15話 ナースのお姉さん
文化祭の自由時間を迎えた。
さて、これから約2時間あるわけだが、どこから訪れるか。
まずはやはり野球部の握手会などに行くか?それとも吹奏楽部の演奏?それとも茶道部でお茶でもするか?他のクラスの出し物も面白いかもしれないな。
などと一人で考えていた。
……一緒に回る友人はいないのか?かわいそうな奴だ、などと思うことなかれ。私は以前語ったようにこういった場において友人と一緒に見て回るのはとても好きだが、一人で回ることが嫌というわけでは決してない。
友人とキャッキャしながら見て回るのもとても楽しいものだが、今は時間が限られている。少ない時間でより多くの出し物を見て回るため、一人で回ることにしたのだ。
少し女子らしくない考え方かもしれないが、別にこのように考えるのは私一人というわけでもないだろう。
誰かのお誘いがあれば、時間が足りなくても断ったりせずに複数人で回ったのだろうが、誰からもお誘いはなかったことだし。
……重ねて言うが、私は決してかわいそうな奴などではない。普段特に仲良くしている女子が現在みんな店での仕事に就いているだけだ。もし彼女たちがフリーだったらきっと誘ってくれたはずだ。
そのようにしてひとしきり考えた結果、まずはやはり最も人気があるため、時間が経つにつれて並ぶ時間が増えていきそうな野球部のところからにするか、と思い、外へ向かう。
多くの人々による賑わいを横目にしながら歩き、野球部のブースへと到着した。
やはり、野球部のところには特に人がとても多いな。盛り上がっているのはいいことではあるのだが。
握手会や写真撮影を行っているのは3年生のようだ。1、2年生は列の管理などの雑用を行っている。彼らはまだまだ学校に残るのだから当然か。
どの3年生の野球部員の前にも列ができているのだが、特に先の春の甲子園にて主戦力として活躍した選手たちのところには非常に長い行列ができている。
これはもう一種のアイドルのようなものだな。彼らの甲子園などでの活躍、将来を考えれば当然といったところか。
みんなやはり同じ学校から将来プロに行くかもしれないような生徒には、例え直接的なかかわりがほとんどなかったとしても興味があるのだろう。私も同じくである。
そのように考えた後、私も一つの列に並んだ。3年生たちの中でも一番有名で、プロ志望届を出した場合、秋に行われるドラフト会議にて上位指名すら噂されている先輩の列である。当然一番長い列だ。
我ながらミーハーなことだと思うが別にいいだろう。私はミーハーであることそのものが悪いとは思わない。必要以上に変に騒ぎさえしなければ特に問題ないだろうと勝手ながら思う。ミーハーを許しているからこその今回の催しなのだろうから。
しばらく並んだ後、私の番となった。時間が経つにつれて列が長くなっていくのを見るとやはり早めに来て正解だったなと思う。
まずは握手を行い、その直後に一緒に写真撮影をしてくれるとのことだ。
すると、その先輩に、
「あれ、君ってもしかして例の誠二のクラスメイト?」
なんてことを言われた。前に私が練習を見学させてもらった際に部員たちの話題となったという一件で私の話を聞いたのだろうか。
確かに私は秋山君のクラスメイトであるし、その先輩が言っている人物はきっと私であっているのだろうが、例の、とは。いったい私はどんな風に言われているのだろう。
まあ、流石にそれを現在握手と写真撮影で忙しい先輩に尋ねて余計な時間を取らせたりはしないが。
今度秋山君に問いただしてみるか。適当に誤魔化されそうな気もするが。
「……はい、多分そうだと思います」
「へー噂通り凄い美人! 練習見に来てくれてありがとう! ぜひまた見に来てね!」
「! ……ありがとうございます。また見に行かせていただきます」
3年生のプロ注目の選手にも話が伝わるほどの話題となっていたのは誇らしいことではあるのだが、彼らの邪魔になってしまっているとしたら少し申し訳ないなと考えていた。
だが、こんなことを握手しながら心底嬉しそうに元気よく言われてしまったらまた見に行きたくなってしまう。
やはり、彼らはとても真っ直ぐで、凄く眩しいな。
だから私も彼らのことを応援せずには居られない気持ちになる。これがいわゆるカリスマとかいうやつなのだろうか。
その後一緒に写真を撮ってもらった。現時点でもこの写真は既に代えがたいものではあるのだが、もし彼がプロ入りして活躍したら、より一層誇らしいものとなるのだろう。このような機会に恵まれて本当にありがたいものだ。
出来れば今いる3年生全員と握手したり一緒に写真を撮ってもらったりしたいのだが、時間的にそうもいかない。他にも見て回りたいところはたくさんあるのだから。
そうして、私は野球部のブースを去った。次はどこに行こうか。
このようにしてひとしきり文化祭の出し物を楽しんだところ、午後のシフト時間となった。
少々物足りないのだが、これまで文化祭を楽しませてくれた人たちへのお礼の気持ちも込めて存分に働くとしよう。
教室へ帰り、再び着替えに入る。
次はナース服を着てみよう。一度着てみたいと思っていたのだ。
「あれが噂の超美人メイド?」
「ナース服着てるぞ。めちゃくちゃ似合ってる」
「俺もお世話して欲しい……」
といった声が聞こえる。
ふっ……私手ずからお世話してメロメロにしてあげますからぜひともご来店ください、お客様。
などと調子に乗りながら時にメイドさん、時にナースのお姉さん、時に美人教師などになって接客していたところ、顔見知りのご主人様、お嬢様方がご来店してきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様♪」
「すげえ。客の立場になると更にめちゃくちゃ可愛い」
「本当に北条さん演技すごい。普段こんな声絶対出さないのに」
「早紀ちゃん凄い! もう可愛すぎる!!」
などと言って来店する。知り合いだからと言って手を抜くことはないから安心していいぞ、ご主人様、お嬢様方。
「……あの娘北条早紀っていう名前なのか」
などという声が顔見知りでないご主人様方から聞こえる。
おっと。これでは学内で私が有名人となってしまうな。困ったことだ。
……調子に乗りすぎなのは言われずともわかっている。しかし以前にも言ったが、考えているだけだから許してほしいものだ。実際にこんなことを言ったりは絶対にしないのだから。
その後、秋山君が野球部員数人と共に来店してきた。私の噂を聞きつけた野球部員たちに連れて行けとせがまれたのだろうか。
練習を見学させていただいたこと、この中に先ほどの先輩は居ないとはいえ、握手などをしてもらったことへの礼だ。存分にご奉仕させてもらおう。
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
「……!? 君、本当にあの北条さん!?」
などとご主人様が言ってくる。
秋山君には私の演技の話は伝わっていなかったのだろうか?それとも私が想像以上に可愛すぎたということだろうか。
まったく……いくら私が可愛すぎるからってそこまで驚愕した顔をしなくてもいいんだぞ?
「聞いていた通りすげえ美人だな! 誠二のクラスメイト」
「う、うん、それはそうなんだけど……」
「こんな娘と同じクラスなんて羨ましいぞ!」
「ありがとうございます、ご主人様♪」
「…………(唖然)」
……秋山君は動揺のあまり他のクラスメイトに助けを求めるかのように店内をキョロキョロし始めた。まったく……初心な奴め。諦めて素直に私からご奉仕されたらどうだ?
その後も、上目遣いなどをする私のあまりの可愛さに彼は終始動揺していた。
ふっふっふっふっふ……これでいつかの意趣返しもできたな。
……随分と子供っぽいなだって?いや、流石に普段からかわれていることを本気で恨んだりしてはいないぞ。これはただの可愛い悪戯に過ぎない。そろそろ少しは私のことをわかってくれても良い頃だと思うのだが。
そうして午後のシフトも終了した。
残り約1時間30分。少ない時間ではあるが、文化祭最後の時間。存分に楽しもうではないか。
最後の自由時間は高橋さんとともに見て回ることになった。彼女からのお誘いが来たのだ。私は快く承った。
……ほら、見たことか。むしろ、普段から私は友人たちに大人気なのだからな?
このようにして文化祭が終わった。
前世では文化祭をあまり楽しむことができなかった分、より一層楽しい文化祭だったと感じた。
客としても店員としてもとても満足している。欲を言えばもう少し時間が欲しかったところだが、そう思うことができるほど楽しかったということだ。