外の能力が重要となる競技では十二分に活躍することができる。
私がクラスメイト達の待機するテントに戻った際、
「早紀ちゃん流石だね~」
「流石北条さん」
「いつものことながら身体能力まで高いからな北条さんは」
とクラスメイト達が私を褒めてくれた。
「……いつもより自慢げな顔をしている北条さん可愛い」
などという声も聞こえるが気にする必要はないだろう。私が可愛いのは事実であるし、1位を取ったために自慢げな顔をするのも当然であるためである。
そのため、私は普段はしないような渾身のどや顔にて彼を見つめた。すると彼はとても狼狽した姿を見せてくれた。
ふっ……他愛ない。
そして、2人3脚にも春香と組んで出場した。
語ってはいなかったが春香はクラスの女子の中では私の次に身体能力が高いのである。
私たちは抜群のチームワークを発揮して1位を取った。
これはいわゆるスポーツ特待生たちが次の種目への準備のために出場していなかったことが勝因の一つでもある。何度も言うが、私は自分の身体能力に自信があるとはいえ、いくら何でもスポーツ特待生たちに勝てるはずがない。身の程は弁えているつもりだ。
しかし、普通の女子たちの中とはいえ、私と春香がチームを組んで共にトップに立ったということが嬉しくないはずがない。それは春香も同じだろう。
そのため、
「やったね! 早紀ちゃん!!」
と言って春香はハイタッチを求めてきたため、私も
「ふふ。ありがとう、春香」
と言ってハイタッチをした。以前にも似たようなことを言ったが今の私たちの姿はまさに女子高生の青春そのものの姿と言えるだろう。春香と組んでいい成績を残すことができて実に満足である。
そして、我が校での体育祭において最も注目の集まる競技はやはりクラブ対抗リレーだろう。
全国トップクラスのスポーツマンたちがこぞってその身体能力を見せつける場である。盛り上がらないはずがないだろう。
クラブ対抗リレーは、学年ごとに行われる競技であるため、各部活動に所属する1年生にも当然活躍の場が与えられる。
野球部において1年生の注目株は、やはり我がクラスメイトにして唯一1年生でありながらレギュラーとして甲子園に出場、活躍を果たした天才秋山君と、レギュラーではなかったものの、1年生にして控えに入り、甲子園で代打として出場することに成功している今井君だろう。
甲子園で観戦していた時に、秋山君以外にも1年生がいることを知って驚いたものだ。
この2人は黄金世代などと呼ばれ逸材ぞろいと言われている今年の暁光学園野球部の1年生の中でも特に注目株として世間やメディアにも騒がれている選手だ。
私もこの2人が甲子園の後に特集を組まれているところをテレビにて視聴し、他人のことながら誇らしく思ったものだ。
私は知り合いも何人かいることだし、当然彼らを含めた野球部の諸君を応援するつもりである。他の運動系の部活動に誰か知り合いがいるわけでもないのだし。
部活動生たちが疾走する。
みんなとても速いな。高校1年生であんなに速く走れるとは。
特に野球部、陸上部、男子バスケ部の人たちは凄かった。普通に生活している人間では彼らには絶対にかなわないだろうと確信できるほど速かった。私が先ほど走ったトラックがとても短いものに変貌してしまったのではと錯覚してしまったほどである。
1位はこれら3つの部活動で争われていた。
……陸上部はわかるとしてそれに対抗できる野球部と男子バスケ部の人たちはいったいどうなっているのだろう。
野球部のアンカーは今井君だった。
秋山君からバトンを渡され、今井君が疾走する。
……今井君は信じられないくらい足が速いな。秋山君よりも、他のアンカーを任された生徒の誰よりも明らかに速いぞ。
というかその後に走った3年生の誰と比較しても今井君が一番足が速いように私には見えた。
まさに規格外の速さというやつだ。
「「「キャーーー!!!」」」
と、女子生徒からの黄色い悲鳴が響く。
今井君はハンサムでもあるのだ。規格外の能力に話題性、整った顔も備わっていれば女子からの人気は当然と言ったところだろう。
……しかし、こんな人間が世の中には居るのか。そしてこんな足の速い人でもレギュラーを獲れない世界とは。いや、足の速さは野球の能力の一部に過ぎないとはわかっているのだが、だとしてもこんな身体能力を見せられるとどうしても驚いてしまう。
今井君は当然のように1位でゴール。
拍手と歓声が場内に鳴り響く。
私も盛大な拍手で彼らの雄姿を称えた。
その後は2年生、3年生のクラブ対抗リレーが行われた。
先ほど言ったように今井君のような規格外の足の速さを持つ選手は居なかったのだが、それでも彼らの平均レベルは当然1年生のそれよりも高く、とても白熱したリレーとなっていた。
文化祭にてお世話になった3年生のショートの先輩は、やはりと言うべきかとても足が速かった。今井君の次に速いのは恐らく彼だったのではないだろうか?
やはり野球部にはそれだけいわゆるフィジカルエリートと呼ばれる人間が集まるのだろうな。
そのようにしてクラブ対抗リレーも終わり、体育祭も終わりが近づいてきた。
リレー選手として出場していた秋山君が私たちのいるテントに帰ってきた。
そのため、みんなが秋山君に対して
「リレーおめでとう!!」
「流石は秋山。凄かったな!!」
と言って口々に彼を褒め称えた。
それに秋山君は
「ありがとう」
とひとしきり返した後に私の隣にある自分の椅子に座った。
そのため、
「リレー、1位おめでとう。流石秋山君」
と言って私も当然秋山君をねぎらう。すると彼は
「今井のおかげだよ。今井は野球部の中でも一番足が速いから」
このように、あまり満足していないような感じで言ってきた。
秋山君が私に対してだけこのような感じであまり取り繕わずに接してくるのはいつものことである。普段から私たちはクラスにて仲良くしているからだろう。
それはさておき、確かに今井君の足が一番速いのはそうなのだが、リレーという競技は1人で行うものではない。
そんなこと彼にも当然わかっていることではあるのだろうが、それでも自分が足で今井君に負けていることが単純に許せないのだろうな。彼らしいことだ。
だが……
「今井君はとても速かったけど、秋山君も十分凄かったし、私には秋山君が2番目に速かったように見えたよ? ……とはいっても秋山君はそれだと満足しないのかもしれないけれど。でも、そうだとしても本当に凄かったよ」
そう。秋山君は今井君ほど足が速いわけではなかったものの、少なくとも1年生の中では2番目に速かった。いわゆる超高校級と呼ばれる選手たちが多く集まる暁光学園において学年2位の足の速さというのは十分すぎるほど凄いと思うのだが。
いくら彼自身がそれに満足していないとしても、凄いものは凄いのだ。本人が満足していないのに素直に称賛を受け取れとは言わないが、それでも私が彼を勝手に褒めることくらいは許してほしい。
「……そっか。ありがとう、北条さん」
そんな風に勝手に考えていた私の考えに反して秋山君は笑顔にて素直に私の称賛を受け入れてくれた。彼は本当に人間ができていると思う。
私たちの会話を聞いていた皆も口々に秋山君自身のことを称賛していた。これも彼の高い身体能力と人徳の成せるものだろう。
その後応援団の方々が演目をし、最後に、夏祭り以降も見かけるたびに私に声を掛けてくれる生徒会長さんが答辞を述べた。
話に聞くところによると、これが会長さんの生徒会長としての最後の仕事なのだそうだ。10月半ばには生徒会長選挙が行われるためだろう。
次は誰が生徒会長になるのだろうか。
私は知り合いでもある会長さんの最後の仕事姿を盛大な拍手を送りながら目に焼き付けた。
そうして体育祭も終わった。
実に盛り上がる体育祭であった。ここまで盛り上がる体育祭など初めて見たし、それに参加することができて本当に良かった。