A.S,D −1− 過去と今と未来と
6月の終わり頃のことだった。
つまらない物を毎日繰り返す授業も終わり、放課後の教室は活気づいていた。
久々に東馬と一緒に帰ろうと東馬の席に赴いたが既にそこにはいなかった。
「あぁ〜これはまずいぞ……帰ったら恵美になんて言われるか……」
それは昨晩の出来事だった……
「お兄ちゃん、明日東馬さんを家に呼んできて♪」
俺こと神重大智の部屋にノックなしで入ってきた恵美は唐突に言った。
「明日ってまだ金曜日だぞ?明後日でも……」
「ダメ!明日じゃなきゃダメなの!」
俺が言い終わらないうちに反論してきた。
「なんでだよ〜。別に用はないし、明日でなくても……」
学生の身分として、月曜日からの連日出勤は大概金曜日には疲れが溜まってしんどいものだった。
「はぁ〜?誰に向かって言ってるのかなぁ〜?
私の言う事が聞けないっていうの〜?ならそれなりの対応が必要らしいわね〜」
負のオーラを放っている恵美は俺に向かってそんな口で聞いてきた。
「分かった!分かったから……言う事を聞くからさぁ〜」
俺はそう言いながらその場から逃げるように自室へと向かった。
いつからだったろうか…
俺が妹に頭が上がらなくなったのは……
―――――――――
それは1年前の春先だった。
入学し経てだった俺の周りには顔も知らない奴らばかりだった。
あまり馴れ馴れしくするのは好まなかった俺は次第に教室で1人でいる時間が増えていった。
今の俺からしても、あの頃の俺は荒んでいたような気がしていた。
まぁ、それもそのはずだった。
俺が高校に入る少し前に両親は離婚した。
以前から家庭がギクシャクしていたが、まぁこのまま持つんだろうと思った矢先の事だった。
離婚の原因は父親の浮気だったらしい。
それで両親はどちらが俺達を育てるのかと口論していた。
リビングでは両親の怒鳴り声が聞こえ、2階では恵美が泣いていた。
俺の中のストレスは沸々と溜まっていた。
―――私は嫌よ。1人じゃぁこの子等の面倒を見られないわ。―――
―――だから俺は子供なんか産むんじゃないって言ったんだ!
それなのにお前がどうしてもって言うから……
最後まで面倒を見ろよ!―――
―――なんで私が……―――
永遠と繰り返される怒鳴りあい。
もうこの場所には幸せの欠片もなかった。
だから俺は言った。
「もう俺はあんた等の世話にはならない。
これからは1人で生きていく」
その言葉を聞いた両親の安堵の表情に若干苛立ちを感じた。
しかし、俺は必死にそれを押さえつけた。
せめて最後くらいは笑って過ごしたかった……
中学最後の卒業式には誰も来なかった。
そしてその翌日、俺は我が家を後にした。
俺は両親がくれた最後のプレゼントへと向かっていた。
「ここか……」
あまり新しくないアパートだった。
1人暮らしをするに当たってどうしても必要だった。
そこは両親も認めてくれ、部屋を借りてくれた。
最後に話した時、恵美の話を聞いたがどうやら恵美は母親に引き取られる事になったらしい。
それからほどなくして父も家から去っていった。
そんなこともあり、高校入学当初の俺は荒んでいた。
アパートから実家まではさほど遠い距離ではなかったので、そのまま受験した高校に通うことにした。
すでに俺は周りにいる人間を信用しなくなっていた。
そして事件が起こった。
入学式がら2週間後の体育の時だった。
その日はバスケをすることになっていた。
うちの高校の体育は2クラス合同体育であった。
運動は昔から得意な方だった。
俺はチームで割り振られたポディションへと移動した。
試合開始早々、俺はボールを掴んでドリブルを始めた。
次々と得点を稼いでいき、前半を折り返し後半に入った。
俺は前半戦同様、ボールを取るとドリブルを始めた。
と、そのときだった。
―――ドンッ―――
突然世界が反転した。
何故だか分からなかったが、D組の連中からは笑い声が聞こえた。
俺は足をかけられたのだと理解した。
「なにこけてんだよ。てか、人にぶつかったんだから謝るのが普通じゃね?」
後ろから笑いながらそんな声が聞こえた。
俺は振り返り、こいつが足をかけたのだと分かった。
「てめぇ〜!」
俺はそいつに近寄った。
が、その前に周りを囲まれた。
「お前が突っ込んできたんだろ?俺は被害者だぜ?
分かったらさっさと土下座でもしろよ!」
そう言うのを待っていたかのように囲んでいた3人が俺を押さえ込んで床に倒した。
「くッ……」
そんな俺の姿を笑いながら見ていた連中にも怒りを感じたが、それ以上にクラスの連中に怒りを感じていた。
クラスメイトがこんなになっているのに、連中はただ見ているだけで何もしようとしなかった。
関係ない……
そんな事を思っているんだろう。
俺は人間なんてこんな物だと思った。
所詮自分に無関係な事には関わらない……
自分に得があることしか行動しない……
だから俺は人間が嫌いだった。
それは両親にも当てはまることだった。
自分の利益にならないから子供などいらないと言った父。
これからの人生で荷物になる子供を引き取りたくないと言った母。
俺はそんな世界が嫌いだった。
こんな世界、早く終わってしまえば………
そう思っていた。
しかし、その考えは違うのだと俺は次の瞬間理解した。
「大智に何やってるんだ!」
そんな声が聞こえてすぐに俺を押さえつけていた1人が吹き飛んだ。
俺はこの状況に思考が付いていけずにボーッとしていた2人を跳ね除け、殴り倒した。
先ほどの人は誰なのか気になった俺は後ろを見たが誰もいなかった。
「お前か?さっき大智の足をかけたのは」
すでにその少年は先ほど足をかけた男の所にいた。
「はぁ〜?お前誰だよ?おめぇには関係ねぇ〜よ」
男はそう言うと少年を突き飛ばした。
確かにこの少年は俺に関係していなかった。
それなのになんで……余計な事をしなければいいのに……
俺の思いは瞬時に砕け散った。
「関係ないわけないだろ!大智は俺のクラスメイトだ!こんなことをする奴は許さない」
そう言って少年は男を殴った。
俺はただその場に立ち尽くしていたが、気が付くと俺を取り押さえていた3人が立ち上がっていた。
「お前、調子に乗るなよ!?」
3人は俺に殴りかかってきた。
俺は目の前の状況で手一杯だった。
そんな時……
「お前達、何やってるんだ?」
先ほどから姿が見えなかった教師が体育館に入ってきた。
ほどなくして俺たちは職員室に連れて行かれた。
「―――入学早々、派手にやったなぁ〜?」
俺は少年と共に職員室の一角で担任の葛城先生に説教を食らっていた。
この時、ようやくこの少年が同じクラスなのだと知った。
先ほどは言っている事がよく聞こえなかったため、この事実は知らぬままだった。
「僕は正しいことをしたと思います。
友達がやられている時に指を咥えて見ていられません。
罰ならなんでも受けますけど、僕は正義を行ったと思っています」
少年はまっすぐな瞳で葛城先生を見ながら言った。
「でもな並川、確かにお前の言い分も分かる。
が、いつでもそれは正しいとは限らないんだぞ?
現に今だってこんなことになっちまったんだからな……」
葛城先生は真剣に並川という少年と話していた。
「お前もだぞ?神重。
どんな理由があったにしろ、殴りあうのはあまり利口なやり方じゃないよな?」
俺は「はい」と答えただけで口を閉じた。
そんな姿に呆れた葛城先生は最後にこう言った。
「このことは職員会議で取り上げられるから、態度が決まるのは先になる。
だから今日は帰って自分がやったことを思い直せ。
いいな?」
その後、俺と並川は職員室を後にした。
「怪我とかしなかった?」
廊下を歩いていると並川は俺に話しかけてきた。
「あぁ……けど、なんであんなことしたんだ?
お前には関係のないことだったのに……」
口にしてから後悔した。
仮にも助けてくれた奴なのに俺は……
そう自責していると並川は口を開いた。
「確かにね……僕はまだ1度も大智と話した事なかったのにね……
けどなんでだろう……
その時は助けなきゃって思って、気が付いたら1人殴り飛ばしていた。
笑っちゃうよね……
でもね、僕は目の前でクラスメイトがやられているのを易々と見ていられるほどお人好しじゃないと思う。
それも、自分の身も顧みないで……」
俺はこの時思った。
こいつなら……こいつなら信じられるかも……と。
それから俺は東馬と一緒にいることが多くなった。
3ヵ月が過ぎ、夏休み入るとほぼ毎日東馬を家に呼んでいた。
東馬も夏休みの予定など何も考えてないと言っていたので必然と家に来るのが日課になっていた。
「あちぃ〜……」
小さい部屋に男が2人いるだけで室温が3度高いような錯覚に陥っていた。
「そういえばさぁ〜、4月に俺に足かけてきた奴自主退学したらしいぞ」
その頃には学校一の情報通となっていた俺は思い出したかのように東馬に話しかけた。
「へぇ〜、確かあの後あいつ等がやったと皆の証言で僕たちは不問に終わったけど、あいつ等は確か……なんだっけ……?」
「停学処分だろ?さすがに学校の面子もあるから退学まではいかなかったみたいだけどな……」
何しろうちの高校は県屈指の進学校だから、こんな事件さえも闇に葬りたいと思っていたが流石に事件そのものを無くしてしまうのは後々厄介だと考えた校長は仕方なく停学処分を下した。
「なんかねぇ〜、まぁ仕方が無かった事だとは思うけど……
けど、あいつ等のお陰で今の僕たちの関係があるんだから少しは感謝しないとね?」
東馬は笑いながらそんな事を言った。
と、その時だった。
――ピンポーン――
「ん?だれだ?こんな時間に……」
時刻はまだ午前9時を回ったことだった。
俺は東馬との話を止めるとゆっくりと立ち上がった。
「どちら様ですか〜?新聞なら要りませんけど……」
そう言いながら俺はドアを開ける。
するとそこには長年よく見ていた顔があった。
「こんな所にいたんだぁ〜お兄ちゃん。ご機嫌麗しゅう?」
上品な口調とは裏腹に閉めようとしたドアをガッチリ掴んでいた。
「め、恵美……なんでお前がここに……」
「そんなの決まってるでしょ?お兄ちゃんが心配になって……
それにあんなところに私を置いていって1人だけ逃げ去るんですもの。
心配になって当然じゃないの?」
こめかみ辺りをヒクつかせながら恵美は言った。
「いや、あれはまだ俺が中学卒業してなかったから一緒に住むのは流石に奴等も認めてくれなくて……
それに家計が安定してから迎えに行こうとおもっていたんだけど……」
俺の必死の言い訳も意味を成さず、恵美の苛立ちは最高潮に達しようとした時だった。
「大智〜、誰と話してるの〜?」
部屋の奥から東馬が出てきた。
「お兄ちゃん、あちらの方は……?」
恵美は東馬の存在に気が付き、興味がそちらに向いた。
そのお陰で恵美の苛立ちも徐々に薄れていった。
「あぁ、彼は……」
俺が恵美に東馬を紹介しようとしたが、それは後ろから聞こえてきた声に阻まれた。
「東馬、並川東馬。君は……?」
俺は振り返って声の主探したが、この部屋にいるのは2人しかいなかったので必然と特定された。
全く、俺の役割がなくなってしまうじゃないか……
「私は神重恵美。この人の妹です」
仮にも兄である俺をこの人呼ばわりしたことに一瞬口を出そうかと思ったが、話はそのまま流れていった。
「そうなんだぁ〜!君が恵美ちゃんか。
大智から話は聞いていたよ。それよりも大智、話とは違い予想以上に可愛くてビックリしたぞ!」
「まっ、まぁそういうことは部屋の中で……
と言う事で恵美も上がれよ」
2人の間に挟まれて結構居心地が悪かったので、恵美にそう催促した。
「そうね。じゃぁお邪魔しようかしら……
とその前にお兄ちゃん、ちょっと……」
恵美は俺を手招きすると外へ連れ出した。
「なんだよ?別に部屋でもよかったんじゃないか?」
恵美は俺をアパートの階段の下まで連れてきた。
因みに俺の住んでいるアパートは2階建てで、俺の部屋は2階の真ん中よりやや奥の203号室だった。
「まぁ、部屋でも話せることもあるんだけど……
それより、お兄ちゃん。東馬さんってカッコいいよねぇ〜。
というわけでお兄ちゃん、私と東馬さんとの間を取り持ってよ!」
突然の告白に戸惑いが……
なんてことを考えてたらものの見事に予感が的中した。
「バッ、バカなことをいうな!
なんで俺が……そんなこと出来る訳……
第一俺にはそういうのは向いてない。自分でなんとかしろよ」
俺は恵美にそう言うと恵美はニヤニヤしながらこう切り出した。
「私を置いていったのに……私にまだそんな事が言えると思ってるの?
お兄ちゃん、私を置いていった事に罪を感じてるでしょ?
だからお兄ちゃん、私の願いを聞いて罪滅ぼしをしてもいいんじゃないのかなぁ〜?」
うッ……
とてつもなく痛いところを突かれたような気がした。
確かにあの一件で俺はそれなりの罪を背負ったと思う。
だからいつかきっと恵美に良い思いをさせてやりたいとは思っていたが……
「やっぱり俺には……」
「まだそんなこと言ってるの?
妹のお願いなんだよ?聞くのが絶対なんだよ?」
そんな会話をして5分後……
結局俺は恵美と東馬との仲を取り持つ事になった。
なんだか上手くまとめられたような気が……
そして話が終わったので部屋に戻ろうとしたときだった。
「あっ、言い忘れてたけど明日からお兄ちゃんには家に戻ってもらうことになったから」
一難去ってまた一難。
まさにその言葉の意味を知った瞬間だった。
「はぁ?んな……いまさら戻れるわけ無いだろ?
母さんになんか合わせる顔は無いよ……」
俺はうつむきながら恵美に言った。
「そういうことじゃないの。
お母さん、病に掛かっちゃって今お母さんの実家で養成中なの。
で、私も一緒に着いて行くっていう話が出てたんだけど、部活あるから一緒にいくことは出来ないって言ったの。
そしたらお母さんがお兄ちゃんの住んでるところ教えてくれて、お母さんが戻ってくるまで一緒に暮らしなさいって……」
恵美は溢れそうな涙を必死に堪えながらそう告げた。
「かっ、母さんが……
恵美……今まで辛かっただろ……
分かった。すぐに引越しの準備を……」
俺は一目散に部屋へと向かった。
部屋では東馬がお茶を飲みながらテレビを見ていたところだった。
「ん?話は済んだの?」
東馬はのんきにそんな事を言っていた。
「東馬、悪いんだが手伝ってくれないか?」
俺は東馬に事情を説明すると東馬は立ち上がるとこう言った。
「水くさいこと言うなよ!俺達親友だろ、大智?」
東馬は笑いながら、引越しの準備を手伝ってくれた。
そして翌日、俺は5ヶ月ぶりに実家に戻った。
―――――――――
そんな過去があり、いつしか俺は恵美に逆らうことが出来なくなっていた。
「はぁ〜、東馬どこいったんだよ……」
というわけで俺は教室を見渡すも東馬はもぬけの殻だった。
「並川〜ちょっと付き合って……ってなんで神重がいるんだよ?
てかいつの間に……」
そう言いながら近づいてきたのは席替えをしてごく最近となりの席になった……
「おう、友人A。お前も東馬に用事か?」
「友人Aって……僕の名前は山田なんだけど……」
友人Aこと山田は困った表情を浮かべていた。
「おうおう、分かってるって!谷口よ。
ところで谷口の東馬に用があるなら付き合えよ!」
「だから、山田だって……てか谷口って誰?」
そんなこんなで友人Aと一緒に並川家へと向かった。
――ピンポーン――
「はぁ〜い」
俺と友人Aは並川家に付くとインターフォンを押した。
中から声が聞こえてきたという事は既に東馬は帰っているのか……?
と思いつつ俺等は外で待っていた。
すると……
「あれ、大智先輩。久しぶり〜♪
今日はどうしたの?」
中から現れたのは瑞葉ちゃんだった。
「あぁ、親愛なる……うぐッ……」
そう言えばこいつは瑞葉ちゃんの崇拝者だという事を忘れてた……
そんなわけでしばらく黙ってもらおうか。
俺は友人Aのわき腹にすばやく手刀を入れた。
「おい、大丈夫か?谷口。
そういえば瑞葉ちゃん、東馬の奴はもう帰ってるのか?」
付き添いの奴はスルーして本題に取り掛かることにした。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんならもういるけど……
たぶん部屋にいると思うから上がってよ」
「そう?じゃぁ、上がらせてもらうよ」
俺は友人Aを担ぎながら東馬の部屋へと向かった。
が、しかし部屋に入ったものの東馬の姿はどこにも無かった。
「あれ、トイレかなぁ〜?
まぁいいや。ってこれは……」
俺はふとテレビに目がいった。
「懐かしいなぁ〜このゲーム。
東馬の奴こんなゲームをまだやってたのか。
どれどれ、確かこのゲームには裏技があったような……」
俺は頭の片隅に眠っていた記憶を呼び起こすとコントローラーを持った。
上、下、○、△、右、□、左、×、下、上……
それを押し終えると俺はゲームの最初からを押した。
すると……画面に文字が流れた。
『ここは魔王によって支配される世界。
あなたにこの世界は救えますか……?
YES/NO』
「これはゲームの引っ掛けで、実はNOが裏技なんだなぁ〜」
俺は迷わず『NO』を選択した。
『――――――』
長い沈黙の後になにやら画面が渦巻き始めた。
「えっ、こんなんだったっけ?
って、なんか引き込まれてるような……」
そう思ったのも嘘ではなかった。
実際に俺の体はテレビ画面の中に飲み込まれていた。
俺は画面に引き込まれる寸前で友人Aの服に手がかかった。
助かった……
と思ったが、意識の無い友人Aもそのまま引き込まれてきた。
「ちょっと、待てよ……
谷口、お前まじで使えねぇ〜!」
そして俺等は暗闇に落ち込んだ。