第20話 真夏の小さな訪問者
夏休み。
それは1年に1度だけ訪れる自由の象徴。
子供たちは自由を手に入れ、日々の疲労を癒す季節。
そんな夏休みであるにも関わらず僕は今学校にいた。
思い返してみれば、それはある1本の電話から始まったのであった。
7月25日
昨日はようやく長かった1学期が終了した。
先の『処刑事件』を命辛々逃れ(尊い犠牲者1名)、ようやく手に入れた安息をどのように過ごそうか考えていた時だった。
プルルルル………プルルルル………
面倒なので突然鳴り出した電話を瑞葉に任せようとしたが、瑞葉は朝から部活に行っていることに気付き仕方なく自分で取ることにした。
「もしもし、並川ですが……
あっ、お久しぶりです。
えぇ、2人とも元気です。
えっ、空ですか?
いえ、知りませんけど……
はい、分かりました。
ではこちらに来たら折り返し電話致しますので……
はい、それでは」
電話の相手は親戚の叔母さんだった。
話によれば、僕の父親の妹の娘……つまりは僕の従兄弟の神矢空が家出をしたらしいという情報だった。
空は今年から中学1年生になる身長140cmと小柄な女の子である。
「あぁ〜、なんでこんな時に……
ひとまず瑞葉にも連絡しておかないと」
――ピンポーン、ピンポーン――
携帯を取り出し、瑞葉にメールでも入れてやるかと思っていた時にタイミングよくチャイムが鳴った。
「はいはい、今行きますよ〜」
そう言いながらドアの前まで行き、開けた。
するとそこには……
「東馬お兄ちゃん、久しぶり〜!」
「!?
……………そ、空か!?
久しぶりだなぁ。
3年ぶりか?元気にしてたか?
……………って、なんでここにいるんだぁ〜!?」
ついさっきまで電話の話題になっていた空が今、僕の目の前にいた。
「えぇ〜、なんでって……
それはお兄ちゃんに会いに来たに決まってるじゃん♪」
空はそう言いながら僕に向かって飛び込んできた。
「おぉ〜、そうかそうか。
お兄さんは嬉しいぞ〜。
そう言えば空はどうやって家まで来たんだ?
駅から家まで結構な距離はあったし、分かりづらかっただろう。
それに家の場所は知らないはずじゃぁ……」
「うん。けどね、あのお姉さんに道を訊ねたら一緒に来てくれたの〜」
空は嬉しそうに僕の胸のあたりを頬擦りしながら、ドアの方を指差した。
「空は賢いなぁ〜、偉いぞ。
さて、そのお姉さんにお礼をしなきゃね」
僕は抱えていた空を優しくゆっくりと降ろすとドアの方を見て言った。
「えっと、空がお世話になって……。
ってなんだ、柊か」
「わ、私で悪かったわね!
それより並川君、顔ニヤケすぎ」
そこには何故か拗ねた感じをした柊が立っていた。
「まぁ、ともあれ空が無事ならそれでなによりだ。
さぁさぁ、上がって座りなさいな」
僕は空にそう促すと叔母さんに連絡を入れる為に家の中に入ろうとしたところ、あることに気がついた。
「そう言えば柊、僕に何か用でもあったのか?
でないとわざわざ知らない子を送り届けたりしないだろう」
「べ、別に大した用じゃ……
じゃぁ、私は帰るから」
柊は顔を赤くして門から出ようとした。
「まっ、待てよ。家まで結構な距離あったんだから、少し家で休んでけよ。
ちょうど昨日作った新作のプリンがあるんだが……」
「す、少しくらいなら……仕方ないわね。
並川君がそんなにいうなら……」
流石に1年以上同じ部活にいると、食べ物の好みなどは次第と分かってきてしまうものだ。
こうしてうまく柊に空の面倒を任せている間に電話を済ませてしまおうという作戦だったが……
「「ん〜、おいし〜い」」
僕が電話している最中に度々その様な声が聞こえてきた。
そして電話を終え、リビングに戻ってみるとそこには姉妹のように仲良さげに会話していた。
その様子を見ながらキッチンに行き、冷蔵庫の中を確認してみた。
すると案の定30個作って置いたプリンは跡形もなく、リビングのテーブルの上にはきれいに聳え立ったツインタワーが完成していた。
「お、お、お前ら……どんだけ食ってるんだぁー!
あぁ……また瑞葉に……」
きっと部活から帰ってきた瑞葉にコッテリ叱られるだろう。
これが楽しみで部活やってるとも言えるからな……
そうそう、空のことは結論から言って家出ではなかったらしい。
夏休み中は両親共に仕事が忙しく、空の相手をしてやれないのだと言っていた。
そのためしばらくの間、こっちの家……つまりは僕の家に行って来たらいい。
と、伯父さんが促したのを叔母さんが聞いていなかったため今回の騒動になったという。
結局は叔母さんの勘違いというわけだ。
というか、何故に空を家に寄越したのかが未だに不明だった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お願いがあるんだけどぉ……」
少し考えていると、突然空が僕の近くに寄り添いおねだりをしてきた。
「なんだい、空?
お兄ちゃんに出来る事なら何でも言っていいぞ〜」
「あのね、私……
お兄ちゃんの通う高校に行ってみたいの!」
こうして今、僕と空と柊の3人は夏休みなのに学校に来ていた。
時刻はそろそろ正午になろうとしたころだろう。
僕は空の話を聞くと急いで3人分の弁当を作った。
「そう言えば、柊はここまで来る必要なかったんじゃないか?」
「べ、別にそんなこと私の勝手じゃない!
時間もあったし、並川君がどうしてもって言うから……」
いやいや、言ってないし……
夏の日差しが照りつける中、こんなところで立ってるのはそろそろ限界だったので適当に日陰を探すことにした。
「それにしても暑いなあ。
お、そこにいい日陰が……」
僕達はちょうど校舎で出来た日陰を見つけ、そこに移動した時だった。
「お、お兄ちゃ〜ん。た、た、助けて〜!」
こ、この声はまさか……
声のする方を見てみると、瑞葉が涙目で走ってきた。
「ど、どうした瑞葉。まさか……いじめられたのか!?」
瑞葉は僕の後ろに隠れると大きく首を横に振った。
「じゃぁ一体どうした……」
そう言いかけてから、あるものを見て言葉が詰まった。
実際それはいじめよりも遥かにひどかったかもしれないものだった。
「瑞葉〜、私の可愛い瑞葉はどこだぁ〜い?
隠れてないで出ておいで〜。グフフ……」
火谷が不気味な笑い声を上げながら目をギラギラさせ、こちらに近づいてきた。
『もしかして会長、瑞葉アンテナでもついているのか?』と思うくらい、的確にこっちに向かってきた。
「おやまぁ、これはこれは……お義兄さんではありませんか。
ところで私の瑞葉を見ませんでしたか?」
「待て待て、僕はお前の『お義兄さん』になった覚えはないのだが……」
「ちょっとお兄ちゃん、『私の瑞葉』ってところも否定してよ〜」
僕の後ろに隠れていた瑞葉は耐えかね声を出してしまったため、それに反応した火谷によって瞬時に捕獲された。
不気味な笑みを浮かべながら、火谷は瑞葉を担いで行こうとしていた。
そんな中しきりにSOSのサインを送ってくる瑞葉に同情した僕は、勇気を振り絞って火谷を呼びとめた。
「ちょっと待て火谷。
折角だしみんなでお昼にしないか?
ほら、大勢で食べた方がご飯もおいしいと思うし……」
思い切った提案に少々考える火谷。
「それもいいが、私は瑞葉をいただくわけで……
私はいいのだが、みんなに見られるのは瑞葉が恥ずかしいと思うわけで……
ごめん、残念ながら無理だわ」
「そ、そんなことしないでよ〜、会長。
普通にみんなでご飯食べようよ〜」
「うぅむ……」
そして考えること3分……
「うむ、瑞葉がそこまで言うなら仕方ない……
ここではなんだから、生徒会室で食べることにしよう」
火谷を僕達は先頭に普段なら閉まっているはずのドアを開け、校内に侵入した。
あれ、会長が持っている鍵って確か生徒会室用だけだったような……
そんなことを疑問に持ちつつも、こうして涼しい場所に来られたのであまり深く追求しないことにした。
生徒会室に到着した僕達は、会議用に並べられた長机を並べなおし5人が座れるようにした。
「終わったぞ〜……って、あれ?
2人は……?」
いつの間にか柊と火谷はいなくなっていた。
まぁ、そのうち戻ってくるだろう……
そう思い作ってきた弁当をテーブルの上に広げている時だった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。
そう言えばあの子って……」
「あぁ、まだ瑞葉には言ってなかった……娘のことを……」
「えぇ!?お兄ちゃん、娘って……まさか……」
唖然とした顔をする瑞葉に僕は更に追い打ちをかける。
「そうだ。実はこの子は僕の……僕の隠し子なんだ!」
「えぇぇーーーーー!?
お、お、お兄ちゃん……いつの間に……
私は心当たりないから……
まさか他の女との……!?」
少々冗談が過ぎたせいか、瑞葉が軽くショートし掛けた時だった。
「もぉ〜、瑞葉お姉ちゃん忘れちゃったの〜?
私だよ〜、空だよー!」
「えぇ!?空って……私たちの従姉妹の空ちゃん?
な、なんでここにいるの〜!?」
先ほどから驚きっぱなしで錯乱状態の瑞葉に僕は朝からの一連の騒動と真実を説明した。
そして5分後……
ようやく状況を理解した瑞葉は久しぶりに再会した空と仲良さそうに話していた。
それをいつの間にか帰ってきていた火谷が横から見ながら、『妹……瑞葉の妹……』とか口走っていたが、正直もう僕には手に負えないので見なかったことにした。
こうして5人が揃ったところで始めた昼食会なのだが……
「はい、東馬お兄ちゃん。あ〜ん」
「あぁ、ちょっと、空ちゃんだけずるいよ〜。
私だって……お兄ちゃん、あ〜ん」
なんとも羨ましそうな光景だが、こう身内同士でやっても一般人である僕はなんとも言えない感覚に陥っていた。
「……1人で食えるから……
っと、柊は何をやってるんだ?」
喧嘩を始めた2人を放っておくことにして、隣の方を向いてみると箸で卵焼きを掴みながら空中で静止している柊がいた。
「え、べ、別に何でもないんだから!」
そう言うと柊は卵焼きを自分の口に運ぶと走って生徒会室から出て行ってしまった。
「瑞葉、私もやりたい……じゃなくて、私にもやって欲しいのだが……」
火谷はというと、僕に憎悪の念を送りながら瑞葉に頼み込んでいた。
「ほ、ほらお兄ちゃん。唐揚げ食べたいんでしょ?あ〜ん」
瑞葉も瑞葉で火谷の恐怖から逃れる為か、必死になって僕に食い付いてきた。
と、そのときだった。
―――ガラガラ………
平穏だった空気が一変した。
原則として夏季休暇中、生徒が校内に入ることは禁じられていた。
が、それを面白半分で入る生徒たちは毎年何人かはいたりする。
結局は教師にさえ見つからずに楽しめれば良いので、場所さえ選べば見つかる恐れもなかった。
そう考えて職員室から対角線上に位置する場所を選んだはずだったのだが、どうもこの人には常識というものは通用しないらしい。
「あらら、ここはどこでしょうか?
あら、並川君じゃありませんか。
こんなところで一体何をしているのですか?
夏季休暇中は……」
こうして僕らは偶然入りこんできた高須先生に見つかり、長々と校則を聞かされた後で職員室に連行された。
職員室に向かう最中に柊も確保され、結局は5人全員連れて行かれる羽目になった。
「さて、校則を破った者には当然罰が与えられなければならないわね。
では、今夜の10時に5人でここに来なさい」
それだけ伝えると先生は意味深な笑みを浮かべながら、僕達を解放した。
その後、僕達は仕方なく解散となり各々の予定に戻った。
僕と空はすることがなかったので、家に帰ることにした。
まさかあんなことになるとは誰も想像していなかっただろう……
そんなことは今の僕達に知る由もなかった。
刑執行まであと8時間………