第21話 真の恐怖はすぐそこに……
PM10:00
高須先生の指示通りに僕ら5人は学校の校門の前で待たされていた。
「人を呼び出しておいて自分が来ないなんて……
いったいこれはどういうことなのよ〜?」
「いや、僕に言われても……」
予定の時間が過ぎたにも関わらず、一向に高須先生の姿が見られないことに柊は癇癪を起していた。
「あぁ〜月の光で美しく輝く瑞葉もまた……」
「キャー、来ないでよ〜!」
こんな時間に呼び出されてみんな疲労が溜まっているだろう中、火谷は一人だけ元気に瑞葉を追い回していた。
そんな瑞葉の姿を可哀想に思ったが、ここに介入すると面倒なことになりそうなので考えないことにした。
こんな兄を許してくれ、瑞葉………
「ねぇ〜東馬お兄ちゃん、空眠いよぉ〜」
「ちょっと並川君、どうにかしなさいよ!」
こっちもこっちで人のことを心配している暇はなかった。
「あぁ〜もう、先生はなにやってるんだよ!?」
流石の僕もどうやら怒りの限界が来ていた。
「………先生なら中で待ってる……」
「うわぁ!?
……ってなんだ、不浄か。
ビックリさせるなよぉ〜
………って、なんでここにいるんだ!?」
影が薄いといってもいるなら初めから声をかけて欲しかった……
『夜の薄暗さ+存在が薄い』のコンボで不覚にも幽霊かと思った僕は涙目になりながら不浄に訊ねた。
「……大智君から連絡があった。
『今日、夜の10時から肝試しやるから来ない?』
って……」
「えっ……き、肝試し!?」
その言葉を聞いた柊は急に血の気が引いたような顔をした。
「へぇ〜、柊にも怖いものがあるんだぁ〜」
「んな、大人の私がお、お、お化けなんて怖いわけないでしょ!」
声を震わせながら必死に強がる柊。
まぁ、あんまり言うと終わったときに何されるか分からないのでこの辺でやめることにしよう。
「それで僕達はこれからどうすればいいんだ?」
「……これを……」
不浄は手に持っていた紙を僕に渡してきた。
その紙をよく見てみると、どうやら学校の見取り図になっていた。
見取り図には赤い線が入っていて、推測するにここを通れということらしい。
ってかいつの間にこんなものを用意したんだ……?
「……2人1組になって行く……」
不浄の言葉を耳にした瞬間に火谷が動いた。
「へへへ……もちろん瑞葉は私と一緒だよな〜」
「えっ、ちょっと……私はお兄ちゃんと一緒に……」
ガッチリと腕を掴まれた瑞葉にはもう身動きすらとれない状態になっていた。
そして残った僕らはというと……
「東馬お兄ちゃん、空はお兄ちゃんと一緒がいいなぁ〜♪」
空は僕の片腕に抱きつきながら言った。
「な、並川君がそこまで言うなら仕方ないから一緒に行ってあげるわ」
対して柊は震える手で僕の腕を捕まえていた。
やれやれ、先が思いやられる……
こうしてペアが決まったので肝試しとやらを始めることになった。
まず始めに火谷・瑞葉ペアが先に行き、10分後に僕らがスタートすることに決まった。
引き摺られるように攫われていった瑞葉を見て10分後……
「それじゃぁ、そろそろ行くか」
「レッツゴー!」
「………」
1人だけテンションが低かった。
「なにやってるんだ柊、置いてくぞ〜」
「まっ、待ちなさいよ〜!」
なんだかんだ言って柊も残るのではなくついてくるのであった。
PM10:30
覚悟を決めた柊を先頭に僕らは1階の廊下を歩いているところだった。
「なんで私が先頭なの!?並川君が……」
「へぇ〜、柊は恐いんだぁ〜?」
「こ、恐くなんかないんだから!」
先ほどからこの会話を何度したことか……
柊をからかいながら順調に歩を進めていた。
「『まずは調理室へ向かえ』って書いてあるよ、東馬お兄ちゃん」
「いきなり殺意満々じゃね〜か!」
薄々気づいていたが、この肝試しの企画者はどうやら僕のことをここで殺めたいらしい。
恨みとか買った覚えはないのだが……
指示通りに僕らは調理室に向かった。
そこで出くわした肝試しとは全く関係のない珍妙な生き物が……
「わりぃ〜子はいね〜かぁ〜?」
「………」
「なんか言って下さいよ〜、並川先輩〜」
「いや、その……なんというか……頑張って?」
正直こういう状況でなんて言えばいいのか分からなかった。
「!?
そうですよね〜、いまどきこんな格好なんて……」
相当落ち込んでいるのか、奇妙な格好をした成瀬は重たそうな足取りでその場を後にした。
「他に言うことはなかったの?」
恐いものが苦手のはずの柊も流石にこれは恐がっていなかった。
「………無かったな」
さて、気を取り直して次の場所に向かうために再び地図を開いた。
「今度は『音楽室に向かえ』だって」
いつの間にか地図を持つ係りになっていた空が次の指令を言った。
この調子ならどうせ次も……
そんなことを思いながら僕らは音楽室に向かった。
「それじゃぁ、柊がドアを開けて」
「どうせまた優みたいなのがいるんでしょ?」
調子に乗った柊がドアを開けたのだが、3秒静止した後にものすごい勢いで閉めた。
「なにがあったんだ、柊?」
「で……」
「で?」
「出たぁ〜〜!」
そう言うと柊は悲鳴を上げながら、僕と空を残して走り去ってしまった。
柊の様子から見るにどうやら今回は本物の幽霊がいるらしい。
「空、お兄ちゃんが様子を見てくるからここで待っててくれないか?」
「えぇ〜、空も一緒に行きたいよぉ〜」
「ダメだよ。
空にもしものことがあったらお兄ちゃんは……」
「じゃぁ、早く空のもとに帰ってきてよ?」
僕はそれに頷くと、空も心配そうな顔をしながらも僕を見送ってくれた。
意を決して音楽室のドアを開け、中に入るとすぐに閉めた。
これで空への被害はないと判断したからだ。
「―――時空の狭間から生み出されし者よ、その真の姿を闇から表したまえ―――
『邪魔犬』」
先ほどまでは月明かりに照らされていた音楽室であったが、突然暗闇に飲み込まれた。
そして部屋の中心に怪しい紋章が浮かび上がった。
強烈な光を放った後に気がつくと紋章は消えていた。
だが、先ほどまではなかったものがそこに存在していた。
「……犬?」
「待て待て!
まず気付くのはそこじゃないだろ!!
この俺を忘れたとは言わせないぜ!」
「………?」
あぁ、確かにこんな顔のやつをどこかで見たような……
うぅ……思い出せない……
となると別に思い出さなくてもいいやつなのかも……
そんなことを思っているのが分かったのか、その人物はかなり憤っていた。
「き、貴様……
ならば仕方ない、その身でこの苦しみを理解するがいい。
行け、我が僕よ」
そう言ったものの、何も起こらなかった。
ってか本当にこいつ誰だ……?
「神重から渡されたこの犬は言うこと聞かないじゃないか!?
くそ、みんなして俺のことを馬鹿にしやがって……」
なんか愚痴をこぼしているみたいだが、別に大したやつでもなさそうだし帰ろうとした。
「ちょ、まだ戦いはこれからだぞ並川!
この長年の恨みを晴らしてやるわ」
そんなことを言っているものの、こちらに向かってくる様子はなかった。
「ハ、しまった。
迫力を出すためにワイヤーで天井から吊ったままだった!」
なるほど、これを見て柊は幽霊と勘違いをしたらしい。
確かに柊だったら人間が宙に浮いていたらお化けか幽霊に思うのも無理はないだろう。
そんなことよりも、あの恐がりの柊が一人で行ってしまったことが心配になったので僕は音楽室を出た。
「東馬お兄ちゃん、怪我はない?大丈夫?」
僕が出てきた途端に空は抱きついて訊ねてきた。
「うん、問題ないよ。
じゃぁ、とりあえず柊を捜しつつ次に行こうか」
音楽室ではまだ何か騒いでいたが僕らは気にせずに次の場所へと向かった。
「ここが最後みたいだよ」
指示通りに向かった僕らは最後の目的地らしい料理研究クラブの部室の前に来ていた。
「なんだかもう肝試しじゃないような……」
危険ではないと判断した僕は空も一緒に入ることを許可した。
「じゃぁ、いち、にの、さんで開けるからね」
「「いち、にの、さん!」」
僕らは思い切りドアを開けたが部室は真っ暗で何も起こらなかった。
僕らが部室に入ってから5秒後……
「「「「せ〜の……」」」」
大勢の声が聞こえた次の瞬間だった。
パン、パン、パン―――
大きな音が鳴った直後に部室の電気が着いた。
「「「「空ちゃん、姿熊高校へようこそ!」」」」
明るくなった部室にはほぼ全員揃っていた。
そして窓には『ようこそ姿熊高校』と書かれたプレートが掛かっていて、部室のいたるところにパーティー用の装飾がなされていた。
それを踏まえるにどうやら先ほどの爆発音はクラッカーのようだった。
「み、みんな……」
「なぁ〜に、感動しちゃってるんだよ?
こんなイベントがあるのに俺を呼ばないなんて水くさいだろ」
一番前にいた大智が僕のそばに寄ってきた。
「さぁ、席について始めようぜ!
それじゃぁ主役の空ちゃんは真ん中で……」
一連の事の真相は僕らが学校から去った時に遡る。
「あ、もしもし大智先輩?
私です、瑞葉です。
実は折り入って頼みたいことが……」
部活に戻る前に瑞葉は大智に電話をして事情を説明した。
そして15分後……
「あっ、高須先生探しましたよ〜。
実は折り入ってお願いがありまして……」
大智は瑞葉ちゃんからの電話を受けた後即座に学校に向かった。
まずは先生を説得させることが最優先と考えたからだ。
そしてなんとか了承を得ると、次は自慢の情報網を生かして出来うる限りの人を集めることだった。
連絡がネズミ算式に広がって行き、今の人数に至るわけだった。
そして大智の指示で肝試しプランと歓迎パーティープランを同時進行させた。
人数が多かったのであっさりと終わってしまった。
本来なら全員参加する予定だったのだが、夜も遅い時間帯で何故だか電車通学の人も多かったため準備だけをして帰る人が多かった。
「なんてったって、神重の頼みじゃぁ断れね〜よ」
そう気さくに言う声が多かったのも大智の信頼の高さによるものだった。
そして今に至る。
「大智、ありがとな。
それにみんなも……」
「何言ってるんだよ、俺達は『友達』だろ?」
本当に僕はいい友達に恵まれていると思った。
いつの間にか空もこの場に馴染んでいた。
「それじゃぁ、コップはみんなに行き渡ったかな?
んじゃぁ、空ちゃんがここに来たことに………」
「「「「カンパ〜イ!」」」」
この夜のことを忘れまいと僕は心に誓いを立てたのであった。