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続・御用猫  作者: 露瀬
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老剣 木枯らし 11

 田ノ上道場の屋外稽古場にて、御用猫と甚助老は向かい合っていた。


 多少、酒は残っているのだが、それは相手も同じ事であろうか。御用猫は、こきこき、と首を鳴らし、柔らかい布の巻かれた竹刀を軽く振り回す。


 昨晩、いや、今朝までと言おう、スイレンにたっぷりと捏ねくり回された御用猫は、呪いの温井戸で、身体を拭かれてから店を出た。相変わらずに、甲斐甲斐しく全身を吹き上げてくれた彼女は、ずいぶんと機嫌も良く、別れ際には頬を染めて、唇を寄せてきたのだ。


(こうしていれば、良い女なのだが……だがなスイレンよ、来年は必ず、別の奴を、指名させてもらうからな)


 年の瀬にして、なんとも情け無い、来年の抱負を胸にした御用猫なのである。


 ケインは、何やら消沈した様子で、クレアに頭を撫でられていた。隣でウォルレンは大笑いしている。



 そのまま御用猫は、甚助老を連れ、田ノ上道場を目指したのだ。酔い覚ましにと、徒歩での移動を提案してきたのは彼の方からであった。


 隣を歩く甚助老は、なんともしっかりとした足取りで、もう七十になると言っていたが、その衰えは全く感じさせない。


「その棒、重くないのか? 」


 御用猫は尋ねる。彼の身長をゆうに超える長さの包みを、この老人は、クロスルージュの箱席にまで持ち込み、まさに肌身離さず、といった態である。


「まぁ、確かに重いがのぅ、これはの、死んだ女房の形見なのよ……こればかりは手放せんのじゃ」


「きのう、独身だって言ってたじゃねーか」


「お? そうであったか、いやぁ、歳をとると、物忘れが激しくてのう」


 からから、と笑う甚助老に、御用猫は、まだ酒精の混じる息を吐き出す。あれは、飲みの席での嘘であったか、そういえば、あれから随分と嬢にも絡み付いていたのだ、確かに歩みは矍鑠としたものだが、いい歳をして、色々と元気なものである。


「はぁ、まったく……大事な嫁さんを忘れてんじゃねーよ」


「居らんかったものは憶えられぬわい」


「独身じゃねーか! 」


 ついに堪えきれず、御用猫は甚助老の後頭部を軽くはたく。


 しかし、野良猫の目は見逃さなかったのだ。


 彼が頭を叩く一瞬、いや二瞬前、老人の纏う空気が変質したのを。


(……速い、この反応速度、充分に反撃できる……これはまた、なんとも、妖怪爺いだな)


 そういった心中はおくびにも出さず、御用猫は軽口を続ける。甚助老もまた、おどけた様子を崩さずに、つまらぬ会話を続けながら、道場を目指したのだ。



「何でですか! どうして勝手に勝負をしようとしたのですか! 私が道場に居なかったらどうしたのですか! ゴヨウさんは、そうやっていつもいつも私だけを除け者にして、リチャードばかりに、ずるい! ひどい! 」


「さ、サクラ、まだ着付けの途中ですわよ! 」


 道場に着き、田ノ上老に事の経緯と稽古場を借りる旨を伝え、リチャードの出してきた茶を四人で啜っている最中、この啄木鳥のような少女は飛び込んできたのだ。


 サクラは越年祭を家族で過ごすとの事で、田ノ上道場の面々は、今日の前夜祭に、皆で出歩くつもりのようであったのだ。乱れた振袖で暴れていたサクラは、フィオーレに指摘されると、顔を赤くして襖の向こうに隠れたのだが。


「決して、決してまだ、始めてはなりませんからね! 私の着付けが終わってから、お願いしますからね! 」


 襖の裏側から大声で念を押すと、フィオーレに小言を言われながら奥の部屋へと消えて行った。


「やれやれ、この様子だと、来年も姦しそうだな」


「ふふ、まぁ、それがサクラの可愛いところよ……申し訳ないが、丹下殿も、もうしばらく、ゆるりとしてくだされ」


 いや、それよりも、と田ノ上老は顎をさすり、ぐい、と身体を前傾させた。


「どうですかな、日が射してきたとはいえこの寒さ、すこうし、身体を温めてみる、というのは」


(でたよ、これだ)


 御用猫とリチャードは、顔を見合わせて苦笑する。甚助老の腕前は、一目にして理解できたのだろう、田ノ上老は、何か少年のように目を輝かせ、人生の先輩に手合せを強請るのだ。


「いんや、お断りしよう、「石火」のヒョーエとかいう跳ねっ返りの、うわさ話はの、遠く周防の国まで聞こえておるわい」


 自分などでは相手にもならぬ、と甚助老は謙遜するのだ。確かに、この老剣士の腕前も、ただ事ではないのだろうが、御用猫の目から見ても、田ノ上老よりは一段劣るであろう。


「しかし、これ程のつわものであったか……儂が、もう少し若ければのう……残念じゃ」


 東方で剣に生きた甚助老は、クロスロードの剣士剣技を、正直、下に見ていたのだという。多種多様な流派が鎬を削る東方諸国とは違い、クロスロードやロンダヌスでは、国定の流派が存在し、騎士のほぼ全てが、それを修めているからなのだ。




 御用猫は、違和感を覚えた。


 残念そうに首を振り、そしてまたおどけてみせるこの老人に。


 何か底の深い、どろりとしたものを、感じたのだった。



あけましておめでとうございます。


本年もよろしこおめりっしゅ。


かしこ

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