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続・御用猫  作者: 露瀬
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腕くらべ 8

 今日の昼食も、饂飩であった。


 御用猫としては、もう少し、精の付く料理を期待するのだが、消化の為に内臓を働かせるよりも、傷を癒す方に力を集中させた方が良いと、マルティエに肉料理を禁じられてしまったのだ。


 彼女が、自分の身を案じてくれているのは分かる、料理の内容も、栄養が偏らぬように、良く考えられていた。


 それは、なんとも有り難い事なのだが、正直、雑炊と饂飩の繰り返しで二日も過ごせば、そろそろ、滴る肉汁が、恋しくなろうというものなのだ。


(食い終わったならば、田ノ上道場に行こう)


 アゴ出汁の効いた饂飩の汁を啜り、となりで、ちゅるちゅる、と、麺を吸い込む黒エルフの少女を眺めた。


 名を、黒雀という。


 御用猫が左腕を怪我して以来、餌付けが儘ならぬと知ったチャムパグンは姿を見せぬ、現金な奴だと思いもしたが、居ないのならば、手間が省けようか、と、思った矢先に、入れ替わるようにして、この黒い殺し屋は現れたのだ。


 肩の辺りで切られた黒髪は、少し毛先が跳ね、手入れの雑さが伺える、森エルフのように長い耳を生やし、黒灰の瞳は右側だけで、反対には眼帯を当てていた。しかし、それすら霞む彼女の最大の特徴は、白い肌を覆い尽くす、梵字の如き入れ墨である。


 滅多に目にする事は無かろうが、誰もが知るほど有名な種族、彼女は黒エルフなのだ。


 幼き頃に耳目した、絵本や冒険物語に、必ずと言って良いほどに、黒エルフは登場しているのだが、それは全て、悪役としてである。


 人族とエルフ族の和解前には、黒エルフは魔族、悪魔の使いと差別排斥された歴史もあり、今では、深い森の奥に、少数が穏やかに暮らすのみであった。


 もっとも、目の前の少女は、志能便の隠れ里で産まれたくノ一であり、本来の黒エルフとは、少々文化が違う。


「うどん、美味いか?」


「すき、油あげ」


 そうか、と頭を撫でると、丈の短いワンピースから伸ばした、梵字まみれの白い足をばたつかせる。


 そろそろ気温が下がるからと、七部丈のシャツを買い与えていたのだが、彼女は何故か白いワンピースに執着心を見せており、冬になれば、どのような格好をさせようかと、御用猫は今から頭を悩ませていたのだ。


 まぁ、大人しくしておれば、まるで精緻な造りの人形のように愛らしい、と、御用猫も思うのだが、この人形は、可愛らしい見た目からは思いもよらぬ、殺人に特化した無情の暗殺者で、こうして機嫌を取っておかねば。


(いつ、毒針で刺されるやら)


 知れたものではないのだ。


 とはいえ、便利な事にも、また違いはない。ゆっこの命と貞操を守ってくれた恩もあるので、御用猫は、ここ最近、チャムパグンと同じく、彼女を、べたべた、と甘やかしている。


 おかげで、周囲からの視線に、少し、不穏なものを感じる事が、増えてきた気もするのだが。


 マルティエの亭の従業員、ララポートなどは、最近、娘のミザリを御用猫から遠ざけている節もある。


 誠に遺憾ではあるが、否定すればするほど、疑惑が増すようで、御用猫は、半ば諦めをみせていたのだ。



 そろそろ、黒雀が丼を空けようか、という頃、からから、と、木扉の鈴を揺らし、三人ほど入店してくる。


 マルティエが笑顔で出迎えた、常連であろうか。


 掃除の行き届いた木床をブーツで鳴らし、御用猫のテーブルに現れた三人は、自然な動きで、対面に腰を下ろす。


「御機嫌よう、ゴヨウ様」


「聞いたぜ、センセ、ダラーンに刺されたんだって? ウケる」


「土下座の辛島って、ちょっと噂になったぜ、ワハハ、ウケる」


「知らない方ですね、いきなり同席とか、遠慮してくれませんか? 」


 真顔で答える御用猫に、真ん中に座る少女は、可憐な笑みを見せたまま、左右の男に肘を叩き込んだ。


 的確に助骨を打ち抜いた一撃は、二人の大人を悶絶させた。この近間で威力を出すには、色々と、こつ、が必要なのだが。


 どうやら、また、腕を上げたようだ。


 見た目だけは、可憐な花を思わせるゴリラ、この少女の名は、フィオーレ カイメン。柔らかく波打つ金髪に碧眼、少し垂れた目尻は、さぞ柔和な乙女であろうと、人に錯覚させる。サクラと同い年とは思えぬ程、色々と発育が良く、貴族の夜会に参加したなら、さぞかし人気を博しているのだろう。


 末席とはいえ、王族に名を連ねる彼女である。ダラーン伯爵が、先走って求婚したのも、まぁ、分からぬ話でも無いのだ。


「ぐぅ、お嬢、脇にエンピは、ちょっと洒落にならんのですよ」


 テーブルに突っ伏した金髪の美青年は、ウォルレン。


「……なんか、猫の先生の彼女に似てきたな」


 起きあがってきた赤髪の好青年がケイン。


 二人共に、東町を守護する、青ドラゴン騎士団所属の、とても、そうは見えぬのだが、凄腕の騎士である。今はフィオーレの警護か、それとも、皆で田ノ上道場に行く途中であろうか。


「そうですわ、ゴヨウ様、リリィアドーネ様の事なのですが」


 ぱん、と手を叩き、思い出したかの様に、口を開いたフィオーレであったのだが。


「……それは、どのような食べ物、なのでしょうか? 」


 ちゅるり、と、最後の饂飩が、黒雀の小さな口に吸い込まれるのを見て、全て忘れてしまったらしい。


 期待に満ちた瞳の少女に見つめられ、御用猫は、苦笑しながらマルティエに声をかけると、饂飩を三杯注文したのだ。



「お代わり、わたしも」


 四杯注文したのだ。



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