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第3話 ラグナスと父・鏡 賢治

 本人は最初、悪気はなかった。

 領地は砂漠であり、食料も水分も満足に取れない地域であった。


 彼はこの地に緑を願った。

 毎日毎日、餓死で死にゆく者を見て......砂漠の魔物に襲われて、全身に真っ赤に染まった布で包まれながら運ばれてくる者を見て......彼は祈った。

 生活資源さえ豊かであれば、苦しむことがないのは誰しも理解していた。


 街に怪しげな行商人がやって来て、一冊の本にこう書かれていた。

 『瞬間植物育成術(マスタープランター)』と。

 彼は本に手を出してしまった。

 後に、災いに発展してしまう事は誰も知らなかった。


 家に持ち帰り、簡易的な術式を最初に覚えて、目の前の枯れかけた植物に使った。

 驚くことに植物は元気を取り戻した。

 そして、周囲に新芽がばら蒔かれた。

 翌日、芽が成長しすぎていた。

 いや、美味しそうな香りがする果実になっていたのだ。


 本の術式をある程度マスターした後、一番被害の多い砂漠の真ん中へ向かった。

 だが、途中で魔物に襲われた。

 彼には戦闘経験が皆無であった。

 逃げ惑うも追い付かれ、全身に傷を負い足を食われているところである。

 助けも来るわけもなく、ここで死ぬんだろうと悟った。

 一面砂で覆われた大地を見て、「せめて、ここだけでも」と植物魔法を使った。

 すると、自分の視界に入ってくる砂漠一面に緑が生え、所々に木が生い茂る。

 辺りの魔物は蔦に巻き付かれ、水分を失い死んだ。

 彼を襲った魔物も例外ではない。

 そして、彼にも蔦が巻き付き、自分も死ぬんだろうと確信した。

 違った、傷は急速に癒え、力が増したのだあった。


 彼は緑を増やしていった。

 気付けば砂漠の八割は緑に変わっていった。

 農地も開拓でき、水分も豊富な土地になった。

 砂漠の人々は、彼のことを『豊穣の神』と呼んだ。

 彼は謙虚な性格もあり、社交的な面もあったため、人々に好かれた。


 しかし、それを良く思わない者がいた。

 砂漠の住民を奴隷のように働かせ、まともな食事さえ与えなかった領主であった。

 気に入った女は全て自分のものにしたり、気にくわない者はその場で公開処刑して楽しむ、残虐非道な人物である。

 この過酷な土地を利用して、好き放題してきた領主にとって、彼の存在は邪魔でしかなかった。

 領主は彼を危険人物と扱い、死罪にしようと企んだ。


 だが、それは不発に終わった。

 彼の人柄の良さ、欲の無さに謙虚さもあって、すぐに街に密告した者がいた。

 領主が抱える兵の中にも、不満を持っている者が何人もいたことが仇になったのである。

 気付けばデモになり、沈静化させるまで丸一日かかった。

 

 領主は激怒した。

 そして、暴挙に出たのである。

 真夜中に自軍を率いて、暗殺しようとした。

 だが、またもや邪魔をされた。

 街の住民達が彼の家を囲み、守ろうとしていたのだ。

 その行為に再度怒りがこみ上げ、その場にいる人々を切り捨てていく。

 彼は家の側で騒ぎになっていることを不審に思い、外に出た。


 酷い光景であった。

 彼を守っていた住民達の血で周辺が真っ赤に染まっていた。

 生き残りは僅か三人。

 それもまだ子供であった。

 そして、三人の子供達も切り捨てられた。

 彼は急いで子供達のとこに駆け寄った。

 二人は即死、一人はいつ死んでもおかしくないくらい切傷、刺傷があった。

 子供が涙を流し、血を吐きながら「早く逃げてください」と言い、息絶えた。


 彼は泣いた。

 声にならない声で叫んだ。


 領主はそれを見て、笑った。

 指を指して笑い、腹を抱えて笑い、住民の亡骸に蹴りを入れて笑った。

 彼を守らなかった住民は、自分が同じ目に合わないよう笑った。

 もちろん兵士達も。



 彼は初めて殺意を覚えた。

 それと同時に完全に理性を失った。

 その瞬間から、人類をこの世から抹消しなくてはならないと思った。


 気が付けば辺りは砂漠があったとは思えない程、豹変していた。

 朦朧とする意識で周りを見渡す限り、緑の広大な森林に変わっていた。

 目の前にある木には、領主の顔そっくりの模様が浮かんでいた。

 彼はそれを見ると、甲高い笑い声を森に響かせた。

 現状を理解した途端、殺戮が楽しくなり、次のターゲットをここから一番近い街に定め、その次に王都へと移動しながら計画していった。


 一月後、砂漠の人々は全滅した。

 世界は彼を『崩壊級災害人物』へと認定し、各国の実力者に抹殺令を下した。

 その頃、彼は首都ベルモンド方面へと向かった。


 途中、(かがみ)賢治(けんじ)に出くわした。

 抹殺令が出ているのもあったが、賢治は話し合いを試みた。

 だが、即座にやめた。

 平地から木の蔦が賢治に襲い掛かってきたからである。


 一時間程、激しい戦闘が繰り広げられたが、賢治の『濃縮された業火大爆発(エクスプロージョン)』の前には手も足も出なかった。

 全身に大火傷を負った彼は、賢治に視線を向けた。

 先程の狂気じみた顔から優しく、悲しげな表情になっていた。


「俺は全てを失った。一緒に食卓を囲む仲間、世間話をする近所の人達、風邪で寝込んだ時に看病してくれた子供達。それを人の手によって失ったんだ。わかるか? 俺にとっちゃ家族みたいなものだ。だけどな、我に返ってみるとやり過ぎたと思っている。あんたに頼みがあるんだ。押しつけがましいが、俺みたいな奴をこれ以上生まれない様に対策をしてくれるとありがたい。この力は危険だ」


「わかった、色々考えて対策を練ろう」


「すまない。ふっ、倒されたのがあんたでよかった」


 そう言い放つと、自らの植物術で木を生み出し、自分の身体をバラバラに引き裂いた。

 こうして、世界的騒動が幕を閉じた。


 後に、五人の大罪者と呼ばれた。

 賢治が属性の危険性を訴え、禁術の属性に当てはまる属性法が生まれた。


 『世界を怯えさせた五人の大罪人の一人、――植物使(フォレストテイマー)いフーラル』 鏡賢治・著。


 

 ユウキに手渡された本を読んでいた。

 禁術のワードに対し、ラグナスは顔をしかめる。


「ユウキよ、わしの術は確実に禁術に当てはまるな」


「ははは、ですよね」


「この鏡賢治とやらに取り合いたいとこじゃがのう」


「あ、それ父さんですよ」


「そうか、父さんか......なんじゃと!」


 何気なく答えるユウキにツッコミの反応が遅れた。

 普段は、目が閉じているに近いほど細目な目が大きく開かれた。


「よ、呼んできましょうか?」


 驚いて、扉の方に後退りしながら言うとラグナスは頷いた。

 ユウキはドアを開け、小走りで時計塔内部の反対側へ向かう。

 到着すると部屋があり、ノックをして開けた。


「父さん!」


「ん? ユウキか。また銃でも作って欲しいのか? そうだな、試作段階だが結構良いものが作れそうでな――」


「そんなことより大事な話があるの! 早く俺の部屋来て」


「お、おい、そんなことって父さん頑張って作って――」


「わかったから、いくよ」


 強引に父・鏡賢治を連れ出し、先程よりも早く走り、自室へ向かう。

 ユウキの走るスピードは相当早いが、父も横に並んでついてきている。


 部屋にたどり着き、扉を開けて「呼んできました」と若干息切れしながら言った。

 だが、思いもよらぬ事が起きる事をユウキは瞬時に察した。

 父の殺気とラグナスの殺気がぶつかり合っている。


「ユウキの客人か? にしては物騒な老人だな」


「フォッフォ、まだまだ若造じゃないか。偉そうにこんな本なんて書きおって。自分らが指定した以外の属性魔法を禁術にしよって」


「ほう、物騒な爺だと思ったが禁術使いか?」


 ラグナスと賢治は互いに睨み合う。

 お互いが言葉を交わすごとに、魔力が周囲に纏い、気付けば部屋中に充満していた。

 あまりの恐怖にユウキは腰が抜けて、震えながら床にへたりこんでいた。


「禁術使いだと言ったらどうするのかえ? 若造」


 ラグナスが挑発するように掌に小さな木を生やした。

 その瞬間、二人はぶつかった。

 賢治は火を剣に具現化させて、ラグナス目掛けて突っ込んだ。

 ラグナスは木を急成長させ、火剣にぶつけるが、燃える前に灰になる。

 それを予測していたかのように、今度は掌に渦を発生させて、剣を受け止めた。


「中々の火魔術使いじゃな」


「貴様こそ相当な使い手であろう。一歩も動かず、座りながら受け止められたのは初めての経験だ」


「フォッフォ、人に言うだけある実力を持っとるよ」


 二人は楽しそうに会話をしていることがユウキには理解できなかった。

 否、他の人であれ無理だろう。

 気を緩めれば、間違いなくあの世いきなのだから。

 ユウキは理解が追い付いておらず、恐怖も相まってか、フラフラしていた。


「ふぁうああああ」


 自分の流れる汗に気付かず、顔の汗が手に落ちてきた瞬間、間抜けな声をあげて気を失った。

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