第10話 それぞれの休日
今、前回のテストの敗者である僕は罰ゲームを執行されていた。
罰ゲームの内容は『恵美と1日デート』であった。
まぁ、実際のところ女の子とデートした事なんか1度も無かった。
(瑞葉との買い物、瑞葉曰く『デート』を除いて)
なので、正直なところ嬉しさは半分あった。
しかし最近のバイトは重労働が主な仕事だったので、金曜日あたりになると肉体の限界が訪れてしまう。
よって、僕にとっては土・日は唯一の休養日であったのであったが……
「じゃぁ、まずウォーターランドに行こう♪」
「あぁ〜僕、水着持ってないよ」
まるで事前に予定していたかのように恵美は家を出て少し経ってから話を切り出してきた。
「大丈夫だよ♪今日の為に私が選んできたの♪」
なんて娘なんだ……
と思いつつも、水着があるのでは断る理由も見当たらないので仕方なく行く事になった。
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その頃一方、家に取り残された瑞葉はある作戦を実行しようとしていた。
「あっ、もしもし?私だけど、今から家に来てくれない?
えっ、うん。非常事態なの!じゃぁ、なるべく急いでね」
瑞葉はとある人物に電話で用件を伝えると、自分の準備を始めた。
「お兄ちゃんは、私のものなんだから……フフフ……」
着々と怪しいものを鞄に入れていくことなど、東馬は知る由も無かった。
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「つ、着いた〜……」
やや暑い中を歩く事30分、ようやく恵美と僕は目的地のウォーターランドに到着した。
正直これだけで若干体力の限界が訪れていたが、僕自身も先日オープンしたばかりのウォーターランドには少し興味があった。
それに、恵美が無料招待権をもっていたのでこの機会を逃したらもう二度と来れないかもしれないと思いここに来た有様だった。
「じゃぁ着替えてくるから、入り口で待っててね♪」
「あぁ……」
中に入って案外広い事に気づいた。
それに、さきほど置いてあったパンフレッドの地図を見る限りでは1日で回るのは不可能なくらいの広さだった。
「これを1日で回るのか……」
今日のお先は真っ暗だった。
―――――――――
その頃並川家には着々と面子が揃い始めてきた。
――ピンポーン――
「どうぞ〜」
居間にいた瑞葉は玄関のドアに向かって適当に返事をすると、それを聞いてかドアが開いた。
「おはよう、瑞葉ちゃん。こんな時間にどうしたの〜?」
玄関から現れたのは成瀬だった。
「遅いよ、優ちゃん」
そう答える瑞葉の周りには3人ほど人がいた。
「あれ?紗枝に柊先輩に、不浄先輩まで……なんで?」
不思議なメンバーが集ったこの部屋で怪しい作戦会議が開かれようとしていた。
「まぁ、細かい事はさておき今朝緊急事態が発生した。
内容は並川東馬の拉致である。一刻も早く兄を解放せねばならない。
諸君等の協力を要請する」
軍人ばりの口調で瑞葉は話していた。
「瑞葉ちゃん……良く分からないよ……」
若嶋は頭にハテナを出しながら内容を整理しようとしていた。
「つまり……今朝お兄ちゃんが見知らぬ女とデートに行っちゃったのよ!」
「「えぇ〜!」」
予想だにしなかった出来事が起こったせいか、2人ばかり驚いた声を上げた。
「私達がそれを阻止しなきゃお兄ちゃんが……」
瑞葉は涙目で皆に訴えかけた。
「分かったわ!私達であのバカの目を覚ませないと……!」
柊の理解には僅かな誤解はあるが、まぁ大方の内容は一致しているので良しとした。
「お兄ちゃん等はウォーターランドに向かったみたいだから私達の今からそこに向かうわよ」
「「おぉ〜!」」
こうして瑞葉命名『お兄ちゃん救出大作戦(OKD)』が決行されることになった。
―――――――――
「遅いなぁ〜……」
早々と着替え終わった僕は、入り口の壁に寄りかかって恵美を待っていた。
ドーム状の園内は快適な温度に保たれ、1年中利用が可能になっていた。
それはそうと、かれこれ20分は待っているのだが、一向に姿を見せる気配が無かった。
「東馬さ〜ん、お待たせ〜♪」
そこに現れたのは大胆にも水色のビキニ姿の恵美だった。
「め、恵美ちゃん……その格好は……?」
まだ中3ではあるが、スラッとして締まったボディーに驚くほど似合っていた。
「変…かな?」
やや頬を赤らめ、上目遣いに僕を見つめてきた。
「いや…よく似合ってるよ」
僕の言葉を聞き、恵美は緊張しきった表情を緩めた。
「じゃぁ、行こう♪」
恵美は僕の手を握ると第一目標地点へと走り出した。
―――――――――
「うぅ……なんか良い感じに手なんか繋いじゃって……」
ジェラシーを感じている怪しい人影が3つほどあった。
「それにしても、千草さんが通りかかって助かったよね〜。やっぱり千草さん家ってお金持ちなんですね〜」
若嶋は隣に座っていた千草と話していた。
「いえいえ、そんなことはないわよ〜。たまたまウォーターランドに遊びに行こうと思って、たまたま爺やが運転しているリムジンが若嶋さん達の近くを通っただけよ」
その凄まじい偶然により瑞葉等は家を出た直後に千草が乗る車に出会った。
互いに顔見知りであった事もあり、簡単に事を説明しただけで乗せてくれる事になった。
結局のところは千草もここに用があったと言ってはいるが、なんだかあまりにも話が上手く行き過ぎていて若干不安にもなっていた。
「それよりも私達はどうするの?着替えないの?」
ここに来てすぐに東馬の姿を見つけたので、まだ私服のままであった。
「そうね。私達も急いで2人を追うわよ!
私と優ちゃんと柊さんは第1陣として急いで着替えを。
紗枝ちゃんと千草さんと不浄さんは兄の尾行を続けてください。
連絡はすべて私の携帯に!
では、散開!」
瑞葉を中心に構成されたチームはリーダーの指示によって一斉に動き出した。
そして10分後……
「じゃぁ、私達も追うわよ!」
着替え終わった瑞葉等、チーム『M』は千草が率いるチーム『C』の任務を引き継いだ。
「目標が移動を開始しました。目的地はA6、超高速ウォータースライダーと確認しました」
成瀬は軍人になりきって任務を行っていたが、柊にとってはどうしても瑞葉の口調が合わないのか少々不機嫌だった。
「じゃぁ、私達は先回りを……作戦Aを実行する。
千草さんへの伝達を優ちゃん、お願いできる?」
「了解♪」
そう言うと成瀬は携帯を取り出して、千草に電話をし始めた。
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その頃一方たちはと言うと……
「ほらほら、早く早く〜」
体力不足のせいで、早くもバテ気味の僕は恵美に手を引かれて超高速ウォータースライダーへ向かっていた。
「ハ、ハ、ハ……もう少しゆっくり……行かないか……?」
「でも〜時間が限られてるから〜……」
悲しげな表情を浮かべながら恵美は呟いた。
そう言っている間にも目的の場所に到着した。
「って……めっちゃ並んでるし……」
それもそのはず、今日は休日であったため園内は超満員であった。
「けど……じゃぁ〜ん♪」
恵美はとっておきのアイテムを手に取った。
「それは……?」
当然その代物が分からない僕は恵美に訊ねる。
「なにを隠そうこれは……フリーパス(シルバー)なのだ〜!」
説明しよう、このウォーターランドには特別枠が存在する。
その特別枠の中にもランクがあり、白・青・赤・銀・金と5段階ある。
主に一般には白の入場券を与えられるが、中には幸運にも金の入場券が与えられる時もあった。
配られた招待券には各々番号が書いてあり、その番号によって入場の際に招待券と引き換えにこの5段階に分けられた入場券が渡される。
封に入ったまま渡されるので、渡した側も受け取った側もその時点では何も分からない。
開けて見てからのお楽しみと言うわけだ。
それで、5段階に分けられている理由は……
白:無料で入場出来る。
青:白に加えて、飲み物も無料。(飲食店のみ)
赤:青に加えて、自転車の貸し出しも無料。(1日のみ)
銀:赤に加えて、乗り物のフリーパスがもらえる。(並ばずとも乗れる)
金:銀に加えて、全ての施設が無料。(1ヶ月有効)
とこんな感じである。
って、僕はいったい誰に説明してるんだ……?
「おぉ〜!恵美ちゃん、凄いよ!」
僕は初めて幸運な人を目にした。
「へへへ……そうかな〜?それより、早く乗ろう♪」
僕たちは楽しげに超高速ウォータースライダーの入場口を抜けた。
この時はまだ、瑞葉の行動には気づきもしなかったのであった。