150万の瞳
福島から引っ越してきた太郎と、真っ先になかよくなってくれたのは花男だった。
「よう、福島ってなんか大変だったとこだよな! いろいろ言われるのかもしんないけど、俺は偏見とかそういうの、ぜんぜんないから安心して友達になっていいぜ!」
「うん……ありがとう」
見知らぬ土地で不安だった太郎に、気安く声をかけてくれる相手はありがたかった。
花男は気さくで顔が広く、彼についてまわると知り合いはすぐに増えていった。
「おまえに変なこと言うやつがいたら、俺がとっちめてやるからな! 怪しいやつがいたらすぐ俺に報告しろよ!」
「みんな優しいよ、大丈夫だよ」
「そうやって隙を見せてるとつけ込んでくるやつもいるんだよ!」
しばらく平和に過ぎていた。
「福島の野菜は食べない方がいいって、お母さんが知り合いに言われたらしいんだけど、どういうこと?」
「あー、なんか、放射能が染み込んでるとかいうやつだろ? 俺も聞いたことあるよ」
「でもデマなんだって、もう測定しても検出されないから平気なんだってネットに書いてあったよ」
「なんだ、そうなの?」
「国産の野菜っておいしい気がするから私は好きだな、食べられないと困っちゃうよ」
「あー、中国産の野菜って安すぎて不安になることない?」
クラスメイトがそんな話をしていた。
「やめろよ!!!」
聞いていた花男が突然椅子を蹴倒して立ち上がり、叫んだ。
「太郎のいる前で、そんな福島差別みたいな話、平気でするのやめろよ! おまえらほんとにデリカシーがねえな!」
クラスメイトは一瞬あっけにとられていた。
「えっと……」
「だから、そういう話があるけど別にもう平気だよね、って話なんだけど……」
「だからって、言われたら嫌な気持ちになるやつもいるだろ、少しは考えろよ!」
クラスメイトたちは顔を見合わせた。
「太郎くん、嫌だった? ごめんね」
「ごめんね、もうこの話しないようにするね」
いちばんあっけにとられていたのは太郎自身だった。
そういう話は家族から何度も聞かされていたし、「嫌だ嫌だ食べたくない」という人がいればそりゃあ傷付いただろうが、そういう話の流れではなかったことは聞いていればわかる。
「大丈夫だよみんな、そこまで気を使われても逆に困るし……」
あたふたして取り繕うと、クラスメイトは「だよなー」という空気になって笑った。
「福島の野菜おいしいからみんな食べてくれると嬉しいな。福島のもの買ってくれると、地元の応援にもなるらしいし……」
「そうなんだー。お母さんにも買うように言っておくよ! 私だって福島応援したいもんね!」
花男は椅子を戻して座り、考え込むように黙って顔をしかめていた。なにか不機嫌になったのがわかった。
「花男くん、僕は別に気にしてないからいいよ。みんなデマだってわかってるんだし」
花男は答えずにそっぽを向いた。
なんとなく、それから少しずつおかしくなっていった。
□ ■ □ ■ □
「ちょっとみんな、大事な話があるんだけど」
休み時間、太郎のいない隙を見計らって、花男はクラスメイトを集めては、
「あいつ平気なふりしてるけど、やっぱり俺は心配だよ。福島の話されるたびにものすごく傷付いてるんだと思うんだ」
そんな話をするようになった。
「気を遣いすぎるのもよくないと思うけど……」
「ふだん通りにしてた方が太郎くんも気が楽なんじゃないかと僕も思うよ、別に、福島をdisるような話もしてないしさあ」
花男はわなわなと握った拳を震わせた。
「あいつの気持ち、ほんとに理解してねえな! 少しは察してやれよ! 傷付いてないわけないだろ!? 結局は自分が大事なんだな! そんな中途半端な気持ちであいつに話しかけるの、やめてくれないか!?」
花男は放課後などに、太郎とふたりきりになると、今度はこんな話をする。
「みんなやっぱりおまえのことちょっとおかしいって思ってるみたいなんだよ。福島だからって……内心差別してるんだと思う」
「そんなことないよ、みんなやさしいよ……たしかに最近、少しよそよそしくなったような気もするけど……」
それはおそらく、気軽に接すると花男が怒り出すせいだ。だが、太郎も花男もそのことには気付いてはいない。
「よそよそしいのは差別心の表れだよ、どうせ、触ったら菌がつくとか思ってるんだろ、あいつら馬鹿ばっかりだからな」
「菌!? それはさすがに傷付くなあ……」
太郎はしゅーんと落ち込んだ顔を見せた。
それを見て、やっぱり太郎は傷付いてないわけないんだ、という考えを花男は強固にしていった。
1週間ほどで、そんな話は
「このままじゃ駄目だ! 太郎はいじめられてしまう!!
学校に来れなくなるくらいひどいいじめにあう前に、なにか対策をしなきゃやばい!! 俺たちで太郎を助けなきゃいけない!!」
……そんなところまでエスカレートしてしまっていた。
□ ■ □ ■ □
「具体的になにをするんだよ」
「いろいろ考えたんだ。まずは、こいつが安全だってアピールしよう。あと、福島の野菜とかも、みんなの前で食べてみせたりしてもいいな」
すぐにできそうなこととして、「お菓子をもらったらみんなうれしいはず!」と、うまい棒に「福島出身ですが、なかよくしてください」と書いた手紙をつけてみんなに配る、ということを花男と太郎ははじめることにした。クラスメイトふたりが手伝ってくれた。
同学年全員にまずは配った。
手伝ってくれたクラスメイトをはじめ、いっしょに遊びにいってくれた人には、飲み物やおやつ代もおごったりした。
「いつもありがとうな」
「いやいや、なんかずいぶんおごってもらっちゃって悪いな」
「気持ちだから、受け取っておくれよ」
やりはじめたら、同じクラスの人間の他にも、友達の友達が芋づる式に、他クラスや他学年から「手伝うよ!」と集まってきた。
放課後にポスターを書いたりなどもしていたら、そういう活動に協力的な人や、なんかおもしろそうなことやってるなと思った人たちがさらに集まり、ときどき参加する人も含めると30人くらいの大所帯になっていた。
学校全体に向けてアピールしよう、と、始業前や放課後に校庭に立って、駄菓子といっしょにビラを配ったり、「差別はよくない!いじめはよくない!」という演説を、拡声器を使ってやったりもした。
□ ■ □ ■ □
「この学校全員には、行き渡ったかな」
「じゃあこれでもう大丈夫だよね?」
「まだだ。このへんの通学路とかでも、他校の生徒とすれ違うこともあるだろ。他校と共同のイベントもあるし……できれば近隣の学校ぜんぶにアピールしにいきたいな」
「そこまでするの……」
「おまえの安全のためじゃないか!」
計画は進み、十数人のグループをつくって、それぞれ他校や近隣の公園などを行脚することになった。
□ ■ □ ■ □
「花男くん、申し訳ないんだけど……僕もうお金ないよ」
「なに言ってんだよ、こうでもしないと、どうせみんなおまえのことばいきんだと思ってるに決まってる」
「ばっ……ばい……きん……」
「おまえ本当にやばいんだぞ! 現実をちゃんと見ろよ! それで、できることから少しずつやってくしかないだろ!?」
「でも……ないものはないよ。貯めてたお小遣いぜんぶ使っちゃったもの」
花男は少し考えてから強い口調で言った。
「家から金持ってこいよ」
「賠償金もらってるんだろ? なんの賠償だと思ってるんだ、それはこういう偏見とか戦うためのお金なんじゃないのか?」
「えっ……そういうお金じゃないと思うけど……」
「なんにもなかったら金なんてくれるわけないだろ」
「なんにもって……」
地震であんなひどいめにあったのに、と太郎は内心思ったが、それを花男が納得するまで説明できる自信はなかった。太郎自身も賠償金について詳しく知っているわけでもなかったのだ。
結局太郎は答えられなかった。
「花男、俺少しならお金出すよー」
「僕も少しなら……大事なことだもんねえ、もうここまで首突っ込んでるんだしさあ」
「俺も、なんか知り合いも増えたし楽しいから、出してもいいぜ」
気楽な感じで、話を聞きつけたクラスメイトが助け舟を出してきた。
だが。
「馬鹿野郎!馬鹿!糞馬鹿!なんにも考えてねえなおまえらは!」
親切で口を出したはずが、花男は激昂して怒鳴り散らしたので、クラスメイトたちは目を丸くした。
「え、でもひとりで全部出すなんて大変じゃん」
「だからだろうが!ちゃんと考えろって言ってんだよ!」
まったく感情の昂りを抑える様子もなく、花男はクラスメイトのひとり、よしおの胸ぐらをつかみあげた。
「えっ? そこまで怒ること?」
少し空気の読めないよしおはきょとんとした顔のままなされるがままになっていたが、それがますます花男の気に障ったらしい。
一発殴りつけて、地面に叩きつけてから手を離した。
「ちょっと花男やめろよ!なんなのご乱心なの!?」
「ちゃんと説明してくれないとわからないよ」
花男はしばらく押し黙ったあと、重たげに口を開いた。
「おまえらは太郎を人間扱いしないつもりか。
ペットなら飼い主が餌を与えるのが当然だし飼い主が懇切丁寧に甘やかして守るのが当然だがな。
だが、こいつは人間なんだよ! だから自分の尊厳を守るのは自分の仕事だろ!? 病気で動けないわけでも障害があるわけでもない、健康な人間が、なんで当然のように他人の金をふところに入れようとしてるんたよ!泥棒かよ!」
「募金みたいなもんだろ……」
納得しない様子のよしお。
「でもな、こいつは他人の金でこの活動を終わらせちまったら、所詮ひとりじゃ何もできない、差別されてもしょうがない無能なんだってことを、一生背負っていかなきゃならなくなるんだよ!」
太郎の全身を寒気が襲った。
花男の理屈に飲み込まれてしまったのだ。
自分でやらなきゃ無能……だから本来ならいじめられて当然の人間なんだ。人の金をあてにするクズ。
いまいじめられなかったとしても、きっと一生、他人に引け目を感じ続けるに違いない。そんな予感で震えが止まらない。
「……わかった、いいよ。みんなありがとう。気持ちだけもらっておくから……ほんとうにありがとう。自分でなんとかするから、大丈夫だよ」
そして、家から金を持ち出した。
□ ■ □ ■ □
近隣の学校すべてを彼らはまわった。
「差別はやめましょう」
と立て札を抱えて、懸命に走りまわる子供たちを、教師は微笑ましくさえ感じていた。
だが、太郎がすべての金銭を負担させられているとは思ってもみなかったのだ。
これだけ心を砕きながら金銭的な負担はすべて当人に負わせるなどという、そんなあまりにもアンバランスな「優しさ」はありえないと思っていたからだ。
太郎は内心、この状況はなにか変だと感じながらも、逆らう術を持たず言われるがままになっていた。
とはいえ、うまい棒を配れば、首をかしげながらも受け取ってくれ、
「はい、なかよくしましょう」
と笑ってくれる下級生。
「やったー!コンポタ味ー!」
「いい人だね!」
と騒いでくれる男子。
そんな優しい景色を見ると、変だと思っている自分がおかしいのだと、無理にでも自分を納得させざるを得なかった。変だと感じる自分に自己嫌悪を抱いて落ち込むことさえあった。みんなこんなにポジティブに受け取ってくれているのに、自分だけネガティブになるのはおかしい。それは自分が駄目な人間だからそんなふうに感じるのだ。
自分の気持ちをごまかすたびに。
こんなことを、しなければ、自分は汚くて蔑まれて当然の人間なんだと。
卑しい、生きている価値のない人間なんだと。
思わずにはいられなかった。
毎日の喜びと自己暗示の温度差に太郎は疲弊していった。
自分の価値が下がっていくほど、誰かに認められなければならないという思いが募り、疲れても疲れてもなにかしなければいけないという焦りに駆られるようになった。
花男に言われるまま、一生懸命、みんなにお金をかけた。
もっと、もっとなにかみんなのためになることをしなくては。
不安で夜も寝付けなくなっていった。
毎晩ひとりで泣くようになった。
苦しくて苦しくて、ついには死ぬことばかり考える日々が続いた。
□ ■ □ ■ □
「おう、啓蒙活動、またやってんのか偉いな」
「はい!」
「お金はどうしてんだ、カンパとかか?」
「集めてるんなら先生も少しくらいなら出すぞ、まあ薄給だからそこまで期待はしないでほしいけど……」
花男が顔をしかめて無言でかたまったので、太郎は不思議に思いながら答えた。
「お金は僕がぜんぶ出してます」
「……えっ、ぜんぶ?ひとりで?」
「僕のためにみんなやってくれていることなので……当然です」
教師に動揺が見えたので太郎は首を傾げた。
「ちょっと、あとでひとりで職員室にきてもらってもいいか?」
こうして事態は大人たちに発覚することとなった。
大人たちは詳細に調査し、そしてこう報告するしかなかった。
「……合計150万」
「いじめがあったとは言えない」
□ ■ □ ■ □
委員長は会見で頭を下げた。
150万という大金を支払わされて、いじめではない、それは明らかにおかしい。
わかっている。
だが、公表された調査結果を知ってしまってから、お菓子をもらった子供たちの中には、うまい棒を見ただけで嘔吐してしまう子まで出てきているのだ。
差別の気持ちがあっていじめようとしていじめていたわけではない。
だが、お菓子をもらって食べたことが、知らなかったとはいえそれが「いじめに該当する行為だった」と薄々勘付いてしまった。
繊細な子どもたちは、いじめがいけないことだなんてよく知っている。だからこそ、自分がいじめに加担していたのだ、という重圧はすさまじく、自身の心を押し潰すのに充分だった。
まるで、知らずにおいしいおいしいと食べた魚が、実は友達の大切に育てていたペットだと知らされたときに感じるような、絶望と拒否感。
それに耐えられないのは、すなわち、優しい子だということだ。
そんな子たちを全員いじめ加害者として罰するわけにはいかない。
そんな、心の傷を負わせるわけにはいかないのだ。
教育者として、許されないのだ。
知らなかったなら無罪だと大人は言うだろう。
しかし、心に深い傷を受けた被害者が確実に存在した。
だとして、ならば加害者は誰になるのか?
ひとりよがりな善意をふりかざした花男という少年か。
彼を止めることをせず善意から手伝ったクラスメイトたちか。
誰の心にあったものも善意でしかなかったとすれば、善意で協力したことこそが太郎少年を苦しめたとすれば。
お菓子をもらっただけの子供たちも同じ立場になってしまうではないか。
それを、子供たちは感じ取ってしまうではないか。
そして一生罪人として自分を責め続けながら生きるのではないか。
むしろなにかしらの償いをさせるべきだという者もいるかもしれない。償うことで当人の心の中の罪の感情が浄化されるだろうと。
だが、知らずにもらったおかしを食べただけで、いじめの加害者として? それはいじめの加害者の定義をどこまで広げることになるのだろう?
たとえば、クラスメイトがいじめの事実を知りながら巻き込まれないように見ないふりをしていたら、それも加害者としてすべて罰するべきだということになるのだろうか?
そんなことをしていったなら、最終的にはもはや全員が罰を受けねばならない。被害者すら加害者だ。間接的にいじめを助長する行為をしていると言われかねない。
近年、いじめ加害者への風当たりはますます強くなっている。
いじめではなくはっきりと犯罪だと言うべきだという論調も多い。
いままで「いじめ」としてきたのは、学校の保身のためと言われることが多いが、加害者と被害者が上記のようにはっきりしない場合も多々あるがゆえなのだろう。
何か償いをさせたとしても、いじめ、ひいては犯罪を犯したというレッテルを自己に貼ってしまうことになる。前科という傷が残る。
させなくても「優しい子」たちは気に病み続けるだろう。
「いじめではない」とはっきり言う以外に、彼らのこれから背負う重圧をせめて和らげる方法は他にないのだ。
この場面で「いじめはなかった」などと、おかしな理屈を言えば「大人がおかしい」と世間は解釈するだろう。世間の矛先は大人たちへ向くだろう。
いまはそれでいい。
それしか、ここをしのぐ方法が思い付かない。
ここには善意しかなかった。だから、いじめはなかったのだ。
善意から生じる様々なものを制御する術を、まだ我々は持っていないのだ。
□ ■ □ ■ □
金を払わせた主犯格の少年、花男の面談での発言はこんなふうだった。
「なにも悪いことなどしていない。反省すべき点も思い付かない」
「太郎が差別されたりいじめられたりしないように、俺は全力を尽くしただけだ」
「実際、活動をはじめてから、太郎が差別されることはなくなった」
「ほんとうになにが悪いんだ?なんで俺が責められなきゃならない?」
「太郎がつらいと言ったのか?あいつ俺が羨ましかったんじゃないのか、だから貶めてやろうと思って、嫉妬心を爆発させて、捏造をしたんじゃないのか。ほんとに、こんなに協力してやったのに、恩を仇で返された」
「150万は自分から出したんだ」
太郎くんがさぞつらかっただろうということは察せたが、そのことをこの少年は、話せば理解はしてくれるのだろうか。
少し会話した限りでは、難しいのかもしれない。
彼の中では彼は最上級の「正義の味方」としてのふるまいをしたことになっているだろう。
彼はヒーローであろうとしたのだ。
クラスメイトたちもそう感じていたと言っている。
被害者の太郎くんでさえ、彼から悪意を感じたかということに口を濁している。いや、彼は完全に萎縮してしまっていて、もはや、自分が悪い自分がクズなんだと言っては泣くばかりだった。
「俺はあいつを守りたかったんだよ!ただそれだけなんだ!」
「150万は大金だということはわかるかい?」
「じゃあその金俺がぜんぶ出せばよかったっていうのかよ!だったらなにも問題にならなかったのか!?」
やはり理解はできないかもしれない。
あまりに会話が成立しないようであれば、加害した自覚すらまったくないのだとすれば、各種の発達障害や人格障害を疑うことも考えなければならない。もはやただのわがままや自分勝手という枠を超えている。
重大な認知の歪み。
要カウンセリング案件なのはたしかだろう。
「俺のどこが悪かったのか、はっきり言ってくれよ!間違いは誰にだってあるだろう、俺だって間違っていたのなら直したい!」
「太郎くんの気持ちをきちんと考えたことはあるかい?」
「俺がどれだけ真剣に考えたのか、知らないのはあんたたちの方だろう!?それとも太郎はいじめられたかったとでも言うのか!馬鹿馬鹿しい!!そんなわけないってことくらい、少しでも考えればわかるだろう!?」
花男と太郎の面談担当者は頭を抱えた。
そう、この少年にとっては、たしかにそうだったのだろう。
だが、いじめというものはそんな気持ちのすれ違いだけでも容易に起きてしまうのだということは理解しておかねばならない。
子供は未熟だ。
そして傷付きやすい。
若いほど成長もはやいわけだが、心の傷を埋めるために歪んだ方向にあっという間に成長してしまえば、それはコミュニケーションのとりづらい人格へと容易に変貌してしまうし、ほんの少しのすれ違いだったものがあっというまに確たるいじめへとエスカレートしてしまう。
だから取り扱いには細心の注意を払わねばならない。
花男少年だって望んでこんな認知の歪みを背負い込んだわけではないのだろう。だって生きづらくなるだけだ。自分を覆い込み守ることはできるかもしれないが、彼の思う現実はどんどん実際の現実と乖離していくのだ。外のほとんど見えないかたい殻の中に住んでいるようなものだ。
本来なら、子供の柔らかい頭のうちに様々な人と出会い、様々な経験をすることで補正されていくべきなのだろう。
だが、歪んだ大人、偏った情報、足りないコミュニケーション、即時の反応を求められ熟考する暇もない加速度的なネットの人間関係。核家族化や少子化で、家庭内の大人も子供も少なくなっている。それは親の歪みをダイレクトに受けてしまうということでもある。認知の歪みを増強させるものばかり。
知らない大人は子供に話しかけるだけで犯罪になりつつあるこんな世界で、子供はますます孤独になっていく。認知を歪ませて自分を守る以外に、守ってくれる大人がいない場合さえあるだろう。
悪質ないじめが増えていると言われる背景には、きっとそんな事情も含まれている。
学校は、勉学以外にもコミュニケーションを学ぶ場でもあったはずだが、個々人がいじめを避けるためにコミュニケーションそのものが希薄になるのでは、さらなるトラブルの種を蒔いていることに他ならない。
誰々が悪いと声高に断罪すれば済む問題ではすでになくなっている。
声高に断罪したがる人すらも認知の歪みの片鱗だ。
岐路に立たされているのかもしれない、と面談担当者はなんとか己を奮い立たせた。
山積みの問題だけれど、ひとつひとつ丁寧に自分たちがやれることをする以外、時間をかけて彼らの心を紐解いていく以外に、相互理解の道はない。
《了》
このケースはどうなるんでしょうね、
たぶん花男がやったことはモラハラにあたる行為ですね。
モラハラの自己愛性人格障害の人っぽい言動をとらせてみましたが、こういうの、ターゲットにされた被害者はたいそう苦しむのですが、表面的には正義感あふれているため、周囲は気付かないこともあるそうな。
いろいろ難しいですね。