19話 三者面談
7月を迎えた。
7月は1学期最後の月であり、私たちにとって多くの重要なイベントがある。
まずは期末試験。7月の最初にあり、これまでの高校生活で学習してきた内容の総合理解度を問われる試験だ。
毎度のことながら私が1位を取ることは容易いのだが、だからと言って油断しすぎることのないよう、いつもの通り万全を期して臨みたいところだ。
その結果も踏まえた三者面談も夏休みが始まるまでの間に行われる。
私は先生からの評価も完璧であること間違いなしなので、これも問題ないだろう。むしろ、褒められすぎることの心配をした方がいいかもしれないな。
部活動の大会もこの期間に始まるものが多いだろう。
クラスメイトの秋山君が所属する野球部が参加する地区大会も、7月初旬に始まる。
いわゆる夏の甲子園への予選というやつだ。
文化祭にてお世話になった先輩が中心となって猛者たちと約一か月の間戦っていくのだろう。
流石に1年生の秋山君がレギュラーとして出ることは難しいだろうと思うが、控えに入ることならもしかしたらできるかもしれない。日本最強の強豪校なのでそれも難しいとは思うのだが、普段から仲良くしている友人があの大舞台に出たとしたらとても誇らしい。
これまでの練習の成果を出す機会。平日に行われる試合がほとんどのため直接応援に行くことも難しいし、頑張ってなどと軽々しく口に出すのも失礼かもしれないが、学校にて心から応援している。
更に、7月と言えば夏祭りが始まる時期。
浴衣姿で友人たちとキャッキャしながらお祭りに興じるのは非常に楽しみである。私は本当に似合うのは選ばれた人のみと言われる浴衣すら完璧に着こなして見せよう。
浴衣美人……実にいい響きである。
そして、7月後半には夏休みが始まる。9月までの間一か月以上の休みが与えられるのだ。
私も華の女子高生。夏休みに何をしようかと胸を躍らせるのは当然だろう。
などなど、7月とは実にいろいろなことがある一か月であるためとても楽しみである。
期末試験を終え、成績開示があった。私は当然主席だった。
前にも言ったが卒業まで2位の彼に主席の座を譲るつもりはない。理央も変わらず3位だったようだ。
野球部諸君も順調に勝ち進んでいるとのことだ。秋山君に出る機会があったかなどの詳しい内容はわからないのだが、実に嬉しいことだ。
文化祭でお世話になったあの先輩もきっと活躍しているのだろうな。
そして、これから三者面談が行われる。
放課後に母と合流し、担任の山田先生と、これまでの、これからの話をするのだ。
私の前の生徒が面談をしている間、私は母と会話をしていた。母は随分とそわそわしている様子だ。
高校生となった娘との初の三者面談。特に問題など起こらないことなど母もわかっているのだろうが、それでもどうしてもそわそわしてしまうのだろう。
「ねえ、早紀。これからどんなお話をするんだろうね?」
「ん……無難に成績の話とか学校での話とかじゃないかな。そんなにそわそわしなくても大丈夫だと思うよ」
「いやいや、早紀ってかなり抜けてるところあるから何か言われるかもしれないわ。ああどうしよう」
「……もう。お母さんったら」
自分の娘がここまでずば抜けて優秀だったら普通はもっと安心して構えるものではないのかと思うのだが、どんなに優秀とわかっていてもやはり娘とは心配になってしまうものなのだろうな。
私も子供ができたら同じようになるのかもしれない。私が親ばかとなるだろうことは容易に想像できるし。
このようにして会話していたところ、前の生徒の面談が終わり、私たちの番となった。
彼らと軽く会釈をした後、面談する部屋に入った。
すると、まずは担任の山田先生が、
「初めまして。北条さんの担任の山田と申します。本日はお忙しい中面談に来ていただき、ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします。」
と、挨拶をした。これに対して母と私はそれぞれ
「初めまして。早紀の母です。こちらこそ、いつも早紀をありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
と山田先生に挨拶をし、席に着いた。これから何を話すのだろうか。
「まずはこちらが早紀さんの試験の成績、こちらが通知表となります。お受け取りください」
「ありがとうございます」
と言って母が受け取る。試験の成績はもうわかっているのだが、通知表の方の成績はまだ私も知らないため、どんな評価を受けているのか少し気になる。
通知表を見たところ、すべての科目において最高評価の5をもらっていた。
私は試験でどの科目でも高得点を取っており、授業態度も良く、身体能力も高く、家庭や美術なども器用にこなすことができるため当然と言ったところか。
そしてこちらは分かっていたことだが、試験の成績は当然1位である。
……自分のことながら凄まじいな。
こんな人間が担当の生徒としていたらそれはそれで大変なのではないだろうか。私は教師となったことはないのでわからないのだが、どう指導するか頭を悩ませる種になりそうな気もする。
母がひとしきり資料を見たことを確認してから山田先生は会話を再開した。
「見ての通り、早紀さんは試験の成績も評定も完璧で、授業態度も生活態度も良好な本当に素晴らしい生徒です」
「クラスメイトからの評判も良く、性格の良い優しい生徒で、本当に何も言うことがありません」
「私もここでの教師生活は長いですが、ここまでの生徒は初めて見ました」
……前にも同じことを言ったがそれは転生のせいだ。私自身は、私は凡人ではないとは思うが、私の元々の才能はそこまでのものではないと知っている。
確かに現時点の能力では、私のそれは過去類を見ないほどであろうとは思う。山田先生は私が現時点でそこまでの学力を持っているとは知らないだろうが、既に帝国大学の医学部すら合格出来る学力を私は持っているのだから。
流石に現時点でそんな能力を持った人間はこの学校には過去探しても居なかっただろうと思う。
少なくとも私の前世における世代トップの学力を持った人間も高校1年の夏の時点で流石にそこまでではなかったという話を聞いたから。
確かにこのまま能力を伸ばし続ければ私は日本一の学力を持った人間として帝国大学に入学することも可能かもしれないが、私はもうそこまで本気で勉強をするつもりはない。
以前にも言ったが私は研究者になるつもりはない。いや、正確にはなれないと言った方が正しいだろう。私は彼らのような学問への興味を持つことも、研究に生活のすべてを捧げるほどの熱意を持つこともできないのだから。そのため、これから学力を伸ばしていく必要はない。
だから、これからはあくまで学力が落ちないようにする勉強しかするつもりはない。
恐らく3年生となったら、この学校で首席でなくなることこそないだろうが、日本トップの学生たちには敵わなくなるだろう。
それに、私は特化した能力を持っているわけではない。具体的に言うと、数学オリンピックなどに出る生徒にその科目で勝つことはできない。
あくまで私の能力は受験に向けたものなのだ。
……近い将来周りをがっかりさせてしまうことになるかもしれないが、許してほしい。父に言われる前から決めていたことだが、私は私の望む道を行く。私の人生は私のものなのだから。
話は続く。
「先ほども言いましたが、早紀さんは非常に優秀で、何でもできて、優しい娘で、周りからの人気もとてもあって、まさに理想的な学生です」
「こんな凄い子の担任となれて教師冥利に尽きる思いですが、正直私には荷が重いと感じることがあるほどです」
「私からはアドバイスどころか、むしろどうやったらこんな娘が育つのかお母さまに逆にお聞きしたいくらいですね」
と、山田先生は苦笑しながら言った。
……転生あってのことだ。聞いてもしょうがないことだと私は知っている。
何度も言うように、私は秋山君や弟、前世の友人たちと違ってそこまでの才能は持っていないし、周りの高校生たちと比較して物わかりが良すぎるのも転生したことによる精神年齢の差異あってのものだ。
「ふふ、ありがとうございます。そうですね……私も実は早紀に何も教えることなんて出来ていないんですよね。この娘は自分一人で何でもできるようになっていって、私が何か言えるようなレベルをあっという間に超えていったので……」
「なので私に出来ることといったら、何も言わずにただ応援することだけですね。ちょっと抜けている部分もあるのでそこだけは心配ですが」
と、母は語った。
……父も同じようなことを言っていた。私は本当に両親から愛されているなと思う。
娘を信じてすべてを自分で決めることを許容するなんてそう簡単にできないことだろうと思うから。
その後、軽く話をし、三者面談はすぐに終わった。本当に何も言うことはないからこのまま頑張ってほしい、と。
部屋を出て次の人たちに会釈した後、母とともに私は帰路に就いた。
「山田先生は本当にいい先生だったわね。あんなに正直に言ってくれる先生なんてそうそういないのよ?」
「そうだね。私もそう思う」
「早紀の担任の先生が山田先生みたいな方でよかった。早紀ってたまによくわからないこと言ったりするから心配だったのよ。説明も下手だし」
「……もう」
……そこまで私は天然なのだろうか。
私自身は自分が天然だとは思っていない。
だが、周りに天然だと言われ続けて、からかわれ続けているため、認めたくないことではあるが多分そうなのだろうな、とは思っている。
しかし、そんなに心配するほどではないと思うのだが。
何もないところで転んだりなどしないし、問題を起こしたことなど一度もない。
よく創作物で見かけるように料理が致命的に下手とかでもない。何度も言うように私は基本的に何でも人並み以上にできる。コミュニケーション能力にも特に問題はないと思う。私はどこに行こうといつも人気者なのだし。
……やはり母とはどこまで行っても娘が心配だということなのだろう。きっとそうなのだ。
などと考えて母と会話しながら、家へと到着した。私はこれからも周りに恵まれていることを自覚しながら私の望む道を歩んでいきたいところだ。