君のそばにいたいけど2
前後編の連載にすれば良かった。
その日は朝から家庭教師に叱られていた。
そんな根性では、殿下の剣になれませんぞ、と。
そして、小声で、「これだから、下賤な育ちなやつは嫌なんだ。」と。
そんなこと言われても、それは事実だし、どうしようもないことだ。
俺は最近この伯爵家に引き取られたばかりだ。
片親でも平民でも貧しいなりに母親と2人で楽しく暮らしていたのだが、突然魔法の才能があるとか、殿下と同年齢だから丁度いいとか、なんだとか言われて、訳のわからないうちに、大金と引き換えに母と引き離されて、この伯爵家の養子とさせられた。
突然起きた、身の回りの劇的な変化。
伯爵様は優しかったけど、伯爵様を囲う周りの人々は俺を受け入れてはくれてないらしい。
特に、容姿に関しては。
どうみても、プラチナブロンドの髪に白い肌の伯爵家一族の中に、俺みたいな黒髪に褐色な肌の俺はどう見ても異質だ。
日々大きくなる陰口。
どんなに頑張っても批判されるのなら。
もう、何もしたくない。
今だって、口答えなんてすれば、更に嫌味を言われるだけだ。
だから、黙っていた。
終わるまで、何も言わず、何も感じず…。
だけど、そんな態度も気に食わなかったらしい。
遂に、拳が飛んできた。
あぁ、殴られるのか…。
そう思って、それも受け入れようとしたけれど。
気が付いたら、俺はその場を逃げ出していた。
家庭教師の元から飛び出して、必死に走って、走って。
追跡されないよう、木の上や草むらにワザと入って、行き着いた先で見たものは。
大きな瞳に涙をいっぱい浮かべている小さな女の子だった。
あ、ヤバい。
人の屋敷だったか、ここは。
完全に不法侵入になってしまっている、怪しい俺に対して、その女の子は。
クロちゃん、と言いながら、抱きついてきた。
クロちゃんって、誰?
─俺のこと?
俺、そんな名前じゃないよ?
なんかよくわからないけど、この子は俺に向かってクロちゃんを連呼してくる。
そして、抱きついたまま、離れない。
困った…。
どうやら、クロちゃんって人と俺のことを勘違いしているようだ。
よく見ると女の子は、綺麗なふわふわの髪の毛にいっぱい葉っぱや小枝をついていて。
とても上質な可愛らしいワンピースも泥だらけになっていた。
せっかく綺麗な髪なのに勿体無い。
取るだけだから、触っても大丈夫かな?
そっと、髪から葉っぱたちを取ってあげてたら。
それに気付いた女の子が
「ありがとう。」
って言いながら、ニッコリと笑ってくれた。
「でも、クロちゃんにもいっぱいついてるよ。セレネと、おそろい。」
って、言いながら、女の子の小さな手が俺の髪にも伸びて、葉っぱを取ってくれた。
そして、ジッと俺の顔を凝視した。
「クロちゃん、やっぱりにんげんになっても、きれいなイロね。よるの、おそらイロで、すてき。おめめも、キラキラお月さまイロできれい。」
─セレネね、クロちゃんのイロ、だいすきなの。
そう言いながら、ぎゅーっと抱きついてきた。
はじめてだ。
批判されてばかりだった、髪も目も、好きって言って貰えたのは。
疎まれるだけだと思っていた。
お貴族様には、現れない色。
母だけだと思ってたんだ。
この色を綺麗だって言うのは。
他の人に言われるなんて、思わなかった。
認められるなんて、思わなかった。
そして、それが、こんなに、嬉しいなんて。
小さな女の子に何気なく言われた一言が。
こんなに、胸を、あたたかくするなんて。
嬉しい時も、涙が出るなんて。
知らなかった。
「クロちゃん?クロちゃん、どうしたの?ごめん、ごめんね。セレネ、また、ぎゅーってしちゃって、ごめんね。もう、イヤなこと、ぜったい、しないから。
だから、セレネのこと、きらい、に、ならないで。」
突然の俺の涙に慌てて離れて謝る女の子。
その女の子の瞳にも、いっぱい涙が溢れている。
急に離れていった温もりが、寂しくて。
そして、なにより、その涙を止めたくて。
涙をそっと指先で拭った。
「クロちゃん?」
「君のこと、嫌いになるやつなんて、いないよ。」
「でも、セレネ、クロちゃんに、イヤなこと、いっぱいしてた…。だから、クロちゃん、セレネのそばから…。」
女の子の再びの懺悔とともに、また大粒の涙が溢れ出した時。
遠くから、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…おねえさま、よんでる。セレネ、いかなきゃ。」
自分で目の周りをゴシゴシと擦り、すくっと立ち上がり、そして俺の目の前で、その小さな手を差し出した。
「クロちゃん、セレネと、またいっしょに、きてくれる?」
その誘いに、俺はゆっくりと首を横に振る。
「…やっぱり、セレネと、いっしょは、いや?」
悲しそうなその問いに、また首を横に振った。
「違う。俺は自分の場所に帰らなきゃだから。でも、君が呼んでくれたら、会いにくるから。」
「…ほんとう?セレネに、あいにきてくれる?」
「うん。」
だから、約束。
俺は君の本当のクロちゃんじゃ、無いけど。
君が俺のこと、クロちゃんと呼んでくれる限り。
いつか、この嘘が、バレるまで。
お付き合いくださりありがとうございました。