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人生リプレイ  作者: サワヤ
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第一回

 燦々と降り注ぐ日差し。何重にも積み重なっているかのような入道雲。青く広がる空の下。


 俺は青いスニーカーを履いて、ふらふらと歩いていた。


 俺は何をしているんだろう。こんな昼間にうろうろと商店街を歩いても、俺の人生に変化を与えることなんて何もない。将来について考えなければ。いや、まあ、きっとそのうちなんとかなる。なんだかんだ、どうにか。ああ、だめだ。そんな考えだから今の俺は。


 今23歳。大学を卒業して、そのまま何もしていない。俺はそうだ、誰がどう見ても無職。大学生の時、就職活動はした。どこも俺を雇ってはくれなかった。人を見る目がねえな、大手企業ってやつは。


 親が金持ちでよかったよ。そうじゃなきゃ今頃、家を追い出されているだろうな。そういえば昨日、ゲームの新作が発売されたんだった。明日にでも買いに行くか。


 好きなことは特にない。強いて言うならゲームと音楽くらいだ。本は読まない。漫画もあまり好きじゃない。テレビは見ない。忘れていた、インターネットは惰性でよく見る。


 やる気、っていうものがどこにあるのか、俺は知りたい。仕事ね。出世したいだなんて考えたこともない。というより就職すらしたことがないものな。


 高校までの部活も大学のサークルも、なんとなくやってはいたが、のめり込んだわけでもない。彼女がいたことはないけれど、そんなものがなくても性欲は満たせる。


 あー、夏は暑い。一年中、秋でいい。寒いのも暑いのも、花粉も勘弁だ。



 寂れた商店街の端、小さなスペース。俺はそこに福引機があるのを見つけた。



 ガラガラだ。アロハシャツを着た爺さんが立っている。商店街の商品を買ったら1回まわせるとかいう類だろうな。


 ん、いや。違うぞ。どなた様でもどうぞ、1回無料、って書いてある。地域を盛り上げるイベントってやつか?



 俺はのそのそと歩き、その福引機の前で立ち止まった。そして年配の男が口を開いた。


「人生リプレイ大抽選会。あなたは回しますか?」


「人生リプレイ?」俺は聞き返した。


「はい。左様でございます。こちらをご覧ください」そう言って年配の男は福引機を指し示した。


 普通のガラガラだ。取っ手が付いていて、これを回すと小さな玉が出るんだろう。


 ガラガラの側面に、景品が書いてある。えっと。赤の玉、リプレイ。黄の玉、リプレイ。緑、リプレイ。白、リプレイ。金、リプレイ。


 青の玉、人生リプレイ。



「爺さん、なんだこれ」俺は疑問をそのまま口にした。


「青の玉が出ましたら、人生をもう一度やり直すことができます。とは言いましても、その性質上、全く同じ人生にはなりません。ですがこの地域で生まれて、男性として生きることには違いありません」


「はあ」


「もちろん、前世の記憶は全て消去いたします。つまり、あなたがここで人生リプレイされた場合、今のあなたの記憶は全て無くなります」


「それじゃあんまり意味がないんじゃないか?」


「そんなことはありません。もしあなたが今の人生に辟易しているのなら。やり直したいと思っているのなら。それが叶えられるのですから。そもそも、記憶を引き継いだ赤ん坊が産まれたら、大変なことになりますよ」


「なるほどねえ」


 まあ、確かに。今の俺は、生きていても死んでいても大差がない。なんの輝きもない人生だ。とっととやり直して、次の人生を謳歌できるのならいいことじゃねえか。


「それだけではありません。人生リプレイには特典がございます」


「特典?」


「はい。あなたが今の人生で足りないもの。あなたが望むことを1つ、あなたの次の人生に追加いたします」


 それは凄い。まあ記憶が無くなるのなら、次の俺はそれを当たり前のように享受して、特に何も思わないんだろうが。


 俺が望むことか。ああ、1つある。


 そうだ。こんな人生、別にいいじゃねえか。もうやめよう。飽きた。つまらない。そもそもこのボケた爺さんのわけのわからない戯言に付き合っているくらいだ。今の俺なんてどうでもいいよな。


「わかった。回すよ」


「そうですか。さあ。どうぞ」


 俺はくるりとガラガラを一回転させた。赤色の玉が出た。


「リプレイでございます。もう一度どうぞ」


 意味があるのかこれは。結局のところ、青の玉が出るまでずっと回せるじゃねえか。


 もう一度、ガラガラをくるりと回す。すると。



「青の玉です。おめでとうございます」


「ああ」


「それでは人生リプレイをお受け取り下さい。特典ですが、あなたは次の人生に何を望みますか?」


「情熱かな。スポーツでも、仕事でも、将来の夢でも。なんでもいい。情熱を持った俺で、次の人生を生きたい」


「かしこまりました。情熱ですね」


 年配の男はそう言うと、紙を一枚、福引機の横にひらりと置いた。


「これは?」


「契約書でございます。ここにサインをしていただきたいのですが、その前に注意事項を説明いたします」


 なんだか変なボケ方をした爺さんだな。お堅い役所仕事でもしてたのだろうか。人生リプレイだとか、そんな妄想に付き合ってやるのも悪くはないからいいのだが。


「もちろん、人生リプレイはタダではありません。それなりのマージンをいただきます。それはあなたの幸せの10分の1でございます。あなたは人生リプレイされた場合、今の人生の10分の9の幸福で生きることになる、ということです」


「なんだそりゃ。先に言えよ」


「失礼いたしました。しかしまだ契約はしておりません。いかがなさいますか?」


 仮に人生リプレイできるというこの話が本当だとしよう。10分の9の幸福でよければ次の人生に移れるとしよう。俺はどうする。


 まあ、いいか。それでいいや。人生をやり直そう。やり直したいよな。


「ああ。契約するよ。ボールペンを借りてもいいか?」


「どうぞ」年配の男はボールペンを差し出した。


 俺はサインを書き、契約書を年配の男へ渡した。


「はい。契約成立でございます。それではいってらっしゃいませ。因みに20ポイント貯まると特別サービスがございますので、またのご利用をぜひ、お待ちしております」


 20ポイント? 何のことだ? あれ、声が出ていない。頭がぐらぐらと揺れる。視界がぼやけていく。これ、いや、待て。ボケた爺さんのうわ言だろう。まさか本当に俺は人生リプレイするのか?


 少しずつ忘れていく。物心ついたばかりの頃のこと、小学生の時のこと、中学生の時のこと。ああ、なんだろう。気分が良い。いいじゃないか、人生リプレイ。次の人生。新たなる俺よ、情熱を持って強く生きろよ。



 さよなら。怠惰な人生。

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