第19話 新生徒会長の厄災
先日の出来事から3日後、生徒会の立候補者が定員数と一致したため、信任投票となった選挙で晴れて生徒会役員の一員となった僕。
それでたった今、就任式の真っ最中であったのだが……
「それでは新生徒会長挨拶」
司会進行のアナウンスが入ってから1分後、ようやく僕の隣の人が立ち上がった。
因みに僕の役職は副会長で、瑞葉は書記になった。
「えぇっと……なんだっけ?」
新生徒会長の第一声はそれだった。
僕の周りの役員たちは頭を抱えていたところ、瑞葉は躊躇わずに会長の所に行くと何か耳打ちをした。
「えっ、うん。うん、わかった」
マイクが入ったままなので、会長の声は体育館中の漏れていた。
想像以上の姿だったのか、生徒達はざわめき始めたところ、それは起こった。
「静にしろテメーら。ガタガタ言ってる奴はこの木刀で叩きのめされてーのか!?」
このとき、世界は止まったかの様に感じた。
ついさっきまで眼鏡を掛けていた会長の眼鏡がないし、それに口調というか性格そのものが変わっていた。
「私の名前は火谷怜美。
今日からこの学校の頂点に君臨することになった。
私が会長になったからには、貴様らのその甘ったれた根性を叩き直してやるから、楽しみに待っているが良い。
以上」
そう言い終えると火谷は僕の隣の席に戻った。
それが僕と会長との出会いだった。
そして就任式を終えてから1週間が経ったときのことだった。
この1週間はやる事もなく、ただ平穏な日々を送っていたのであったが……
「並川はいるか?」
昼休みという至福の時間に突然、鬼のような形相で火谷は僕の教室に押しかけて来た。
そう、眼鏡なしの状態でだ。
「なに呑気に飯を食っているんだ?
さっさと生徒会室に行くぞ」
そう言うと火谷は僕の制服の襟元を掴むと、そのまま引き摺っていった。
実は、この1週間で火谷のことを大智に調べてもらっていた。
火谷伶美。
2−Bで成績は学年トップ。
普段は大人しいのだが、体育のとか運動の時は驚異的な身体能力を発揮するらしい。
それ以上のことは大智にすら分からないという有様であった。
ただ1つ言えることは、眼鏡なしの状態(これを『死の制裁モード』と命名)になったときの火谷には逆らうどころか近づいてはいけないということだった。
そんなこんなで生徒会室に拉致・連行された僕と他2名は、会長の威圧的な態度の前で縮こまっていた。
「先輩、なんなんっすか?いきなり」
僕の左隣では1年で会計の海潮勝が状況を理解しきれずに僕に助け舟を求めていた。
「知らないよ。全く……
こっちが聞きたい位だってのに……」
火谷という恐怖を前にして泣きそうだった。
……いや、泣いている人がすでに僕の右隣にいた。
「うぅ……なんで私まで……」
1年で僕と同じ副会長の真崎知花がこの理不尽なことに涙まで流していた。
分かる……分かるよ、その気持ち……
僕は心の中で同情するが、実際には何ができるというわけでもなくただ身を固まらせているほかなかった。
そして瑞葉はというと……
「会長、こちらが例の書類です」
うまく会長に取り入っていた。
な、なんて奴だ……
正直瑞葉が人の下に立つなど考えもしなかったのでビックリしていたが、それもすぐに間違いだと思い知った。
こ、こいつ笑ってやがる……僕のこと見ながら笑ってるし……
その行動は頭に来ていたが会長の手前、何も出来ずにじっと座っているしかなかった。
「うむ、ではこれより7月24日に行う『並川東馬公開処刑』についてだが……」
「ん!?今なんと……?」
なぜだか幻聴のようなものが聞こえたような気がした。
「黙れ!この下種な罪人が。
貴様の犯した罪の重さをその身で知るがいい」
「な、犯罪なんか犯してないし。
というかこんなもの認めるかー!」
あまりの理不尽さにいつもより2割増しで突っ込みを入れてみたのだが、火谷はそれに全くと言って良いほど動じていなかった。
「五月蝿い、貴様は私の……私の大切な……」
「?」
話が全く見えてこなかった。
僕は就任式で火谷と初めて会って以来、会話すらしていないので心当たりがなかった。
「貴様は私の大切な……大切な瑞葉を自分のもののように扱いやがってー!
貴様、死んで私に詫びるがいい。
そして瑞葉を私に寄越すがいい」
「誤解だぁー!そんなもんいらないし……
っというか欲しければくれてやるし……」
「えぇー!そんな……お兄ちゃん……
あの夜の約束は嘘だったの……?
『もう二度と君を手放さない……愛してるよ……マイハニー』って言ってくれたのに……」
「な、な、なんてことを……
私の瑞葉になんてことを言ってるんだぁー!」
なんだかもう収拾がつかなくなっていた。
可哀想なことに先ほどからジッと座ったまま見ている2人はいつ自分が巻き込まれるのか冷や冷やしながら部屋の端の方に避難していた。
「捏造するのだけはやめてくれぇ〜。
マジで会長怖いから……
ホントにこんなんでいいなら上げますから」
「えっ、いいのか?ヤホーイ。
はぁ、はぁ、はぁ、もう放さないよ、瑞葉」
「お兄ちゃん、こんなのは流石に酷いんじゃ……
ま、待って火谷先輩。
まだ話が……やめて〜!」
なんとかこの騒動から抜け出すことに成功した。
その時ふと、熱い視線を感じた。
部屋の端の方に避難していた2人は僕のことをじっと見ていた。
もう僕らには言葉は必要ではなかった。
3人は互いに顔を見合い頷くと、静かに生徒会室を後にした。
全てはなかったことに……
それが僕らの出した結論であった。
この時間内に僕らの信頼関係が深まったという点では今日の出来事に感謝しなければならない。
それぞれの思いを心にしまい、僕らはそれぞれのクラスに戻った。
その後、瑞葉はボロボロになった制服を着て家に帰ってきたということは言うまでもないだろう。