第8話 テストでトゥナイト! 〜後編〜
リビングでやるにはテレビがあり、邪魔だと思った僕はとりあえず自分の部屋へと案内をした。
「結構片付いてるわね〜」
僕の部屋に初めて入った柊は部屋に入るや否やそう言った。
「まぁね。きちんと管理してないと妹が……」
そんな事を言いながら本棚から教科書を取り出そうとしたら、なぜか下の段の本の配置が変わっていたのに気づいた。
「はぁ……またか……」
重いため息をつきながらまた瑞葉が僕に無断で部屋に入った事を知り、ショックを受けた。
『そろそろ防犯対策でもしないといけないな……』と思いながら床に座った。
「そう言えば東馬。例のあれは手に入ったのか?」
突如話題を振ってきた大智は期待した目で僕を見てきた。
「ま、まぁ……一様友達だからな」
そう言いつつ鞄からノートを一冊取り出した。
「おお!悪いな、サンキュー」
この不自然な会話に理解できない柊は首を出してきた。
「ちょっと、何の話?」
「いや……別に大したことじゃ……」
慌てて誤魔化す僕を柊は軽蔑したような目で僕を見る。
「お前が考えてるような疾しいことじゃね〜よ」
僕はそう言うと大智からノートをひったくって柊に見せた。
何を躊躇っているのか柊は若干間を空けた後に、そのノートを開いた。
「……なんだ、ただのイラストじゃない」
柊はそう言うとノートを大智に返した。
「じゃぁ、そろそろ始めましょうか?」
今日の頼みの綱である千草はそう切り出して勉強会が始まった。
1時間後………
「――がこうだから――それとこれを合わせて――」
千草が説明しているのだが、さっぱり理解できない僕は集中力が途切れかかっていた。
「ダメだ……さっぱり分からない……」
しかし、僕以外の人は何かを掴んだのかスラスラと問題を解いていく。
まぁ、始めから理科と数学は苦手だったから学校の授業さえ禄に聞いてはいなかったが、ここに来て支障が出るとは思っても見なかった。
「……大丈夫?並川君」
僕の理解度に気づいた千草は心配した表情で見つめてきた。
「……いや、全然ダメだ……ちょっと頭冷やしてくるわ」
そう言って僕が席を立ったときだった。
――ピンポーン――
「……誰だ?ちょっと瑞葉、出てくれ〜」
隣の部屋の瑞葉を呼びかけるも、返事は無かった。
――ピンポーン、ピンポーン――
「全く……今行きま〜す!」
僕は急いで1階に駆け下り、玄関のドアを開けた。
するとそこにいたのは……
「やっほ〜♪瑞葉ちゃん……って並川先輩!?」
これまた部員の成瀬と若嶋であった。
「なっ、なんでお前等がここに……?」
『そう言えば瑞葉もD組だったっけ……?』
ふとそんな事に気がついて成瀬と若嶋が家に来たことに1人で納得していた。
「そうか!瑞葉と一緒のクラスだったのか〜。まぁ、あがれよ」
僕は2人をリビングに招いた。
「そういえば、瑞葉ちゃんは?」
「たぶん部屋にいると思うけど……呼んでくる?」
僕は若嶋の言葉に今日まだ1度も顔を見ていない瑞葉のことが少し気になった。
「いえ、一緒に行きます」
若嶋がそう言うと、2人は僕の後について瑞葉の部屋の前に行った。
「瑞葉〜?起きてるのか〜?」
ドアを叩きながら問いかけるが、一向に返事が無い。
「成瀬と若嶋が来てるけど、どうするんだ?」
そんな事を言っていると、急に瑞葉の部屋のドアが開いた。
「おはよ……お兄ちゃん……」
瑞葉は顔が赤っぽく、大量の汗を掻いていた。
「お前、大丈夫か?熱あるんじゃないのか?」
僕はそう言うと、瑞葉をお姫様だっこしてベッドに戻した。
「ははは……こんな事されるの久しぶりだね♪」
「いいから、ちょっと寝てろ」
僕は急いでタオルを持ってこようと部屋を出ようとしたとき、成瀬と若嶋の表情に気づいた。
「悪いな……瑞葉はあんなだから今日は休ませてやってくれないか?」
2人は頷いて瑞葉に一言いって帰ろうとした時であった。
「ちょっと、並川君〜。飲み物欲しいんだけど……
って優と紗枝じゃない!何してるの?こんなところで……」
僕は突然僕の部屋から顔を出してきた柊に事情を話した。
「……なら一緒にやればいいじゃない!」
その一言でこの問題が片付いてしまったのだから、柊の発言力は凄い物だと感心しながら僕はリビングに降りた。
まず先に柊等が待つ部屋に飲み物を届けた後、僕は洗面器に水と氷とタオルを入れて再び瑞葉の部屋に戻った。
「大丈夫か?あんまり無理すんなよ……」
僕が戻った時はまだ瑞葉は起きていたが、1時間位看病をしていると静かに寝込んだ。
『おとなしくしていれば可愛いのにな……』なんて思いながら、僕も部屋に戻る事にした。
「ちょっと、並川君!遅いよ〜」
なぜか僕の部屋は勉強そっちのけで不可思議なイベントが発生していた。
しかも、女子だけで……
「東馬〜、なんで俺だけ……」
仲間はずれにされていた大智は僕の登場に涙目で僕を見てきた。
『1、仕方なく大智の面倒を見る。
2、柊等の摩訶不思議なイベントに参加する。
3、1人で勉強を始める。』
3つの選択肢が思い浮かんだが、僕は速攻で1を消去した。
まぁ、大智の面倒を見るなんてめんどくさいことはしたくなかったからだ。
残る2つの選択肢から考え抜いた結果……
「……僕も混ぜてくれ!」
その後、僕等は気が済むまで遊んだ。
―――――――――
そんな事があり、今の時間に至っていた。
まぁ、途中で何度か現実世界に戻れる機会はあったのだが、悉く柊等のペースに呑まれてしまった。
僕はイベントの最中も、少し時間を取って偶に瑞葉の様子を見に行ってたが、瑞葉は落ち着いて眠りについていた。
そんなこんなで、結局晩御飯は僕が作る羽目になるし、なぜか罰ゲームでは僕ばっかりで、雑用を色々と押し付けられ続け、ようやく僕は現実世界に戻ってこれた。
「ふふふ……女の子がいっぱい〜」
怪しい寝言を言っている大智を縄で縛ると、リビングに捨てた。
そして、部屋で寝ている5人にタオルケットをかけると、僕も教材を持って部屋を後にした。
起きたときに何を言われるかは大体想像がついたからである。
「さてと、下に行って続きでもするか……」
僕が廊下を歩いていると、隣の瑞葉の部屋のドアが開いた。
「お兄ちゃん?」
眠たげな瞼を擦りながら、瑞葉は部屋から出てきた。
「もう大丈夫なのか?熱はどうだ?」
僕は瑞葉の額に右手を当て、同様に自分の額にも左手を当てる。
「熱は下がったようだな。もう遅いから寝なさい」
僕は瑞葉をベッドに連れ戻すと、突然瑞葉が言った。
「ねぇ、お兄ちゃん。昔みたいに本読んでよ♪」
何を言い出すかと思ったら、瑞葉は子供みたいに頼んできた。
「お願い……」
「……分かったよ。けど、読み終わったら寝るんだぞ」
瑞葉はその言葉に頷いたので、僕は瑞葉の部屋にあった本を取り出して読み始めた。
僕は小さい頃瑞葉に読んだ本をもう1度読む。
すると瑞葉が口を開いた。
「懐かしいね、あの頃……いつも2人一緒だったし、お兄ちゃんは私に優しかったし……
その頃からだったかな……私がお兄ちゃんを好きになり始めたのは……」
瑞葉の言葉に僕は一瞬胸が高まった。
「もちろん今のお兄ちゃんも好きだけど……昔とは少し変わったかな。
昔のお兄ちゃんはもっとやるべき事が分かっていたというか、なんか夢に向かってる目をしていたの……
けど、今のお兄ちゃんは漠然と日常を過ごしてる……
私は、お兄ちゃんにはもっと夢を見ていて欲しいな……
私の好きなお兄ちゃんであるように……」
「瑞葉……」
初めて瑞葉の心が分かった。
今までは将来のことも考えてなかったし、ただその日が楽しければ良いと思っていた。
自分さえ楽しければ良いと思っていた。
他人のことなんかこれっぽっちも考えてなかった。
まさかこんなにも近くに僕の事を思ってくれている人がいただなんて気づかなかった。
「僕は……僕は……」
流れ溢れてきそうな涙を堪え、瑞葉を見る。
すると瑞葉は安心したのか、心地よく眠りについていた。
「瑞葉……ありがとう……」
僕はそう言い残すと瑞葉の部屋を後にした。
そして、将来のためにも夢のためにも僕は1人静かに勉強を続けた。