17話 お泊り会
今、私の気分は非常に高揚している。
どれ程かというと、初めての女子デートの時のそれすら超えるほどである。
今日は女の子同士でのお泊り会の日なのだ。
メンバーは私と理央と春香のいつもの3人である。
私たちもすっかり仲良くなったものだ。
女子同士のお泊り会など初めてであり、まさか私にそんな機会が訪れるとは思っていなかったため、非常に興奮している。
前世において、大学生となってからは稀に友人の家に泊まったり自分の家に泊めたりすることはあったのだが、男子大学生のそれと女子高生のそれは全く異なったものだろう。
前世の私のそれは実に淡泊なものだった。
基本的に飲み会などの後に終電を逃した際に行われたのだが、みんな酔っているため大した話もしないし、本当にただ泊まるのみという感じであったのだ。
せいぜいそれぞれの彼女の話をするくらいだっただろうか。
別にそれが悪かったというわけでは決してないし、それもまた懐かしい思い出の一つであるのだが、ただ寝ることが目的ということならば流石に今日のお泊り会は企画されなかっただろうと思う。
終電を逃したから泊まる場所が欲しくて泊まりに行くというわけではないのだから。
それはさておき、女子同士のお泊り会なんて一体何をするのだろうか。
まさか以前の少年たちのようにゲーム遊びに興じるわけではないだろうし。いや、私はそれでも十分に楽しいので構わないのだが……
などとわくわくしながら手土産をもって出発する。
少し前に、母にこの日3人でお泊り会をするのだと伝えたら非常に驚かれた。
母も私がまさかこんなに早くそこまで仲の良い友人を作るとは思っていなかったのだろう。事実、中学生の時はお泊り会など一度もしたことがなかったことだし。
弟はたまに田中君たちを我が家に泊めたり自分が泊まりに行ったりしているが、私は弟ほど活発な人間ではないのだ。
更に、学校でも秋山君に、
「なんか今日の北条さんやけに楽しそうにしてない?」
などと聞かれた。
……そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。
「……今日の放課後、春香と一緒に理央の家に泊まりに行くから楽しみにしていたのだけれど、そんなにわかりやすいかしら」
と言うと、とても驚いた顔をされた。そんなに私が泊まりに行くのがおかしいのだろうか。
「いつもは表情の変化薄いのに今日はなんか楽しそうにしていたから。それに、前も思ったけど北条さんって結構そういうの楽しそうにするよね? 意外」
と言われた。
ああ、そういうことか。
秋山君はかつての私のように、高い目標を定め、それ以外をほとんど捨てていると言っていい生活を送っている人間であり、きっと彼は私もそのような生活を送っているためこの手のイベントにあまり興味を持っていないと思っていたのだろう。
彼の目標はかつての私のそれよりも遥かに高く険しいものであるだろうからその点では大きく異なるが。
秋山君は普段から私に親近感を持って話しかけてくれているように思う。私もそうだ。少し言い方は悪いかもしれないが、彼と私は分野は違えどクラスで唯一近いレベルで会話をしている関係、とも言えるだろう。彼と違って私のそれは転生ありきであるのだが。
そして、いつも会話していて思うのだが、彼と私の意見は基本的に同じようなものであることが多い。だから、秋山君は私のことを多分このように考えているのだろうというのは私の勘違いではない、と思う。
私は秋山君ほど才能豊かで賢い人間ではないが、実際、彼と私は割と近い考え方をしていると思うし。
「昔は私もこういうのにはあまり興味なかったのだけれど、思っていたよりも楽しいよ。私なんかよりも凄く忙しいと思うけど、たまになら秋山君もしてみてもいいかもしれないと思う」
と答えた。
先ほども言ったように秋山君は私などよりも遥かに賢い人間である。
だから私がこんなことを言っても、彼は私の言葉の意図をしっかりと考えて、
「そうなんだ。君は本当に凄いね」
と穏やかな顔をして言ってきた。
この短い言葉に一体どれだけの意味が込められているのだろうか。
私はそんなことない、と答え、私たちは互いに授業の準備に戻った。
本日のお泊り会は理央の家にて行われる。両親の許可は得ているとのことだ。
集合場所は理央の家の最寄駅だ。
理央がそこまで私を迎えに来てくれた。
「早紀ちゃーん! こっちこっち!」
と元気よく声を出し、手を振ってくる。理央も今日のお泊り会を本当に楽しみにしているのだと伝わってくる。こんな風にされると私までより楽しい気持ちになってくる。
「ふふっ。もう、理央ったら……」
と言いながら理央と合流する。
春香は少々遅れるとのことだ。
理央に連れられて歩く。
ん? この区画は確かお金持ちの方々が住む、いわゆる高級住宅街ではなかったか?
それを示すように、今の私の視界には非常に大きな家が複数見えていた。
そして、すぐに理央の家に到着した。
やはりと言うべきか、非常に大きな家だった。
理央はやはりお金持ちの家のお嬢様だったか。
やはり?と思ったかもしれないが、理央には以前からそのような傾向があったのだ。
まず、理央は基本的には以前のショッピングモールにあったような流行りに合わせた服を着ていることが多いが、たまに、やけに高そうな服を着ていることがある。
前世では私は服に興味など無かったのだが、今時の女子となった私ならたまに理央の着る服が高いものであるということがわかるのだ。
次に、理央は基本的にあまりお金のことを気にしない。そして、何かと奢ってくれようとしてくる。
私は前世においても結構いい家で育った人たちと関わる機会が多かった。そして彼らもお金に割と無頓着であることが多かった。
別に彼らが高級なものしか買わないというわけではない。
彼らも普通にコンビニに行っておにぎりなどを購入したりするのだ。だが、その際の買い物の仕方が少し庶民的な高校生のものではなかった。
所詮高校生の間食にもかかわらず、おにぎりとお肉とデザートと飲み物を1つずつ買い、さらには私の分まで奢ってくれようとしたりするのだ。
流石にそれは悪いので断るのだが、普通の家庭に住む高校生はそんなお金の使い方はしないのではないか、と思う。
理央も男女間の差はあるとはいえ、彼らと同じようなことをするため、それなりの名家の出なのではないかと思っていたのだ。
ここまでの話を聞いていると私がお金持ちの家に生まれた人に悪印象を持っているのではないかと勘違いさせてしまうかもしれないが、むしろ逆である。
私はお金を持つ家庭に生まれ、お金を気にせず生きることを決して悪いことではなく、むしろいいことだと思う。
お金を気にせずに済むならその方がいいし、勉強などを頑張るのもお金だけが目的ではないとはいえ、それが努力の目的の非常に大きな部分を占める一つであることは事実だろう。
更に、お金を持った家に生まれた人のほうが能力面でも性格面でもいいことが多いというのは私の経験談に過ぎないのだが、一般的にも結構言えることではないだろうか、と思う。
お金より愛がある方がいいとよく言う人もいるが、そんなことを言う人はなぜお金を他より持っている方々の家庭には愛がないなどと考えるのだろうか。
他の条件が同じならば、お金を多く持った家に生まれるに越したことはないだろう?と私は思うのだ。
私は前世でも今世でも一般の家庭に生まれているとはいえ、これは恵まれた者の考え方だということはわかっているが。
非常に大きな庭を横目に、理央の家の玄関に到着した。
「ただいま!」
「お邪魔します」
と言って私たちは理央の家に入った。
すると、理央の弟君らしき人物が私たちを出迎えてくれた。
「お帰り、お姉ちゃん。 …………………!?」
と、理央の弟らしき少年は理央に挨拶をした後、私の姿を見て急に固まった。
「お、お姉ちゃん。そ、その人は……?」
ふっ……この反応も懐かしいものだ。かつて弟の友人の少年たちに初めて会ったときも同じような反応をされたっけ。実に初心な反応で非常に微笑ましい。
そんなに固まるほどこの私は美人かね?そうかそうか。苦しゅうないぞ。
「ふふふ……びっくりしたでしょ。この娘が前から話してた早紀ちゃんだよ。早紀ちゃん、これは弟の健太。ほら、健太。いつまでも固まってないで挨拶挨拶」
「くすっ。理央のお友達の北条早紀です。よろしくお願いします、健太君」
と、健太君に微笑みかけると、彼は顔を真っ赤にして
「は、はい。よろしくお願いします……」
と言った。
まったく……実に可愛いことだな。私はこういう少年の純粋さにはとても弱い。つい甘やかしたくなってしまう。
田中君、吉川君。君たちも昔はこうだったのだからな?
……ひょっとして健太少年もそのうち私をからかうようになるのだろうか。
健太少年を含めた3人で奥に進み、リビングに入ると、理央のお母さんらしき人物がいた。
「ただいま! お母さん!」
「お邪魔します。理央の友人の北条早紀といいます。理央にはいつもお世話になっております。今日はどうかよろしくお願いします」
「おかえりなさい。あらあら、あなたが例の早紀ちゃんね。ご丁寧にありがとう。本当にお姫様みたいに綺麗な娘ね」
と言って理央のお母さんは私の美しさを褒めてきた。
……しかし、またもや「例の」と言われた。みんな一体どんな風に私のことを語っているのだろう。
ちなみに、理央のお母さんはかなり綺麗な方だった。健太少年も私の弟の勇人と同じくらいの美少年だった。流石は理央の家族といったところか。
「ありがとうございます。今日はお家に上がらせてもらい、感謝しています。これ、私の家から持ってきました」
などと私が言って、差し入れを渡すと、
「ありがとう。本当に出来た娘ね。……ふふふっ。綺麗ってところ否定しないのも聞いていた通りね」
などと理央のお母さんは言ってきた。
「…………理央?」
と言いながらジト目で理央を軽く睨む。
「あはは、ごめ~ん、早紀ちゃん」
などと、全く悪びれた様子もなく理央はのたまってきた。
「…………………………」
私はいつも以上のジト目を作って(?)理央を軽く睨んだ。まったく……
このやり取りを見ていて理央のお母さんはとても面白そうにしており、健太少年はかなり驚いた顔をしていた。
……普段どういう風に私のことを言っているのか大体想像できた。
そのようにして、ひとしきり4人でやり取りをした後、私と理央はひとまず理央の部屋に行くこととなった。
女子の部屋に上がるなど久しぶりである。お年頃の女子の部屋と考えれば初めてのことだ。
そのため、私は非常にワクワクしていた。
わざわざカタカナ表記にするほどワクワクしていた。
回を跨ぐつもりなかったんですけど文字数が……




