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続・御用猫  作者: 露瀬
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神頼み 17

 薄暗い車内に、御用猫とゲコニスは繋がれている。窓の無い造りの馬車からは、外の様子など窺えるはずもなく、ただ、がたごと、と揺られるだけの二人は、無言にて、目の前の騎士を睨むばかりであった。


 鉄板に覆われた罪人護送車は、クロスロードにおいて、縁起の良い物とされ「鉄のお車見かけたならば、親指立ててお見送り、首が飛んだら小銭を拾え」などという歌も、子供達は口ずさむのだ。


 護送車内からは分からないのだが、事実、街道では、何人かの子供達が、銅貨を拾うため、親指を立てて追走したりもしていたのだ。


 護送車に乗るのが死罪人であった場合、道を清める為に、いくらかの銅貨が撒かれるのだ。大罪を犯した者が刑場に運ばれると予告された日には、大量の子供達が、街道にひしめき合う事になる。


 しかし、北町の外れである教会から、更に北へ向かい、そろそろ、障害物もなく、北嶺山脈の全景が確認出来るようになった辺りでは、子供達はおろか、人の気配すら感じぬ荒地が広がるばかりであったのだ。


「降りろ」


 馬車が止まるとほぼ同時、ガリンストンは、短く告げる。


「何故だ、此処は、蒼天号ではないぞ? 」


 ここ最近は何度も歩いた道、外は見えなくとも、走った距離で違いは分かるのだ。


 顎髭の尖った騎士は鼻を鳴らす。結局、最後まで、向けられた視線から目を背ける事はなかった。


 恐らく、この男も、相当に強情であるのだろう。


「当然だ、罪人は、刑場で果てるものであろう」


 がこり、と、外から開けられた鉄の扉は、その向こう側にある土壇場を、車内に映し出す。


 蹴り出された二人を、八人の従士が囲う。全員が抜刀済みであった。


「……貴様らに、最後の機会を与えよう、一体、誰の差し金だ、騎士ならば、上からの命に逆らえぬ事もあろう、納得は出来ぬが、理解は出来る、あの、不埒な行いも、許してやらぬ、ことも無いのだ」


 御用猫は、最後の説得を試みる。あの様な無体、けして許せぬ事ではあったのだが、血を流さずに済むのなら、自身の怒りの向けどころなど、些末な問題であろうか。


 しかし、これを、両手を枷で繋がれた、丸腰の男が言うのだ。周囲の従士達は、互いに顔を見合わせる、と、僅かに残っていた緊張感が消えたものか、どっ、と笑いが巻き起こった。


 だが、その笑いは、ぽとり、と地面に落ちた、頑丈な樫の木の枷を見て、一瞬にして止まり、二人の姿が、別のものへと変わり始めたところで、驚愕のどよめきに変わるのだ。


「……そうか、ならば、加減は出来ぬぞ、私は、猫ほどに、優しくは無い」


 右の腰から、上質な細剣を抜き払ったのは、栗色をしたミディアムロングの髪の女性騎士、ただし、すこぶるつきの美少女である。


「旦那ぁ、一人は残してくださいよ、先生におこられちまぅ」


 げこげこ、と、いまだ模写した声帯から出す、しゃがれ声で笑うのは、黒髪をつむじの辺りで結い上げた、黒い忍者装束の女。だが、笑ってはいても、切れ長の眼を油断なく周囲に振り撒き、所作にも全く隙が無い。


「みつばち、少々、数が多いが、大丈夫か? 」


「無理です、だいじょばないです」


 栗色の騎士こと、リリィアドーネの問いに、無表情で返すくノ一である。


「む、ならば、みな、私がやろう、後ろから援護だけ、頼めるか? 」


 無表情であった為、みつばちの冗談を真に受けたのだろうか、リリィアドーネの答えには、しかし、一切の迷いが無いのだ。


「……はぁ、調子が狂います、どうしてこうも……やはり、胸が薄い女は、裏表が無いという事でしょうかね、平らなだけに、板だけに」


「胸は、いま、関係無いだろ! 」


 真面目にやれ、と、一喝し、リリィアドーネは、ガリンストンに剣を突き付ける。


「ふむ、貴様は、驚いていないのか? 」


「……テンプル騎士が、幻視に惑わされるとでも思ったか? やはり女よ、浅はかなその考え、度し難い」


 リリィアドーネは、身体を窄めると、力を溜めて突きの構えを見せる。


「ふん、テンプル騎士に弓引くという事は、クロスロードに対して、叛逆の意志がある、という事だ……誰かは知らぬが、愚かな女よ、これより、誅伐を開始する」


 ガリンストンの言葉に、しばし呆気にとられていた従士達は、しかし、素早く反応した、教会に残るならず者とは、明らかに違っている、やはり、こちらは、訓練を受けた正規の従士達なのだ。


一糸乱れぬ動きにて、七人の従士は、彼女達を狙い剣を構え、一人は、下半身をその場に残して吹き飛んだ。


「……ごめんなさい、なら、殺しても良いって事ですよね? 」


「まだ、殺せとは、言ってませんが」


「ごめんなさい」


 最近では珍しく、みつばちが扁平な声色を取り戻していた。彼女は、最近、この大柄な山エルフの女に、少々、腹を立てているのだ。


 その怒りを隠す為の、平坦な声である。


「まぁ、よろし……大雀よ」


 みつばちは、右手の中指と薬指を揃えて口元を押さえると、僅かに開いた、紅いくちびるの隙間から、恐るべき殺戮の指示を溢すのだ。


「……蹂躙なさい」


 勝負は、一瞬で終わるだろう。


 得意の構えを見せる、リリィアドーネに対するのは、腰を落とし、抜き打ち体勢のガリンストン。


 彼の視界の端で、およそ、戦いとも呼べぬ虐殺が始まっていた。


 しかし、彼は気にしない。


 弱いから死ぬのだ、当然だろう、あの程度の輩は、幾らでも代わりが利くのだ。


 しかし、自分は違う。


 選ばれし者、騎士の中の騎士、世が世なら、あと僅か、早くに生まれていたならば「電光石火」などと、老害が名を残す事も無かった、それが歯がゆいのだと、常に、考えていた。


「やれ「剣姫」だ「串刺し王女」だのと、浮ついた噂話に興じる輩の醜い事よ……テンプル騎士にガリンストンあり、と、知らしめる事は、世間の馬鹿者どもに、真実、このクロスロードを守りし者が、誰であるか、正しく理解させる事にもなろう」


「前半にだけは、同意しよう、しかし、貴様のような男、騎士とは認めぬ! 力なきものを踏みつけ、傲り、守ってやろうなどと、上から見下ろす……勘違いも甚だしい」


 これは、リリィアドーネにも、耳の痛い話である。ほんの僅か前までは、自らも、同じ考えを持っていたのだから。しかし、彼女は自らへの戒めの為に、あえてそれを口に出す。


「踏みつけではない、管理だ、管理せずして、何が騎士か、放置すれば烏合と化す愚民を導く、我等は、牧羊犬である……その騎士の分を超える発言、近衛だからと、勘違いしているのは、どちらの方か」


「騎士は犬ではないし、民は羊でもカラスでもない、人間だ、抱き上げれば温かく、笑って見せれば笑顔を返す、我々と、同じなのだ……貴様もあの教会で、子供達と、一度、食事でもどうだ……甘イモも、慣れれば、中々、なのだぞ? 」


 少しづつ、互いの距離が狭まってゆく、ここから先は、ミリ単位での、間合いの読み合いになるだろう。


「ゴミは食えぬな」


「そうか、残念だ」


 二人は、同時に動いた。


 踏み込みの速さは、リリィアドーネの方が上であったが、ガリンストンのイアイド流抜刀術は、縦に割れた鞘で薄刃のロングソードを挟み込み、溜めた力で剣を加速する技を使う。


 速度は互角、両者、相討ちかと思われたが。


「ぐぅっ! 」


 剣柄に突きを受けたガリンストンは、ロングソードを取り落とし、親指と人差し指しか残らぬ、自らの右の手を握り締め、苦しげに呻く。


「はぁっ、はぁぁ、済まない、みつばち、助かった」


 深く息を吐き出すリリィアドーネである。


 みつばちの放った指弾が、ガリンストンの剣速を、僅かに緩めていたのだ。


「あとで、先生に叱られたくはないですから……というか、随分、素直に認めるんですね、もっとこう、余計な手出しがどうとか、言うかと思ってました」


「そんなもの、自分の未熟さは、とうに痛感している、何度も助けられ、私は、ここにいるのだ、口惜しくはあるがな……しかし、これから、同じだけ他人を助ければ、それも帳消しだろう」


 猫に、そう言われたのだ、と、途端に顔を赤らめ、身体を捻るリリィアドーネであった。


「先に助けるべきは、その未熟な胸じゃないでしょうか……まぁ、育つ見込みは、無さそうですが」


「な、何だと! そう言うみつばちとて、私と、大差ないではないか! 」


「私は、さらし巻いてるからですぅー、ほどいたら、ちゃんとありますぅー」


 周囲を見れば、凄惨な光景であるのだが、彼女達に変わりは無い。そこはやはり、荒事を生業とする者達なのだ、やはり、どこか、人とは違うのだ。


 その声を後頭部で聞きながら、一人生き残ったガリンストンは、膝をついて伏せたままで、ちらり、と、愛剣に視線を走らせる。


(このままで、済ませる、などと)


 もう、二度と、利き手で剣は振れぬだろうが、まだ、左手があるではないか。ならば動こう、と、彼が考えた、その刹那、頭を強く踏まれ、呆気なく、意識を刈り取られる。


「ごめんなさい、糞虫が意地を見せても、滑稽なだけですよ、わろけます、雑魚が、歯応え無いんだよ」


 そうは言いつつ、黒雀とは違い、特段、戦いにも、殺しにも興味のない大雀なのだ。


 彼女は、退屈そうに、欠伸をすると、獣の如き鋭い眼をすぼめ、リリィアドーネとみつばちの口論を眺めていたのだが。


「……あいつら、きもちわるい」


 ぽつり、と、甘ったるい声で、小さく漏らしたのだった。




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