14話 メイドさん
ざわざわする声が聞こえる。
「……なんだあのメイド。すげえ」
「……俺もあの店行こう」
「……あんなクールな感じの顔なのに凄いちゃんとメイドしてる」
非常に長い行列ができている。彼らの視線の先にはメイドさんである私がいた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「ご注文は何になさいますか? ご主人様(上目遣い)」
「めろんそ~だ、お持ちしました」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様♪」
……ついに狂ったか?などと思うかもしれないが、私は至って正常である。
文化祭当日を迎えた。
本日の文化祭は、午前10時に始まり、午後4時30分に終了を迎える。
その中で私のシフトは、午前10~11時と、午後1~3時の合計3時間となっている。
つまり、私に与えられた自由時間は3時間30分ということだ。準備やお昼の時間などを考えると、実質約2時間半程度。
部活動生たちとの写真撮影や、全国でも有名な吹奏楽部による合奏などを含めて色々見てみたい出し物があるため少々物足りないのだが、普段世話になっているクラスのためだ。存分に盛り上がりに貢献してやろうではないか。
……こういう時にお約束のミスコンはないのかって?流石にそれは創作物の見過ぎであろう。これを言うのはもう何回目だ?少し心配になってきたぞ。
高校の文化祭でミスコンがある学校など聞いたことがない。せいぜい男子が女装して、ネタでミス(?)コンをするくらいだろう。
共学の学校の文化祭でミスコンなどしたらどんな問題が起こるかなど容易に想像できるだろう?
……などと思っていたのだが、少ないとはいえミスコンを行う共学の学校もあるとの話を耳にした。固定観念はいけないと分かっているつもりではあったのだが、反省しなくてはなるまい。
それはさておき、朝、メイド喫茶開店の準備を行った。
客に出す飲み物やお菓子については完全に級友たちにお任せしているため、詳細は私にはよくわからない(とはいっても市販のものを適当に出すだけだろうが)。飾りつけも他の人がしてくれている。
では私の準備とは何かというと、肝心のメイド服の着用である。
どうやって服を準備したのかというと、メイド服含めたコスプレ用の服を用意できる人が片っ端から持ってきたのだ。
女子が自分用に持っている分だけでなく、男子の女兄弟が仮装用にいくつか持っている分もあるのだとか。
それだけだと足りないのでは?と思ったが、どうやら自分たちの家で持っている分だけでなく、手芸部から借りてきた分も多いとのことだ。
例年メイド喫茶のようなものは行われており、そのたびに服の貸し出しが行われるため、手芸部には多くの貸し出し用のコスプレ服が用意されているのだそうだ。
今年メイド喫茶を行うのは我がクラスのみとのことなので、その分多く借りることができたとのことだ。
私は身長が167㎝と女子の中では非常に高いため、私に合った服は無いのではと危惧していたのだが、そこもちゃんと準備してあり、安心した。167㎝は普通の女子の中では比較的珍しいとはいえ、スポーツ特待生の中には私よりも身長の高い生徒など大勢いることだろうから、準備があるのだろう。
そのため、メイド服に限らず、ナース服など多くの服装があったので、せっかくなのでそれらも時間に応じて着ることになった。
そのため、メイド喫茶というよりは、メイドを主としたコスプレ喫茶という感じになるだろう。
とはいえ最初はまずメイド服を着用するため、どのメイド服がいいかを物色した。
私はまず、王道の黒のロングスカート型にリボンとエプロンとカチューシャを組み合わせた、いわゆるクラシカルタイプというやつで行くことにした。日本での基本的なメイドさんのイメージに従ったタイプだ。
実際のメイド服はもう少し地味なものだったとか聞いたことはあるが。
やはり最初は王道のシンプルなものがベストだろう。
私は食べ物でもバニラ味やプレーン味などが好きなのである。
……それはさておき、着方はワンピースとほとんど変わらないため、苦労することはなかった。メイクもばっちり済ませた。
我ながら随分と似合うものだ。よく素人のコスプレ姿など痛いものにしか見えないなどと言うが、私のメイド服姿はまさにみんなのイメージ通りの理想の美人メイドさんと言えるだろう。
私がメイド服をばっちり着こなしているというのは、なにも私の自画自賛というだけではなく、級友たちのお墨付きでもある。
普段私を散々からかってくれる級友たちのこれ以上ないほど最上の称賛の声を聴いて非常に気分が良くなった。
みんな、もっと私を褒め称えるがいい。
そのようにして準備を終え、開店した。
最初の10分ほどはまだ文化祭開始直後のためあまり人は来ていなかった。だが、客が一旦訪れ始めたら、口コミで広がったからなのか、私のメイド姿を目撃する人が増えたからなのかはわからないが、客が列を成すまでの事態になったのだ。
お客さんの目的が私という一人の美人メイドさんであることは一目瞭然である。出す商品自体は全く変わり映えのしない普通のものなのだから。
そのため、給仕は基本的に私が担当することになった。他の級友たちは注文に従って商品を用意して私に手渡す役や片付け、会計をしたりしていた。
そして、冒頭の場面に繋がるのである。
ちなみに、私はこういった場面での演技を恥ずかしがることなく行うことができる。割り切りは昔から得意なのだ。演技力に関しても幼少期に子供の演技をしていたことから、普通の同級生たちよりは幾分マシなものとなっているだろうと自負している。
そのため、背の高いクール系美人が甘い声を出して上目遣いなどをしながらメイドさんをしている図となっているのである。これで大人気とならない方がおかしいだろう?
シフト時間が同じの級友たちには、なんだこいつ!? というような非常に驚愕した顔で見られたが。
などと言う風に自分に酔いながら可愛いメイドさんをしていたところ、早くも1時間が経とうとしている。
始まる前は労働時間が少々長いのではと考えていたのだが、こうしてみると少々物足りないな。まだ他の服を着ることも出来ていないし。
それは午後のお楽しみとしておくか。
「凄いたくさんお客さん来てるね~流石早紀ちゃん。まだ1時間経ってないのにもう噂になってたよ」
と、次のシフトに入っている人員の一人である春香が言ってきた。
ふっ……当然だろう?この私がメイドさんをしているのだ。きっとみんなメロメロだろう。
「ねえねえ、早紀ちゃんのメイドさんどうだった??」
と、理央が私と共に働いていた級友たちに聞いている。私のメイド服姿自体は既に見ているため、接客についての質問だろう。そんなに気になるか?ふふふ……
「いや、凄かった。なんというか本当に凄かった」
「普段おとなしい北条さんがあんな演技するなんて今でも信じられない」
「むしろ俺が客になりたい。午後のシフト被ってないとき客として来てみるかな」
などという声が聞こえる。
ふっふっふ……もっと私を称賛し、崇め奉るがいい。
「恥ずかしがるのを期待してたけどもっと可愛い姿見れてよかった。まさかあんな猫撫で声出すなんて」
などと言われてもそれすら心地よい。午後は君も私と一緒にメイドさんとなって接客してもいいんだぞ。
「私も見たかったなあ、早紀ちゃんのメイドさん。羨ましい。私も午後お客さんになろうっと」
「いつものことながら理央は本当に早紀ちゃんが好きね。でもそんなに凄かったなら早紀ちゃんなしで店に出るのプレッシャーかかるなあ」
と、春香が言う。それは仕方のないことだろう。理央も十分可愛いし、春香も平均より上の見た目をしているとはいえ、現実的な話、私と比較してしまってはどうしても見劣りしてしまうことは私をメイドとして起用する時点で分かっていたことだ。盛り上げるための必要経費というやつだろう。
私のいない間は少々客が減るかもしれないが、ずっと働くわけにもいかない。午後からはもっと貢献するから許してほしいところだ。
そうして制服に着替えた後、私も一人の文化祭の客として、他の出し物を見るため校内を巡ることにした。
次も文化祭の話
※より深く調べたら指摘の通りミスコンがある学校があったため修正。ご指摘ありがとうございます。