23話 勉強会
文字数少し多めです。すみません。
「「おじゃましま~す!」」
と、理央と春香が元気な声で言いながら私の家に上がってきた。
「ふふ、いらっしゃい」
と、私は思わず笑顔になってしまうのを抑えきれずに一緒に私の家に入りながら返す。
そう。本日は私の家にて3人でお勉強会をするのだ。
これまでも理央の家で遊ぶことは何度かあったのだが、その理央に私の家にも行ってみたいと以前言われたのだ。
遊ぶのなら広い理央の家の方が都合がいいだろうということは理央も百も承知なのだろうが、興味本位で一度私の家を見てみたいということなのだろう。
特に断る理由もないし、むしろ理央と春香が来てくれることは私にとってとても喜ばしいことであるため、二つ返事にて了承した。
母の了承も、普段弟の友人たちが結構な頻度で遊びに来ていることを考えると簡単にもらえるということはわかっていることだし。
お勉強会の目的は、休み明け直後にある試験対策のため……という名目である。
名目?と思うかもしれないが、冷静に考えて勉強をしたいのならわざわざ集まってお勉強会などせずに自分一人でした方が集中できるに決まっているだろう。
特に私は試験対策なんて軽い確認だけでいいためほとんどやることがないのだし。
そのため、試験勉強のためのお勉強会というのはあくまで口実に過ぎず、ただ私の家で何かをしたいというのが主目的であるのは全員もうわかっていることなのである。
実際、夏休み明け直後に試験があるとはいっても、まだ夏休みが終わるまで2週間もある。
まだそこまで焦って勉強をしなければならない時期でもないだろう。
ならそんなお題目など必要ないのでは?と思った人は甘いぞ。私たちはお勉強会という楽しいシチュエーションを求めているのである。女子高生には付き物のお約束イベントの一つ、というやつだ
たとえ実際にはお勉強会の意味は特になく、私の家で状況を楽しむことが主目的だとみんなわかっていることだとしても、だ。
理央と春香をリビングに案内する。
リビングには私の母がいた。今日弟は野球の活動が休みのはずだったが、今は部屋にいるようだ。
「ただいま、お母さん」
「「おじゃまします」」
と、私たちは母に挨拶をした。
「おかえりなさい、早紀。それと、あなたたちがいつも早紀と仲良くしてくれているお友達ね。いらっしゃい。いつも早紀をありがとう」
と、母はニコニコしながら返した。母はとても嬉しそうにしている。私がここまで仲のいい友人を作ったのは初めてだからだろう。今までも友人は大勢いたのだが、家に招いたのは初めてのことであるし。
「いえいえ、私たちこそいつも早紀ちゃんと一緒に過ごせてとても楽しいです!」
「そうですよ。むしろいつもあたしたちが早紀ちゃんに着いて行ってお世話してもらっているくらいです」
などと理央と春香は返す。いつも2人からはこのように褒められてはいるのだが、母の前で言われるといつも以上にとても恥ずかしいな。普段より更に照れてしまう。
そのようにしてひとしきり母とやりとりをした後、私の部屋へと移動した。
部屋に着き、私の部屋の飾りつけがシンプルでおしゃれだと2人からひとしきり褒められたあと、3人で早速お勉強会を開始した。
おそらくみんなが聞きたいと思っているであろう私の勉強法についてだが……
期待させておきながらこんなことを言ってしまうのは私も心苦しいのだが、万人に向けたそう都合よく成績を伸ばすことのできる勉強法など存在しない、と言わざるを得ないだろう。
努力の末に生まれた自分なりの勉強法、というものはあるにはあるし、中にはそれを有用に活用できる人もいるのだろう。私ももし私なりの勉強法がその人の役に立つのであればその人に余すところなく存分に教えたいと思う。
だが、それが他の人みんなにも有用なものなのかと言われると否だろうと答えざるを得ないのだ。
よくそれらしい勉強法の話は聞くが、それは貴方の話であって他の人の学力がそれで向上するとは限らないだろう?と思うのだ。いや、あくまでそういうのは参考程度にすべきとはみんなわかっていることだろうし、そう思う事自体私の意見に過ぎないだろうと言われると何も反論できないが。
とはいえ、もし万人に向けた勉強法などというものがあるのなら、塾や予備校の講師などは商売が成立しなくなるだろうし、世に多く蔓延る勉強法の本、というものもすべて消滅してしまうだろう。
それどころか、もし万人向けの勉強法を生み出すことができたら、それは過去類を見ない発明となってノーベル賞など容易く取得できるのでは、と思う。
私を含めた、いわゆる知識人の価値が著しく減少してしまうのでは、とも思う。いや、その中でも競争は更に行われるだろうから結局は変わらないのかもしれないが。
いや、それどころか、技術の進歩はより加速するだろうし、更には新しい技術が生まれるたびにその勉強法で習得すればいいだけなので、勉強法の発明後に数十年の時間が与えられるだけで人類は飛躍的に進歩どころかもう到達点に達してしまうかもしれないのではないか、とも思うのだ。これは流石に言いすぎなのかもしれないが。
……つまり、結局何が言いたいのかというと、万人向けの簡単に成績を伸ばすことのできる勉強法などそれほどありえないものなのだということだ。妄言、妄想の類と断言してしまっていいだろう。いや、未来に何が起こるかはわからないものなので、ひょっとしたら将来そういうものも開発されるのかもしれないが、少なくとも今はそんな都合のいいものは存在しない。
とはいえ何もなしでは少しあれなので、あえてアドバイスを送るとすると、勉強法、とは決して言えないのだが、暗記作業と復習作業から逃げるな、ということが挙げられるだろうか。
勉強法うんぬんも結局はこれらの時間をかけた反復記憶作業からどうにかして逃げたいと言う望みから生まれる、求められるものなのではないだろうか、と思う。
勉強法を教える方も求める方も本当はわかっているのだ。結局はつらい反復作業しかないのだと。
重ねて言うがそれはとてもつらく大変なことだ。逃げたい気持ちは非常によくわかる。実際私は他の人よりも受験勉強に苦労してきたという自負はあるし、それがどれだけつらいかはわかっているつもりだ。
それに、才能の差がないとは言わない。
どれだけつらい作業を繰り返しても人によって限界はあると思う。どれだけ頑張っても帝国大学どころか中堅どころの大学にも入れない人間もいるだろう。
逆に、私のかつての友人の中には簡単な教材であれば一度見ただけで完全に理解してしまい、もう読み返さなくても大丈夫というびっくり人間のような人物もいた。
だが、もしそれを理由に努力を一切しないと言うのであれば、そもそも私の今までの話を軽く流し、ここまでちゃんと聞いてはいなかったのではないだろうか?
才能が足りないことなどもうわかっていて、それでもどうしても諦められないからこんなどうしようもない話を聞くのではないか?と思うのだ。
新しい問題ばかり解いてはいないだろうか?既に解けるような問題ばかり解いてはいないだろうか?単語や文法などは文章を読むのに必要ないなどの言い訳をしてはいないだろうか?復習はきちんと十分に繰り返しただろうか?
……とてもつらく、苦しいことなのだとはわかっている。だが、勉強とはきっとそれらの苦しい思いとの闘いでもあるのだろう。
しばらく3人で勉強をしたところ、時間も少し経ったのでお茶でもしようと私が提案してリビングに戻った。
リビングには母と、先ほどは姿が見えなかった弟の勇人がいた。
「もしかして君があの早紀ちゃんの弟さん!?」
理央がなぜか少し興奮した様子でそう弟に話しかけた。
「あ、はい。勇人と言います。初めまして。いつも姉がお世話になっています」
と、弟はこんな反応既に慣れているのだと言わんばかりの様子で普通に応対した。
すると、
「へえ~早紀ちゃんと秋山君から聞いてはいたけど話通りにかっこいいね。流石早紀ちゃんの弟」
と、春香が言った。それに対し、
「姉ちゃんそんなに学校で俺の話してるの? しかも誠二さんまで。別にいいけど」
と、弟は何でもないかのように返す。
妙にこなれた感じを出すな、この弟は。いや、実際弟のコミュニケーション能力がとても高いということはもうわかっているのだが。
とはいえ少しは健太君のような可愛らしい反応を返してもいいのではないかと思うのだが。これでは私よりも勇人の方がしっかりしているみたいではないか。
私が母とともにお茶とお菓子の準備をしている間、理央たちは弟との会話を続けていた。
「ねえ、早紀ちゃんって家ではどんな感じなの?」
と理央が聞く。
「ん~そうですね。姉ちゃんはいつも勉強とかはすぐに済ませて、その後かなりぼ~っとして暇そうにしていることが多いと思います。あとは本を読んだりしていることが多いですね。図書館にもよく行っています」
……かなり失礼なことを言われている気がするが気のせいだろうか。それに、ただ暇そうにしているのではないぞ。私はのんびりすることもとても好きなのである。好きでくつろいでいるのだ。断じて暇を持て余しているのではない。
本を読むのは私の趣味の一つだ。
……重ねて言うが私はそこまで暇なのではないぞ。趣味に興じて楽しんでいる時間を暇な時間とは言わないだろう?
「そうなんだ? 早紀ちゃんって全体的に凄い能力してるからそれだけいつも努力しているんだと思ってた」
と春香が聞く。
「そうですね……よく聞かれるんですけど、姉ちゃんが何かに時間をかけて努力をしている姿を俺は見たことがありません。新しいこともいつもすぐ出来るようになります。ちょっとむかつきますけど流石にもう慣れましたし、姉ちゃんは多分そういう人間なんだろうなって思います。それでもたまに少しイラっとしますけど」
……そこまで全く努力をしていないというわけではないぞ。ただ、今まで持っていた中学校までの教材では碌に勉強にならないから、学習はこれまで基本的に図書館の教材を使い、趣味の読書と並行して図書館にて行っていたため、努力の姿が勇人たちには見えなかったというだけだ。確かにそれでも勉強時間は他の人より少ないとは思うが、それは転生ありきのもので、何度も言うが元々の私の才能はそこまでではない。
それ以外のことについてもそうだ。私は元々器用で何でもできるとは言っても、苦労せずすぐに何でもできるようになるのはあくまで転生による経験ありきのものなのである。
才能でいうなら勇人の野球の才能の方がよほどおかしいと思う。勇人は秋山君と同じく世代トップと言われるほどの才能を持っており、私と違って勇人のそれは転生に依らない生来のものなのだから。
と、思いながらも準備ができたためお茶とお菓子を出す。
「へえ~わかっていたことだけど、早紀ちゃんって本当に凄いんだね~ それに、弟君と早紀ちゃんって凄い仲いいんだね!」
と、理央は言う。
「……?? どうして今までの話でそう思うのかしら? 勇人は私のことをそこまで良く言ってなかったような気がするのだけれど」
と、いつものように弟をジト目で軽く睨みながら当然の疑問を私は口にする。
……弟は笑っていた。
すると春香が理央に代わって、
「いやいや、こういう風に楽しげにお姉ちゃんの自慢をしながらも憎まれ口を言えるって時点で凄い仲がいいんだって。しかも今の早紀ちゃんと弟君のやり取りなんてもう完全に仲が良い姉弟そのものだし」
と説明した。そういうものなのだろうか?
ついでに理央もその後、
「だよね~ 早紀ちゃんもいつも弟君は凄いって言ってるし、たとえ事実だとしてもお互いをそんな風に言える姉弟なんてそうそういないんだよ?」
と言ってきた。
これには流石の弟も少し恥ずかしそうにしていた。
そして、母はそんな私たちのやりとりをとても楽しそうにしながら見ていた。
その後、5人で話しながらお茶をし、再び私の部屋にて少々勉強をした後、2人は帰宅した。
5人での会話の際、母と弟含めみんなが私に対していつもよりなぜか少し悪戯っぽく笑っていた気がしたのは気のせいだっただろうか。