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22話 ただのファン

 甲子園。



 それは多くの球児たちの憧れの地であり、猛者たちの戦いの場であり、100年以上もの間、高校球児たちの間でドラマなどという一言では到底片づけられない色々な出来事が生まれていった場所である。






 本日私はその甲子園において一人の観戦者、そして応援者として観客席に座っている。





 これまでそうと言ってはいなかったが、我が暁光学園の野球部は見事地区大会で優勝して甲子園への切符を手に入れた。



 一言で簡単に優勝したなどと言ってはいるが、全国でも屈指の激戦区と言われる我が県で優勝したのは本当に凄いことだと思う。実際、日本最強の評判をほしいままにしている我が校でも夏の甲子園に出ることの敵わない年があることは珍しいことではない。


 我が校は日本一の強豪校であるがゆえに他校から最もライバル視され、研究される高校である。

 野球という、シーズン通しての戦いならともかく、1戦においては運の要素がそれなりに存在すると言われているスポーツで、対策された上でトーナメントにて安定した結果を出すのは非常に難しいことだろうとは経験者でない私でもわかる。


 それでも勝って甲子園に進出するなんて、同じ学校に通っている学生として実に誇らしいことだ。

 私などに誇らしく思われても嬉しくもなんともないだろうが、勝手にただそう思っているだけで、何か言ったり必要以上に騒いだりなどは絶対にしないから許してほしい。





 そのため、私は今日彼らを応援するために甲子園を訪れたのだ。




 甲子園において、我が校では吹奏楽部やチアリーディング部などを除いた一般生徒の応援参加は強制ではないのだが、自主的に非常に多くの生徒が応援に赴く。



 それは当然だろうと私は思う。


 まず、我が校から甲子園には電車で割と簡単に行くことができる。そこまで近いわけではないのだが、遠さを理由に行くことを嫌がるような距離ではないだろうと思う。


 また、野球部の部員たちは文化祭の様子でもわかるように学校でもスター扱いをされている。ドラフト候補に挙がるような生徒ならばなおさらだ。学校のスターを応援したいと考えるのは自然なことだろう。

 

 これまで我が校からプロに行く選手が大勢いたことがその要因の一つでもあるだろう。私を含め実にミーハーなことだが、ミーハーを引き付けてこそのカリスマだとも勝手ながら思う。カリスマ性が野球選手に必要だとは一概には言えないとは思うのだが、カリスマ性があるに越したことはないだろう。


 部員に知り合いがいるのであればなおさら応援に行きたい気持ちになるだろう。普段身近に接している友人があの有名な大舞台に出るのだ。仮に野球にあまり興味がなかったとしても、知り合いが出るのであれば現地にて応援したいという生徒も大勢いるだろう。


 あとは単純に野球が好きという生徒、応援で一体感を味わいたい生徒、イベントとして楽しむ生徒など色々いるだろう。



 これら多くの理由で私たち一般の学生も自主的に応援に行くことが多いのだ。

 3年生は受験があるために応援に来る生徒の数は比較的少ないようではあるが。



 そのため、観客席には多くの我が校の一般学生の姿、チアの人たち、吹奏楽部、応援団、保護者の方々などの姿があった。





 応援で選手の能力が向上するはずないことなどわかっている。それで彼らの能力が上がるのならば話はもっと簡単だろう。

 それでも、たとえほんの少しの気休めだろうとも、選手を少しでも鼓舞できるならそれはとても嬉しいことだから。

 だからわざわざ甲子園に来てまで多くの人間が応援に力を入れるのだ。








「「「お願いします!!!」」」



 両校の選手たちが集まって元気な声で挨拶をした。

 これから試合が始まるのだ。私まで緊張でドキドキしてきた。




 暁光学園は後攻のようで、見知った高校名の入ったユニフォームを着た球児たちが守備練習に入った。


 挨拶の時は遠いため居るかどうかわからなかったのだが、なんとライトの位置に級友の秋山君の姿が見えた。

 そういえば掲示板があったな。それを見れば誰がスタメンかなど簡単にわかるにも関わらず完全に忘れていた。自分のことではないのに少し緊張しすぎだろうか。



 それはさておき、秋山君は控えに入ることならあるかもしれないと思っていたのだが、まさかもうスタメンに入っているとは。流石というか何というか。


 以前、弟とともに中学の代表試合に出ていた際に彼はショートを守っていたように記憶していたのだが、流石に日本最強の強豪校にて1年生でショートを守るのはいくらなんでも難しいということだろうな。そもそも試合に出ているだけでも凄まじいことだが。


 普段クラスメイトとして、そして友人として仲良くしている私もとても誇らしい気持ちになる。

 弟の時も思ったのだが、自分が試合に出るわけではないのにこんな気持ちになるとは。本当に野球観戦とはいいものだ。


 テレビで見るのもとても面白いのだが、現地にて知り合いの姿を観戦するのは上手く説明することの出来ない特別な面白さがあるのである。






「1回戦第2試合。暁光学園対宮崎島高校の試合、間もなく開始でございます」


 ウグイス嬢の声が響き渡る。


「ピッチャー、村田君、キャッチャー……」


 と、選手の名前を呼んでいく。最後に、


「ライト、秋山君」


 と、秋山君の名を呼んで選手紹介が終わり、その後審判の名前を呼び、対戦相手の1番バッターの名前を呼んでウグイス嬢の声が終わった。


 サイレンの音が鳴り響き、エースの村田さんが投球した。試合開始の合図だ。




 何度も言うように自分のことでは決してないというのに、私はとてもドキドキハラハラしながら試合を観戦した。





 我が校の誇るエースピッチャーの村田さんは先頭打者にはヒットを打たれて出塁されたものの、その後の相手選手をしっかりと抑えて攻撃に移った。



 我が校の攻撃はしっかりとチャンスをモノにして1回にして2点を獲得し、その後7番バッターの先輩が打ち取られて次の回へと移った。


 文化祭にてお世話になった先輩は、以前から有名なため知っていたことではあるが、3番ショートであった。つまり、彼からは秋山君であってもポジションを奪えなかったということだ。

 先輩はこの回に得点に貢献するヒットを放っていたため、私も大きな声を上げたりはしないものの、小さな声で、


「おお~」


 と声を出し、盛大な拍手を送って祝福した。



 次の攻撃の回は8番バッターである秋山君の打席からか。

 野球は3割打てれば上出来とされるスポーツ。つまり、打てないことの方が圧倒的に多いということなのだろうが、それでもどうしても期待してしまうな。






 そう。私はもはや完全に1野球ファン、いや、1暁光学園野球部ファンとなって(にわか以前の問題程度の知識量だが)観戦していた。


 ここまで野球観戦にのめり込むなんて自分でも驚きである。

 今の私の姿は傍から見ると、どう見ても非常に楽しんで熱心に観戦するただのファンにしか思えなかったことだろう。普段の大人しいクール系美少女というイメージはどこへやら、という感じである。

 ……もうそんなイメージなどとっくの昔に無くなっているだって?

 あくまで今まで語ってきたのは何か語るような出来事があったときがほとんどなのであって、普段は私はとても大人しい人間なのである。

 それに、イメージが崩れているのが事実だったとしても、世の中にはたとえ真実であろうと言ってはならないことというものがあるのだぞ。



 それはさておき、私はもはや周りのことなど一切目に入れることなく試合に集中して観戦をしていた。






 2回表も我が校の野球部たちはしっかり守り抜き、秋山君の打席となった。


 秋山君の打撃は大きな当たりであったのだが、場所が悪く、相手の外野の選手に取られてしまった。


 私はおもわず小声にて


「ああ~」


 と言ってしまった。


 小声だったため誰にも聞かれてはいなかっただろうが、このようにいちいち一喜一憂する姿を知り合いに見られたらとても驚かれたことだっただろう。





 試合は続く。






 1回裏で2得点があったものの、その後は両チームともに堅守を見せて無得点にて0-2のまま9回表を迎えた。

 この回を抑えることができれば我が校の勝利である。



 ここまで投げぬいてきたエースの村田さんにも流石に疲労が見える。

 2アウト2、3塁で相手のバッターは1番。得点こそ出来てはいないものの、相手チームでこれまで最もヒットを打ってきている打者である。

 長打で同点。しかもここで打たれて得点されてしまうとその後に流れを取られて逆転されてしまう恐れすらある。



 私はもはや瞬きすら忘れて観戦していた。



 村田さんが投球し、相手バッターがバットを振る。



 相手バッターの打った球はショートへのゴロとなった。

 ショートの先輩が見事捕球して一塁に送球。アウトを取って試合が終了した。



 私は思わず立ち上がって


「おお~!!」


 と少しだけ大きな声を上げて拍手喝采した。


 さっきからずっとこんな感じで感嘆などの感情を表現するだけの声しか出していないのだが、それだけ私が熱中して観戦していたということだ。





 実にいい試合だった。両チームともいい守備をしていて、とても上手かった。私は経験者ではないので技術についての知識はないのだが、それでも彼らはとても上手く、一生懸命などという言葉では表せないほど練習してきたのだろうということは想像できた試合だった。




 エースの村田先輩とショートの先輩は試合を通して大活躍だった。


 秋山君は打点こそ稼げなかったが、1本の長打と1度の四球を勝ち取っていた。1年生の初甲子園の初試合で結果を残したのは本当に凄まじいことだと思う。

 これから彼は怪物高校生として特集を組まれたりするのだろうか。実に誇らしいことである。



 暁光学園野球部員たちは、相手チームの選手たちと握手などを交わした後、我が校の校歌を斉唱し、そして私たちのいる応援席に挨拶をした。私はこれ以上ないほどの拍手を送った。





 私はとても嬉しい気持ちとなりながら電車にて帰宅した。

 これからも甲子園での試合は続く。私はこれから暁光学園の全試合を観戦する心づもりだ。


 先ほども言ったように私はもう完全に彼らのファンとなっていたのだ。









 その後、暁光学園は2回戦を勝利して3回戦まで勝ち進んだが、そこで彼らは敗北してしまった。




 とても悲しい気持ちになったが、私などよりも彼らのほうがよほど悲しいだろう。悔しいだろう。あの時もっとああすれば……とかも思っているかもしれない。

 だが、日本最強の強豪校で、勝って当たり前というプレッシャーと、他校からの厳しいマークの中ここまで勝ち進んできたことは本当に凄いことなのは間違いない。




 もしかしたら彼らはそんなことに意味はない、優勝しなければ何の意味もない、と思うかもしれない。

 それに対し、私はそれまでの努力や過程が大事だのなんだのと知ったような口でふざけたことを抜かすつもりはない。

 本気で努力をしてきた人間に対して外の人間がそんなことを言うのは侮辱でしかないと私は知っているから。


 彼らの仲間として一緒に努力をしてきたわけではない私には何も言うことは出来ない。

 ただ、心の中で彼らを称賛することだけは許してほしい。それほど彼らの姿は私には光り輝いて見えたのだ。




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