第11話 長く伸びた2つの影
僕は恵美と一緒に超高速ウォータースライダーの階段を登っていたのであったが……
「あれ……これってどこまで続いているの?」
登り始めて10分。
フリーパスのお陰で人ごみは回避出来たものの想像を遥かに超えていた。
地上100mの螺旋階段には人が渦のように蠢いていた。
「着いたぁ〜♪」
僕とは対称的に恵美は元気いっぱいの様だった。
「はい、じゃぁ次の方〜」
整備員の人の誘導に従おうとした僕であったが……
「……?」
どこかで見たような顔だと思い、振り返って見てる。
日よけ対策なのか、帽子を深く被り表情までは分からない。
しかし、この外見は……
「……成瀬?」
僕の呼んだ声に過剰な反応を示しながらも、成瀬はこちらに振り向きながら言った。
「ち、違います。ひ、ひ、人違いじゃないでしょうか?」
どこからどう見ても不審な動きをとりながら成瀬はこの場から離れようとしていた。
「こんなところで何やってるんだ?まさか、瑞葉の差し金じゃないだろうな?」
ビクッと肩を震わせると、成瀬はあたふたしながら僕に言った。
「そ、そんなんじゃないですよぉ〜。
実は瑞葉ちゃんが『先輩が見知らぬ人とデートしてるからそれを阻止しよう』なんて言ってたから協力してるなんてことは無いですよ〜」
おもいっきり言っちゃってるし………
「はぁ〜……」
まぁ、これでここに瑞葉も来てるということは分かった。
この先は瑞葉とも相手をしないといけないと思うと、ぐったりしてきた。
「早く行きましょ〜♪」
そんなことはつゆ知らず、恵美は僕の腕を引っ張りながらウォータースライダーの下降口へと歩いていた。
「じゃぁ、東馬さんが前で……」
僕がぐったりしている間にもう既に下降口に座らされていた。
しかも、ご丁寧にカウントダウンまで始めちゃっていた。
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってぇ〜!」
立ち上がろうとする僕の体を後ろで恵美がしっかりと捕まえていた。
「2、1、ゴー」
係り員の掛け声と同時に僕の前にあったバーが勢いよく上がった。
「わぁ〜〜!」
後ろから思いっきり押されて僕等はすべり出した。
ウォータースライダーの中は真っ暗な上、感覚からいって垂直に落下している感じだった。
感覚から……なんだか背中に柔らかいものが……
っと思ったら恵美は僕の腰に手を回して、抱きかかる格好になっていた。
「恵美ちゃん、ちょっとくっつきすぎじゃない?」
そんなことが頭にはあるのだが、このウォータースライダーの加速度が予想外で口が開かなかった。
開いたとしても、出てくるのは叫び声だけだった。
「あぁ〜〜〜!」
ジャボーーン……
物凄い勢いで僕等は水中の中に投げ出された。
おもいっきり水面に顔を打ち付けた僕は水中から地上へ出ようとしたその時だった。
水面を目指して浮上している僕の上に、突如黒い影が出来た。
そう思った次の瞬間には、なにか重たい物が降ってきてそのまま僕の意識は途絶えた。
―――――――――
時は遡り15分前。
瑞葉らは行動を開始していた。
「優ちゃん、そっちの準備は?」
ビーチパラソルの下で瑞葉は携帯で話していた。
「うまくいったよ〜!ちょっとおやすみしてもらったから」
これで第一段階はクリアされた。
そう思った瑞葉は通話を切り、また次の相手に電話し始めた。
「あっ、不浄先輩?そちらの準備は?」
こんどは千草らのチームに連絡を取る。
「……問題ない」
いつも通りの単調な口調だが、どうやら事は上手く進んでいるらしい。
「では、目標が降下したらまた連絡を入れるので……」
「……了解した」
案外こういうのが好きなんじゃないかと思わせるくらい不浄は乗り気であった。
そして、時が来た。
瑞葉の携帯に連絡が入るとすぐさま不浄にことが伝えられた。
光の具合から、ウォータースライダーの中の人影は確認できたのであとはタイミングを合わせるだけだった。
「5・4・3・2・1……目標の水中への投下を確認しました」
近くに居た若嶋はそう瑞葉に伝えた。
頃合を見計らった瑞葉は不浄に行動の開始を伝えた。
そして………
ドボーン………
東馬の浮上ポイントに不浄はスイカのビーチボールを投げ込んだ。
それもただのビーチボールではなかった。
中に空気をいれる代わりに大量の湿った砂が入っていた。
そして、かなり重くなったビーチボールを不浄と柊が東馬に向かって投げ込んだのであった。
その様子を確認した瑞葉は皆に言った。
「作戦Aは成功。これより作戦Bに移行する」
そう伝えると、皆は次の行動へと移った。
―――――――――
「うぅ……ここは……?」
気がつくと僕は医務室のような場所に運ばれていた。
それにしても一体なにが起こったのか分からずにいたが、一つだけ言えることは瑞葉が関わっていることだった。
「そういえば恵美ちゃんは……?」
僕が気を失ったせいで、恵美ちゃんとは離れてしまったらしい。
立ち上がってみると強打した頭が痛み、フラフラの状態だった。
「あっ、ダメですよ。まだ起き上がっちゃ……
ちゃんと安静にしていないと……」
医務室のドアが開くと、そう言いながらナース服の人がこちらに向かって歩いてきた。
「……お前、何やってるんだ?」
まだ覚醒しきれていない頭ではあったが、この人物にも見覚えがあった。
だが、普段の彼女の性格からして考えられないことをしていたので内心驚いていた。
「何って……あんたが変な事やってるからこんなことしてるんじゃない!」
ナース服を着ていたのは柊であった。
しかも、なかなか似合っていた。
「お前も瑞葉になんか言われたのか……
それより時間は……?」
時計を見て見ると既に時刻は4時を回っていた。
かれこれ6時間は意識が飛んでいた事になる。
……って、あれ?これって重体じゃぁ……
「僕に睡眠薬でも飲ませたのか……?」
途端に柊は僕から目をそむけた。
「はぁ〜、いったいお前等は何がしたいんだよ……?」
そんな疑問を投げかけながら、立ち上がった。
が、やはり覚醒しきれていない頭で立ち上がったので足が縺れてしまい、そのまま倒れそうになった。
「危ない!」
そう言うと柊は僕の体を支えた。
「もぉ〜、バカ!こんな体で動けるわけないじゃない!」
柊は僕をベッドに戻そうとするが、僕はそれを拒んだ。
「僕にはやらなきゃいけないことがあるんだ……だから!」
僕は体に鞭を打ちながら医務室の扉を目指した。
「並川君にはそんなにあの子が大事なの……?」
後ろから柊の声が聞こえ、僕は足を止めた。
「あの子は大切だ……。それはみんなと同じくらいたいせつだよ。
あの子だけじゃない……。柊も不浄も成瀬も若嶋も千草も……。
そして瑞葉だって僕には何一つ失ってはならない大切な人だ。
だから僕は行って今日の事をちゃんと謝らなきゃいけないんだ……」
僕はそう言い終わると医務室の扉に手をかけた。
その時だった。
「お兄ちゃん……私、私……わぁぁ〜」
ドアの外には瑞葉が泣きながら座り込んでいた。
どうやらさっきの話は筒抜けであったようだった。
「おいおい、泣くなよ。大丈夫だから……」
そう言って慰めていると奥からゾロゾロと人が出てきた。
「悪いな……瑞葉が迷惑かけたみたいで……」
そこにいた成瀬や若嶋・不浄・千草に僕は言った。
そしてその奥には恵美もいた。
「恵美ちゃん、今日はゴメン。なんか色々と巻き込んじゃったみたいで……」
そんな僕の言葉に首を振りながら恵美は僕に言った。
「いえ、今日は楽しかったです。
ホントはもっといっぱい遊んで居たかったですけど、なんか妹さんに余計な心配をかけさせちゃったみたい。
だから今日はここまで」
明るく振舞っているように見えるが、僕にはその姿が悲しそうに見えた。
こうしてなんとか丸く収まったようであった。
そして、僕等は着替えるとウォーターランドを後にした。
僕らは柊や成瀬等と別れると恵美を3人で帰路を歩いていた。
まぁ、実を言うと瑞葉はウォーターランドを出ると疲れきったのかそのまま僕に倒れかかるように眠りに入ったため、今は僕は瑞葉をおぶって歩いていた。
「東馬さん、またお誘いしていいですか?」
静まり返った街のなか歩いていると、突然恵美は僕に言った。
僕は少し考える表情を見せながらも了承すると、恵美はホッとした表情を浮かべた。
「よかったぁ〜。やっぱり私、東馬さんのことが好きみたいです♪」
そう言うと恵美は『家がこっちだから……』と言って走っていってしまった。
「『好きみたいです』か……」
僕は背負っていた瑞葉の顔を見た。
気持ちよさそうに寝ている姿を見て僕は微笑んだ。
「幸せな奴だな〜こいつは……」
夕日で染まった道には長く伸びた影が2つ揺れていた。